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第76話 這い上がるのみ


 淫魔の国の中心都市である商業都市の壊滅。

 これにより天馬と淫魔の神獣の子を中心とした連合軍は撤退した。

 避難した人々を救出に来た竜聖騎士団は、比較的竜の国に近い街で一度体制を整えることを決定。


 街を占拠していたエルフたちはすでに後退しており、幸いなことに物資等はそのままだったため、すぐに怪我人の手当てを行うことが出来た。

 竜の国からもワイバーンを使い、必要な物資・治癒師を運ぶなど航空路を活用した援助を騎士団中心に行っていた。


「たいしたもんだ」


 ベルトマーは窓の外を見て呟いた。

 怪我人が眠る簡易的な木造の診療所にされている部屋の一室。

 そこに取り付けてある窓から外を見ると、ワイバーンが物資を運んで着地している。竜の国が航空術に長けていることは有名だが、こうも早く対応するとは思わなかった。


 顔を部屋の中に移すとユーゴがベッドの上で眠っている。

 天馬の神獣の子に受けた傷は、怪我人の治療に来た治癒師でも完璧に治すことは難しく、ある程度は彼の自然回復力に任せるしかない。


 ベルトマーにとって、怪我はどうでもよかったが、ユーゴがどんな過程であれ負けたことが許せなかった。

 四色目の炎を使い、身動きが取れなくなった所をやられたとしてもだ。


「お兄ちゃんは起きました?」


 部屋に入って来たのは竜聖騎士団のフォル。

 彼女は仕事があるはずなのに、隙を見つけはこの部屋に来る。


「まだ眠ってるぜ。サボっていていいのかぁ?」


 自分もよく公務をサボってエレカカに怒られる。

 机に座り、つまらない紙に目を通すよりも身体を動かしている方が好きだ。魔物が出れば飛び出すし、暗殺者なんて毎日来てほしい。

 彼女もそのタイプだろうが、今は戦時中で兵士が最も必要とされる時だ。

 隊長が誰かに怒られそうだが。


「ある程度落ち着いたよ。今は交代で色々やっているから、一人くらい居なくても大丈夫」


「怒られても知らねぇぞ」


「意外と心配性なんだね。ベルトマーさん」


 シッシと悪戯っぽい笑顔のフォルにため息。


「それより……ルフさん大丈夫かな……」


「あの小娘か。ユーゴが知ったらどうするんだろうな」


「助けに行くと思うよ。なんだかんだでお兄ちゃんは、ルフさんのこと大切に想っているから」


「甘い奴め……」


 思わず呟いた。

 自分たちはこの世界で異端だ。

 そんなことはユーゴも分かっているはず。


 突出した力は脅威となり、人々は怖れる。

 自分たちは人間として生きることは出来ない。

 獣人と人間が共存し、力が全てと考える狼の国では関係ないことかもしれない。力さえあれば人格・種族は問われない国なのだから。


 しかし、神獣の子と言う世界に新たに現れたその生物は、人間でも魔物でも亜人でもない。国を亡ぼす力を持った異端であり、災厄そのものだ。

 人間に紛れることは出来ても、化け物である事実は消えない。

 

(それをこいつも分かっていると思ってたんだがな)


 いざって時は、周りの全てを巻き込んでも力を使うと思っていた。それなのに結果は、天馬の神獣の子に負け、仲間を誘拐された。

 ユーゴだって負けるつもりも、ルフを連れ去られる気も無かっただろう。

 それでも頭の何処かで、『本気』になることにブレーキをかけた。

 

(てめぇは『覚悟』が足んねぇんだよ……『最強の神獣の子』であるって言う覚悟な……)


