第97話 重い愛
久しぶりに見る竜の国の王都。
ワイバーンに跨り、近づけばその街並みを一望できる。
「ねぇ。街が……」
後ろに乗るルフが街並みを見て声を出した。
言いたいことは分かる。
王都の建物に一部破損と言うか、戦闘の後らしきモノが残っていた。
やっぱりこの国にも神族種が現れたらしい。
街は無事だから過程はどうあれ、防衛には成功した。
ソプテスカらが無事ならいいんだけど……
飛行場に近づき、ワイバーンを地上に降ろす。
地上に近づくたびに、腰に回されたルフの腕に力が入る。
相変わらず地面に近づくのは苦手らしい。
ワイバーンを着地させ、緑色の体躯から降りた。
周りの視線がやけに突き刺さるが、何だろうと周りを見ていると後ろから抱きつかれた。
「ユーゴさん!!」
この背中に当たる柔らかい感触は、ソプテスカに間違いない。
「久しぶり。ソプテスカ」
「私の胸だけで分かるなんて、流石です♪」
「こら! 面前で何してるの!?」
ルフの指摘に交じって周りから歓声があがる。
俺に対して「あの男何者だ!?」みたいな声が聞こえた。
王女に抱き着かれるなんて、周りから見れば何者か気になって仕方ないだろう。
俺としては変に注目を集めると、色々と面倒かもしれないので早く離して欲しい。
「そろそろ離してくれ」
抵抗されるかなと思っていたが、ソプテスカがあっさりと離してくれる。
改めて彼女と向かい合うと、顔が目の前にあった。
そして考える間もなく、唇が重なった。
「ん!」
「えぇ!!?」
ルフが横で驚いているが、俺はもっと驚きだ。
周りの歓声が更に大きくなり、しまいには拍手が鳴った。
ようやく顔を離したソプテスカが笑顔をつくる。
「えへへ♪ 嬉しくてつい」
勢いでキスするとは、この王女様の行動力と決断力には驚かされる。
変な噂が王都に広まりそうだし、もうちょっと王女としての立場は庶民にとって重大な物だと自覚してほしい。
「ユー君……」
聞き覚えのある声。
そして俺のことをそう呼ぶ奴は一人しかいない。
今の状況、それを考えただけで背中に冷たい汗が流れた。
「よ、よう。ユノレル」
恐る恐る振り返ると、いつもの白いワンピースと風に揺れる蒼い髪。
白い肌と整った顔立ちはまるで人形のようだ。
「信じてたのに……信じて待ってたのに……」
「これは事故みたいなもんだ。だから落ち着てくれ……な?」
涙目のユノレルの頭を撫でる。
なんとかこれで落ち着いてくれると助かるんだが……
そんな願いとは裏腹に彼女の魔力が高まる。
俺とユノレルの足元にボコボコと音をたてて水が生まれた。
その水が俺の身体の周りを囲み、動きを封じて来る。
「ちょっと待て! 息が……!」
言葉を言い切る間もなく、水に囲まれ息が出来なくなる。
「ユノレルやりすぎよ!!」
「ど、どうしよう……」
オロオロするソプテスカとルフが止めようとして近づく。
それから逃げるように、ユノレルが水の牢を生成した。
その中に閉じ込められたまま、身体が宙に浮く。
どうやらユノレルはこの場から俺を連れ去る気らしい。
逃げるか? でもまだユノレルは周りに影響を及ぼしていないし……
そんなことを考えていると、水圧が一気に上がった。
徐々に首が絞められ、少ない酸素が脳から奪われる。
視界が霞み、徐々に周りが暗くなった。
クソ……なんでこんな目に……
そう思った直後、視界が真っ暗になった。
「ん……」
ぼんやりと頭に意識が灯り、目を開けた。
最初に入って来たのは、ユノレルの顔。
深淵を除いたような蒼い瞳は深く、思わず引き込まれるほど美しい。
「起きた?」
「……とりあえずこの状況を説明してくれ」
「これでずっと一緒だね」
ニコッと笑うユノレル。
今俺は両手足を拘束されている。
ベッドの端から伸びた水の拘束具は、簡単には引き千切れそうにない。
それにこの部屋はどこだろう。
部屋にはこのベッドとロウソクが一本あるだけで、唯一ある窓にはカーテンらしき物がかけられており、光を遮断していた。
ヤンデレがここまで悪化していたとは……
「私だって辛いよ。ルフちゃんやソプテスカちゃんは大切な友達だけど、ユー君を私から奪うなら殺さないと……でもそんなことしたらユー君は私のこと嫌うでしょ?」
「当たり前だ。また暴走してないだろうな?」
「もちろん。周りに被害を加えたらユー君に捨てられるもん。だからこうして二人で居る」
ベッドの上に座すユノレルが白い指を俺の顔に添える。
「でもこうやってユー君を捕まえたら、周りから隔離すれば大丈夫だよね」
