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第92話 王都強襲


 姫と言う立場は時に嫌になる。

 そんなことを思い、竜の国の王女であるソプテスカは椅子に座り、部屋の窓から外の景色を眺めていた。

 ユーゴが淫魔の国へと旅立ちもうずいぶん経つ。


 淫魔の国へ向かった竜聖騎士団の報告だと商業都市は壊滅し、淫魔の国からエルフたちは撤退したらしい。

 神獣の子同士の戦いが影響したことは明白だ。

 その証に傷ついたユーゴを目撃した兵士も居る。


 しかしユーゴは姿を消した。


 既に淫魔の国には居ないと先ほど一時帰還した騎士が教えてくれた。

 また厄介なことに巻き込まれているのだろうと思う。

 心配だが、それについて行けない自分に嫌気が差しそうだった。


 自分が王女じゃなければ、彼の傍に居ることが出来たのだろうか。

 一緒に旅をすることが出来ただろうか。

 そんなことを思っては、親友のルフが羨ましかった。

 ずっと彼と旅をしている彼女のことが……


「ソプテスカちゃん居るー?」


 部屋のドアを開けて入って来たのは人魚の神獣の子(ユノレル)

 王都防衛の為に、竜の国に残った彼女とは今では仲良しだ。

 それに、自分と対等に接してくれる友人は少ない。

 王女である自分に気を遣う人間が多いことは事実である。


「どうしました?」


「暇なの。ユー君は居ないしみんな忙しそう」


「一応今は戦時中ですから。城内が騒がしいのは仕方がありません」


「王都は何時もと変わらないのにね」


 ユノレルがそう言って、自分が使っているベッドに腰を下ろした。

 

「そうですね。淫魔の神獣の子が攻めて来た以降は、驚くくらい平和ですね」


「だよね。私もユー君と行きたかったなぁ。今ごろルフちゃんと……」


 目の光を失くし、ユノレルが何やらブツブツ呟き始めた。

 本当にこの子はユーゴのことになると、すぐ周りが見えなくなる。


「帰って来たら、ルフを徹底的に問い詰めましょうね」


「うん! 独占なんてずるいもん!」


 満面の笑みのユノレルにこちらも笑みを返す。

 本当に人形のようなユノレルの笑顔は絵になる。

 腰まで伸びた蒼い髪と、全てを見透かすような同色の瞳。


 白いワンピースから伸びた細い手足と雪のように真っ白な肌。

 美少女という言葉がピタリと当てはまる。


「ホント、ルフはいいですねぇ」


 本音半分、妬み半分に呟いた。

 本当はもう分かっている。

 ユーゴがどれくらいルフのことを想っているのか、ルフはユーゴのことをどれくらい思っているのか。

 相思相愛と言う言葉はあの二人にこそ相応しい。


(だけど……ユーゴさんの口から直接聞かない限り、諦められません)


 ソプテスカは椅子から立ち上がる。


「ユノレルさん。外に行きませんか?」


「うん。いいよ」


 二人で部屋を出ると緊張した面持ちのメイドさんたちとすれ違う。

 淫魔の神獣の子(テミガー)の襲撃以来、メイドさんたちは皆緊張している。

 安全だと思っていた場所が一瞬で血の海に変わる所を見てしまったからだ。

 耐性がないのだから仕方がない。

 あんな恐怖は簡単に拭えるモノでは無かった。


 城の外に出ると、心地のいい日差しが身体に当たる。

 ポカポカと身体は温まり、思わず欠伸が出そうになった。


「いい天気だねー」


「ホントに……戦時中なんて信じられないくらいです」


 すれ違う衛兵たちの視線が気になる。

 巡回している衛兵の数は普段よりも少ない。

 しかしユノレルと一緒に外を歩けば、必要以上に注目を集めてしまう。

 王女と言う役柄、人の注目を集めること、大勢に囲まれることは慣れている。

 だからと言って、ジロジロ見られるのはあまり好きではない。


「何処に行きましょうか?」


「うーん」


 ユノレルが顎に手を当てて考えている。

 その様子は何処か微笑ましく、穏やかだと勝手に思っていた。

 しかし突然ユノレルが王都の街の遠くを眺めた。

 その視線は街の周りを囲むように建てられた外壁へと向けられている。


「どうかしました?」


「なんだろ……何か来る」


「そんな不吉なことを言わない……」


 言葉を言い切るよりも早く、感じたのは魔力の揺らぎ。

 そして王都の上空に黒い球体が出現した。


「何でしょう? あれは?」


「魔力の塊……だけどこのプレッシャーは……」


 ユノレルが警戒心を強めた表情で呟く。

 そして周りの兵士たちからもどよめきが聞こえた。

 黒い球体は徐々に大きくなり、王都へ落ちる影が次第にその勢力を広げていく。


 やがて、黒い球体がその成長を止めた。

 空にまるで黒い穴が空いたように広がった黒い球体。

 そして中から何かが出て来た。


「何あれ……」


 ソプテスカは思わず呟いた。

 出て来たのは白い竜の大群。

 翼竜なので腕はないが、白い鱗に赤い瞳。

 人ひとりが乗れそうなほどの大きさだが、空を覆い尽くす程の数に背筋が寒くなった。


(魔物? 敵襲? 何が一体……)


