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第75話 敗北

「なによ……これっ」


 テミガーは戦慄した。

 竜の神獣の子であるユーゴが蒼い炎を出したと思った途端、その炎はあっという間に広がり街を飲み込んだ。

 風属性の魔術で一瞬空へと逃げて、商業都市近くの高台へと避難した。この場所は都市全体が見える。

 

 全体に広がった蒼い炎のせいで、都市そのものが蒼い光を放っているようだ。

 都市の壁を破壊し、炎はなおも広がり続けている。

 しかも驚異的なのは、この蒼炎は『ただ出ているだけ』だと言う点だ。ユーゴは放出できる最大量の炎を出しているだけに過ぎない。

 それだけで全てを燃やし尽くしていた。


(化け物じゃない……これが最強の神獣、アザテオトルの子供……)


 その圧倒的な力に身体の震えが止まらない。

 歯の奥がカタカタと音を立てて、恐怖で心が染められた。

 生きていることが奇跡だと思うくらいに。


「アッハッハ!! そりゃ天馬の神獣の子(ラウニッハ)が殺したがるわけよ!!! 竜の神獣の子(あなた)は危険すぎる!!!!」


 気が狂ったように笑うテミガー。

 頬を流れる涙に彼女は気がつかない。

 その涙が、燃える祖国を見て流れていることにも……










「なんだ?」


 最初に異変に気がついたのはベルトマーだった。

 プレッシャーを感じる。一度感じたことのあるモノと同じだ。


「余所見とは余裕だね」


 目の前から迫るラウニッハが突き出した槍を大剣で防ぎ、水平に剣を振るう。

 ラウニッハは目にも止まらぬ速さでバックステップ。

 踏み止まり、クルンと手首の力だけで槍を回す。

 穂の部分をこちらに向け、そのまま突進。


「うざってぇ!!」


 手に持つ大剣に魔力を流す。

 褐色の魔力が身の丈ほどある巨大な大剣を覆う。

 剣を振るい、巨大化した斬撃を飛ばした。

 褐色と黄色の魔力の衝突は、森に小規模ながら爆発を起こし、両者の身体を吹き飛ばした。樹々に背中から当たり、全身が痛む。


 もう何度もこんなぶつかり合いをしては吹き飛び、森を破壊している。

 ベルトマーは身体を起こし、自分と同じように吹き飛んだラウニッハを探す。倒れた巨大樹が邪魔で、相手の姿が見えない。


「あれは……」


 ラウニッハを探していると、目に入ったのは天へと伸びる蒼い炎。まるで魂が天に昇って行くような光は、あの男のものだろう。


「ようやく。やる気になったか」


 世界を七日で焼き尽くす蒼い炎。

 竜の神獣アザテオトルが使う、最強の炎をユーゴは使用したらしい。その炎を見て、一度だけ見た彼の神獣化を思い出す。


(まぁ、本当は見えなかったんだけどな)


 狼の国で戦った時。

 ユーゴは神獣化を行った。

 高まっていく魔力を感じ、視認できるほどの魔力を彼が纏ったと思った次の瞬間には、もう天を仰いでいた。

 反応が出来ないほど、自分は圧倒的に負けた。


(次は倒すがな)


 そう心に決めてはいるが、蒼い炎は徐々に広がっている。

 このままでは商業都市どころか、淫魔の国に壊滅的な被害を与えてしまう。ある意味で彼らしくない。


(あれほど周りを気にしていたのに……今さら何故だ?)


 いくら避難をして、空になった都市とは言え、都市全体を滅ぼすことを彼は望まないはずだ。淫魔の神獣の子と戦っているとしても、あまりに規模を広げ過ぎている。過剰と呼ぶに相応しい位に。


「まさか……あのバカ野郎め」


 ベルトマーは背中の収納口(ホルスター)に大剣をしまい。

 全魔力を身体に流す。今から炎の海を走るのだ。

 火傷くらいで済めば御の字と言った所だ。


「行くぜぇ!!」


 ベルトマーは大きくジャンプし、火の中へと飛び込んだ。















「くそ……いい加減……言うことを聞けっ」


 炎上する商業都市の中でユーゴは片膝をつき、魔力制御に苦しんでいた。

 ただでさえ制御しきれない四色目の蒼い炎。

 ラウニッハに流された雷属性の魔術の影響は、魔力操作にも影響を与えたらしい。拡大し続ける蒼炎を抑えることが出来なかった。


 すでに周りは火の海で、テミガーの姿はない。

 決着はついている。後はこの場から離脱するだけだ。


(なのにっ)


