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第94話 後悔と決意


「暇だぁ」


「休息は必要だ。特に今の俺たちにはな」


 ベンチに並んで座るベルトマーにそう返した。

 天馬の国で神族種を撃退した俺たちは、秘境と呼ばれるとある場所に来ていた。

 自然豊かな天馬の国の奥にひっそりと設けられた旅館の様な建物。


 ここにはエルフたちでも一部しか知らない温泉があるらしい。

 もちろん観光をしている場合ではないと言うことは分かっている。

 温泉に浸かりに来た理由は、その温泉には自然治癒能力を飛躍的に高める効果があるからだ。


 神獣の子同士による死闘。

 その直後の神族種との連戦により、俺たちの身体は限界寸前までボロボロになった。

 その時に消耗した体力と魔力を回復させるために、この場所に来たと言うわけだ。


 ただし温泉は夜、しかも一定時間しか湧かないらしく、入られる時間は限られている。

 その間は森の中に設けられた旅館の様な建物でのんびりとするしかない。


「チッ。せっかく面白そうな相手が現れたってのによ」


「まぁまぁ。天馬の神獣(フィンニル)の話だと、本格的な攻撃はまだ先だって言うんだから今は身体を休めようぜ」


 神族種との戦闘を終えた俺たちをフィンニルは精霊樹の麓へと呼び寄せた。

 俺とラウニッハの戦闘にとって荒廃した大地。

 五か国で最も豊かな自然も緑も何もない。

 精霊樹を中心にそこには灰色の世界が広がっていた。


 そしてフィンニルは俺たちに身体を休めるように指示。

 天馬の国の奥にあるこの温泉の場所を教えてくれた。

 回復した後、各神獣の元へ帰ることを条件付きで。

 攻めて来た神族種がまた来ないかどうか聞くと、「あれは奇襲で本体は別で来ます」と教えてくれた。


 どうやら今回の奇襲は、転移魔法を用いて他国に対してもほぼ同時に行われたものであり、相手もそう何度も転移魔法は使えるものではないらしい。

 だからしばらくは大丈夫とのこと。

 仮に攻めて来るとしたら、その前に必ず宣戦布告をしてくる。


 根拠はない。

 ただ『魔帝の性格』からそれは間違いないらしい。


「二人とも!」


 呼ばれたので振り返ると息を切らしたルフの姿。

 額に汗を滲ませているから、かなり慌てて来たらしい。


「チコさんが目を覚ました」





 ルフに連れられて、チコさんが寝ていた部屋へと入る。

 そこにはベッドで上半身を起こしたチコさんと、部屋に用意されていたソファーの上で淫魔の神獣の子(テミガー)が寝息を立てていた。


「あの……私は……」


 戸惑ったように声を絞り出したチコさん。

 胸に穴が空いていたんだ。

 自分が生きていて信じられないと言ったところか。


「そこのソファーで眠っている子がずっと面倒を見てくれていたんです。とにかく無事でよかった」


 ベッド脇にある樹の椅子の腰を下ろす。

 ベルトマーは興味がないと言ってついて来なかった。

 奴からすれば、生きていることが分かっただけでいいと言った感じだ。

 ルフが部屋にあった布をテミガーが風邪を引かない様に、そっとかけていた。


「ラウは!? 彼は無事ですか!?」


「ええ。無事ですよ」


「よかった……」


 チコさんがホッと胸を撫で下ろす。

 俺には正直まだ迷いがあった。

 彼女に今の状況を正直に話すかどうか。


 横目でルフの方をチラッと見る。

 俺の心中を察してくれた彼女が小さく頷いた。

 話すべきだと言う返答らしい。


「チコさん。言いにくいのですが実は……」


 俺が彼女にあることを伝えようとした時、アレラトが部屋に駆けこんできた。

 そしてそのままチコさんの胸へと飛び込んだ。


「こらっ、無茶しちゃダメよ!」


 ルフの警告も聞かず、幼いエルフであるアレラトは顔を姉の胸へと埋めた。


「姉御……よかった……本当によかった……」


 嗚咽を漏らし小さくそう呟いた。

 そんな弟の頭をチコさんが優しく撫でる。


「返って来るって約束したでしょ。私はもう大丈夫」


「チコの姉御まで居なくなったら……吾輩は……」


 言葉を濁したアレラトの姿を見て、チコさんの表情が僅かに曇る。


「ユーゴさん……ラウは何処ですか?」


 彼女の翡翠色の瞳が真っ直ぐに向けられる。

 病み上がりなのに力強いその瞳の前に、嘘も誤魔化しも無意味だと悟った。


「……ずっとあなたの父親の墓の前に居ますよ」














 地表から力強く伸びた太い幹。

 空高く伸びた枝の間から落ちる木漏れ日が目の前にある杖に影を映す。

 その杖は死んだラーヴァイカが使っていた物であり、この下の土の中に彼は眠っていた。


 ラウニッハはそんな彼の墓の前に腰を下ろし、ずっと座ったままだ。

 やらなければいけないことは分かっている。

 神族種が攻めて来た。


 それに対してどうするのか決めないといけない。

 ラーヴァイカが最後に残したように、戦う必要だってあるだろう。

 何を選ぶにしてもまずは、天馬の神獣(フィンニル)の元へ帰らないといけない。


 それでも動く気力が湧かずに、座って動けないでいる。

 情けないと自分でも思うが、想像以上に自分という人間は精神的に弱かったらしい。

 世界を敵に回したくせに、身近な人の死に耐えることが出来ない。

 多くの命を奪ったくせに、こうして落ち込んでいる。


(どうしようもないな……本当に僕は……)


