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第8話 酒と女と魔物


 お酒を飲みに怪我人を連れまわすのはあまりにも非人道的だとルフに止められ、ダサリスとの宴会の予定はキャンセルとなった。

 ダサリス自身も実はかなり無理をしていたらしく、家に帰る時の足元はふらついていた。

 フォルとネイーマさんの姉妹も帰るかと思えば、フォルが「ご飯に行こう!」と言い始めたため、ルフも含めた俺たち四人でご飯に行くことに。


 日はすっかり沈んでおり、魔法の街灯によって照らされた街を歩く。

 女性三人に対して、男一人の比率だ。いつもダサリスと行くようなお酒を飲める店はよろしくないだろう。

 ネイーマさんからの好感度が落ちても困る。

 頭を悩ませているとルフが提案してきた。


「いつもの所は?」


「あそこに女性を連れいくのは少し気が進まないなぁ」


「……あたしは連れていいと?」


 ルフがジト目で睨んで来るので肩を竦める。

 こいつはついて来ただけで、俺たちが連れて行ったわけではない。

 お前も来いとかノリで言っていたような気もするが、今は無かったことにしよう。


「フォルはお兄ちゃんが居るならどこでもいいよ!」


「よしよし。フォルはいい子だなぁ」


 俺の腕を掴み、必要以上に密着してくるフォルの頭を撫でる。ルフが小さな声で「なんでこの子には甘いのよ……」と呟いた。

 自分を慕ってくれる者に優しくするのは男の性である。

 それに、お兄ちゃんと呼ばれるのも悪くない。

 

 結局、どこに行くのかまとまらない俺たちを見かねたのか、ネイーマさんが遠慮気味に右手を挙げた。


「私はダサリスさんとユーゴさんが何時も行っているお店がいいです。ギルド内でも有名なお二人が行かれる所ですから、素敵なお店に違いありません」


 かなりの妄想と良い解釈がされているような気がする。

 それにギルド内で有名な俺たちってなんだ?

 酒好きコンビとしては認知されていても、ギルド内で人気が出るって……


「まぁ、ネイーマさんがそう言うなら行きましょうか」


「はい。ありがとうございます」


「やったー! お兄ちゃんと同じお店だぁ!」


「結局いつもの所か」


 反応は三者三様だ。

 俺としても慣れているお店の方が居心地は悪くない。

 それに行きつけの店の女将さんとも既に仲がいい。

 多少の粗相は見逃してくれるはずだ。


 三人を連れて何時もの店に入る。

 恰幅のよい女将さんが笑顔で俺たちを出迎えてくれた。

 とりあえず四人だと指で伝えると、奥の部屋へと案内される。


 一応女性を三人連れていると言うことで周りの視線が何かと痛い。

 男どもの視線を潜り抜けて、四人掛けのテーブルが置かれた個室へと入る。

 フォルが俺の隣に座り、向かいに後の二人が座った。


「さてっと、何飲む?」


「あたしはいつもの」


 ルフは何故か頬杖をついて不機嫌そうだ。

 俺の目の前に居るのだが、ジト目で睨んで来る。

 

「私はユーゴさんと同じ物で」


「お酒ですよ?」


「大丈夫です」


 ニコっとネイーマさんに笑顔で返され何も言えなくなる。

 この国ではお酒の年齢制限はない。

 周りに迷惑をかけない程度に飲めば誰でも楽しく飲んでいい。

 彼女はギルドの人間だ。その辺は心得ているだろう。


「フォルもそれがいい!」


「まだ早いかな。果物のジュースにしときなさい」


「むぅ」


 隣のフォルがむくれている。

 彼女は怪我人でまだ十五歳だ。

 それに一応国を守る竜聖騎士団の団員だから、万が一酔っぱらって変なことをしたら、俺が何処かから怒られそうだ。

 ノンアルコールで我慢してもらおう。


「ねぇ、ユーゴ」


「なんだ?」


「あたしも、今日はお酒がいいなぁ……なんて」


 ルフが突然注文変更を申し出た。


「べ、別にあんたと同じ物飲みたいとか、そうゆうことじゃないからね!」


「ふーん」


「な、なによ!」


「身体はお子様のくせに生意気だなと思って」


「このやろう……」


 いつものように睨んで来るルフの視線をスルーして、定員さんを呼んで注文をする。

 しばらく待つと各自の飲み物と適当な食事が運ばれてきて、プチ宴会がスタートした。

 

