第93話 竜の神獣
「来たな……アザテオトル」
神族種が持っていた剣を竜の神獣へと向けた。
アザテオトルはそれを意に介さず、赤い体躯を急降下させる。
そして神族種に向かって、力強く右腕が振り降ろされた。
砕ける大地。
まるで地震のような揺れがソプテスカたちの足元を揺らす。
「アザテオトル! 少しは加減をして下さい! アナタが暴れれば王都が……!」
「案ずるな。手加減はしておる」
アザテオトルが右腕を地面から抜いた。
大地を砕いてことで出来たクレーターの中には、無残な姿で潰れた神族種。
「さて……そこの老人は手当てしなくてよいのか?」
アザテオトルの金色の瞳が国王を捉える。
「父上!」
ソプテスカはすぐさま国王に近づき、傷口に治療魔法をかけた。
最近はユノレルに魔力操作のやり方を教えてもらい、より高度な治癒魔法を使えるようになった。
結界や魔力罠にも一層磨きがかかり、法術使いとして一流の領域まで達しようとしている。
「うぅ……ソプテスカか……?」
「はい。大丈夫ですから、動かないで下さい」
「王都は……?」
「無事ですよ。アザテオトルが助けに来てくれました」
細く開いた父の瞳が赤い竜を見つめる。
そして深く息を吐いた。
神と崇められる神獣の存在感は圧倒的だ。
もしも味方か敵か分からなければ、生きることを諦めてしまいそうになるほどに。
そんなことを思いながら、父の傷が急所を外れていることに安堵。
これならしばらく治癒魔法をかけ続ければ治りそうだ。
「お義父さん!」
ユノレルがアザテオトルに対してとんでもないことを言い始めた。
「……ワシは君の父ではないが……」
「ユノレルさん! 失礼なこと言わないで下さい!」
「だってユー君は私の旦那様なんだから、その父親のアザテオトルはお義父さんでしょ?」
首をコテンと倒し、自分が間違っている意味が分からないと主張するユノレル。
「報告も無しに結婚したのか?」
「だって……あんなことされたら……」
ユノレルが頬を抑えて顔を赤くして一人で盛り上がっている。
「ユーゴも大人になったのだな……」
何故か感慨深く呟くアザテオトル。
二人の会話が成立していることが恐ろしい。
だけど今は、王都の上空に居る白い翼竜を何とかしないといけない。
「盛り上がっている場合ですか!!? 早くあの翼竜をなんとかとないと!!」
「おっと。その話は後でゆっくり聞かせてもらおう。人魚の神獣の子よ。手伝ってもらうぞ」
「どうして私が人魚の神獣の子だと?」
「あの女と同じ波長を発しているからだ。神族種を含め神獣同士もそれを感知することが出来る。もちろん、神獣の影響を受けている子供たちもな」
「やっぱり私とユー君も運命で結ばれていたんだね……」
「……」
アザテオトルが困惑している。
どうやらユノレルはユーゴの父親に会えて、いつもよりもテンションが高いらしい。
「行くぞ。乗れ」
「りょーかい」
敬礼ポーズでユノレルが赤い竜の背中に乗った。
神に対してそんな失礼態度でいいのか心配になったが、アザテオトルは大して気にしていない様に見える。
寛大な性格で良かったとホッと一安心。
そしてアザテオトルが背中の羽を力強く羽ばたかせ、空へと飛び立つ。
その赤き体躯はこの国の象徴であり、神と崇められる魔獣身体が太陽の光に反射されて輝いている。
その存在に気がついた王都の人々から歓声が上がった。
陽が落ちて、王都から見える山脈の屋根が茜色に染まる。
王都にはもう剣戟の音も、魔術が魔物を粉砕する爆発音も聞こえない。
聞こえるのは生きている人々の声だけだ。
ある者は失ったモノを嘆き、ある者は生きていると歓喜し、ある者は目の前に現れた神に祈りを捧げていた。
「アザテオトルよ。この国の王として、この度は感謝致します」
傷口に包帯を巻いた国王がアザテオトルに頭を下げた。
先ほどまでは人目に触れる場所だった為、会話することも困難だったが、今は城の裏で話をしている。
結局王都を強襲した白い翼竜は、アザテオトルとユノレルの連携の前に敗北した。
全てを焼き尽くす竜の神獣の炎と、結界を含めた多彩な魔術と法術による援護があれば大した敵ではなかったらしい。
「気にするな。遅かれ早かれ起きていた事態だ」
「聞きたいことがあります」
ソプテスカが前に出る。
横に居るユノレルを横目でチラっと見た。
戦争が始まってからずっと、神獣の子たちのことを考えていた。
その答えが目の前にあるかもしれない。
そう思うだけで、好奇心を抑えることが出来なった。
「どうして人間の子供を育てたのですか? 今世界は『神獣の子』と呼ばれる存在を中心に動いています。戦争を始めた者、王となった者、人々に味方する者……神獣の子が共通の目的で動いているとは思えません」
「人魚の神獣の子。君はなんと言われて送り出された?」
