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第81話 過去と未来と希望と


 チコさんが一軒の家の前で足を止めた。

 大きさも造り他の家と違いは見られないが、どうやらここに長老と呼ばれるエルフが居るらしい。


「先に事情を話してきます」


「待っているのだぞ!」


 チコさんとアレラトが木製の扉を開けて家の中へと消えた。

 周りから疑いの眼差しを向けられたまま、ベルトマーと二人で大人しく待つことにする。


「おい。こんなノンビリしていていいのかぁ?」


 ベルトマーがギロッと睨んで来る。

 こんな時まで威嚇しないで欲しい。


「ノンビリも何も、長老に会うのが最速だ」


「ラウニッハは精霊樹に居るだろ。さっさと行くべきだ」


「そんなことは分かってるよ。だけど、無駄な戦闘が増える。出来れば戦闘は避けたい」


 おそらくラウニッハは精霊樹の近くに居る。

 そんなことは俺にだって分かっていた。

 相手を殲滅させるだけなら正面から仕掛ければいい。


 だけどルフが巻き込まれる可能性があるし、人質に取られると面倒だ。

 無駄な戦闘を避け、一気に強襲してルフを取り返したい。

 それにわざわざ連れ去るくらいだ。

 簡単に殺されることはないはず。


「今日中に居る場所と、そこまでの移動方法が分からなかったら精霊樹に行くさ」


「エルフの長老なんざ、そんな大層なモンかぁ?」


「長生きしている分、俺たちの知らないことを知っているはずだ。例えば神獣(俺たちの親)のこととかな」


 そこまで言って、扉が再び開いた。

 チコさんが顔を覗かせ「どうぞ」と俺たちを家の中へと通す。

 家の中に入ると椅子に座る一人の老人が目に入った。


 白く伸びた髪と髭。

 開けているのかどうか分からない細い瞳。

 椅子に座っているせいか、足が床についていなかった。

 小柄な老人なエルフ。その隣にはアレラトが立っている。


「儂の名前はラーヴァイカ。チコから聞いたぞ。そなたらが神獣の子だと」


「竜の神獣アザテオトルの息子のユーゴです」


「狼の神獣カトゥヌスの息子のベルトマーだ」


 俺たちの自己紹介にラーヴァイカの爺さんは髭を遊ぶ。


「『最強の神獣アザテオトル』と『力の象徴カトゥヌス』の子供とは……目的は天馬の神獣の子と聞いておる。場所は分かっておるのか?」


 爺さんの言葉に肩を竦める。

 それがハッキリと分かっているのならこんな寄り道はしない。


「いいえ。だから教えて頂けませんか? 俺の予想だとあなたは古代人の子孫で古き血脈の一人だ。ラウニッハを感知できるのでしょう?」


「そこまで知っておるのか。流石は竜の神獣(アザテオトル)。しっかりと教育しているようじゃ」


 ラーヴァイカの爺さんの瞳が僅かに開いた。

 チコさんやアレラトと同じ翡翠色の瞳で俺たちを見る。

 その視線はまるで何を観察しているようだ。


「ラウニッハは精霊樹の中腹におるよ。彼を止めてくれ」


 そう言って頭を下げるエルフの長老。


「父上がこんな奴らに頭を下げる必要ないじゃろ!」


