第96話 隣の君
結論から言おう。
俺はとても恥ずかしい思いをした。
ルフと二人で並んで座っていると突然アレラトが乱入して来た。
チコさんに首元を掴まれ、止められていたが緊急の案件だったらしい。
顔を赤くして自室にもの凄いスピードで戻って行ったルフはともかく、アレラトから用件を聞くと俺の迎えが来たとのこと。
旅館の表に出ると一体のワイバーンが止まっていた。
このワイバーンを連れて来た騎士団の者は、よそ者だと言うことで既にこの場を去ったらしい。
俺に会えないのなら、せめてでもと俺が乗る予定だったワイバーンを置いて行った。
一応この場所は秘境となっているはずで、どうやって見つけのか考えているとラウニッハが誘導したらしい。
本人曰く「近くを飛んでいたから」だそうだ。
竜の国から迎えが来たと言うことは、あの国にも神族種が現れた。
ユノレルが居るから最悪の事態は避けられるはずだし、フィンニルが俺たちを助けてくれたように、父さんが助太刀しているかもしれない。
壊滅している確率は低いだろう。
ちなみにラウニッハとチコさんにはルフとのことを色々聞かれた。
どうやらチコさんに限っては、俺とルフが並んで座っている所を陰からこっそり見ていたらしい。
なんという羞恥プレイ。
並んで座っているだけよかった。
万が一それ以上のことまでしてしまっていたら、今頃みんなにからかわれて大変だった。
兎にも角にも、身体は回復しているし迎えが来たとあれば、早急に戻るしかない。
ここ数日は寝ていた部屋に準備する為に入ると、ベッドの上にテミガーが腰を下ろしていた。
「元気ー?」
「元気も何も、ルフに要らないことを吹き込んだろ」
「あら? お気に召さなかった?」
肩を竦めたテミガーを無視して、部屋に備え付けられていた木の箱を開ける。
中身には愛用のポーチと収納口。
それらを手に取り、身体に身につける。
「あの子が悩んでいたからアドバイスしただけよ?」
「ロクでもないアドバイスどうも」
「……戻るのね」
赤い外套を身に纏い、テミガーの方を振り向く。
先ほどまでとは違うピンと張り詰めた空気感。
戦っていた時のような殺気とはまた違う威圧感が向けられていた。
「天馬の神獣が各神獣の所に戻れって言ってたし……お前も戻るんだろ?」
「ええ。もちろん」
ニコッと彼女が微笑むが、それを見て何故か背筋が寒くなる。
「……あの子は連れていくの?」
「ルフのことか? 本人次第だな」
「情けない男ね」
強い口調。
先程までの茶化していた時は違う、その言葉には明確な意志が込められていた。
「『俺について来い』くらい言ったらどうなの?」
「それを決めるのはルフだろ」
「女の子は男から求められたいモノなの。それに……あの子の気持ち知っているんでしょ?」
テミガーの真っ直ぐな緑色の瞳が俺を捉える。
どこかむず痒さを感じて、後頭部をガシガシと掻いた。
「分かったよ。俺から誘えばいいんだろ」
「そうそう♪ 『俺の傍に居れくてぇぇぇえ!』 ぐらいのテンションで♪」
「殺されるから……」
親指をグッと立てるテミガーにため息。
こいつは面白ければそれでいいって感じなのだろうか。
それとも、同じ女性としてルフを放っておけないからなのだろうか。
何を考えているかサッパリ分からない。
戦闘の相性だけでなく、普段のかみ合わせも悪いらしい。
テミガーを放置して廊下に出る。
そこに壁にもたれ掛かるベルトマーが居た。
「もどんのかぁ?」
「ああ。父さんの所へ一回帰るよ」
「フン。腕を鈍らすんじゃねぇぞ。てめぇを倒すのは俺様だ」
自分の方に親指を向けて堂々の宣言。
格好いいねぇ。
俺もこのくらい堂々と、そして自信満々で言いたいもんだ。
「またなベルトマー」
そう言い残し廊下を歩いた。
何だかんだで、神獣の子の中で最初に知り合ったのはこいつだ。
神族種の問題が解決したら、また絡まれそうで怖い。
ただの喧嘩なのにお互い神獣化して戦えとか、こいつは平気で言い出しそうだ。
だけど味方なら最高に頼りになる。
それだけは間違いなかった。
静かな樹の廊下を黙って歩く。
廊下にある部屋の中で一番奥で端っこの部屋。
ここがルフの部屋だ。
もちろん入ったことはない。
木製の扉の前で深呼吸。
柄にもなく緊張しているらしい。
今思えば、俺が自分の意志でルフを誘ったことはない。
節目の時はルフがついて来るか、人魚の国の時は母親であるミエリさんに頼まれた。
その後は普通について来るもんだと思っていたし、隣にルフが居ることに疑問を持ったことはない。
今回は父の元に帰るから、彼女を連れていくことは無理だ。
それに神族種が各国を同時に攻撃したとなれば、首脳陣たちが動くだろう。
一応ルフを預かっている身としては、彼女の無事を知らせる為にも一度親の元に帰ってもらうのも責任だと思っている。
だから一緒に行くとしても竜の国までだ。
意を決して部屋のドアを三回ノック。
少し間が空いて「誰?」と中から聞こえた。
「俺だけど」
「ユ、ユーゴ!?」
