第90話 繋ぐ想い
ラーヴァイカは魔力が震えるのを感じた。
その震えは転移魔法によるものだ。
そしてラウニッハがやって来ることを直感で悟る。
「父上。この感じは!?」
「ラウニッハが帰って来るぞ」
古き血脈の力を受け継ぐアレラトもラウニッハの存在を感じたらしい。
そして彼が戻って来ると言うことは、『彼ら』も来ると言うことだ。
――神の力を受け継ぐ子供らが
「アレラト。精霊魔法の準備を始めるんじゃ」
「な!? 父上、それは禁忌のはずでは!?」
「構わん。今はそれが最優先じゃ」
杖でトンと床を叩いた。
身体が浮き、地上にフワリと着地。
神族種と向かい合う。
「その老体で我々を止める気か? 天馬の神獣は足止めで援軍は期待できないぞ」
「どうじゃろうな?」
ラーヴァイカが杖を水平に振う。
足元の地面が隆起して、神族種の周りに三本の巨大な柱に創る。
今度は縦に杖を振るうと、柱の先から神族種へと叩きつけた。
回避をしない神族種は土の塊に埋もれてしまう。
この程度では死なないと判断したラーヴァイカは、自身の周りを囲むように炎を発生させる。
森の精霊たちの力を借りた炎を操り、波のようにうねった炎が土の塊を燃やした。
熱すらも溶かすその炎が、神族種が埋もれた土の塊を包み込む。
このまま熱で死んでくれればこれ程楽なことはない。
「長老!」
久しく感じる若者の声。
この国の未来を担ってくれると信じていたその声の主が、振り返ると金髪を揺らしそこに居た。
「戻って来たのか。ラウニッハ」
「はい。後でいくらでも罰は受けます。しかし今は……」
「敵ならあそこじゃ」
ラーヴァイカは炎上する土の塊を指さした。
「なんだぁ? 終わっちまったのか?」
「爺さん流石だな」
「誰? この人?」
ラウニッハの後から来たのは、竜と狼の神獣の子。
そして桃色のポニーテールの女の子だ。
娘であるチコの姿。
淫魔の神獣の子の姿も無いが、今やるべきことに頭を切り替える。
「さて。ここは儂に任せて、そなたらはアレラトに回復してもらうのじゃ」
アレラトに準備を頼んだ精霊魔法。
その中の一つに、自然の力を借りて怪我人の自然治癒能力を飛躍的に向上される魔法がある。
治癒魔法が禁じられている天馬の国では、数少ない回復術だった。
普段は禁忌として使用を禁じているが、この非常時ではそんな悠長なことは言っていられない。
先ほどまで死闘を繰り広げていたであろう神獣の子らは、全員肩で息をしている。
特に竜の神獣の子と天馬の神獣の子は、体力と魔力の消耗が激しそうだ。
狼の神獣の子は二人に比べると余裕がありそうだが、以前会った時に比べると魔力がごっそりと減っていた。
今彼らを戦わせるのは得策ではない。
遂に動き出した魔帝軍を倒す為には、神獣の子ら無しでは不可能だ。
ここで神獣の子を失う事態だけは、避けなくてはいけなかった。
「おいおいジジイ。美味しい所を独り占めはいけねぇな」
「そうです。いくら長老とは言え、相手が相手です」
ベルトマーとラウニッハが前に出て、それぞれ大剣と槍を構える。
彼らは炎上した土の塊をジッと見つめた。
本能的に相手の神族種がこの程度では死なないことを知っているだろう。
「おいお前ら、ラーヴァイカの爺さんの言うことを……」
ユーゴが二人に話しかけようとした時だった。
地面が震える。
土がボコボコと隆起し、気配が急速に地面から近づいて来た。
「全員上に飛べ!!」
ユーゴの合図で、各自が上に飛んだ。
そして巨大樹の枝に着地した。
「何あれ……」
攫われていたルフが呟いた。
地面を突き破り、出て来たのは巨大蛇。
数百人を丸呑みできそうな巨大な口と、こちらに向けられた縦に長い瞳孔。
剣を簡単に弾きそうな銀色の鱗。
どうやら、今回攻めて来たのは神族種とその眷属も一緒らしい。