 初めてのお酒をルフが一生懸命飲む姿が面白い。

 それを見たフォルが一人だけジュースなことに不満で、横取りしようとするがネイーマさんに止められた。

 フォルはその後、俺にしつこく酒を分けてくれとせがむが、適当にはぐらかして誤魔化した。

 楽しい時間はあっという間に過ぎていく。酔いもいい具合に回って来てそろそろお開きかなと思っていると、目の前のルフの顔が上下に揺れている。


「おいルフ。大丈夫か?」


「うーん? ヒック、大丈夫ぅ」


 顔をこちらに向けた彼女の顔は真っ赤だ。

 完全に酔っぱらっていた。初めてだからペースも分からず飲んだらしい。

 とりあえずルフの手元に置いてあるお酒を取り上げようと手を伸ばすと、その腕を彼女が掴んだ。


「つっかまーえた♪」


 何故かご機嫌なルフの笑みに背筋が寒くなる。

 酔うとどうなるのかこいつの場合は完全に未知数だ。

 いつもの暴力が酷くなったらどうしようとか、当然の懸念である。


「こらこら、悪酔いはやめとけ」


 ルフの腕を振り払い、酒の入ったコップを取り上げた。


「むぅ、イジワル! いっつもあたしにだけイジワルなんだからぁ!」


「人聞きが悪いこと言うな」


「悪くないっ、もっとあたしに優しくしてよっ」


 ルフが席を立ちあがり、俺たちの方へと回って来た。

 そして、俺の膝の上にドンと腰を下ろす。

 つまり俺とルフが向かい合う形で座っていると言うわけだ。

 太ももには彼女の弾力の良いモモの感触が伝わる。


「あたし以外の子を隣に座らせてデレデレしてるくせにっ」


 酔っぱらったルフは隣で机に伏せて眠るフォルを指さした。

 フォルは昼間の戦闘の疲れもあったのか、始まってすぐに寝てしまった。

 今は風邪をひかないように俺の赤い外套を身体にかけてある。


「そりゃフォルはいい子だからな」


「あたし以外の子を座らせたら嫌!」


 ルフの意味不明な主張に眉間を抑えてため息。

 自分が素面の状態で酔っ払いを相手にするのはけっこう疲れる。


「ねぇ……ユーゴぉ……」


 腕を俺の首に回し顔を近づけて来る。

 お酒特有の匂いが、彼女の甘い香りに交じって鼻孔を刺激した。


「あんたのその間抜けな面を見てると……なんかドキドキする……」


「褒めてるのか、貶してるのかハッキリしてくれ」


「うるしぁい……あんたはあたしだけ見てればいいのぉ……悪いこと言う口は塞いじゃうんだから♪」


 ルフが顔を徐々に近づけて来る。ネイーマさんの目の前で醜態をさらすのもどうかと思い。

 ルフの顔を掌で押さえつけた。彼女の進撃を止めていると、声がかけられた。


「お楽しみの所すまない」


 顔を上にするとそこには竜聖騎士団の証である、竜の爪のマークが胸に刻まれた鎧を着る男。歳は二十代後半くらいだろうか。

 腰につけた長剣、流れるような金髪の奥で金色の瞳が揺れていた。


「今は楽しんでるから後にしてくれ」


「そうもいかない。うちの貴重な団員を迎えに来た」


 男はそう言って、隣で眠るフォルを指さした。


「いやぁ。この子にはお酒注いでもらっているから、借りたいなら他の子連れて来てくれる?」


 ルフは相変わらず俺の唇を狙って、顔を近づけようとしてくる。


「ゴーレムと四番隊の一部を壊滅させた魔物を討伐しに行く。戦力が必要だ」


「こんな夜にですか!?」


 ネイーマさんが机を両手で叩き立ち上がった。

 これには同意である。相手の居場所が分からないのに夜戦など自殺に等しい。

 夜に戦闘を行うメリットは奇襲か、相手が夜に弱い魔物かに基本的には限定される。

 俺も父と暮らしていた時、夜に魔物を狩ろうとして何度か死にかけたことがあった。


「そんなに焦らなくても朝にすればいいだろ」


「もちろん。それは分かっている。しかし、今回は事情が少しあってね。魔物関連の問題は今すぐに片付けたい」


「だからって怪我人まで使う必要は……」


 ネイーマさんが言葉を言い切る直前、フォルが身体を起こし眠たそうに眼をこすった。

