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七つの怪  作者: たっしゅ
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女子トイレの怪

昔から語られていた怪異が、新たな形で生まれ変わることがある。


※この物語は2015年7月24日に投稿されたものに手を加えたものです。内容は同じです。

 セミの声が鬱陶うっとうしいこの季節。茹だるような暑さを紛らわせるために、生徒たちの間でこんな話が囁かれている。



「学校の怪談」



 どの学校にも幾つかの怪談が存在する。有名どころで言うならば、「勝手に鳴り出す楽器」「歩く二宮金次郎像」「動く人体模型」「一段多い階段」など。学校ごとに内容は違ったりするが、どの学校でも語られるメジャーな話だ。その中でも特に有名な話で、「トイレの花子さん」というものがある。


 私の学校でも「トイレの花子さん」の話は存在する。普通であれば、どこの学校でも話されているありふれた話だ、と言って聞き流すような話だ。実際、他の学校にも花子さんを目撃した学生などいないのだろう。しかし、私にとってこの「トイレの花子さん」という話は聞き流すことのできない話だった。


 この学校のトイレには花子さんが存在する。私自身、花子さんに会ったことがあるのだ。その花子さんがトイレに住み着いたのは、つい二年前のことだった。





「行ってきます!」


 私は家を出て学校へ向かう。学校に行くときは、遠回りをするのが私の日課だった。

 遠回りをして友達の萩本の家に寄っていくのだ。


「美希、おはよう」


 にこやかに私に声をかけてくる女生徒。彼女が萩本だ。


「おはよう、萩本!」


 私は笑顔で答えながら萩本の肩を叩いた。その拍子に萩本の眼鏡がズレる。


「もー、強く叩きすぎ」


 萩本は不機嫌そうに眼鏡の位置をなおした。私は「へへへ」と笑いながら歩き出す。

 こうして毎朝、私たちは学校に一緒に行っていた。何気ない話をして、二人で楽しく笑い合う。こういう日常がずっと続くと思っていた。しかし、長くは続かなかった。


 萩本がいじめのターゲットにされた。いじめの主犯格は、佐々木という女子だった。


 賢くて生活態度も良かった萩本は先生に気に入られていた。萩本を気に入っていた教師が、佐々木を叱っていた時「萩本を見習え」と言ったそうだ。


 それがきっかけで佐々木は萩本を目の敵にするようになった。


 最初は小さないじめだった。無視したり冷たく当たったり。それがだんだんとエスカレートしていった。

 靴を隠す、ノートや教科書を隠す、すれ違いざまに肩をぶつける。どんどんいじめは直接的なものになっていった。


 いじめが続くにつれて、佐々木一人ではなく、数人がそのいじめに協力するようになった。

 いじめは何日も続いたが、萩本は全く動じた様子を見せない。もともとクールな性格ではあったが、反応を示さないことでいじめがなくなっていくだろうと考えていたようだ。そのせいで、違うクラスだった私は萩本がいじめられているのを知らなかった。