 深くため息。

 自分が招いたことだ。

 もしも戦争など起こさずに、ずっと昔のままで居れば守れたかもしれない。

 結果論だと分かっていても、そう考えてしまう。

 

 結局前と同じだ。

 自分が何をしたいのか分からない。


「ラウ」


 聞き慣れた彼女の声。

 振り返るとそこには大好きな翡翠色の髪をそよ風に揺らすチコが居た。


「どうしてここだと?」


「ユーゴさんが教えてくれました」


 チコが隣に腰を下ろす。

 彼女の甘い匂いが鼻孔をくすぐる。


「父上は死んだのですね」


 何も言えなかった。

 死んだ原因を作ったのは自分だ。

 直接でなくても、間接的に殺した。

 だからチコから顔を背けるように前を向いた。


 神族種との戦闘中は、勝つことに必死でラーヴァイカが死ぬことを受け入れられていなかった。

 しかし、いざ現実なればこれほど苦しいモノはない。

 自分がバカで愚か者だと後悔した所で、もう彼は戻ってこない。


「もっと早く気がつけばよかった……」


 ラウニッハはポツリと呟いた。

 そうだ。もっと早く気づくべきだった。

 神獣の子である自分が、チコと共に生きられると言うことに。


 交わることはないと、共に生きることは出来ないと決めつけた。

 だから神獣の子としての役割を全うしようとした。


 自分が生まれて来た意味を知る為に、世界に反旗を翻した。

 受け入れられないのなら、世界を壊して創りかえる。

 結局は否定されることが怖くて生き急いだ。

 たくさんの命を奪った。


 その罰がこれらしい。

 自分を息子と呼んでくれた人は死んだ。


「父上は最後に何か言っていた?」


「……君と共に皆を導けと」


「託されたんだ」


「そんな資格ない。多くの者の命を奪った。恨みだって沢山かっただろうね。君だって僕が憎いだろう? 父親の死の原因を作ったのは僕なのだから」


 怒られて楽になろう。

 罵倒されて、憎まれて楽になろう。

 そう思ったのかもしれない。

 だからチコに素直に聞いた。


「そうかもね。父上が死んだことは本当に悲しい……だけど嘆いていても始まらない」


 チコがゆっくりと立ち上がる。

 その姿は凛々しくて、ラウニッハの手を初めて握ってくれたあの時と同じだ。


「父上はいつも言っていた。後に続く世代の為に、何ができるのか考えなさいって。ここで落ち込んで立ち止まることは、後の世代の為にならない。そうでしょ?」


 こちらを向いてニコッと微笑むチコ。

 自分の父親が死んで彼女だって悲しいはずだ。

 それなのに責めるどころか励ましてくれる。

 その事実にまた情けなくなった。


(長老……僕は自分の運命と向き合います。そして『ラウニッハ』としての役目を果たします)


 ラウニッハは立ち上がる。

 罪が赦されるとは思っていない。

 戦争を起こし、多くの命を奪った罰はいつか受けないといけない。


 しかしそれは今ではない。


 まだ自分にはやるべきことが残っている。

 ラーヴァイカが命を落としたことが無駄にならない為にも。

 後に続く世代の為にも。


「この世界の調和を乱す者が居るのなら、僕はそいつらと戦おう。雷鳴を空に轟かせ、大地を焦がすことになったとしても……」


「世界から疎まれても傍に居るよ。だから皆を集めないと」


「……そうだね。まずは天馬の国を束ねないといけない。他国の指導者は既に動いているだろうし」


 確かラーヴァイカは以前、五か国で話し合う時は人魚の国に集まると言っていた。

 他国でも同じように神族種の襲撃を受けたのなら、今後の対応を決める為に各国の指導者が集まる可能性は高い。

 それに乗り遅れない為にも、まずは天馬の国のエルフたちを束ねる必要がある。


「ゆっくり休んでいる暇はなさそうだ」


「そうね。急がないと置いて行かれちゃう」


 チコが笑みを浮かべる。

 無理して笑っていることはすぐに分かった。

 本当は父が死んで彼女も深く悲しんでいる。


 それでも風に髪を揺らして、笑みを浮かべる彼女を守りたいと思った。

 そして少しだけ理解する。


 どうしてユーゴがあれ程までに迷わずに戦えたのか。

 自分が神獣の子であることも、世界を破壊しかねない力を持っていることを受け入れた上で本気で戦ったのかを。


(ユーゴ。君の戦う理由はシンプルだったんだね)


 フッとラウニッハは笑った。

 そして息を深く吸う。

 もう迷わない。

 やるべきことはハッキリしている。


 そして共に歩く人が居ることも……


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