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第89話 天馬の神獣とエルフの長老

 俺とラウニッハを背中に乗せた天馬の神獣(フィンニル)を狙って、相手の神族種が魔力で生成されたであろう黒い矢を放つ。


「捕まっていなさい」


 フィンニルにそう言われ、金色の毛並を握る。

 痛くないのかなとか、一瞬頭に過ぎったけど相手の矢を躱す為に金色の馬体が激しく揺れた。

 次から次へと休みなく放たれる黒い矢をフィンニルは縦横無尽に空を動き、的確に避けていく。


「さすが我らの君主を裏切ったことだけはある」


 神族種がそう言って、構えていた弓を降ろした。

 これ以上は無駄だと悟ったらしい。


 その隙を見てフィンニルが魔力が高める。

 金色の毛並が輝き、周りが雷の壁で覆われた。

 雷で生成された結界は、ちょっとやそっとでは壊れそうにない。


「まずは地上に降ります」


 そう言ってフィンニルが地上に降りた。

 俺たちを降ろし、ラウニッハと向き合う。

 全てを見透かすような金色の大きな瞳。

 その瞳を見ていると、父の姿を思い出す。


 やはり同じ神獣同士。

 フィーリングと言うか、放つ威圧感はそっくりだった。


「あの神族種は(わたくし)が引き受けます。貴方たちはもう一体の方を頼みます」


「もう一体とはどうゆう意味ですか?」


「向こうが神獣の力を感知できるように、こちらも感知できます。天馬の国(この国)に侵入した神族種は二体……場所は追悼の滝近くの集落です」


 追悼の滝近くの集落って……まさか、ラーヴァイカの爺さんたちの居る場所か?

 まずいことになった。

 色々と疑問はあるが、今は敵を排除しないといけない。


「竜の神獣の子」


「ほい?」


 呼ばれるとは思っていなかったので、気の抜けた返事になってしまった。


「引き受けてくれますか?」


 俺の方へ向けられた瞳に背筋がゾッと寒くなった。

 神獣や神獣の子と向き合った時に感じる悪寒。

 その独特の恐怖が身体に纏わりついた。


 俺に殺気を向けたわけではない。

 相手の神族種に向かって向けた殺気だ。

 それでも近くに居るだけで恐怖する程のものだった。


「もちろん。だけどボロボロの俺たちじゃ……」


「協力すれば不可能ではないはずです。それに……」


「それに?」


「ここで負けているようでは、先が思いやられます」


 フィンニルが雷の壁越しに居る、神族種と向かい合う。

 壁が消えた同時に、相手の神族種に多数の雷が落ちた。

 轟く雷鳴と目が眩むほどの光。


「行きなさい!」


 そう言ったフィンニルが前へと飛び出した。

 神族種と戦闘を開始した天馬の神獣(フィンニル)の背中から、視線を動かして俺とラウニッハは互いに顔を合わせる。


「ユーゴ! 早く!」

 