 ベルトマーのイラつきがピークに達する。

 その苛立ちから、眠るユーゴの胸ぐらに手を伸ばして、しっかりと掴んだ。


「ベルトマーさん!? 揺らしちゃダメだよ!」


「黙ってろ。俺様に勝ちながら負けたのが気にくわねぇ」


 ベルトマーが激しくユーゴの身体を揺らした。


「起きろぉ!! フヌケ!!」


「っ……」


 眉間にシワを寄せて、ユーゴの目が細く開いた。

 それを確認したベルトマーが手を離す。


「ベルトマー……?」


「よう。気分はどうだ? 無様に負けて、自分の女を盗られた気分は?」


「自分の女……?」


 まだ頭が起きていないのか、彼は目が点としている。


「お兄ちゃん。落ち着いて聞いてね。ルフさんが神獣の子に誘拐されたんだ」


 フォルの言葉を聞いて、ユーゴの目が大きく開いた。

 身体を素早く起こし、ベッドから床に足を降ろす。


「今すぐ助けに行く。道は分かるか?」


「そんな身体じゃ無理だよ! まずは休まないと!」


「あいつらは何をするか分からん。すぐに行く」


 フォルの言葉も聞かず、ユーゴが立ちあがる。


「やめとけ。今のテメェじゃ、天馬の神獣の子に殺されるのがオチだ。ルフとか言う女の前で、無様な姿を晒すのが嫌なやめとけ」


「今度は勝つ」


「無理だなぁ。そんな温い『覚悟』じゃ」


「試すか?」


「いいぜぇ。またベッドに送り返してやる」


「二人とも落ち着いて!! 喧嘩してる場合じゃないよ!!」


 向かい合う二人の間にフォルが割って入る。

 しかし、ベルトマーはそれをあざ笑うかのように、ユーゴに素早く近づき右拳を振るった。褐色の拳がユーゴの頬を的確に捉え、彼の身体が部屋の外にまで吹き飛ばされる。


「何しやがる!!」


 身体を起こしたユーゴが鋭い眼光で睨む。

 だけど、自分が見たい眼はそんなものではない。


「ケンカを売ったのはそっちだぜ」


 ベルトマーが鋭い踏み込みで、ユーゴに迫る。

 近づかれることを嫌ったのか、彼が右拳を伸ばして来た。

 その拳をヘッドスリップで躱し、胸倉を再び掴む。

 心なしか、周りから注目を集めているような気がるけど、今は気にしない。


「おらぁ!!」


 渾身の力を込めて、ユーゴを商業都市の方へと投げ飛ばす。

 焼け野原となった地域に向かって。


「ベルトマーさん! 本当にやり過ぎだよ!!」


「うるせぇ。ちょっとあの野郎に気合入れて来るぜ」


 ベルトマーが後を追って、地面を蹴った。










「くっ」


 空中で体勢を立て直し、地面に着地。

 ベルトマーの馬鹿力には困ったもんだ。

 そんなことを思って、顔を上げた。


「ここは……」


 思わず呟く。

 なぜならそこには何もない大地が広がっていた。

 建物も森も全てがなく、地面はそれらが燃え尽きた灰で埋め尽くされていた。言われなくても理由は分かる。

 俺の四色目の炎で全て焼けてしまったのだ。


 その光景に自分のした罪の重さを再認識。

 人が居なかったとはいえ、俺が人の住む場所を奪ったことには変わりない。そして、ここまでしてもルフを守り切れなかった。


 俺の弱さが原因で彼女は囚われの身となった。

 情けない。彼女が傍に居てくれるように、誰かを守る為につけた力なのに、俺は何一つ守れていなかった。

 街を破壊し、大切な人を傍から奪われた。

 ベルトマーも怒るわけだ。


「少しは頭が冷えたか?」


 上から声。

 そしてベルトマーが着地した。


「お前は俺にこの光景を見せる為に?」


「そうだ。これだけの惨状を引き起こしながら、貴様はまだ人間だと言い切る気か?」


「俺は人間として生きるって決めたんだ」


「いい加減受け止めろぉ!! 俺様たちは異端だ! 人間でも魔物でも亜人でもない! 神獣の子と言う新たな生物だ! 人間のフリは出来ても人間にはなれないんだよ!!」


 自分が異端だということぐらい分かっている。

 そんなことはとっくの前から。

 俺は人間だと心の中で思いたかった。

 だから力から目を背けていた。


 だけど今は違う。

 受け入れたつもりだ。

 ルフが言ったように『この力には意味がある』、そう信じることにしたからだ。それをこいつは、まだ俺が受け入れることが出来ていないと言うのか?


