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第80話 森の民


 チコはエルフの中でも変わった存在だった。

 美しい腰まで伸びた翡翠色の髪と、誰にでも平等に向けられる同色の瞳はエルフの中でも特に美しいと言われ。

 長老と呼ばれる父を持ち、天馬の国で二十年の時を過ごした。


 自然との調和を何よりも重んじる天馬の国は、外の者や異端の者には冷たい。だから|ラウニッハ《天馬の国で生まれた人間》をエルフたちは、異端だと言って相手にしなかった。


 だから金髪の少年はいつも一人で居た。

 精霊樹の近くに住んでいるらしいが、詳しい場所は誰も知らない。

 そんなラウニッハに手を差し伸べたのがチコだった。


 初めて話したのは七歳の時。

 最初は単純に興味本位だった。

 人間は自己中心的で残虐だと聞いていたが、ラウニッハからはそんなものを感じなかった。だから、話しかけた。


「どうしていつも一人なの?」


「友達がいないから……」


「私がなってあげる!」


 差し伸べた手に彼は戸惑っていた。

 エルフと人間。

 長い歴史の中で手を取り合ったのは大昔の戦いの時だけ。

 神獣たちも参戦し、世界が一つとなって戦った遥か太古の時だ。

 それ以来、同じ世界に生きてはいても、協力することはなかった。


 彼がそんな歴史を知っていたのかどうかは分からない。

 だけど手を取ってくれた時は嬉しかった。

 それから十三年の間、チコとラウニッハは一緒に過ごすことが多くなる。


 天馬の国に生息する魔物を狩るためにラウニッハに槍の使い方を教え、共に魔物を狩るために森の中を駆け回ったこともあった。

 時々弟のアレラトも参加することもあって、他のエルフたちは徐々にラウニッハのことを認め始める。


 他のエルフたちと仲良く話す彼を見て、良かったと思うと同時に複雑な気持ちになることも多くなった。

 それでもこんな楽しく、穏やかな日々が続けばいいと思っていた。


 しかし、穏やかな日は突然に終わりを告げる。


 ――神獣の子


 そう呼ばれる存在が現れる。

 その圧倒的な力は天馬の国でも噂になっていた。

 

『調和を乱す存在かもしれない』


『味方になれば人間に一泡吹かせることが出来るかもしれない』


 エルフたちの中でも意見は割れていた。

 チコは願う。

 神獣の子なんて現れなければいい。

 人間同士で決着をつけてくれと。


「ラウは神獣の子をどう思う?」


「……さぁ?」


 ラウニッハは歯切れの悪い返事だった。

 今思えばあの時に止めておくべきだったのだ。

 彼が世界に反旗を翻す前。

 最後のチャンスだった。


 それから数日後。

 ラウニッハはエルフたちの目の前で自分が神獣の子だと宣言する。

 嘘だと言って、神獣を冒涜するなと言う者もいた。


 しかし彼は天候を操ると言われる、天馬の神獣フィンニルの力を自分たちに見せつける。

 神にも等しく、世界を破壊できるほどの力。


 それは彼が神獣の子である証であった。

 そして彼は自分たちエルフに選択肢を提示する。


「僕は今から人間に戦争しかける。共に来たい者は好きにするといい」


 その力に魅了されたエルフたちは、人間への黒い感情を胸にラウニッハの味方へとなった。そして調和を乱す存在だとラウニッハを認めない者もいた。


 神獣の子を止める為に勇敢に戦ったエルフたちは皆殺しにされる。

 もう誰も彼を止めることは出来ない。

 世界に爪を立てたラウニッハは最後まで戦うだろう。


 もうチコの頭の中はグチャグチャだ。


 どうして彼は自分に神獣の子だと言ってくれなかったのか。

 友達だと思っていたのは自分だけだったのか。

 その事実に深く傷つき悲しんだ。


 もう彼の想いを確かめる術はない。

 世界を壊すほどの力を携えて、彼は歩み続ける。

 まるで『僕はここに居る』と主張するかの如く……










「まぁ、なんとなく事情は理解できたが……」


 全ての話を聞き終えた、目の前の赤髪の男が頬を掻く。

 隣では茶髪で褐色の肌を持つ男が眠そうに欠伸をしていた。


 自分とアレラトはこの二人の人間に拘束され、魔術で生成された紐で手足を縛られている。

 動くことは難しそうだ。


(なんとかアレラトだけでも……)