 頭の整理が追いつかない。

 目の前の光景を現実だと受け入れることが出来ていないらしい。


「ソプテスカちゃん!」


 横を見るとユノレルの魔力が高まっていた。

 そして足元から水が出現し、形を織りなし無数の槍となる。

 ユノレルはその槍たちを、空中を飛ぶ白い翼竜たちに向けて放つ。

 休みなく連続で放たれる槍が、白い翼竜たちに直撃した。


 その度に翼竜たちの断末魔が響き、白い体躯から赤い液をまき散らし地上へ墜落していく。

 空を覆い尽くする竜たちをユノレルがもの凄い勢いで狩っていった。

 しかし数が多すぎるのか、墜落する数に比べて相手の数は減った感じがしない。


「戦える者は武器をとれ!」


 周りに居る衛兵の声。

 そして城近くにある飛行場からワイバーンが飛び立つ。

 淫魔の国へ兵を派遣しているため、王都に残っている竜聖騎士団の数は少ない。

 それに最近は神獣の子絡みの戦いで、数を減らしている。

 白い翼竜たちを殲滅するだけの力は、今の騎士団には無い。


「ソプテスカっ」


 呼ばれたので振り返ると、そこには父にして国王である男が居た。


「父上!」


「城の中に避難しろ。ギルドもすでに対応しておるようじゃ。ここは皆に任せよ」


 竜の国の王都には、人魚の国から多くの冒険者が流れて来ている。

 淫魔の神獣の子が出た噂を聞きつけて、冒険者が集って来たらしい。

 時に酒場でいざこざを起こす冒険者も今は心強い。


「ですが! 私だけ逃げるわけにもいきません!」


「お前には確かに力がある。しかしそれ以上に大切な役目があることを忘れるな」


 大切な役目……

 

 それは民を導くことだろう。

 王族である自分にとってそれは責務だ。

 そんなことは分かっている。


「そうそう。ここは私たちに任せて、ソプテスカちゃんは下がって。何かあったらユー君に嫌われちゃう」


「ユノレルさん……」


 ユノレルが腕を振り、水の槍を空中に放つ。

 城から弾幕の様に放たれるその槍のせいで、相手は城に近づくことすらできない。

 その圧倒的な魔力量と制圧力は彼女が神獣の子である証だ。


 ここに居ても邪魔になるだけか。

 

 上空ではワイバーンに乗る騎士団たちと、白い翼竜たちとで激しい制空権争いが繰り広げられ、地上に近づいた翼竜たちは冒険者に狩られている。

 城にもユノレルが居る為、近づくことも出来ない。

 自分がここに居ても足を引っ張ってしまう。


 そう思ったソプテスカが踵を返し、城の方へと向いた時だった。


「思ったよりもやるではないか」


 そう呟いたのは全身を黒い甲冑で包んだ人型の何か。

 ソプテスカはその姿に見覚えがあった。


(神族種!? でもなんで話せるの!?)


 驚きと動揺。

 そのせいで一瞬動作が遅れてしまう。

 だから神族種が距離を詰めて来て、右手に持つ長剣が動いても、周りからは無抵抗にしか見えないだろう。

 それくらいソプテスカは棒立ちだった。


「やらせんっ」


 横に振られた神族種の長剣を国王である父が愛用の片手剣で抑えた。

 上位冒険者と同格かそれ以上の実力を持つ剣の達人。

 あまり強い魔物が居ない竜の国には不釣り合いの戦闘能力も今は頼もしい。


「父上!」


「行け! ソプテスカ!」


「人間にしては中々……」


 まだ余裕の神族種。

 どうやってここまで攻めて来たのか分からないが、空を覆っている翼竜たちも奴が呼んだのだろう。


(神獣の子と手を組んだ?)


