表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
78/133

第77話 彼の居ない日


 天馬の国。

 五か国の中で最も自然が豊かな国であり、国のほとんどが森に囲まれている。また住んでいる種族の内訳はほとんどがエルフであり、別名『エルフの国』と言われるほどだ。


 ひっそりと設けられたギルドでは、森などで珍しい物を採取できると言う理由から、採取系の依頼が多く集まる。

 しかし、過剰な採取はエルフたちが反対しており、採れる量は一定数と決められていた。それに自然と共に生きることを最も大切と考える天馬の国では、外者はあまり受け入れられない。


 調和。それが最も重んじることであり、乱す者は何人たりとも許さない。

 そんな天馬の国の中央には雲を突き抜ける程高く、天へと伸びる精霊樹と呼ばれる樹がある。

 精霊樹の山頂には、天馬の神獣フィンニルが住むと言われており、エルフたちはこの樹を神の樹として崇めていた。



 そんな精霊樹の中腹でルフが目を覚ました。


「ここは……」


 顔を上げて周りを見渡すが目ぼしいものは何もない。

 唯一あるのは大地を貫く大樹のみ。

 そして立ち上げって、足場の端っこに移動し下を見ると、眼下に広がるのは一面の森。顔を上へと向ける。

 大樹が空へと伸びており、その先は雲に隠れて見えなかった。


「天馬の国が誇る精霊樹はどうだい?」


 男の声。振り返ると金色の髪を風に揺らす、天馬の神獣の子(ラウニッハ)の姿があった。


「あんた!」


「おっと。やめておいた方がいい。丸腰なんだから自殺行為だよ? それに、竜の神獣の子は生きているから安心しなよ」


 ラウニッハの言葉で、自分の武装が全て外されていることに気がつく。

 破弓も腰に差していた短剣も無い。

 ただし、ユーゴの外套だけはそのままだった。

 それに彼は生きているらしい。

 ホッとして小さく息を吐いた。


「どうゆうつもり?」


「本当は君は用済みなんだけど、ささやかな余興だよ」


「あたしになんの用があったの?」


「古代兵器の復活さ。その為には古代人の血を色濃く継ぐ君の血液が必要だった」


 彼がそう言って小瓶を取り出す。

 その中には血が入っていた。

 どうやら寝ている間に少量だが血を抜かれたらしい。

 首元がチクチクするのはそのせいか。


「あなた……本当に人間の敵なの?」


「そうだよ。竜の神獣の子とは違う。調和を忘れてしまった人間を粛清する……それが僕の目的だ」


「同じ神獣の子なのにそこまで違うのね」


 その言葉にラウニッハが笑みを浮かべた。

 嘲笑。そう呼べるような笑みにルフの眉間にシワが寄る。


「竜の神獣の子が変わっているんだよ。僕たちは人間を懲らしめる為に、育てられたのだから」


 人間を懲らしめる為?

 その言葉は到底信じられるものではない。

 ルフは見て来た。


 ユーゴが人々を救う姿を。

 傷つきながら前に進む背中を。


「あいつは人間の味方よ」


「だから愚かなのさ。世界を壊せる程の力を持ちながら、人の枠に収まろうとしている。まぁ……彼はどのみち殺す予定なんだけどね」


「あいつは負けない」


 真っ直ぐにラウニッハを睨みつける。

 その視線を彼は鼻で笑う。


「だから、君の目の前で竜の神獣の子を殺す。人間と神獣の子(僕たち)は、交わることが無いと言うことを教えてあげるよ」


 そうか。この男はユーゴをおびき寄せる為に自分を生かしたのだ。

 ようは目的を釣る為の餌らしい。

 ユーゴは来てくれるだろうか。


 いつも自分に冷たい彼は、危険を冒してまで来てくれるだろうか。

 助けに来てほしいという気持ちと、殺されるかもしれないから来て欲しくないと言う気持ち。

二つの気持ちの間で心が揺れる。


(あんたは……どうするの?)


 天馬の国に広がる森を見て、今は何処にいるかも分からない彼に問う。ラウニッハの話が本当なら、どうして彼は人間の味方になったのだ。

 出会った時からずっと一緒に居るが、知らないことばかりだ。

 小さく吐いたため息は、風の音共に空に消えた。







 囚われの身となったルフだったが、待遇は意外と自由だった。

 武器を盗られているので抵抗は難しいが、精霊樹の中腹にあるこの大地の中は自由だ。

 食べ物も精霊樹になっている赤い実を食べれば問題ない。

 精霊樹を降りれば逃げられるだろうが、周りに結界を張られているためそれも不可能だ。


「意外と暇ね……」


 水平線の向こう側に沈む太陽を眺め、赤い実を食べながら呟く。

 お腹が空き過ぎて思わず手に取った謎の実だが、ほのかな甘みと潤いのある果汁。やっぱり取り立ては美味しい。


「話し相手になりましょうか?」


「あなたっ」


 ルフは素早く立ち上がり横に降りた女から距離をとる。


「そんなに警戒しないで♪」


 ニッコリと笑うのは淫魔の神獣の子(テミガー)