「神獣の子らよ。回復を急げ。事態は急を要するぞ」
ラーヴァイカの言葉と同時に、土の塊が轟音と共に弾け飛んだ。
そして炎の中から神族種が出て来た。
鎧の一部が溶けているが、決定打にはなっていない。
「下等生物風情が……何人来ようと同じこと」
「なら、試すか!?」
ベルトマーが枝を蹴り、神族種との距離を潰す。
大剣を振りかぶり神族種に狙いを定めるが、巨大蛇の振った尻尾に吹き飛ばされる。
「ルフ! 援護してくれ!」
「これ以上は……!!」
同族であるベルトマーが吹き飛ばされ焦ったのか、同じように枝から飛び降りそうになったユーゴとラウニッハに一喝。
「待たんか!!!」
泣く子も黙るその大声に、二人の神獣の子も動きが止まった。
「何度も言わせるな。そなたらは回復するのじゃ」
杖を横に振って、樹の蔓を操る。
吹き飛ばされて、樹の幹にめり込んだベルトマーの身体を捕えると、アレラトの時と同様にこちらに向けって投げた。
「何しやがる! ジジイ!」
文句を言いながらベルトマーが落ちて来た。
樹の枝に再び頭からめり込んだ。
折れないか一瞬心配になったが、枝が揺れるだけで折れる心配は無さそうだ。
「言うことを聞かんか。ここは儂が時間を稼ぐ。万全とは言わなくても、回復させて戻って来るのじゃ」
有無を言わせない雰囲気で三人の神獣の子を威圧する。
ラーヴァイカの覚悟を悟ったユーゴとラウニッハが、樹の枝にめり込んでいたベルトマーを引き抜いた。
「爺さん。格好つけて死ぬのはダメだからな」
「すぐに戻ってきます」
「戦わせろぉぉぉお!! 今すぐにだ!!」
暴れるベルトマーを二人が押さえつけて、樹の枝からジャンプ。
そしてユーゴがこちらを向いた。
「ルフ! 無茶はするなよ!」
「分かった!」
ここに残ったのは、自分と桃色のポニーテールを持ったルフと言う少女。
娘のチコとさして変わらぬ彼女の手には黒い弓が握られている。
人魚の国に居る古き血脈に、先祖代々受け継がれている古代兵器の一つ『破弓』。
その弓を使えると言うことは、ルフは古き血脈の中でも先祖の影響がより強いことを意味する。
「少女や。そなたはまだ若い。下がっておれ」
「嫌よ。今回は助けてもらってばかりだったし、少しは動かないと」
「……ルフとやら、父の名前は?」
「ギルドマスターのテオウスだけど?」
予想通りの答えにラーヴァイカはため息を漏らした。
負けず嫌いで有名なあの男の娘さんだ。
何を言っても退きはしないだろう。
神獣の子であるユーゴに、天馬の国を半壊させてまで救出したいと思わせる少女。
興味がないと言えば嘘になる。
しかし今は彼女の力に頼ろう。
「ギルドマスターの娘なら、戦闘も問題ないようじゃな」
「当たり前よ。ずっとユーゴと旅して来たんだから、これくらい何時ものこと!」
ルフが矢を放つ。
空中で七つに分裂した蒼い魔力の矢は、巨大蛇の鱗に当たる。
しかし鱗には傷一つ付いておらず、その硬さが際立っていた。
「蛇は頼むぞ」
「了解!」
ルフが続けて矢を蛇に向かって放つ。
巨大蛇の注意が彼女に向いている間にラーヴァイカは枝から降りた。
そしていつの間にか姿が見えなくなった神族種の気配を探る。
この森でどこにいるかなど、精霊たちの声を聞けばわかることだ。
地の利はこちらにあった。
「そこか」
杖を振るうと水の槍が生成され、一本の巨大樹に向かって飛ばす。
「やるではないか」
幹に隠れていた神族種が姿を見せて、水の槍を大剣で斬った。
そのまま一気にこちらへと距離を詰めて来る。
近づかれれば一瞬で決着がつく。
個人の力関係はあくまでも向こうが上だ。
自分一人では完全に倒すことは出来ない。
しかし時間を稼ぐことは可能である。
「エルフ風情が粋がるな」
「儂を甘く見るな」
杖を地面に突き刺し魔力を流す。