「てめぇ……なんで神獣化を使わなかった?」


「………本当に国が亡ぶぞ。それに神獣化は切り札だ。そんな簡単には使えない」


「そんな覚悟だから無様に負けんのさ」


「なに?」


「てめぇは自分がまだ人間だと思いたいのさ! 周りを破壊すれば、他の人間はてめぇを避けるだろう……それを本能的に恐れてんのさ!! 他人から恐れられることに怯えて、力を使わず無様に負けて、女も盗られる! 情けない限りだぜ!!」


 ベルトマーが吐き捨てるように言った。

 俺が自分の身が大切に思って、本能的に本気を出すことを避けたってのか?


「てめぇはどうしたい!? 世界を壊すほどの力をなんの為に使いたい!? 自分の欲望に叶える時が、最も力を発揮できんのさ! 他人の為だなんてそんな温い理由で戦うんじゃねぇ!!」


 何がしたいか……

 自分の掌を見て考える。

 俺自身がどうしたいか。

 今の俺がなんの為に力を使うのか。


 最初は未知の世界を見たくて、ただ人に会いたかった。

 自分と同じ神獣の子は特に会いたいと思った。

 最初に訪れた竜の国ルフと出会い、そこからいろんな人と出会って、ベルトマーやユノレルと言った神獣の子とも出会った。


 人にも会っている。各地も旅をしている。

 当初の目的は順調に達成されていた。

 そんな今。俺がしたいことはなんだ?


 色々と考えが巡って、たどり着いた答えは一つだった。

 何度自問自答しても、心が叫ぶことは同じだ。


 そうか……俺には覚悟が足りなかった……


 他人を守る為って奴と、世界を壊してでも叶えたい願いがある奴なら、後者の方が強いに決まっている。

 世界中を敵に回しても、世界を破壊しても、絶対に達成すると言う確固たる意志があるからだ。

 他人を守る為に戦っていた俺に、世界を壊すという選択は出来ない。

 壊すくらいなら自分が死んで守ればいいと思うからだ。


 ――絶対に勝つ。世界を壊してでも。


 俺にはその覚悟が足りなかった。

 だけど……


「確かに、覚悟が足りなかったことは認める。だけど俺は人間として生きるよ」


「まだそんなこと言ってんのか!!」


「この先もずっと言い続けるさ。それに神獣の子だって根は人間だ。その事実は変わらない」


「チッ。温い奴だ」


「褒め言葉として受け取っておくよ」


 肩を竦め俺にベルトマーが鼻を鳴らした。


「だが、腹は決まったみたいだなぁ」


「ああ、おかげさまでな」


 ベルトマーが口端を吊り上げる。

 嬉しそうだ。まるで宝物を見つけた子供の様な笑顔。


「相手は天馬の国だろうなぁ」


「分かってる。ルフを取り返しに行く」


「俺様も行くぜぇ。神獣の子をぶった切るチャンスだ」


「お前はホント好戦的だな」


「強い奴と戦えるのなら、なんでもいいからなぁ」


 そう言ったベルトマーに思わず笑みがこぼれる。

 俺だって、なんでもいい……守りたいモノを守れるのならば……


 ――世界が壊れたとしても……


 矛盾かもしれない。

 だけどそれくらいの覚悟を持つほど、守りたいモノがある。

 一緒に居たい人が居る。それが俺の答えだ。

 

 まだ復興の目途もたたない淫魔の国から俺とベルトマーは旅立つ。自分たちの欲望を果たす為に。

 同じ神獣の子の待つ天馬の国を目指して。


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