第7話 夕刻の平和
ワイバーンを操作して、ルフとダサリスの近くに降りる。
周りを囲む火の壁は俺が発生させた魔法だけど、少しの時間くらいは燃え続けてくれる。
「クック……こっちがこんな状況だからてめぇも襲われてると思ったよ」
額から血を流すダサリスが悪人如き笑みを浮かべる。
確かに冷静に考えると、一歩間違えれば俺はダサリスの陰謀によって魔物の群れに一人で行かされたことに、周りから見ればそうなるところだった。
ホント危なかった。
「まぁ、向こうの騎士団の生存者は一人だけだった。今は王都で治療してるよ」
フォルは王都へ着くと同時に、乗り場の受付に居た少年に預けて来た。
王都でも近くで戦闘があったことは伝わっているらしく、今は竜聖騎士団が出撃の準備をしているらしい。
俺はワイバーンに乗ったまま先行。
現場に来るとダサリスが格好をつけて死にかけていた。
「あ、あんた……物資の運搬をしてたんじゃ……」
ルフが何か言いたそうだが、今はこの状況を何とかするのが先決だった。
「色々とあるんだよ。それとダサリス」
「あぁん?」
出血で身体を支えるのが辛くなったのか、彼は地面に片膝をついた。
大きな体を小さくするその姿はどこか面白い。
笑みを浮かべた俺を睨むけど、今となってはその視線に怖さはなかった。むしろいつも通りで安心する。
「今日はお前の奢りだぞ」
「ぼったくりめ」
「人に厄介事押し付けた罰だ。それとルフ?」
「な、なによっ」
「お前は身体で払えよ」
「ふざけてんじゃないわよ! あんたなんてお断りよっ」
いつもの反応で安心した。
さっきまでこの世の終わりのような顔をしていたから、いつも通りの反応でホッとする。
「俺はお前くらいが好みなのに残念だ」
「なっ」
顔を赤くして口をパクパクさせる彼女が面白くて頬が緩む。
しかし、それを見られると怒られるからグッと堪える。
それに炎の壁の効果時間もそろそろだ。解除されれば狼たちが襲ってくる。
「さて……胸なしの相手もほどほどにして、頑張りますか」
首をコキと鳴らして準備体操、ルフが後ろで「やっぱり違うじゃない! 嘘つき!」とか言っているけど無視。
男のロマンに関しては後で説明するとして、今はこの状況を切り抜ける。
右腕に魔力を集中させ、魔術を発動させる。
集まった魔力が炎となり、俺の右腕全体を包んだ。
色で言えば赤みを帯びた炎は、俺が最も得意とし父から譲り受けた火属性の魔法である。
神獣の一角である父が言うには、神獣たちにはそれぞれで得意としている魔法の属性がある。
父の得意分野は火。だから俺は火属性の魔法に特化している。
他の属性も一応は使えるけど、本当に一応だ。戦闘では役に立たない。
だけど特化した火属性には絶対の自信があった。
「すごい……」
ルフが呟いた。俺自身は他に魔法を使う人に会ったことがないため、自分の魔力量がよく分からない。
父曰く、常人を遥かに凌ぐ魔力量らしいが……
火属性の魔術に関しても自信を持っているが、それが他人で言うとどの位凄いのかは判断できない。
しかし、ルフの反応を見るに、俺の魔力量は上位に位置しているようだ。
神獣の子なのにしょぼく無くて一安心。ホッと息を吐くと、炎の壁が消失した。
シビレを切らしたオオカミたちが一斉に襲い掛かって来る。
「二人とも伏せろ」
俺の言葉に反応した二人が身を屈めたことを確認。
右腕に灯る炎を人差し指に集中させる。
炎の形状を鞭のように長く細く変えた。身体をクルッと一回転させ円形に一振り。
炎とは言え、高密度の魔力で精製された火は名刀のごとく狼の身体を引き裂いた。
とりあえずはこれで囲んでいた狼たちは全滅。逃げることが出来る。
「騎士団の人たちを助けないと!」
ルフが思い出したように言った。
周りで聞こえる剣戟の音は止む気配がない。
ホントは俺の魔法でこの辺りは焼け野原にしてもいいが、これだけの乱戦だと味方も巻き込む。
しかし、早く倒さないと被害は大きくなるばかりだ。
どうする? 闘術で各個撃破していくか?