 謎が多い神族種。

 昔からその姿は確認されているが、詳細は不明だ。

 ただ一つハッキリとしているのは、人間や亜人たちの敵であると言うことのみ。


「邪魔はやめてもらおう。用があるのは竜の神獣(アザテオトル)だけだ」


 神族種が剣を振る。

 縦、横、突き。

 流れるような動作で次々と繰り広げられる剣戟を国王が片手剣で弾く。

 

「我らの神に手は出させん!」


「クック。唯一の神は我らの主のみ。この世界はあの方の為に滅ぶのだ」


 父が縦に振った片手剣を神族種が半身になって回避。

 そして剣を下から上へと振り上げた。

 『キン!』と金属音が響き、父の剣が空を舞う。

 クルンと手首の力だけで長剣を回し、神族種が突きの体勢で父の心臓に狙いを定めた。


 このままでは父がやられる。

 そう思った直後、ユノレルの声が聞こえた。


「残念でした♪」


 神族種の周りを囲むように水の槍が発生。

 その槍が神族種を貫いた。

 声を出す間もなく、水の槍に飲まれる神族種。


 攻撃が止むころには、跡形もなく消え去って行った。


「すまぬ。また助けられた」


「気にしないで。ユー君に頼まれただけだから」


 ユノレルがそう返し、再び空を見上げる。

 王都の空を覆っている翼竜たちの動きがおかしい。

 神族種が倒されたせいかと思ったが、どうも違う。

 叫び声をあげながら、一つの場所に集まっていた。


「何あれ……」


 ポツンと呟いた。

 集まった翼竜たちの身体が白き輝き、一つの形となる。

 それは巨大な白い翼竜。


 あまりに強大な魔力は遥か上空に相手が居るのに、空気が震えて伝わって来る。

 圧倒的な力。

 そんな言葉浮かんだ。


 その竜が口を開けてブレスの準備を行う。

 放たれた白い火球が王都へと近づいた。


「やらせないっ」


 ユノレルが両手を地面に尽き、魔力を流した。

 王都全域を覆うほどの広範囲の結界。

 ドーム状に王都を覆った半透明の壁が白い火球を防いだ。

 しかしあまりの威力に壁が震え、王都全体が揺れているようだった。


「う……王様! 早く迎撃させて! 二回目は防げそうにない!」


 額から多量の汗を流すユノレルが叫んだ。

 しかし父からの言葉は返って来ない。


「父上!? 早くしないと……」


 振り返ったソプテスカは言葉を失う。

 そこには剣で腹を貫かれた父の姿。

 その剣を握っているのは、さっきとは別の神族種だった。


「残念だったな」


 先ほどよりも低い声。

 なぜかその声を聞くだけで背筋が寒くなる。


「結界を解除してもらおう」


 動いた。

 そう認識した時には相手は既にユノレルの傍に居た。


「させません!」


 ソプテスカが結界を発動させ、ユノレルに振り降ろされる剣を防いだ。

 剣の重さが結界を通して伝わり、頭がズキンと痛む。

 それでも歯を食いしばり、結界を発動させ続けた。


「面倒だ」


 そう呟いた神族種が回し蹴りでユノレルを吹き飛ばした。


「きゃ!」


「ユノレルさん!!」


 地面を転がったユノレルが立ち上がる。

 剣で貫かれた父の治療も早くしないといけない。

 焦る気持ちと裏腹に王都を囲む結界が解除されてしまった。


 空を飛ぶ巨大な白い翼竜を倒す為に、騎士団が近づくが尻尾で叩き落とされ、制空権は奪えそうもない。

 唯一の頼みの綱はユノレルだが、目の前の神族種をどうにかしないと攻撃に移ることも出来なかった。


「そう睨まんでも、もう終わりだ」


 神族種が剣を持たない方の手を上に挙げた。

 それと同時に白い翼竜がブレスを放つ。


「く……間に合わない」


 ユノレルがそう呟く。

 結界の展開は既に手遅れ。

 目の前には桁違い強い神族種。


 王都を焼き尽くす白い火球は、どんどん近づいて来る。

 抵抗する術はないのか、コンマ数秒で必死に考えるが、次の瞬間ソプテスカの思考は一つのことでいっぱいになる。


(何? 何か来る……)


 それは圧倒的な存在感。

 言葉では言い表せないその感覚(・・)は、あの人の感じに似ている。


(ユーゴさん?)


 そう思った直後。

 王都の空を走る赤い火球。

 その赤いブレスは、王都へと落ちて来ていた白い火球に直撃して相殺した。


 そして王都に落ちる黒い影。

 響くのは誇り高き竜の咆哮。

 強固な赤い鱗に、魔物を簡単に踏み潰す、力強い四本の手足。

 背中に生えた羽を本気で動かせば、大地が抉れるであろう。


「アザテオトル……」


 それは神と崇められし魔獣の名。

 最強の神獣と言われるこの世界の頂点に立つ者。

 そしてユーゴの父。


「これ以上はやらせん」


 低く威厳に満ちた声は、王都に鳴り響く反撃の狼煙のようだった。


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