何故か驚いたような反応と部屋の中からバタバタと音が聞こえる。
お前は何をやっていたんだと心の中でツッコム。
「開けていい?」
「ちょ、ちょっと待て!」
ルフにそう言われ、ドアの前で大人しく待つことにする。
急ぎだけどここでせかした所で結果はあんまり変わらないだろう。
ドアが開き、ルフと向かい合う。
そして俺の格好を見て、ルフが少し驚く。
「え? どこか行くの?」
「迎えが来てな。竜の国に戻るよ」
「そっか……そうなんだ……」
ルフが視線を落とす。
いつもなら「あたしも行く!」とか勢いよく言いそうなのに。
「一緒に来るか?」
「……いいの?」
親に何かをねだる子供が恐る恐る親を見る目は、こんな感じなのだろうか。
「いつもそうだったろ? 嫌なのか?」
「嫌じゃない! 嫌じゃないけど……」
「けど?」
「……言いたくない」
顔をプイッと横に向ける。
言いたくないことがある時の仕草。
たまに正直に言って欲しいもんだ。
「命懸けで助けた女の子にフラれる男の気持ち分かるか? めちゃくちゃ切ないぞ」
「チコさんと一緒に来た」
ルフはまだ顔を横に向けている。
ご機嫌斜めの彼女の機嫌をどうやって治すべきなのか。
そんなこと分からないから、テミガーの助言を少しだけ参考する。
「俺はルフに一緒に来てほしい。それに……」
「それに?」
「俺の相方がお前以外に務まるわけないだろ」
ようやくルフの顔がこちらを向き、桃色の瞳が細くなる。
笑いを堪えられないのか、口元が僅かに緩んでいた。
「そっか……そうなら仕方ないわね」
「戻れば父さんの所に行くから、一緒に行くのは竜の国までだ」
「はいはい。状況が状況だし、それは仕方ないわね」
「交渉成立だな」
右手をルフに差し出す。
彼女が俺の右手を見た後、顔を見て来る。
ジッと疑いの視線を送って来るが、その視線に笑顔を返す。
そんな俺の右手を握ろうとしたルフの身体をグイッとこちらに引っ張った。
「な、何!? ん!!!?」
そしてそのままルフの唇を奪った。
驚いた彼女の身体が強張っているので、すぐに顔を離す。
目が点のルフに背中を向けた。
「この前のお返しだ」
「あ……うん……」
ぎこちない返事。
どうやらまだ頭が追いついていないらしい。
「遅れるなよー」
背中の向けたまま右手を挙げて、ルフにそう伝えた。
ホントは恥ずかしくて直視で出来ないと悟られないように。
ユーゴの背中を見送り、ルフはとりあえず自室に戻った。
閉めた扉に背中を預け、さっきのことを思い出す。
ユーゴに右腕を引っ張られ、バランスを崩したと思ったらそのままキスされた。
予想外の出来事に頭が追いつていなかったが、今になって冷静になる。
そして顔の温度が急上昇。
胸の鼓動が早くなる。
(落ち着くのよ! あいつは女の子にいい顔するだらしない奴! キスしたのだって大した意味なんて無くて、あたしがしたから仕返しにしただけよ!)
期待するなと自分に言い聞かせるが、鼓動が全然収まってくれない。
それに一緒に来てくれと誘われ、相方が他に居ないと言われて、本当に嬉しかった。
彼が自分を必要としてくれたことが。
高ぶる気持ちを抑えるように深呼吸。
ユーゴを待たせるのも悪いので、急いで十発の準備を始める。
破弓を背負い、短剣を腰に差して灰色の外套を身に纏う。
顔を両手でパンと叩き、廊下へと出る。
そのまま駆け足で旅館の外へ。
二人乗りの証である橙色の斑模様。
そこにはユーゴと初めて乗ったワイバーンと同色の物が居た。
「ねぇねぇ!」
ユーゴの見送りだろうか、ラウニッハやチコと一緒に居たテミガーに呼び止められた。
手招きをされ、近づくとテミガーが耳に顔を近づける。
「二人っきりだからって、押し倒しちゃダメよ♪」
「そんなことしないからっ」
「フフ♪ また話を聞かせてね♪」
ニコッと笑うテミガーにベッと舌を出して答える。
この女は自分をからかっているだけだ。
面白ければそれでいいと言った感じに間違いない。
「ルフ。早く乗れ」
「ごめん!」
ユーゴが既にワイバーンに跨っている。
ルフは駆け足で近づきジャンプ。
そのままユーゴの後ろに着地して跨った。
「ユーゴ」
「なんだ?」
ラウニッハがユーゴのことを呼び止めた。
ユーゴは既に手綱を握っており、ワイバーンは翼を広げていた。
「ありがとう」
そう言ってラウニッハとチコが頭を下げる。
その姿にユーゴは僅かに口元を緩めた。
「気にすんな。俺は自分のしたいことはしただけだ」
ユーゴがそう返し、握った手綱でワイバーンの太い首をパシッと叩く。
フワッと苦手な浮遊感の後、ワイバーンの身体が浮いた。
そのまま一気に加速して蒼い空へ。
ユーゴの身体に腕を巻き付け、ゆっくりと振り返る。
天へと高く伸びる精霊樹。
その周りには何もない大地が広がっており、生命の気配がない。
神獣の子同士の戦いの後。
世界を壊しかねない者同士が残した爪後だ。
しかし少し離れた所の地平線には、何処までも果てしなく広大な森が続いていた。