 ルフの声が聞こえた。

 振り返るとチコさんの傷口を必死に抑える姿。

 ラウニッハと急いで近づき、チコさんの胸に空いた傷口に向かって魔力をひねり出し、治癒魔法をかけた。


「治癒魔法は使えるか?」


「無理だ……天馬の国で治癒魔法は冒涜とされているのは知っているだろう?」


 調和を大切にする天馬の国では、そのまま生まれ寿命は受け入れるべきと考えられている。

 だから治癒魔法を嫌悪し、冒涜と考えていた。


 噂では聞いていたけど、法術が使えるラウニッハもその考えかたに影響されているらしい。

 こんな時に人魚の神獣の子(ユノレル)が居てくれれば……


 一瞬そう頭に過ぎるが、居ない奴を頼りにしても仕方がない。

 残り少ない魔力を総動員して、なんとかチコさんの傷口だけでも塞ぐ。

 とりあえず血は止まった。

 しかし、表面を塞いだだけで、根本的な治療にはなっていない。


「ユーゴ。大丈夫?」


「心配すんな。ちょっと魔力が足りてないだけだ」


 顔を覗き込んだルフにそう返し、覚束ない足で立ち上がる。

 ラウニッハが意識を失ったチコさんを担いだ。


「まずは移動だ。そしてベルトマーたちと合流する」


 天馬の国に現れたもう一体の神族種が、どれくらい強いか判断はしかねるる。

 今の俺とラウニッハだけでは、二体とも同じ強さなら厳しい。

 倒す為には狼の神獣の子(ベルトマー)淫魔の神獣の子(テミガー)の力が必要だ。


 二人とも神獣化の影響でかなり体力が削られていると思う。

 だけどそんなことを言っている場合ではない。

 今倒さないと、どの道天馬の国(この国)は終わる。


 重い足取りでフィンニルと神族種の戦いの場から離れた。

 灰になった森の中に逃げ込み、俺とベルトマーが通って来た転生魔法の陣が描かれた樹まで移動する。

 もしもの時は、この場所で合流する手筈になっていた。


 正直ベルトマーが打ち合わせ通りに動くタイプかどうかは疑問だったが、その心配は杞憂に終わった。

 俺たちが目的地辿り着くと、何故かテミガーを肩に担いだベルトマーの姿があった。


「こんなの羞恥プレイよ!」


「うるせぇ。てめぇに死なれると楽しみが減るだろうが。動けねぇ雑魚は大人しく担がれとけ」


 ベルトマーがこちらに尻を向けて暴れるテミガーを抑え込んだ。

 そして俺たちの姿を見て笑みを浮かべた。


「生きてんじゃねぇか」


「お陰様でな。ただ問題が発生した」


「問題? まぁいい。おい小娘」


「小娘じゃなくてルフ」


「どっちでもいい。ほらよ」


 ベルトマー指さした先には、ルフの破弓と短剣が転がっていた。

 どうやらここに来るまでの間に見つけたらしい。


「気が利くじゃない!」


 ルフが宝物を見つけた子供の様に破弓と短剣を手に取った。

 彼女が装備し直している内に、ベルトマーに状況伝える。

 事情を聞いたベルトマーが雑にテミガーを落とした。


「ちょっと! レディに酷くない?」


「黙れよ。楽しみな相手が来たんだ。仕方ねぇさ」


 怒るテミガーにそう返したベルトマーは大剣を手に取った。

 気持ちは分かるが少し早まり過ぎだ。

 俺たちはまず、転移魔法で移動する必要がある。


 問題は負傷したチコさんをどうするかだけど……


「ラウニッハ。その背中の子は?」


「僕の幼馴染のエルフだ」


「あぁ。時々話していた恋人のことね」


「テミガー……」


 今は冗談に付き合っている場合ではない。

 そう言いたげなラウニッハの雰囲気にテミガーが肩を竦めた。

 そしてラウニッハの背中で目を閉じるチコさんに近づき、首筋に指を当てる。


「この子。このままじゃ助からないわよ? 生命力が弱ってる」


 薄々感じてはいたが、やっぱりそうか。

 チコさんの呼吸は先ほどから徐々に弱まっている。

 傷は塞いだとは言え、簡易的な延命に過ぎない。

 死という現実からは逃れることは出来なかった。


「ラウニッハはこの子をどうしたいの?」


「……分かったことを聞くな」


「情けない男ねぇ。『俺の女だ』くらい言ったらどうなの?」


 そう返したテミガーはラウニッハの背中からチコさんを引き剥がすと、地面に寝かした。

 そして「神獣化」と呟き、チコさんの白い首筋に噛みついた。


「テミガー!? 何をしているんだい!?」


「少し静かにしてて、今この子に魔力を流して生命力を回復させているから」


 テミガーが再びチコさんの首筋に噛みつく。