 ある日、朝一緒に学校に行く時、萩本は眼鏡をかけていなかった。


「あれ? 萩本、眼鏡は?」


 萩本と私の間に、微妙な空気が流れる。数秒の沈黙の後、萩本は口を開いた。


「昨日の夜、自分で踏んじゃったの」


 萩本の表情が暗い。


「……そう、今度からは気をつけないとね」


 私はその時、萩本が嘘を言ったことがわかったが、追及することができなかった。


 私がいじめを知ったのは、その日の放課後だった。

 放課後、女子数名が萩本を囲んで女子トイレに入っていくのを見かけた。

 隠れながら後を追うと、トイレで萩本が罵声を浴びせられていた。それに加えて、水をかけられたりしている。


 その状況を見て、私はどうにもできなかった。もしここで止めに入って自分もいじめのターゲットにされたら、という考えが過ったのだ。


 どうしようと考えていた時、水をかけられた萩本と目があった。その瞬間、私はとっさに目を逸らしてしまった。


 女子たちがしばらくしてトイレから出た。萩本はトイレの中で座り込んでいる。

 私は萩本に駆け寄って、ハンカチで顔を拭こうとした。その時、萩本が私の手を払った。


「なんで目を逸らしたの?」


 萩本の顔はこれまでに見たことがないほど恐ろしい顔だった。狂気や絶望、怒りなどが混ざり合った複雑な顔をしている。


「……ごめん」


 萩本は立ち上がり、歩き出す。




――友達だと思ってたのに。




 萩本はそう呟いてトイレを去った。

 私は何も言えず、その姿を見送った後、一人で帰宅した。

 翌朝、いじめがあった女子トイレで萩本の首吊り死体が発見された。


 トイレの入り口にはビニールテープが張られ、『立ち入り禁止』と書かれた紙が下げてある。

 私は電気をつけ、入り口に張ってあったビニールテープをまたいで中へ進む。


 天井に取り付けられた直管蛍光灯が不規則に点滅する。

 昼間の雰囲気とは打って変わって、夕暮れのトイレにはなんとも言えない不気味さが漂っていた。


 手洗い場の蛇口から垂れる水滴が音を立てて落ちる。

 トイレに響いているのは私の足音と水の音。その二つの音が奏でる不協和音が私の心の安定を揺らがせる。


 一番目のトイレから順に覗いていく。しっかりと掃除がされていて綺麗だ。


 二番目のトイレ。こちらも綺麗。


 ゆっくりと三番目のトイレへと進んで行く。


 ちょうど二番目と三番目の間に差し掛かった時、蛍光灯の点滅が激しくなった。

 一瞬驚いたが、すぐに冷静さを取り戻す。落ち着きを取り戻した時、私はあることに気がついた。


「水の音がしなくなった」


 先ほどまでしていた水滴が落ちる音がしなくなっていた。

 激しくなった蛍光灯の点滅で視界が悪い。そんな中、私は進む。


 三番目のトイレを覗き込もうとする。それと同時に生臭い匂いが鼻を突いた。「うっ」と息がつまるような悪臭が漂いだす。


 トイレを覗き込んだ時、私は愕然とした。個室の中に赤い手形が無数に付いていたのだ。


 その光景を目の当たりにした瞬間、蛍光灯の点滅がさらに激しさを増した。


 私は急いでトイレから出ようとした。その時だった。


 入り口に誰かいる。

 髪がボサボサになった女生徒。彼女が少しずつ近寄ってくる。


 蛍光灯の明かりが点滅する度に距離が縮む。感じたことのない恐怖に全身が硬直して動けない。声を出そうと口を開けるが、うまく声が出せない。声にならない悲鳴が口内で反響する。


 女生徒が目の前に来た時、私はその正体が分かった。


「萩本……?」


 ボサボサの髪の隙間から目が見えた。彼女は泣いている。

 萩本は私の首に両手を当てた。


「……どうして」


 そう呟くと同時に手に力が入る。


「……どうして……目を逸らしたの?」


 萩本は私の首を絞めながら、三番目の個室に押し込んでいく。

 萩本の力はとても強かった。自力ではふりほどけないほどで、窒息する前に首を握り潰されてしまうかと思うほどだ。


 手の力はさらに強くなっていく。


「……どうして……どうして……どうして」




 どうして、どうして、どうして、どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして!




 手の力がどんどん増していく。

 もうだめだ、と諦めかけた時、電気の点滅が止まった。それと同時に萩本は姿を消す。


 私はその場に座り込み、一心不乱に空気を肺に送る。


 入り口から声がする。


「あいつマジで自殺するとか、ウケるんですけど」


 佐々木の声。


「しかもトイレで自殺って。トイレの花子さんかよ」


 佐々木の他にも女子がいるようだ。


「確か萩本って下の名前花子だったろ?リアル花子さんじゃん」


 笑い声がトイレに響く。


 どうやら佐々木を含めて三人がトイレに来たようだった。


 足音が近づいてくる。


「はーなこさん、遊びましょー」


 笑いながら佐々木が言う。




——はーい。




 返事がきた。



 三人の笑い声が止む。

 蛍光灯が激しく点滅し始める。


「ちょっと待って!」

「なにこれ!」

「怖い!」


 悲鳴混じりの声を上げる三人。

 すぐに逃げ出すと思われたが、足音がしない。


「お、おい!悪ふざけはよせよ!誰だよ!」


 佐々木が怒鳴る。




——なにして遊ぶ?




 萩本の声がする。


「いい加減にしろ!」


 佐々木がさらに怒鳴る。


「ひっ」


 誰かが悲鳴をあげた。




——首絞めごっこ?




 言葉にならないような悲鳴が聞こえた。

 その直後、重たいものが地面に落ちた音が響く。


 私は地面に落ちたものが何かすぐに理解できた。

 三番目の個室の前に女生徒が倒れこんできたからだ。


 佐々木と一緒にトイレに来たと思われる女生徒は私を見て倒れている。私は彼女がすでに息絶えていることを、その状況に無理やり理解させられた。

 彼女の顔が背中の方を向いていたのだ。



 もう少し佐々木が来るのが遅かったら、自分がああなっていたのかもしれない。

 先ほどまで感じていたものとは違う、鈍い恐怖感がじんわりと心に広がる。


「ぐ……が……」


 悶える声が聞こえる。

 その声は数秒もしないうちに言葉にならない悲鳴に変わった。


 また重たいものが落ちた。


 私はこの場から逃げようと、個室から出る。

 佐々木が萩本に追い詰められていた。

 私は佐々木を囮にしてトイレから逃げ出そうとする。



「待って」



 その声が聞こえた時、萩本はすでに私の目の前にいた。

 その隙に佐々木はトイレから逃げ出した。



「ねぇ、どうして」


 萩本は私の首に手を伸ばす。



 あぁ、もうダメかもしれない。



 私は逃げることは不可能だと悟った。


 元はと言えば私が悪い。あの時、萩本を助けていればよかった。私は自分がいじめの対象になることを恐れて、萩本を見捨てたのだ。

 ここで殺されても文句は言えないなぁ。



「ごめんね、萩本。ごめんね」


 私は泣きながら言った。

 その言葉を聞いた萩本の動きが止まった。しかし、一瞬間が開いただけで、次の瞬間には激しく私の首を掴む。


「どうして……どうして……」


 萩本はそれしか言わない。

 喉が抑えられて声が出せない。

 私は心の中で「ごめんね」と繰り返し言い続けた。


 強くなっていく手の力。遠のいていく意識。


「ご……めん……ね」


 かろうじて発することができた。その瞬間、蛍光灯の点滅が収まり、私は地面に叩きつけられた。


 誰かが駆け寄ってくる。

 私は意識を失った。





 目が覚めると私は病院にいた。


 用務員の人が血相を変えて走り去る佐々木を見かけてトイレの様子を見に来たところ、私が倒れているのを発見したそうだ。


 私の他に倒れていた二人は死んでいた。そのことに関して警察に色々聞かれて、全て隠さずに話したが信じてもらえなかった。


 今思うと、萩本は私を殺すことを躊躇ちゅうちょしていたように思える。他の二人は数秒で殺していたのにも関わらず、私の時は殺しきれなかったのだから。



 

 今もたまに、あのトイレを離れたところから覗くことがある。その度に彼女がこちらを恨めしそうに見ている。

 



 彼女は今も、殺し損ねた私と佐々木がトイレに来るのを待っているかもしれない。

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