 武器は無い。一応人質だが相手が手を出してこない保証はなかった。

 警戒心を持って向き合うのは当然だった。


「あなたも人間の敵なんでしょ。あたしを殺す気?」


「ラウニッハの許可もなくアナタを殺さないわ♪ 人間の敵って言うのは、立場的には合っているけど」


「どうして? あなたたちも人間なのに……」


「あたしは刺激が欲しいのよ。楽しめさえすればそれでいい……最初に誘われたのがラウニッハ……それだけよ」


 ルフは肩を落として深くため息。

 ユーゴと言い、どいつもこいつも自由すぎる。

 その様子を見て、テミガーが悪戯っぽく笑みを浮かべ、人差し指を向けた。


「今あたしが一番興味あるのはアナタよ」


「あたし?」


「そうよ。神獣の子と一緒に居る人間なんて面白そうじゃない♪」


 何が面白いのか。

 ルフには分からない感覚だが、ラウニッハも言っていたように神獣の子(彼ら)は、自分たちが異端だと自覚している。

 人と交わることは難しいと。

 それなのにユーゴと一緒に居た自分に興味がある。

 そんなところだろう。


「彼とはもうチューとかしたのか?」


「ブッ!」


 食べかけていた赤い実を吹き出した。

 口元を拭い、テミガーを見る。

 ワクワクとでも言えばいいのか、緑色の瞳が輝いていた。


「な、なんであたしがあのバカとキ、キスとかするのよっ」


「だって、あなたは竜の神獣の子が好きなんでしょう? だったら、手を繋いだり、イチャイチャしたり。その後も色々としたいと思わないの?」


「し、したくないってわけじゃないけど……そもそもあたしは、あんな奴のこと好きじゃないっ」


「ヒドイ言われようね~」


 テミガーが肩を竦めた。


「毎日お酒を飲んで、朝はダラダラ起きて来る。他の女の子に言い寄られて嬉しそうにするし、あたしの胸が小さいっていつもバカにしてくる……そんなダラシない奴のこと誰がっ」


「なに? 惚気話?」


「ち、違う!」


 顔がアツい。

 火が吹きそうだ。

 そもそもこの神獣の子は何しに来た?


 自分とユーゴの関係を聞いてどうする気だ。

 何故か相手はニコニコ満面の笑みを浮かべ、満足そうである。


「人の彼氏を殺すのは気が引けるわぁ」


「……やっぱり、あいつを殺す気なの?」


「ラウニッハがそう望んでいるから仕方ないわ」


「仕方ないって……」


 仕方ないとは何故だろう。

 異端な神獣の子の中でも、ユーゴはまた異端だからか。

 それとも人間の味方をすると言うのは、それほど罪が重いのか。


「ラウニッハは調和を乱す者を許さない。竜の神獣の子の力はあまりに危険すぎるの♪ だから排除される……それだけよ」


「あいつは危険じゃない! 人に危害を加えるわけがない!」


「目を背けるの? あなただって見たでしょう?」


 テミガーの放つ雰囲気が変わる。

 先ほどまでの親しみやすい雰囲気は何処かへと消えてしまった。

 こちらを射抜く緑色の瞳の光は鋭く、不敵に笑う姿に冷たい汗が流れる。


「商業都市の壊滅……あんなの序の口よ? 竜の神獣の子が本気なれば世界だって壊せる。ラウニッハも同じだけどね♪」


「……そのうち世界がユーゴの敵なるって言いたいの?」


「あなたたち人間はそうやってきたでしょう? 自分たちと違うモノを怖れ、その果てに排除する。だからこそエルフや獣人たちは、自分たちの国を創った。歴史は繰り返す……今度は違うけど♪」


 確かにそうかもしれない。

 かつては共に生きていた種族は今やバラバラだ。

 大昔に比べると、共存を理念とした竜の国やギルドのおかげで、種族間の壁は低くはなってきている。

 それでも、完全な相互理解には程遠い。


 魔物や他国を怖れない力を何処かが手に入れれば、すぐに戦争になるだろう。そんな緊張感で包まれた世界に、変革を促す者たちが現れた。


 ――それが神獣の子


 神と崇められる魔獣の力を継ぐ子供たちは、人外の力を宿し、絶妙に保たれていたバランスを徐々に崩し始めた。

 今ならまだ立て直せる。


 しかし、もう立て直せない状態になったら?

 人間はどんな手を使ってでもバランスを保とうとするだろう。

 それが人間にとって、良い世界なのだから。


 世界が神獣の子に牙を向く。


 それが今の(・・)世界にある結末だ。

 ユーゴも世界に拒絶される。

 

(そっか……それを分かっていたから……)


 彼は自分に『怖くないのか?』と聞いて来た。

 理屈か本能かは分からないが、彼は世界に拒絶されることを理解していた。

 だからこそ一緒に居る自分にそう聞いたのだ。


「だから理解できた? 人間であるあなたと、竜の神獣の子が一緒に居るのは無理なの♪ もしも一緒に居たいのであれば、世界中を敵に回す覚悟はある?」


 重い。あまり重い覚悟だ。

 世界中を敵に回す。

 そんなこと考えたことも無い。

 

 もしも世界がユーゴを拒絶した時、自分はどうするだろうか。

 考えれば考えるほど、答えなんて出やしない。

 だから心の声に素直に従うことにした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