 テミガーの身体が緑色の魔力を放ち、その魔力がチコさんの身体を包んだ。

 淫魔の神獣アルンダルは、生き物の生命力を奪うとは聞いていたが、その逆も出来るとは予想外だった。


 ここはテミガーに任せた方がよさそうだ。


「よし。俺たちは行くぞ」


 テミガーにチコさんを任せて、転移魔法の魔法陣に魔力を流した。


「……テミガー。チコを頼むよ」


 ラウニッハの言葉にテミガーが右手を挙げた。

 それを見て、僅かに口元を緩めたラウニッハがゲートへと飛び込んだ。


「楽しみだぜ!」


 もはや現れた神族種のことで頭が一杯のベルトマーが大剣を片手にゲートへと入って行く。

 残されたのは俺とルフだけだ。


「じゃあ、俺たちも行くか」


「……ユーゴ」


「なんだ?」


「死ぬときは一緒だからね」


「まだ死なねぇよ」


「ちょっと、イチャついてないで早く行ってくれる?」


 テミガーの言葉に右手を挙げて応えた。

 ルフは横で「イチャついてない!」と否定していた。

 

「行くぞ」


「うん!」


 ラウニッハとベルトマーの後を追いかけて、俺たちもゲートへと飛び込んだ。


















 エルフの長老ラーヴァイカは深くため息を吐いた。

 巨大樹の上に創られた村から見下ろす先には、一体の魔物。

 黒色の鎧に覆われた身体とフルフェイスの兜で表情を見ることは出来ない。

 

 右手には身の丈程の大剣は握られており、一振りすれば巨大樹が斬られた。

 先ほどまでその大剣で暴れていた神族種も、自分の姿を見ると大人しくなった。

 

 古き血脈である自分の姿を見たからだろうか?


 詳しい理由は分からないが、相手の顔はこちらに向けられており敵として認識していた。


「老人。貴様から裏切り者たち同じ匂いがする」


「フッ。神獣たちを裏切り者(そう)呼ぶとは恐れ多い」


 ラーヴァイカは杖を手に取った。

 年季の入った樹で造られた杖の先には、白い球体が備え付けられている。

 天馬の国の森の中に居る精霊たちの力を借りる為に必要な物だ。


 古き血脈と呼ばれる自分たちは、神獣と長い時間共に戦った先祖が受けた影響で普通の人よりも魔法の扱いに優れている。

 細胞レベルで刻み込まれた神獣たちの影響は、神獣たちを本能的に感知することも出来た。


(神獣の子が幼少期からの影響で、突出した力を持っているのと原理的は同じだろう)


 神獣の子(彼ら)が何故育てられた神獣の力を引き出せるのか。

 逆に言えば、何故親となる神獣の力しか引き出せないのか。

 それは細胞が影響を受けた神獣によって、引き出せる力が決定されるからだろう。

 

 そしてその力はやがて神獣を超える。

 神と言われる五体の魔獣が倒すことのできない『魔帝』を倒す為に。


「隙ありじゃ!」


 森の響いた声。

 それは息子であるアレラトのものだ。

 神族種が現れた時には、村人と一緒に避難するように言ったはず。

 そのはずが、樹の枝から神族種めがけて飛び込んだ。


「やめい! お前には無理じゃ!」


「チコの姉御も居ない今、吾輩がやるしかないのじゃ!」


 ラーヴァイカは杖を振るい、アレラトの周りにある樹の蔓を巧みに操った。

 その蔓でアレラトの小さな身体を拘束すると、こちらに向かって投げる。


「うぉぉぉい!?」


 悲鳴をあげて放物線を描きながら飛んできたアレラトが傍に落下する。

 ぶつけた頭を押さえて「いてて」と声を発した若いエルフにため息。


「父上! 何故です!?」


「お前には無理じゃ。相手がいくら幹部クラスでは無いとは言え、本隊の神族種の相手はな」


「まるで自分は相手にできると言う口調だな?」


 神族種の重たい口調。

 その口調に笑みを返す。


「なぁに……儂は繋ぎじゃよ。『彼ら』が来るまでのな」


神獣(裏切り者)は来んぞ。各国に神族種(我ら)は攻め込んでいる」


 どうやら、神族種が現れたのは、他の国でも同じらしい。

 もしかすると、神獣たちが対応している可能性がある。

 だとしたら、天馬の国(この国)はなんと幸運なのだろうか。


 その事実に思わずニヤリと笑ってしまう。


「何を笑っている?」


「すぐに分かることじゃ。貴様らに仇なす者たちが……」


 ――居ることをな


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