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第95話 二人の距離


 ラウニッハとチコの尽力により、天馬の国は急速な速度で国力を回復させていった。

 世界に反旗を翻した責任を全てラウニッハが背負い、エルフたちは新たに現れた敵に対して一つになろうとしていた。

 そしてラウニッハが、精霊樹の麓に眠る古代兵器の封印を解くことに。


 神族種たちに対抗できる兵器でも出て来るかと思っていたら、見つかったは片手に乗るくらいの大きさをした黄色い球体だった。

 膨大な魔力を貯蔵している以外何も特徴の無いその球体は、一応ラウニッハが持つことになったが、使い道がイマイチ分からなかった。


 その間にユーゴたちは身体の傷を回復させ、そろそろ自国へ戻る頃だと言っている。

 何処までついて行けないいのやら、そんなことを思いながらルフは露店風呂に浸かり月を見上げて息を吐いた。


「どうしたの? 深刻そうなため息をして」


 石造りの露店風呂の端に腰を下ろし、タオルで前を隠したテミガーが不思議そうに聞いて来た。

 湯気のせいでハッキリとは見えないが、出るとこは出て締まるとこか締まっている彼女の身体つきは羨ましい。


「別に。なんでもない」


「さては胸が無いせいで、愛しの彼を誘惑できなくて困っているのね?」


「だ、誰もユーゴのことで悩んでないわよ!」


「私は別に竜の神獣の子だと言った覚えは無くてよ?」


「くっ」


 テミガーが口を押えてクスクスと笑う。

 非常にムカつくが、自分から言ってしまっては反論の余地はなかった。


「大丈夫よ。胸が無くても他の所でカバーすれば♪」


「だから悩んでないって言ってるでしょ!」


「じゃあいいの? 竜の神獣の子が他の女の子と仲良くしていても?」


「そ、それは……」


 言われて思わず想像してしまう。

 ユーゴに好意を寄せる女の子は意外と多く居る。

 王女であるソプテスカに自分の知らない所で仲良くするレアス、そして同じ神獣の子であるユノレル。


 その女の子たちとユーゴが仲良くしている。

 今まで散々見てきたが、自分の気持ちに気がついてから想像すると嫌で仕方なかった。


「ほら嫌でしょ?」


 テミガーが湯に浸かり、距離を詰めて来る。

 まるで心の中を見透かされているような緑色の瞳から目を逸らす。


「で、でも……どうすればいいか分からないし……」


 鼻まで湯に浸かり、息でお湯をブクブクと泡立てる。

 顔の熱さが、のぼせたせいかのか、恥ずかしさからなのか分からなかった。

 大した恋愛経験のない自分にはユーゴを振り向かせる術なんてない。


 だけど彼の周りには魅力的な女の子たちで溢れている。

 そう思うだけで気分が沈んだ。


「私に任せなさい! これでも淫魔の国出身だからアドバイスできるはずよ♪」


 テミガーが大きな胸を張る。

 その姿を見て、自分にももう少し胸があればとか考えてしまう。


「そうだ。チコ! あなたも来なさいよ!」


 テミガーが洗い場で身体を洗っていたチコを呼んだ。

 身体に着いた泡を流し、お湯に浸かったチコがゆっくりと近づいて来る。


「なんですか?」


「女子会よ♪」


 親指をグッと立てるテミガーを見て、チコが首を傾げた。


「この子が好きな竜の神獣の子を振り向かせるために作戦会議よ」


「えぇ!? ルフさんってユーゴさんのこと好きだったんですか!?」


「シッ! 声が大きい!」


 大声を出したチコに対して、ルフが慌てて指を口の前に立てる。

 少し離れた壁越しでは、今頃ユーゴたちが湯に浸かっているはず。

 万が一にも聞かれる訳にはいかなかった。


「ご、ごめんなさい……」


 チコが小さくなり申し訳なさそうに頭を下げた。


「最近のこの子を見ていたら普通気づくでしょ?」


「そ、そうですか?」


「そりゃそうよ。あからさまに竜の神獣の子を避けてたじゃない」


「うっ……」


 痛い所を突かれ、ルフはドキっとした。

 天馬の神獣の子(ラウニッハ)との戦いの最中、告白までしてその勢いでキスまでしてしまった。

 しかもユーゴにはキスしたことを知られている。


 正直ユーゴにどう接したらいいたのか分からないのが本音だ。

 だからチコが眠っている間は、彼女の部屋に入り浸り、最近はユーゴに見つからない様にしている。

 それをテミガーは見抜いていたらしい。


「その……ルフさんはど、どこまでしたんですか?」


 チコが思った以上にグイグイ聞いて来る。

 その隣でテミガーも目を輝かせており、誤魔化せない雰囲気だった。


「キ、キスしたくらいかな……」


「そ、そんなのダメです!! もっと健全な付き合い方を……」


「その後は押し倒したの!?」


 二人がうるさい。

 本当にこの二人は力になってくれるのだろうか。


「ええい、うるさい! どうせ向こうにはなんとも思われてませんよ!」


 プイッと顔を横に向けたルフ。

 これ程自分がユーゴのことで悩んでいるのに、奴には何も変化がない。

 距離をとって自分から話しかけない最近も、何か言ってくる気配は無い。

 もしも自分を少しでも思っているのなら、話しかけてくれてもいいはずなのに。


「ホントにそう思っているんですか?」


「あちゃー、これは苦労しそうだわ」


 チコとテミガーが予想外の反応をしている。

 どうやら自分と彼女たちの見解にはズレがあるらしい。


「チコ。この子どうする?」


「私に聞かれても……相思相愛にしか思えないんですけど……」


「う、嘘よ! あいつがあたしのこと……」


 もしも好きだったら?