「皆で楽しく暮らすっていう選択肢もあるぞ?」
「やだ! やだ! ユー君が私を見てくれないとやだ!」
ユノレルが首を激しく左右に振る。
まいったなぁ。
しばらく会っていないから溜まっていた鬱憤があったらしい。
そこにダメ押しとなるソプテスカの行動。
とうとう爆発してしまったようだ。
「ユー君は私だけ見ていればいいの……ユー君は私の……」
ユノレルの顔が徐々に近づいて来る。
そしてのまま唇が重なった。
「ん……あ……」
ユノレルの貪り食うような激しいキス。
両手足が拘束されている俺は無抵抗でされるがままだ。
「はぁ……ユー君の味……」
ようやく顔を離してくれたユノレルが惚けている。
どうにか収まってくれないかと心の中で願うが、彼女はそのまま添い寝をしてきた。
どうやらまだ収まってくれないらしい。
「独りにしないで……もう独りは嫌……」
ユノレルがそう呟き、俺の服の端をギュッと掴む。
その手は僅かに震えており、まるで寒さに震える赤子のようだ。
「俺が居なくても独りじゃないだろ?」
「ユー君が居ないと意味なんてない。神獣の子である私を最初に受け入れてくれたのは、ユー君だもん」
「……ソプテスカとは仲良くなったか?」
「うん……友達だよ」
「そっか」
「だから余計に嫌。友達は大切だけどユー君も大切だから」
ソプテスカのことを友達だと言うってことは、ユノレルの対人スキルは確実に上がっている。
外の世界を色々と経験したことが生きているようだ。
後は俺から独り立ちしてもらうだけだな。
別に好意を向けるなと言うわけじゃない。
好かれるのは嬉しいし、そこにユノレル自身に悪意はなく、その表現の仕方に問題があるだけで……
拘束されている手足に力を入れてみるが、やっぱり水の鎖はビクともしない。
法術による硬度強化も加えられており、破壊するには本腰を入れるしかなさそうだ。
そんなことをすれば、添い寝をしているユノレルを傷つけることになる。
「竜の神獣に会ったよ」
ポツンと彼女が呟いた。
顔を横に向けるとユノレルの顔がすぐ傍にあった。
やっぱり俺たちが天馬の神獣に助けられたように、竜の国は父に助けられたらしい。
そうなるとやっぱり他国にも神獣が現れたと考えるのが妥当か。
「何か話した?」
「ユー君との結婚を報告した」
「俺には身に覚えのない話なんだが……」
困惑する俺に傍からユノレルがスッと離れる。
そして手足を縛っていた拘束具が解除された。
どういう意図かは分からないが、とりあえず身体を起こし手首の調子を確かめる。
「ユー君はどうしても人間たちの味方をするの?」
「もちろん。ユノレルはまだ許すことが出来ない?」
「悪い人ばかりじゃないのは分かったよ。だけど……」
「だけど?」
ユノレルの蒼い瞳が、真っ直ぐ向けられる。
薄い唇をキュッと噛み、慎重に言葉を選ぶ。
「人間なんて私にはどうでもいい。私はユー君の味方で人間の味方じゃない。もしも他の人間がユー君を私から奪うのなら、あの時みたいに容赦なく殺す」
あの時とは人魚の国で海都を襲った時のことだろう。
人間に牙を向け、俺と本気で戦った。
大量の戦死者と街に被害をもたらしたあの惨劇。
許されることではない。
そんなことはユノレルだって分かっている。
しかし彼女にはそんなことどうでもいい。
俺が人間の味方をするように、彼女は俺の味方をする。
それはつまり、俺の味方の味方でもある。
「じゃあ、ルフやソプテスカの味方でもあるわけだ」
「そうだね。ユー君に手を出すなら容赦しないけど」
「物騒だからやめてくれ」
「むぅ。じゃあ私を優先してくれる?」
「可能な限りは……だけど……」
「それ以上は言わないで。聞いちゃうと冷静である自信ないから」
ニコッと笑う彼女の顔はどこか儚く、俺の心情を察しているようだった。
――俺はユノレルの気持ちに応えることは出来ないかもしれない
そう言おうとした。
言葉をグッと喉の奥に閉じ込める。
ユノレルがそう言うのであれば、今はそれに甘えよう。
いつかは答えを出さないといけない。
引き延ばすのは、互いの為にならないような気がした。
うん。やっぱり人魚の神獣に相談しよう。
「でも! 今は私だけみてくれるよね?」
決意を固めた俺の首にユノレルが腕を回す。
そのままベッドに押し倒され、彼女が俺の上に四つん這いで跨る。
「独り占めしちゃうんだ♪ ユー君を私が♪」
ペロッと舌を出したユノレルの顔が徐々に近づく。
そのまま俺たちは唇を重ねた。




