第83話 狼と淫魔
転移魔法で移動した俺たちを待っていたのは、雲を突き抜けて天まで伸びる精霊樹とその麓で奴隷の様な扱いを受ける人間たちだった。
どうやらラウニッハたちは人間を殺すだけではなく、奴隷にして管理していたらしい。
まるで神の真似事でもするかのように。
最初は俺とベルトマーの姿を見て、警戒心を一気にあげたエルフたち。
武器を手に取って、攻撃する満々の気配を出していた。
しかし、チコさんが前に出て来ると雰囲気が一変する。
エルフの長老の娘という立場もあってか、エルフたちは彼女に視線を集めた。
そのことを理解しているチコさんも、エルフたちに向かって言葉を発する。
「やめてください! この人たちは神獣の子です! 命を無駄にしないで下さい!」
両手を広げて、俺とベルトマーの前に立つチコさん。
まるで俺たちを守っているかのような構図は、エルフたちからは奇妙に見えるのだろうか。
そのせいか戸惑うエルフたち。
そして一人が武器を降ろすと、それに連鎖するかのように次々と武器を降ろした。
攻撃する意志は消えたらしいが、こちらに向けられる敵意は変わらない。
どうやら、投降してくれたわけではないらしい。
「その者たちが神獣の子だと言うのなら、審判はあなた方に委ねよう」
一人のエルフがそう言った。
どうやらこいつらは、ラウニッハの力を近くで見ていた分、神獣の子がそれだけ規格外か理解しているらしい。
そして神獣の子がぶつかればどうなるかも。
だから成り行きに任せる。
自然との調和を大切にし、生まれたそのままの世界を愛する天馬の国のエルフ。
神獣の子は確かに異端だが、世界が望んだモノとして認識しているのだろうか。
どっちにしてもエルフたちとの無駄な戦闘は避けられた。
殲滅するのに微量とは言え、魔力を消耗することのなくて助かる。
これで精霊樹に腰を据えて登ることが出来る。
道を開けたエルフ。
一か所に集められ、首輪の様な物を付けられた人間たちの間を抜けて、精霊樹に近づいた。
近づいて改めて思うが、至近距離で見ると完全に茶色い壁である。
遠目で樹だと見てから近づかないと気づかないほどだ。
「近くで見ると本当に大きいな」
「ぶった切ってもいいかぁ?」
「エルフたちを別の理由で敵に回すぞ」
「チッ」
ベルトマーの舌打ち。
力試し的なモノで無駄に敵を増やすのは勘弁して欲しい。
エルフたちが大切に扱っている樹だ。
もしも切り倒しでもしたら、無事では済まないだろう。
「この精霊樹の中間地点に貫かれた大地があります。その昔、この樹が地上を貫き、そのまま一緒に大きくなったと言われています。ラウはそこにいるかと」
闘術で視力を強化すると、確かに樹の周りに土の塊が付いているのが分かる。
精霊樹に貫かれた大地は、まるで空に浮かぶ島の様になっていた。
あそこにラウニッハとルフが居るのか。
登るのは闘術を使えば問題ない。
そう思って、精霊樹の幹に触れた時だった。
真上から殺気。
そして頬を擽る風を感じた。
気配に気がついたベルトマーが素早く剣を抜く。
「勝手はダメよ♪」
顔を上げるとテミガーが精霊樹の幹から巧みに降りて来ていた。
彼女の周りには風属性の魔術で造られた、緑色の魔力剣が無数に浮かんでいる。
細い腕が降られるとその魔力剣がこちらに飛んできた。
無数に飛んでくる魔力剣を回避することは難しい。
防ぐためには迎撃する必要がある。
そう思って、二色目の黄色い炎を発動した。
しかし、ベルトマーが大剣を一振りすると、魔力により巨大化した斬撃が全ての魔力剣を叩き落とした。
「どうした?」
「あぁ?」
ベルトマーがギロッと睨んできた。
まるでチコさんを守る様に放たれた斬撃。
正直ベルトマーがそんな風に迎撃するとは予想外で、思わず聞いてしまった。
ベルトマーは鼻を鳴らし、大剣を肩に担いだ。
「困るわねぇ♪」
テミガーが俺たちを挟んで精霊樹の反対側に着地。