「恋をしなさい。あとは自分の道は自分で決めること」
ユノレルの言葉にアザテオトルは納得したように目を閉じて深く息を吐いた。
「ユスティアらしい……」
「本当の目的はなんですか?」
「それを聞いたところで、決めるのは子供たちだ。人間の味方をするのか、黙って滅ぼされるのを見ているだけなのかどうかは」
アザテオトルが人魚の神獣の子を見た。
大きな黄色い瞳の中に小柄な蒼い髪の少女が映る。
「一度人魚の神獣の元に戻れ。各神獣の子はそれぞれの神獣の元に戻るだろう。どうするかはそれからだ」
「じゃあ、ユーゴさんも戻って来るのですか?」
「だろうな。ワシに話を聞くために戻って来るだろう」
アザテオトルが翼を広げた。
どうやらこれ以上は会話に付き合ってくれないらしい。
「王よ。魔帝は目覚めた。戦うか、無抵抗に滅ぼされるか、どうするか決めておけ。もちろん他国と相談してな」
竜の神獣はそう言い残し空へと羽ばたいて行った。
それと入れ替わる様に騎士団のワイバーンが地表に降りて来る。
街の復興に関することか、それとも戦争に関して新たな情報が入ったのか。
「国王様! 緊急の報告があります!」
ワイバーンを降りて来たのは一人の若い騎士。
額から多量の汗を流し、今から伝えることの重大さが窺える。
「昨日、人魚・狼・淫魔の各国が謎の勢力による奇襲を受けました!」
「他国にもか……」
王である父が呟く。
他国でも同じように神族種が現れた?
アザテオトルが言っていた『魔帝』と呼ばれる者の復活が関係しているのだろうか。
「しかしそれらの勢力を各国の神獣が、撃破したとのことです!!」
驚いた……ただある程度予想はしていた。
今自分たちが助けてもらったように、他国も神獣に助けられたらしい。
遂に人前に姿を現した神獣たち。
助けてくれたはずなのに、彼らは『子供たち』に選択を委ねると言った。
神と崇められる魔獣と同じ力を持った神獣の子たちに。
「ユノレルはどうするのですか?」
「ユー君と会えるまで戻らない!」
そうじゃないと心の中でツッコム。
もうこの子がユーゴに会わずして、人魚の国に戻らないことは分かっている。
「味方するかどうかの話です」
「ユー君に合わせるよ。ユー君さえいれば後は何もいらない」
ソプテスカは眉間を抑える。
聞いた自分がバカだった。
ユノレルの行動原理は全てユーゴが中心だ。
彼の選択に合わせるのは当然の答えだった。
(そうなると……)
問題はユーゴがどうするかだ。
恐らく彼は天馬の国に居るのだろう。
淫魔の国から姿を消し、神獣の子を追いかけたとなれば行き先はそこしかない。
そしてその国にも同じように神族種が現れたと仮定するのがよさそうだ。
そこに天馬の神獣が現れたとなれば、神獣の子も居るからかなり大規模な戦闘になっているかもしれない。
無事かどうか本当に心配だ。
「父上。天馬の国に迎えを出すのはいけませんか?」
「何故だ?」
「おそらくユーゴさんは天馬の国に居ます。竜の国に戻って来るのなら早い方がいい。父上だってこれから、各国の指導者と会談をするでしょう? 先手を打つためにも、生き残る為にも彼の力は必要です」
「そうだな……迎えだそう」
国王はそう呟きワイバーンから降りて来ていた若い騎士に指示を出した。
その指令を聞いた若き騎士が再びワイバーンで空に戻る。
「これから我は人魚の国へと向かう」
「ギルドマスター『テオウス』様との会談ですね」
「うむ。おそらく狼の国の王女エレカカも来るだろう。問題は残りの二か国だな」
淫魔と天馬の国の指導者は、今頃どうしているのだろうか。
神獣の子に制圧された国なので、もしかすると既に死亡している可能性だってある。
「大丈夫なんじゃない? その辺は上手いことやるでしょ。神獣たちが」
ユノレルが欠伸交じりにそう言った。
国の指導者の代理が簡単に見つかるのは難しいとは思うが、今はそんな悠長なこと言っていられない。
神獣の子だけでも大変なのに、そこに今度は神族種と来た。
急がないといけない。
いつまた攻めて来るか分からないのだから。
(だけど……)
今の世界は一つになるだろうか。
五か国に世界が分割され、長い時を過ごした。
起きた摩擦は色々とあった。
戦争だって何度もした。
血を何度も流した。
今の神獣の子による戦争だって、人間が起こして来たモノと変わらない。
そんな自分たちに現れた『共通の敵』
倒さないと未来はない。
しかしソプテスカの胸にどうしようもない不安が広がる。
皆が同じ方向を向くことが難しいと分かっているから。
世界が一つになるのは、五か国に分割してから長い時を過ごしすぎたと分かっているから。
「ユーゴさん……あなたはどうしますか?」
今どこに居るかも分からない男に向かって呟く。
その言葉は、茜色の空に人知れず消えていった。




