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第87話 冷たい雨は終わりを告げて


 身体の節々から痛みの信号が送られてくる。

 淫魔の国で受けた傷、神獣化による身体へ負担。

 それらが確実に俺の身体を蝕んでいた。


「いい加減に墜ちろ!」


 ラウニッハが槍を振るうと雷鳴が轟き、雷が空を飛ぶ俺を狙って落ちて来る。

 自由自在に空を飛び回る神獣化の状態なら、躱すことは問題ない。

 闘術で強化した眼で、落ちて来る雷の隙間見抜く。

 雨の様に降り注ぐ雷の間を飛んで攻撃を避けた。

 

「甘いね」


 ラウニッハの呟き。

 避けたはずの雷がキュッと曲がり、避けた俺の方へと伸びて来た。

 どうやらラウニッハは雷を落とすだけでなく、ある程度の操作も可能らしい。

 これが神獣の中で唯一直接天候に干渉できる『天相』の力か。


 向かって来た雷。

 回避は間に合いそうにない。

 右手を前にして、身体から放出されている魔力を前面に集める。

 圧縮された高密度の赤い魔力が壁となり、雷を防いだ。


「そうこなくっちゃ」


 視線を下に向けると、ラウニッハが空を飛んでいた。

 厳密には空中を蹴って、距離を潰してくる。


「空気を蹴れるのか」


「天馬の神獣の子が空中で動けないなんて、格好がつかないだろ?」


 確かに奴の言う通りだ。

 雷の操作だけではなく、空気を固めて足場を創りだし、それを蹴って空中戦を可能にする。

 これがラウニッハの神獣化の能力か。


 左腕を前に突き出し、赤い火柱を放つ。

 ラウニッハを狙った火柱は、相手が空中で横に飛んだせいで避けられた。

 そのまま地表に当たり、森が炎上する。


 さっきからラウニッハの雷も無数に地上に落ちているから、地表は既に半壊状態だ。

 あちこちで煙が上がり、俺の放った火柱で抉られた大地は地形を変えていた。

 急速な速度で崩壊していく天馬の国。

 