 一瞬頭にそう過った。 

 だとしたらそれ程嬉しいことはない。

 あの赤い瞳も笑顔も、全部を独り占めできる。

 そう思うだけで歓喜して飛び上がりそうだ。


「ま! とにかくよ。今日は積極的に行きなさいよ! 色々と助言はしてあげるから♪」


 この状況を楽しんでいるようにしか見えないテミガーだが、今の状況では彼女以外を頼ることが出来ないのもまた事実。

 ルフは大人しく言うことを聞くことにした。














「おぉ! 凄い筋肉じゃ!」


「鍛えているからな」


 またベルトマーの筋肉談議が始まっている。

 露店風呂から脱衣所に入ると、パンツひとつでボディビルダーのような格好をつけては、その度にアレラトが喜んでいた。

 呑気だけど元気そうなアレラトを見て安心した。

 父親であるラーヴァイカの死からも少しずつ立ち直っているらしい。


「最近は大変そうだな」


「僕かい? 大した疲れじゃない。やる事たくさんあるしね」


 隣で服を着るラウニッハに話しかけた。

 最近は朝から晩まで、天馬の国の内政で働きっぱなしだ。

 もともと大体数のエルフたちを従えていたカリスマ性は今も健在らしく、驚くべき早さで天馬の国は落ち着きを取り戻した。

 もちろんその陰には、チコさんの存在があるからだろうけど。


「それよりも、君はどうする気だい?」


「そろそろ戻るさ。身体も回復したし、急がないといけない」


「それは分かっている。あの桃色の髪の少女とのことさ」


 ラウニッハが眉間に皺を寄せて言った。

 言いたいことはなんとなく分かるが、俺にはどうしようもないことの様な気がした。


「あー、あいつか。最近どうも避けられてんだよなぁ……」


「何か心当たりは?」


「特にはない。助けに来たことに引かれてんのかなぁ」


 ラウニッハの眉間の皺が更に険しくなる。

 お前は何を言っていると言いたげだが、ルフが何も言わないことには事実は分からない。

 まだ筋肉談議で盛り上がるベルトマーとアレラトを放置して、俺とラウニッハは脱衣所を出た。


 木製で造られた廊下を裸足で歩く。

 木の上を裸足で歩くと不思議なことに安心するのは、俺にまだ日本人としての血が残っているからだろうか。


 しばらく歩いているとラウニッハは仕事が残っていたらしく、何処かへ行ってしまった。

 そのまま廊下を歩き、建物の縁側まで移動する。

 一人で居る時は決まって外の景色の見えるこの場所だ。


 蒼い月に照らされる樹々にできた僅かな影。

 森から聞こえる音は驚くほど静かで、二十年間過ごした場所の雰囲気に似ていた。

 そのせいだろうか。

 無性に落ち着くのは……


「と、隣いい?」


 顔を上げると風呂上がりのルフが居た。

 いつもポニーテールにしてある髪は、乾かす為か今は解かれている。

 僅かに濡れた毛先と赤くなった頬が、彼女の色香をグッと押し上げていた。

 胸がないこいつに色気を感じる日が来るとは……


「いいぞ」


「お邪魔します……」


 消えそうな声で呟いたルフが隣にチョコンと座った。

 そしてすぐに違和感。

 別に隣にこいつが居るのは何時ものことだ。


 問題は何故か必要以上に密着してくることだった。

 俺の左肩に身体を預けて来るが、イマイチ体重が乗り切っていない。

 ぎこちないと言うか、どこか中途半端だ。


「どうした?」


「ふぇ!? な、なんでもないっ」


 顔赤くしてバッと離れる。

 そして顔を伏せてしまった。

 何かブツブツと呟いているが、何も聞こえない。

 耳に魔力を集めて聴力を強化。

 小さな声を拾った。


「積極的に……甘えるように……テミガーの言ったとおりに……」


 全部聞こえているぞ。

 そう言う気は無く思わずため息。

 ルフの肩がビクッと震えた。


「誰の入れ知恵だ?」


「……」


 ルフは顔を伏せたまま何も言わない。

 テミガーに余計なことを吹き込まれたのだろう。

 俺を誘惑する術とか、その他色々。


 ただ残念ながら、こいつの女子力の低さはテミガーの計算外だったらしい。

 男勝りで勝気なルフが、男を誘惑する術を身につけたら、それはそれで怖い気がするけど……


「い、いつから気がついてたの?」


「初めからおかしいだろ。最近避けてたくせに急に密着してくるんだから」


「ごめん……」


 顔伏せたまま素直に謝るルフ。

 それを見て頬を掻く。


「いや。別にいいんだ。ただ避けられるくらいなら理由を知りたいなって」


 ルフが少しだけ顔を上げた。

 耳まで赤くして上目遣いでこちらを見て来る。

 そして顔をプイッと横に向けた。


「言いたくない」


「そっか。なら俺から聞くことじゃないな」


「ちょっとくらい聞きなさいよ……」


 そうルフが呟いたのが聞こえた。

 聞いたら怒るくせに。


 だから何も言わなかった。

 俺とルフの間に静寂が流れる。

 普通なら気まずくなる沈黙も今は心地いい。


 こうやって何気ない時間が好きだ。

 いつ間にか左の肩に重さを感じた。

 それも今は気にならない。


 ただホッとする。

 取り戻せてよかった。

 

 そして口をキュッと噛みしめる。

 言えるわけもない言葉を喉の奥でかみ殺す。


 そしてゆっくりと息を吐く。

 言えない言葉を吐き出すように、本当はルフが久しぶりに話しかけて来て緊張していることが悟られないために。


 いつまでも、この心地いい静寂が続くように……


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