「アレラト。世界は動き出したのだ。もうすぐ『約束の日』が来る。今はいち早く戦争(こんなこと)をやめないとならんのじゃ」


 騒ぐアレラトにエルフの長老が静かにそして力強い口調で言った。

 やっぱりこの爺さんは何かを知っているらしい。


「チコ。この者たちに転移魔法を……神獣の子らよ、精霊樹までのご案内しよう。世界に反旗を翻した儂らの同胞とラウニッハ(あの子)を止めてくれ」


 こうやって頭を下げられると断れる気がしない。

 なんだかんだ俺は甘い。

 だけど今回はそれを受けるわけにはいかない。


「俺たちに頼まない方がいいですよ。もしかすると、この国を滅ぼすのは俺かもしれません」


 きっと俺とラウニッハが本気でぶつかれば、淫魔の国の時の様な街一つが滅ぶでは被害は済まない。

 最悪この天馬の国は完全に滅ぶだろう。

 そんな大悪党になるかもしれない俺に、エルフの長老が頭を下げるもんじゃないと思った。


「では、転移魔法の場所まで案内します」


「ベルトマー先に行っといてくれ」


「あぁ? てめぇはどうする気だ?」


「少し聞きたいことが残ってる」


 そう返すとベルトマーはため息。「遅くなるなよ」と言い残しチコさんと家を出て行った

 。そしてラーヴァイカの爺さんが残っていたアレラトに「チコと一緒に行きなさい」と言って、席を外させた。


「儂に聞きたいこととは? 竜の神獣の子」


「『最果ての地』について教えてほしい。神獣と神族種の関係についても」


「なるほど。その言葉を知っておるのか……」


 ラーヴァイカの爺さんが椅子に深くかけなおし、息をゆっくりと吐いた。

 さっきまで僅かに開いていた目を閉じ、昔を思い出しているかのようだ。


「その昔、神獣と我らエルフや人間。種族の垣根を越えて団結し、一つの脅威に立ち向かったのは知っておるな?」


「ええ。五体の魔獣が『神獣』と呼ばれるようになった戦いですね。今も伝承で残っている」


「そうじゃ。その戦争は異界より現れた者を倒すための戦いじゃった。人型の魔物……神族種と呼称される軍事を操り、我らの世界に戦いを挑んできたのだ」


 そこまでは大体の予想はついている。

 問題はそこから神獣と神獣の子(俺たち)との関係性だ。


「儂の父のその戦いに参加しておった……神獣たちがこちらに寝返る前からな」


「ちょっと待ってくれ。寝返るってどういう意味だ?」


「神獣らは本来、敵側の生物兵器だったのだ。しかし心を持ってしまった……そして『魔帝』を討つために立ち上がり、儂らに味方になってくれたのじゃ」


 そうか。だから神獣たちには近い種が存在しない。

 当然だ。形は似ていても、この世界で生まれた生物たちとは違う場所で生み出されたのだから。


「その『魔帝』とやらが、神族種たちの親玉ってわけだ」


「そうじゃ。神獣たちと様々な種族が一つになっても倒すことは叶わなかった。その者が眠る場所が『最果ての地』であり、再び神獣たちが集う日こそが『約束の日』である。儂らは再び一つに成らなければならない……だからこんな戦いは早く終わらせる必要があるのじゃっ」


 静かに、だけど力強い言葉。

 大体の内容は分かった。

 ならどうして神獣(父さん)たちは人間を懲らしめろと言ったんだ?