色々と考えを巡らせていると頭上から声。
「各隊散開! 仲間を救出しろ!」
顔を上にすると竜聖騎士団の援軍が到着していた。
本来なら王都に残すべき戦力たちなので、数はそれほど多くない。
二十人弱と言った所か。しかし、それぞれがワイバーンに乗り魔物を撃破していく。
徐々に好転する戦場にとりあえず安心した。
魔物との戦闘は援軍で到着した竜聖騎士団の活躍で勝利に終わった。
しかし、ルフの話によるとゴーレムを取り逃がしたらしく、今は騎士団が捜索中とのこと。
「ゴーレムなんてこの国に出るっけ?」
「聞いたこともないわよ」
俺の質問に隣に座るルフが返事をした。
今俺たちはダサリスの治療のために王都にある大聖堂に訪れていた。
治癒師が常駐し、神獣の父を祀る教会には先ほどの戦闘で怪我をした人たちの姿が多く見える。
そんな彼らを横目に、俺とルフは聖堂の長椅子に座り、ダサリスの治療が終わるのを待っていた。
時刻はそろそろ夕方だ。いつもなら宴会にワクワクし始める時間だった。
「働き過ぎた。こんな時、癒してくれる女の子がいれば……」
久しぶりに魔術を使ったり、大移動をしたりと今日は色々と動いた。
そのせいで身体が何時もよりも怠い。
こんな時、ギルドの人気受付嬢のような女の子がいれば元気になるのにとか、勝手に思う。
「どうせあたしは誰も癒せませんよー」
「頼んだらしてくれるの?」
「え!? そ、それは……」
顔を伏せてモジモジし始めた。
相変わらず面白いリアクションだ。苛めがいがある。
「お兄ちゃん!」
「は?」
顔を前に向けると満面の笑みで、頭についた猫耳をパタパタ動かすフォルの顔。
怪我をしていた右肩には包帯が巻かれており、治療は無事に完了したらしい。
あと、お兄ちゃんと呼ばれるのも悪くない。
「お兄ちゃんって……どう考えても血は繋がってないでしょ!?」
「森の中で助けてもらったの。だから、お兄ちゃんて呼ぶね!」
「おー」
「おかしい! 絶対におかしいから!」
長椅子から立ち上がり、謎の抗議をするルフ。
別に呼び名なんてなんでもいい。
だけど何度でも言おう。お兄ちゃんと呼ばれるのも悪くない。
「フォル。ちゃんとお礼を言いましたか?」
「ネイーマお姉ちゃん!」
フォルがお姉ちゃんと呼んだのは、ギルドで最も人気のある受付嬢の獣人だった。
流れるように腰まで伸びた茶髪の髪とフォルと同じ猫耳。
長く伸びたまつ毛に豊満な胸元と芸術的なくびれ。
文句なしの美人だ。
「初めまして、この子の姉のネイーマです。妹がお世話になりました」
ネイーマが頭を下げた。フォルも同じように頭を下げ、俺は美人姉妹に頭を下げられると言う状況だ。
心なしか周りの視線が突き刺さるような気がする。
「お礼なら一度お相手をして下されば……ぐ!」
冗談半分でお誘いをした俺をルフの右拳が襲った。
ガツンと殴られ、首がねじ切れそうな勢いで吹き飛ぶ。
「すいません。この変態の言うことはあてにしないで下さい。あと、お兄ちゃんとか呼ばない! 調子に乗るから!」
ルフが幼気な獣人の女の子に人差し指をビシッと向ける。
こいつは俺の事をなんだと思っているんだろう。
「でも、お兄ちゃんは命の恩人だよ? 助けられた人には身体で払いなさいってお姉ちゃんが」
「こ、こら! 余計なこと言わなくていいのっ」
この姉は妹にどんな教育を施しているのだろうか。
この国の未来が少しだけ心配になった。
「ダメよ! 女の子がそんなに簡単に身体を許しちゃいけないの!」
ルフが諭すが純粋なフォルの暴走は止まらない。
「好きな人としかダメってこと?」
「そうなのフォル。そういうのはお互いの気持ちが大事なの」
ネイーマがなんとか軌道修正しようと試みるが、今のフォルは誰にも止められなかった。
「じゃあ、お兄ちゃんは大丈夫だね」
フォルが俺の腕に抱き着き、純粋な瞳でこちらを見て来る。
ピコピコと動く猫耳が凄く気になるが、さすがにそれはセクハラだと思うので何とか踏み止まった。
隣に居るルフの視線がもの凄く身体に突き刺さる。
これはあくまで不可抗力なので、そんなに睨まないでほしい。
「そう言えばフォルっていくつだ?」
「十五歳だよ! お姉ちゃんは売れ残りの二十二歳!」
「余計なことは言わなくていいのっ」
ネイーマさんが俺の腕に抱き着くフォルを強引に引き剥がす。
彼女はどうやら独り身らしい。そうでないとギルド内であんなに人気は出ないかと一人で勝手に納得した。
「仲のいい姉妹で微笑ましいですね」
「いえ、そんな……本当にこの子が迷惑ばかりで……」
「美人にそんな頭を下げられると照れます」
「そんな私なんて」
手を顔の前で左右に振り、否定するネイーマさん。
わずかに赤くなった頬が可愛らしい。その姿に言い寄る男は多いだろうなと確信する。
フォルは姉の腕の中で大人しくしている。天真爛漫な彼女も空気を察す能力はあるらしい。
「ちょっと、なんで鼻の下伸ばしてるのよ」
ルフが俺の脇腹をキュッと摘まみ横に並ぶ。
こいつは空気が読めないらしい。
「そりゃ美人が相手だからな」
「変態め」
「お兄ちゃんフォルは?」
「フォルはもうちょっと大きくなったらな」
「こらフォルっ、また抱き着かないっ」
大聖堂の一角でそんなやりとりをしつつ、平和を満喫していると治療を終えたダサリスが出て来たのでこの場を後にした。