その淫魔の神獣の子に対して、ベルトマーが一歩前に出て向き合う。
睨まれたテミガーが肩を竦めた。
「そんなに睨まれると怖いわ」
「このふざけた女は俺様が叩き斬る」
文句は言わせない。
ベルトマーの背中がそう語りかけて来る。
群れないのはいつも通りだが、こいつらなら「天馬の神獣の子と戦わせろ」と言ってもおかしくない。
それなのにまるで自分が囮をするかの物言いに少しだけ違和感を覚えた。
「自己主張が強い女は、勝手するから困る」
ベルトマーがそう言ってため息。
誰のことを言っているのかはすぐに分かった。
命懸けで彼に王になって欲しいと頼んだエレカカさん。
そして強引にでもと、俺たちについて来たチコさんのことだろう。
「自分が死ぬかもしれないとか考えないから面倒見切れねぇぜ」
呆れたように言葉を発したベルトマー。
そうか。こいつも変わったのか。
ベルトマーが王になってからどんな風に過ごしたのか、それを俺は知らない。
もしかすると、エレカカさんや他の人と触れ合う内に彼の中で変化があったのかもしれない。
「ここは頼むぞ」
「任せな。てめぇは二度も負けんじゃねぇぞ」
「それこそ任せとけ」
「ハッ! 相変わらずの減らず口だ。それとエルフの女」
「は、はい!」
自分の名前が呼ばれると思っていなかったのか、チコさんの肩がビクッと震えた。
「死なない程度にせいぜい頑張れよ」
なんて不器用な奴だ。
素直に「頑張れ」と言えないのか。
「一気に突破する」
まずはチコさんをお姫様抱っこの形で抱き上げる。
「こ、こんな恥ずかしい格好……」
「少しだけです。我慢してください」
顔を真っ赤にしたチコさんを諭し、足に魔力を集めた。
まずはベルトマーが動く。
いつものように大剣に魔力を流し、正面のテミガーに狙いを定めた。
「うおおおお!!」
猛獣のような雄叫びと力強い大剣の振り。
巨大化した斬撃がテミガーを襲った。
あまりにも攻撃範囲が広いせいか、テミガーが横にローリング。
相手を失った斬撃が森の樹を斬り倒し飛んでいく。
「ユーゴ!!」
ベルトマーの合図。
奴の持つ大剣の刀身を足場にして乗った。
そしてベルトマーが大剣を振ると同時に足の魔力を解放して刀身を蹴る。
発射台から打ち上げられたロケットの様に、空へ。
あっという間に小さくなる天馬の国の大地。
五か国で最も自然豊かな大地は、思わず見とれるほど美しかった。
「あんな高くて怖くないのかねぇ……」
ベルトマーは小さくなった男の背中に呟いた。
航空術が盛んな竜の国で生まれ育ったユーゴには、空を浮かぶ浮遊感は慣れたものらしい。
「あなたが囮になるなんてどういう風の吹き回し?」
ゆらりと立ち上がった淫魔の神獣の子の言葉。
灰色のタンクトップと黒のショートパンツという、戦うにしては薄すぎる格好にベルトマーは舌打ち。
「舐めた格好だ」
「フフ♪ 魅力的でしょ?」
相手が背筋を伸ばして胸を張る。
胸の脂肪はエレカカと同じくらい。
大きいとは思うが、今さら驚くことでもない。
むしろ切った時に斬撃がちゃんと心臓に届くかどうかが、少しだけ気になった。
ベルトマーは大剣を肩に担ぎ、相手を観察する。
幻影の略奪者と言われる、淫魔の神獣アルンダルの力を受け継ぐ者。
神獣たちの力関係は基本的に決まっている。
単純な戦闘能力だけなら、淫魔の神獣と人魚の神獣の二体が低い。
幻術と治癒魔法や結界と言った補助系の力に特化している二体だからだ。
そして神獣の子は各神獣の特徴を継いでいる。
力関係は神獣の子にも適応されるだろう。
「俺様を楽しませてくれんだろうなぁ?」
力勝負なら負けるわけがない。
ただし命懸けの戦いはそんなに単純なものではない。自分と相手の手札、フェイントを含めた心理戦、戦う場所の地の利の有無。
それらが複雑に絡み合う。
――正面からの力押しなど愚かだ
そんなことは分かっている。
(だが……それを正面からぶった切る……!!)