 本当に滅ぼすつもりなら、寝返る必要も無かった。

 わざわざ神獣の子(俺たち)を育てる理由もない。

 完全に説明不足だ。

 里帰りしたら徹底的に問い詰めてやる。


「あなたの考えは分かりました。ラウニッハは止めますよ。彼には借りもありますし……だけど……」


 それは素朴な疑問。

 別に意地悪をしたくなったとかそう言うわけじゃ無い。


「世界は一つになりますかね? 五か国に別れて長い時を過ごした。お互いの価値観も受け入れられないこの状況で」


「それを束ねる為に神獣の子(そなたら)が居るのじゃろう?」


 期待を寄せて来る細い瞳に肩を竦めた。


「期待されるほどのもんじゃない」


「それでもしてしまうのじゃよ。そなたらは儂らが長く待ち続けた存在なのじゃから」


 僅かにほほ笑んだラーヴァイカの爺さん。

 勝手に期待されても困る。

 あるのは世界を壊す程の過剰な力のみ。

 みんなを纏めるほどのカリスマ性もない。


「まぁ、今はラウニッハの元へ急ぎますよ」


「すまんの。外の者に押し付けしまって」


 申し訳なさそうに再び頭を下げたエルフの長老。

 そんなに頭を下げられるとどうしたらいいのか分からない。

 今回は双方が利用し合っただけだ。

 感謝されるようなことは何一つとしてない。


「気にしなくていいですよ。俺のやりたいようにやるだけですから」


 ――たとえ世界を壊したとしても……







 長老の家から出るとアレラトが居た。

 どうやら案内するために俺を待っていてくれたらしい。


「つい来るのじゃ!」


「はいはい」


 若いエルフの後に黙ってついて行く。

 村の奥。大樹を切り取り樹の中に設けられた空間。

 その前にベルトマーとチコさんが居た。

 魔法陣らしいものが大樹に書かれており、これがどうやら転移魔法の陣らしい。エルフは便利な模倣を使えるんだなぁ。


「だから私も連れていってください!」


「あぁ? 死にてぇのか?」


 何やら二人が揉めていた。

 内容は大体分かる。

 チコさんが白銀の槍を手に持っていることからも想像がついた。


「やめておいた方がいいですよ。神獣の子同士の戦いに巻き込まれれば、命がいくつあっても足りない」


「ユーゴさん……」


 チコさんの瞳が俺に向けられる。

 揺れる瞳の奥からは後悔の念が感じ取れた。


「だけどラウは……彼を私がもっと早く止めていれば……」


「己惚れるなよ女。神獣の子(俺様たち)は異端だ。てめぇが何しようが、ラウニッハの野郎は行動を起こしていた。今さらどうにもならねぇさ」


 ベルトマーの容赦ない言葉。

 だけど今回は奴の言う通りで、不器用ながら止めようとしているのだろう。

 だから今は黙って聞くことにした。


「それに雑魚は邪魔になる。さっさと失せろ」


「さすがに言い過ぎだ」


 思わず止めに入ってしまった。思った以上にボロカスに言われたせいか、心なしかチコさんが肩を落としている。

 こいつはもっとうまく言えないのかね。


「言い方はともかく、こいつが言うことは正しいですよ。あなたでは力不足です。それに……」


「な、なんですか?」


 俺の雰囲気が変わったことを察してか、チコさんが後退りした。

 確かな殺気と魔力で彼女にプレッシャーをかける。

 戦いに慣れていない人なら気を失うほどの圧力。

 事実となりに居るアレラトの肩が震えている。


「ラウニッハを殺すことになるかもしれません。見ない方がいい」


 俺とラウニッハの戦いはただの殺し合いになる可能性が高い。

 向こうは俺を殺す気で来るのだから、俺もその気でいかないといけない。今度こそ本気で戦うことになるだろう。

 相手が生きているかどうかなんて気にしている余裕はないし、それが許される相手でもない。


「それでも! お願いです! 私にチャンスを下さい!」


 引き下がらないチコさん。

 その姿にベルトマーと顔を合わせてため息。


「お守りはテメェの役目だぞ」


「そうなるわな……」


 ベルトマーが俺に背中を向ける。

 こいつがチコさんの面倒を見るわけがない。


「自分の身は自分で守って下さいよ」


「はい! ありがとうございます!」


 笑顔のチコさんを見て、心底俺も甘いなと思う。


「吾輩も行く! 姉御だけ行かせるわけにはいかぬ!」


「アレラト……あなたはここで父上たちを守って。ラウは私が止めて来る」


「しかし……奴は……」


 姉が心配な気持ちは分かる。

 だけどアレラトはまだ子供だ。

 相手の中にはエルフも居る。

 同族に手を出す覚悟も無ければ、殺し合いの現場を見るには若すぎた。


「大丈夫。また帰って来るから」


 チコさんが弟の頭を優しく撫でる。

 そしてアレラトから離れ、転移魔法の陣に手を当てた。

 聞き慣れない言葉を呟くと陣が輝きを放つ。


「これで精霊樹の近くまで飛べます」


 チコさんが振り向き陣を指さす。

 じゃあ、行くかね。

 ルフを取り返しに。


 俺とベルトマー、そしてチコさんの三人は陣の中へと飛び込んだ。


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