 ちなみにルフは疲れたのか、俺にもたれ掛かって眠ってしまった。寝言で「なんであの子ばっかり……」とか呟いている。


「あれ……? 隊長?」


「起きたかフォル。行くぞ、任務だ」


「フォル行っちゃダメ! 貴方は怪我をしているのよ!」


 姉の言い分も耳に入っていないのか、フォルは覚束ない足取りで立ち上がる。

 そして俺の椅子の後ろを抜けて、隊長と呼ばれる男の元へ。


「お姉ちゃん。フォルは騎士なの。魔物と人々が共存するために、降りかかる火の粉を振り払うのが役目……それに、仲間の皆の仇をとらないと」


 十五歳の少女は思えない血に飢えた獣のような表情。

 先ほどまでのあどけない少女も、一人の騎士であり兵士なのだと再認識。

 他国に比べると平和と言われるこの国が、その状態を保っていられるのは彼女たちのような守る者がいるからだ。


 人々を守る自己犠牲の精神は、太古の昔この国を守ったと言われる神獣から来ている。

 力ある者は無い者を守らなければいけない。それがこの国での共通概念であり、竜聖騎士団の精神だ。

 

 ――父さんも色々としてくる


 今やおとぎ話の中にだけ登場する神獣。

 この世界では神と認知されている『彼ら』は、こんな人々に牙を向けようとしたのか。

 少なくともこの竜の国は、父の事を蔑ろにしてないように見える。

 ダサリスやフォルを治すために寄った大聖堂でも、父の模した竜の銅像が祀られ、人々は祈りを捧げていた。

 少なくとも父が『神獣の子』の計画に乗り気でない理由は、何となく理解できた。


「では、これで失礼する。貴方たちは平和を楽しんでくれ」


「ありがとう、お兄ちゃん。楽しかったよ」


 竜聖騎士団の二人はそう言って席を去って行った。

 とりあえず、もたれ掛かるルフをどかし、隣のフォルが座っていた席に降ろす。

 風邪をひかないように赤い外套をかけた。

 

 楽しかった酒の席も今は妹を連行された美人が一人だけ。

 その美人の獣人も顔を伏せて、この席の雰囲気は最悪だ。

 隣で気持ちよく眠るルフが少しだけ羨ましい。


 これも全部、あの隊長が来たせいだろう。

 人のハーレムを壊しやがって、責任とってもらうか。


「どこに行くんですか?」


 ゆらりと立ち上がった俺にネイーマさんが声をかけた。

 個室の入り口へと向かい、彼女に背中を向ける。

 暗い声だ。明るい彼女と飲む酒は楽しいが、今の彼女と飲んでも美味しくない。


「フォルも昔は剣を握るような子でありませんでした……」


 ネイーマさんはそのまま全てを話してくれた。

 祖父祖母は獣人たちの国、『狼の国』出身で昔は親と共にそこで暮らしていた。

 獣人の奴隷の売買が禁止されている。それでも、獣人たちを狙う奴隷商人たちは多い。

 ある日、奴隷商人に狙われたネイーマさんの家族は、そのまま別の国連行されそうになる。


 それでも命からがら逃げ出すことに成功するも、道中で魔物に襲われ両親は殺され、ネイーマさんとフォルだけが竜の国へとたどり着いた。

 幸いなことにこの国は他国に比べると、獣人たちの立場は弱くない。


 ネイーマさんは身元が保証されるギルドで働き、なんとか生計を立てていた。

 そんな時、フォルが騎士団に入りたいと言い出した。

 両親が殺された時のように、無力は嫌だと誰かを守りたいと。

 止めようと必死に説得したが、フォルの意志は固く竜聖騎士団に入団。

 その活躍から、今では騎士団では最年少の騎士として有名だとか。


「あの子が無事ならそれでよかった……元気にしてくれるだけで……ありがとうございます……話を聞いてくれて……」


 彼女は今にも消えそうな声で言った。


「ちょっとトイレに行ってくる。長くなるから先に帰っておいてもいいですよ」


 ネイーマさんに背中に向けたまま、右腕をあげてそう答えた。

 もしかすると、夜通しトイレに引き籠ることになるかも。

 そう思い、勝手に笑みがこぼれた。


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