自分は誇り高き力の象徴カトゥヌスの子供なのだから。
逃げもしない、隠れもしない、小細工もなしだ。
魔術は毛の生えた程度、法術なんて全く使えない。
頼りになるのは己に肉体を使った闘術と狼の神獣の牙で創られた身の丈ほどの大剣のみ。
総合力では他の神獣の子と比べると圧倒的に劣るだろう。
それでも負ける気はない。
「あなたこそ刺激をくれるのかしら?」
テミガーの挑発的な笑み。
結局こいつも同類だ。
己の本能と欲望のままに生きている。
「刺激ねぇ……それが欲しくてそっちについたのか?」
「神獣の子として生きれば、普通よりも楽しいじゃない。あなたこそ、人間や獣人の味方っぽくないのに……まさか、竜の神獣の子に感化されたとか?」
冷たい視線。
どうやらこの女は人間を見下しているらしい。
だから人間側についたユーゴを愚か者と言った。
「バカを言うな。竜の神獣の子を倒すのは俺様だ。他の神獣の子も全員ぶっ飛ばす!」
「野蛮♪ でも好きよ♪ あなたのような強引な男は……」
不敵な笑みと増大していく魔力。
もうすぐ相手が来るぞ。
戦闘態勢を整える為に、肩に担いでいた大剣をダランと地面に垂らした。
「あら? やる気がないのかしら?」
そんなわけがない。
強い者と戦える。
それは嬉しくて仕方のないことだ。
(だが……この感覚はなんだろうなぁ……)
身体の奥底から力が湧き上がって来る。
天馬の神獣の子と戦った時も感じたこの感覚。
この戦いには意味がある。
ただ強い者と戦うだけが目的だった自分は、戦いの意味など考えたことも無い。
そんなものは無駄だと思っていた。
強さの証明。それだけが大切だったからだ。
でも、生まれて初めて負けたのは、同じ神獣の子でも人間に味方する男だった。
知りたかった。どうして負けたのか。
甘さを持ちながらも何故奴は強いのか。
(もっと強く……もっと上へ……!!)
強さへの向上心。
力への渇望
勝利への執着心。
その全てが噛み合った時。
脱力させた全身に魔力が駆け巡る。
指先まで到達し、そして『門』が開いた。
父から教わった神獣の子の切り札。
「神獣化」
ベルトマーが小さく呟いた。
茶色の魔力が全身から吹き出し可視化される。
魔力のオーラを身に纏ったベルトマーが大剣を目の前の敵に向けた。
「行くぜぇ!! 俺様を楽しませてくれよぉ!!」
地面を蹴った。
蹴った場所の土が一瞬で消える。
各自の能力が強化される神獣化。
闘術に特化したベルトマーが発動すれば、もう誰も彼の力には敵わない。
茶色い影と誤認するほどの速度。大剣を一振りすれば後には何も残らない。
「あはは! いきなり全力なんて、とんだ早漏ね!!」
「黙ってくたばれ!!」
ベルトマーが水平に大剣を振る。
それを視認できたわけではない。
しかし、テミガーは直感的に真上にジャンプをした。
ベルトマーの大剣から発生した風圧が、天馬の国特有の巨大樹を切り倒す。
森の中に木の倒れる音が響き、鳥たちが空を飛んだ。
そのたった一振りで大地が震えた。
テミガーは彼の純粋な力に戦慄する。
当たれば間違いなく身体が吹き飛ぶ。
幻術を使って外させようにも、攻撃範囲が広すぎて小細工なんて意味がない。
その事実に背筋がゾクっと寒くなった。
そして思わず頬が緩んだ。
「さいっっこう!! あなたも刺激的な男よ!!」
テミガーが魔力を高め、本能のままに叫んだ。
そして『門』が強制的に解放される。
「神獣化!!」
テミガーの身体から緑色の魔力が溢れた。
彼女の身体を包み込むように展開された魔力。
それを見たベルトマーが歓喜の声をあげた。
「面白れぇ!! 存分にやろうじゃねぇかぁ!!!」
「後悔しても知らないわよ♪」
ベルトマーが大剣を、テミガーが右腕を振り、茶色と緑色の魔力がぶつかり合う。
二人が動くたびに樹々を簡単にへし折り、大地を剥がす。
そんな周りの全てを破壊しかねない戦いに、エルフや捕まっていた人間たちが逃げ出した。
ついに始まった神獣の子同士の本気の戦い。
しかし彼らはまだ知らなかった。
自分たちの存在を感知する者がいることに。