 そう思って弟であるアレラトの方を横目で見る。


「チコの姉御の話だぞ! 真剣に聞かんか!」


「あぁ? 俺様に文句を言うとはいい度胸だぁ」


 何故か褐色肌の男にはやたら反抗的だ。


「ベルトマー。手を出すなよ」


「チッ。全くお前は甘くて反吐が出るぜ」


 ベルトマーと呼ばれた樹に背中を預ける。

 どうやらこの赤髪の男の言うことだけは聞くらしい。

 隙を伺い、脱出するチャンスを探していると、手足を拘束していた魔術の紐が消えた。


「これ以上の拘束に意味はありません。それに俺たちは敵じゃない」


 赤髪のユーゴと呼ばれる男はそう言って拘束を解いてくれた。

 どうやらこの二人の目的は本当にラウニッハだけらしい。

 彼の強さを知っている自分からしたら自殺志願者にしか見えない。


「吾輩にとっては敵だ!」


 アレラトが魔力を高め二人に向かって攻撃を加えようとする。

 そんな弟の襟元を掴んだ。


「魔力を抑えなさい!」


「あ、姉御……でも、こいつら……」


「文句を言わない!」


 肩を落としたアレラトが「分かった……」と口を尖らせる。

 まだヤンチャで悪戯好きの十二歳の弟には、いつも手を焼いていた。

 お互いに落ち着いた所で再び二人の人間と向かい合う。

 そこで気がついた。

 ベルトマーと呼ばれる男が上半身裸であることに。


「あ、あの……上を着て下さい……」













「あ、あの……上を着て下さい……」


 チコと名乗るエルフの女性が恥ずかしそうに顔を伏せてしまった。

 この場で上を着ていないのは、濡れた服を嫌がったベルトマーだけだ。

 俺はもちろん灰色の外套も全て着ている。


「これの何処が問題なんだぁ?」


「チコの姉御は初心なのじゃ。異性の肌を見るのもダメ。裸など直視できん。弟として将来が心配じゃ……」


「確かになぁ。それでイザって時どうするんだろうな」


「勝手に話を進めないで下さいっ。とにかく上を着て下さいっ」


 俺と弟のアレラトの会話を聞いていたチコさんのツッコミ。

 とりあえずベルトマーが上を着ないことには、話が進まないらしい。


「ベルトマー。いい筋肉してるのは分かったから、早く着てやれ」


「鍛えているからな」


 何故か嬉しそうなベルトマーがボディビルダーのようなポーズをとり始めた。前々から思っていたが、こいつはなんだかんだで自分が大好きだ。

 筋肉に目を奪われたアレラトが「おぉ! 凄い筋肉じゃ!」とベルトマーの二の腕を触り喜んでいる。

 さっきまで戦う気満々だったのに……


 呆れてため息しか出ない。

 その後もベルトマーの筋肉談議が続いたので、半ば無理やり服を着せた。

 本人は不満そうに「何しやがる!?」と怒っていたが、話が前に進まないので許して欲しい。

 とにもかくにも、これで落ち着いて話せる状態になった。


「あなたたちは本当に神獣の子を目当てに来たのですか?」


「ええ。天馬の神獣の子をぶっ飛ばしに」


「俺様たちも神獣の子だからなぁ」


「「え!!?」」


 ベルトマーの壮大なネタバレに二人のエルフの表情が一変する。

 まぁ普通はこんな森の中で出会った人間が、神獣の子なんて予想もしないだろう。ある意味で二人のリアクションは当然と言えた。


「そう言うわけです。神獣の子にも色々と事情がありまして……」


 頬掻いてそう言うと、チコさんが細い指を顎に当てて何かを考え始めた。


「ついて来て下さい。私たちの長老が力になってくれるはずです」