背中から炎を生み出し、周りの土を操った。
まずは神族種の足元の土を沼の様に柔らかくする。
「ぬ!?」
足元が土の中に沈んだ神族種の動きが止まる。
その隙を見て、炎を一つ一つ球体の形で固めた。
生み出した火球はラーヴァイカが魔力を流し続ける限り、無限に生み出される。
精霊たちの補助もあって、ちょっとやそっとでは止まりそうにない。
「ゆくぞ……!」
殺気を込めて小さく呟いた。
火球たちが次々と神族種に向かって飛んでいく。
そして当たる度に爆発。
それを止めどなく相手に撃ち込み、反撃の隙すら与えない。
無数に撃ち込んだ火球の炎と煙が舞い上がり、もう神族種の姿を見えない。
それでも魔力が続く限り、火球を撃ち続けた。
「おじいちゃん! 動いて!」
樹の枝の上を巧みに飛んで、蛇に矢を撃ちこんでいたルフの声。
彼女が何に気がついたのか、一瞬疑問に思ったが理由はすぐに分かった。
神族種を中心に風が吹いた。
その風はまるで鋭利な刃物。
周りの樹々をなぎ倒し、空中で生み出された火球すらも切り落とした。
そしてラーヴァイカの肩や膝にも同様に切り傷が入る。
「ぐっ」
身体中から血が吹き出し、意識を失いそうになるが杖でグッと踏ん張った。
(まだじゃ……もう少し……)
神獣の子らの回復にはもう少し時間がかかるだろう。
それまで倒れるわけにはいかない。
そんな思いを胸に顔を上げると神族種が目の前に居た。
「老いたエルフよ。いい夢は見られたか?」
神族種がラーヴァイカの右腕を切り落とした。
「ぐうう!!」
杖を持っていた方の腕。
肩から多量の血が流れ、地面を一瞬で赤く染める。
「逃げて!」
「来るな! そなたは自分の相手に集中しろ!」
こちらに意識を向けたルフにそう返す。
巨大蛇を相手している彼女に何かあったら、ユーゴに怒られるからだ。
それに彼女には向こうの足止めをしてもらいたい。
(まだじゃ!)
地面に転がった杖に左腕を伸ばす。
しかしそれよりも早く、神族種の膝が腹にめり込んだ。
ボキボキと骨の折れる音、そして内臓が潰された。
「カハっ」
息が出来ない。
逆流した血が口から吹き出し、呼吸の邪魔をした。
「あの女もどの道殺す。早いか遅いかだけだ」
低く威厳のある声。
その声を聞くと、心の底から恐怖が這い上がって来る。
この世界に生きる全ての生物に恐怖を抱かせるであろう魔帝軍。
その昔、かれらの恐怖を知った我々は、身体がその怖さを覚えている。
足が竦む。手が震える。今すぐに逃げ出したい。
しかしそれらを抑え込み、ラーヴァイカは顔を上げた。
――まだ神獣の子がいる!!
「残念だったなぁ。エルフの老人」
神族種の大剣がラーヴァイカ腹を貫いた。
背中から血塗れの刀身が飛び出す。
「あ……」
「おじいちゃん!!」
ルフの声が遠くなる。
視界が徐々に黒くなり、身体が冷たくなった。
そんな視界の中で、金色に輝いた何かがこちらに墜ちた。
「ぬ!?」
神族種の声。
そして腹を貫いていた大剣が抜けた。
どうやら相手の神族種が吹き飛んで、それと一緒に抜けたらしい。
フッと力を失い、倒れる身体を誰かが支えた。
「長老。あとは僕たちにお任せください」
風に揺れる金の髪と凛と澄んだ同色の瞳。
子供だと思っていたラウニッハは、いつの間にか一人の戦士の顔となっていた。
視界の端で巨大蛇に向かって赤い炎が放たれているのが見える。
どうやらユーゴはルフの援護に向かったらしい。
「お役に立てたかな……?」
その問いに答えたのは、意外な男だった。
力を誰よりも求め、強者と戦うことを生き甲斐にしてきた彼だった。
「安心しな。無駄にはしねぇ」
力強く、そして生気に溢れる狼の神獣の子の言葉。
(後は頼むぞ……)
心の中でそう呟き、次代を担う者たちに全てを託し、ラーヴァイカは瞳を閉じた。