 神獣の子同士が本気でぶつかればこうなることは分かっていた。

 だからずっと戸惑っていた。

 本気で戦うことに、力を全て解放することに。


 ラウニッハが一気に近づいて来て槍を突き出す。

 黄色い魔力のオーラを身に纏った槍は驚異的だ。

 真横に移動して回避するが、身体の横を通った槍から発せられる魔力の圧力で身体を押される。


「くっ」


 体勢を崩した俺を狙って、ラウニッハが槍を引く。

 今のままでは反撃は難しい。

 空を飛んで真下に逃げる。


「逃がさないよ」


 ラウニッハが追いかけて来る。

 真下に落下するように逃げる俺を雷とラウニッハが追撃。

 多彩な攻撃と息もつかせない波状攻撃は、見事の一言に尽きる。


 だけど、それすらも正面から受け止める。


 両手足に魔力を集めて、炎を定着させた。

 赤色の輝く俺の手足。

 その状態ラウニッハを迎え撃つ。


「来い!」


「舐めるな!」


 ラウニッハを追い越して雷が向かって来る。

 まるでミサイルの様に俺を狙う雷たちを腕で弾く。

 一個目、二個目、三個目。


 四個目の雷を弾いた所で、ラウニッハの槍の攻撃範囲に身体が入ったらしい。

 槍を中心に黄色い魔力が渦巻き、強大な魔力の塊となる。

 頬に伝わる空気の震えが、魔力の強大さと槍の威力を示していた。


 突き出した槍を右足の蹴りで迎え撃つ。

 真正面から迎え撃つのではなく、そのまま横に弾いた。

 身体の流れたラウニッハ。


 奴の横腹目がけて左足の回し蹴りを繰り出した。

 ラウニッハの脇腹にめり込んだ左足から固い感触。

 まるで固い壁の様なその感触は、人間の身体のモノではない。


「甘い」


 ラウニッハが再び槍を繰り出した。

 どうやら脇腹に結界を張り、俺の攻撃を防いだらしい。

 生半可な結界は簡単に破壊することが出来る。


 だがこいつは俺の攻撃を見切り、高硬度の結界を張ったようだ。

 天相のよる雷の操作に、槍と身体の強化に加えて結界を張るなんて、こいつ自身も消耗する魔力は半端ではないはず。

 しかし、それだけ本気なのだろう。


 左腕に魔力を集めて、拳を固く握る。

 向かって来る槍にそのままねじ込んだ。

 拳と槍が触れると、赤と黄の魔力の衝突で空中に魔力の球体が発生する。


「おおお!!」


「はああ!!」


 お互いに込められる魔力を最大限込めた衝突。

 発生した球体が弾け飛び、俺たちの身体も吹き飛ばされた。

 お互いに地上へと墜落し、背中ら身体が地面にぶつかる。

 ぶつかった身体を中心にクレーターが出来上がっていた。


「はぁ……はぁ……キツイな……」


 思わず出た本音。

 身体は正直限界だ。

 神獣化で魔術を連発したせいで、魔力が底を尽きかけている。

 そのせいか身体が重く、思考も鈍っていた。


 大の字に寝転んだ今の状態で空を見た。

 分厚い灰色の雲に覆われた空。

 雲の中では雷鳴が轟いており、いつでも俺を狙って落ちてきそうだ。


 ラウニッハの天相の力はまだ作用している。

 奴もまだ生きているはずだ。

 身体を起こし、宙へと浮かぶ。

 そのまま真上へと飛んで、クレーターから出た。


 同じようにクレーターから出て来ていたラウニッハが、槍を杖にして身体を支えていた。

 相手も身体中傷と火傷の跡でボロボロだ。

 それでもこちらに向けられた金色の瞳の闘志は萎えていない。


「しつこい男だね……」


「そりゃお互いさまだ」


 短いやり取り。

 神獣化は身体にかかる負担が大きい。

 本来なら長時間の戦闘には向かない戦法だ。

 俺もラウニッハもこれ以上の戦闘は消耗する一方。

 

 ならば……


 魔力を高める。

 身体からオーラの様に放出されている赤い魔力が輝きを増す。

 今使える全力の魔力を両腕にかき集めた。


「なるほど……決着をつける気か……」


 僅かに口角を上げたラウニッハが杖代わりにしていた槍を地面から抜いた。

 そしてクルンと手首だけで槍を回し、そのまま狙いを俺へと定める。

 相手を包み込むように放出されていた黄色の魔力が、槍に集まり金色の輝きを放つ。


「もう一度聞きたい」


「なんだ?」


 こんな状況で何を俺に聞くだろうか。


「君は本当に人間として生きられると思っているのかい?」


「もちろん」


 俺の答えにラウニッハは小さくため息。

 そして殺意を含んだ瞳で睨んできた。


「だったら、僕を否定してみせてくれ」










「だったら、僕を否定して見せてくれ」


 その言葉に反応したユーゴの顔つきが変わる。

 僅かな戸惑い。

 ほんの少しの変化だが、僅かに動揺したらしい。


竜の神獣の子(ユーゴ)……君は危険だ……世界そのモノを破壊するかもしれない)


 神獣の子である自分はこの世界で生きられないと思っていた。

 世界から否定され、拒絶される。

 全体のバランスを考えるのであれば、自分たちは消えるべきだ。


(だけど……諦められなかった……)


 生きることを、存在することを。

 だから世界を壊そうとした。

 今ある枠組みを破壊し、新たな世界を作り替えようとした。 


 ――生きる為に


 分かっている。

 自分が親の愛を欲しがって泣く赤子のようだと言うことは。

 しかし、天馬の神獣フィンニルに育てられた自分は知らない。

 親の愛情という、無償で捧げられる愛情のことを。

 

 世界を本当に滅ぼしたいわけではない。

 だから破壊できる力を持った竜の神獣の子だけは殺すつもりだった……なのに出会った竜の神獣の子は、予想外の男だった。


 神獣の子でありながら人間として生きることを決めたその男は、自分が不可能だと思っていた共存をいとも簡単に成し遂げていた。

 チコと生きる未来など存在しない。

 そう思っていた自分には衝撃そのものだ。

 

 もう頭の中はグチャグチャだ。

 自分が始めた戦争、生きたいという願望、そして本当の願い。

 それらが入り混じり、どうしたらいいのか分からない。


 ユーゴが右腕を高く天へと伸ばした。

 放たれた赤い火柱が空に広がり、空に蓋をしてしまった。

 どうやら彼は自分の天相の力で生み出される雷を封じ込める気らしい。


 しかし大地は空に広がる炎の熱で、少しずつ水分が失われていく。

 樹々は枯れ、地表は少しずつ砂へと帰る。

 水分を失った唇が渇いてひび割れた。

 そこから流れた微量の血が口の中へと入り、血の味がする。


 暴力的で圧倒的な力。

 それは最強と謳われる竜の神獣(アザテオトル)すらも、凌駕しかねない潜在能力を秘めている。


 ユーゴが赤く輝く両拳を握り、空を駆ける。

 一直線でこちらに向かってく彼の目に、迷いはない。

 あるのは敵を倒すと言う闘争心。


 迷いのない瞳は自分とは違う。

 彼は本気で信じている。

 神獣の子でありながら人間として生きることが出来ると。

 

 自分の捨てたモノを信じる彼を認めることが出来ない。

 認めるわけにはいかない。

 認めてしまえば、それは神獣の子としての自分を拒否することになる。

 

 チコとの過去を捨て、世界に爪を立てた自分自身を……


 しかし、そんな自分を彼が倒し、上回るのならそれは彼が正しいと言うことなのだろう。

 共に生きる選択肢もある。

 自分は選ぶ未来を間違えた、それだけだ。


(僕に君の生き様を見せてくれ……共に生きることが出来ると証明してくれ)


 ――この力には意味があると教えてくれ!