「姉御! 父上に会わせるのか!? こんな外界の得体の知れない者たちを!」


「アレラト。この人たちが神獣の子であるかどうかは、父上が見れば分かることよ。それに……」


 チコさんの翡翠色の瞳が俺たちに向けられる。


「私にはこの人たちが嘘をついているようには見えない」











 見たことも無い大樹が並ぶ森の中をチコさんの先導で歩いていく。

 罠の可能性もあったけど、俺とベルトマーなら問題なく対処できる。

 それにエルフの長老とやらにも興味がある。


 人間よりも遥かに長寿と言われるエルフの中でも、長老と呼ばれるくらいだ。色んな知識を持っているはず。それにもしかすると古き血脈の可能性だって十分にあり得る。

 その力でラウニッハの居場所を感知できるかもしれない。


「ここです」


 チコさんが足を止めた。


「これが噂の……」


「面白れぇ」


 顔を見上げた俺たちが思わず呟く。

 天馬の国のエルフは『森の民』と言われるほど、森と一体になって暮らす。

 その一つの特徴として、巨木の上に建てられた家と言うモノがあげられる。木の伐採は最小限にするのがルールだ。

 地面に建てられた家もあまり木材は使われておらず、木の葉や藁のような物で作られているようだ。


「ついて来て下さい」


 そう言ってチコさんが身軽な動きで樹を登っていく。

 アレラトが「ついて来られるといいな!」と言って、その後を続く。

 俺とベルトマーも闘術で身体を強化して、同じように樹を登った。

 そして樹の上に造られた村に着地する。


 巨木の上に建てられた家々。

 樹と樹をつなぐ橋が村の中に架けられていた。

 もちろん村に居るのは全員がエルフだ。


 そんな所に人間の俺たちが居るのはどうなのだろう。

 色々と思う所があるが、チコさんが村の中を進むのでたちはその後に続いて行くしかない。

 時々すれ違うエルフたちが俺とベルトマーを避けて通る。


 遠目で見ているエルフたちは何やらヒソヒソと話しており、外者に対する扱いは噂に聞いていた通りあまり良くないらしい。


「気分を悪くしたのならすいません。連れて来たのは私なのに」


「気にしてないですよ。なぁベルトマー」


「なんの話だぁ?」


 こいつはそもそも気づいていないのか。

 細かい事には無頓着そうだもんなぁ。


「そう言えばエレカカさんは元気か?」


 ふと思い出した懐かしきエレカカさんの名前。

 狼の国の古き血脈にして、ベルトマーに王になって欲しいと頼んだ女性の獣人だ。俺と彼女の間にされた口約束の報酬はまだ払われていない。


「貴様に何も渡していないと、今頃竜の国との同盟に調印しているだろうよ」


 ただの口約束がとんでもないことになっていた。

 ベルトマーの話を聞くに、俺への報酬を渡していないと気がついたエレカカさんは、代わりと言う話ではないが今回の戦争で竜の国の味方になってくれたらしい。


 いいことはしてみるものだと再実感。

 その後もベルトマーの話を聞いていると、どうやらこいつはエレカカさんには頭が上がらないらしい。

 なんだかんだ元気そうで何よりだ。

 今度会ったら挨拶しておこう。


 少しだけ昔を懐かしむと同時に、人の世に出て来てからはいつもルフが隣に居たことも思い出す。

 早く助けたい。だけど闇雲にラウニッハを探すには天馬の国は広い。

 

 今は長老と呼ばれるエルフが、何か知っているをただ祈るばかりだった。


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