 ラウニッハも地面を蹴る。

 雷属性の魔術と闘術で強化された身体が黄色の影となり、ユーゴに肉薄した。

 神獣化の影響で身体全身が悲鳴をあげている。


 頭だって割れそうなほど痛い。

 もう長時間戦えないことは明白だ。

 それくらい神獣化は強大な力を使える分、身体にかかる負担が大きい。


 だけど全力で槍を伸ばした。

 今の自分を肯定する為に、目の前の男を倒す為に。


 ユーゴの左拳と自分の槍が衝突した。

 再びぶつかり合う強大な魔力。

 地盤を引き剥がし、周りを無に変えていく神獣の子同士の衝突。


「おらぁ!!」


 力強い掛け声共にユーゴが左拳を上へと振りぬいた。

 同時に槍が真上へと弾き飛ばされる。

 無防備な自分を狙って、ユーゴが右拳を引いた。


 防ぐことも、避けることも出来ない。

 後は大地を砕くほどの拳で貫けれるだけだ。


(あぁ……これで何もかも終わりか……)


「ラウニッハ!!」


 ユーゴの声。

 抵抗を諦めたラウニッハは目を閉じた。

 そして相手の拳を受け入れることを決める。


 どうせ抵抗した所で無駄だ。

 結界を張るような魔力も、攻撃を避ける体力も残されていない。

 武器である槍も弾き飛ばされ、防ぐことも出来ない。


 駆逐されるだけだ。

 自分が殺して来た人間たちと同じように。


 頬に固い感触。

 自分の頬にめり込んだ右拳をユーゴが振り切る。

 身体が宙に浮いて、遥か後方へと吹き飛ばされた。


 炎上する樹々に背中からぶつかり、破壊しながら吹き飛ぶこと数秒。

 地面に背中から着地して、大の字で寝ころんだ。

 うっすらと目を開け、身体が動かないことに気がついた。


 そして、自分がただ(・・)殴られただけだと言うことにも。


 身体のダメージが深く、神獣化が強制解除される。

 天相の力も効果が切れて、雲の中で轟いていた雷鳴も聞こえない。

 空を覆っていたユーゴの炎も消えていた。

 そんな灰色の空を眺めていると、熱くなった頬に当たる水滴。


 雨が身体に打ちつけていた。

 身体の火照りを冷ますような、冷たい雨。

 そんな雨音に交じって、水を弾く足音が聞こえた。


 目を横にすると、身体を引きずるユーゴの姿。

 重い足取りは今にも倒れそうだ。

 そんな彼が自分を見下ろす。


「……どうして……普通(・・)に殴ったんだ?」


 素直な疑問。

 この男は最後の最後で、自分をただ殴っただけだった。

 炎を定着させた拳ではなく、普通の拳で。


 ニッと笑みを浮かべたユーゴが腰を下ろした。

 どうやら、彼自身も相当限界を迎えていたらしい。


「もう魔力が残ってなかったんだよ。痛かったか?」


「そうだね……痛かった……人に殴られると言うのは……これ程痛いんだね……」


「ちょっとは目が覚めただろ」


「なんの話だい?」


 その答えにユーゴは小さくため息。


「これでチコさんの目を見れそうか?」


「……そういうことか」


「それにお前にはまだ役目が残っているぞ」


 言いたいことは分かる。

 そして彼がルフを取り戻してまで戻って来た理由。


「僕の負けだ」


 そう宣言した。

 負けた。

 生まれて初めて全力で力を使った。

 それでも目の前の男はそれを上回って来る。


 正面からぶつかり、気持ちのいい位の勢いで殴られた。

 敗者に決める権利はない。

 そしてユーゴはこの戦争の決着を望むだろう。


 まだ戦火の拡大していない状態での早期決着。

 それこそが今の彼の望みであり、自分を殴り飛ばした理由なのだから。


「戦争なんてやめとけ。ロクなもんじゃない」


「分かっているさ。だけどこうするしかなかった……存在を証明するためには……」


「まずはチコさんのことを見てやることから始めるんだな」


 ユーゴが重い足取りで立ち上がる。

 踵を返した彼の背中は、少しだけ大きく見えた。

 降りしきる雨の中でも、ハッキリとそう感じた。

 そんな彼は右手を小さく上げる。


「風邪ひくなよ」


 そんな普通の言葉。

 だけどそれが何故だが、今は無性に笑えた。


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