 蒼炎は淫魔の国を燃やそうとしていた。

 このままでは国が亡ぶ。

 そして燃え移った炎は周りの国にも影響を与え、海を消し去り、八日目の朝。全てを燃やし尽くすだろう。


「ユーゴ!!!」


 よく響く彼女の声。

 顔を上げると愛用の赤い外套を身に纏う女の子。

 フードを深くかぶり、外套の前までしっかり閉めて、周りの蒼炎から身体を守っていた。


「ルフ! 来るな! その外套を着たまま離れてろ!!」


 彼女が来ている外套は竜の神獣()の鱗で創られたものだ。

 四色目の炎でも燃えることの無い貴重な物である。

 ルフがしっかりと着ている限り、彼女が蒼炎で傷つくことはない。


「すぐに炎を抑えて! このままじゃ人の住む場所が無くなるわよ!」


「分かってる!! そんなこと!」


 ルフの言う通りだ。

 ただでさえ商業都市は壊滅的な被害なのに、このままでは周りの自然にも影響が出て、生物そのものが住めない環境になる。


「まさか……制御できないの?」


 不安に駆られたのか、ルフが近づいて来る。

 いくら竜の神獣(アザテオトル)の外套とは言え、蒼い炎を放出している自分に近づけばどうなるか分からない。


「離れてろ! 危ないだろ!」


「苦しんでるあんたを放って行けるわけない!!」


 ルフが一歩ずつ近づいて来る。

 外套を着ていても熱は伝わっているのか、足を踏み出すたびに顔が歪み、額に大量の汗を滲ませていた。


(今すぐに抑えろ! でないとルフが……)


 ――死ぬぞ!!


 ユーゴは自身の体内に半ば強制的に魔力を集約した。

 その瞬間に蒼い炎がユーゴを中心に集まっていく。

 そして、蒼い球体の形へと姿を変えた。


「ぐっ」


 空に向かって放つと、蒼い球体は天へと昇り、雲を突き抜けた。

 蒼い炎の爆発が起こり、まるで蒼い太陽が昇っているようだった。


(なんとかだな……)


 ユーゴは蒼い炎を集約すると、それが広がらない間に空へと投げた。

 多量の魔力を一度に動かす為、身体には毒だ。

 事実、今は身体の節々から痛みを感じる。


「ユーゴ!!」


 心配したルフがフードを脱いで駆け寄って来る。

 片膝をついたユーゴを彼女は覗き込むように身を屈めた。


「大丈夫!?」


「なんとかな……商業都市は間に合わなかったけど……」


 そう言って辺りを見渡す。

 そこにはユーゴを中心に焼け野原が広がっていた。

 建物の燃えた後も、生物の後も無い。

 蒼い炎は全てを飲み込み燃やし尽くしてしまった。


「レアスたちのように避難した人たちは助かったんだからいいでしょ。生きていればなんとなる」


「だからってやり過ぎだろ」


「神獣の子相手だからでしょ。それより倒せたの?」


 ユーゴが顔を上げ、額の汗が頬を伝い顎へと移動する。

 そして、地面に落ちる……よりも早く、彼が現れた。


「君は少しやり過ぎたようだね」


 ユーゴとルフの間に割って入った天馬の神獣の子(ラウニッハ)

 身体がまだ回復していないユーゴは反応が遅れた。

 ラウニッハの蹴りが腹にめり込み、数十メートル吹き飛ばされる。


「やめなさい!!」


 ルフが腰から短剣を抜き、ラウニッハに斬りかかる。

 右手に持った短剣を水平に振うが、ラウニッハの姿はすでにない。外したことに舌打ちしたルフが、左手で残りの短剣を腰から抜いた。


「やめろルフ! 殺されるぞ!!」


「動けないあんたよりマシよ!」


 彼女はどうあっても引く気は無いらしい。

 ユーゴはなんとか立ち上がろうと、腕で身体を起こしてみるが力が入らない。腕の筋肉がピクピク震えて、上手く動かなかった。


(動け! せめてこの場からルフだけでも逃がすんだ!)


「安心しなよ。彼女は殺さないから」


 声が聞こえた。

 その時には既に、ラウニッハはルフの背後に居た。

 ルフも気がつき、短剣を振るうが相手は上半身を僅かに逸らしそれを回避。そして、ルフの腹に石突の部分がめり込んだ。


「カハ!」


 苦しそうな声をあげてルフの身体がくの字に曲がる。


「これしき!」


 ルフが顔を上げる。

 それを見たラウニッハが槍を棒のように持ち替え、彼女の頭部へと振り降ろした。「ゴン!」と鈍い音を鳴らし、ルフが頭から地面に倒れる。


「お前!!」


「安心しなよ。生きているから」


 ラウニッハが言うように、地面に倒れるルフの肩が僅かに上下している。しかし、意識を失っているのか、起き上がる気配がない。


 動かない身体に魔力を強引に流し、動かそうとする。

 今すぐルフを助ける。その想いだけを胸に。


「残念だったね」


 ラウニッハの残虐な笑み。

 それを見たユーゴの身体を天から落ちた雷が貫いた。



















「はぁ……とりあえずだな」


 ラウニッハは安堵したように息を吐いた。

 目の前には桃色の髪の少女。

 少し離れた所では、雷に貫かれピクリとも動かなくなった、竜の神獣の子がうつ伏せで倒れていた。


「終わったの?」


 横に着地したのは淫魔の神獣の子(テミガー)

 どうやら彼女は、炎から退避していたらしい。


「あぁ。古代人の力を受け継ぐルフ(この子)も手に入れた。あとは竜の神獣の子にトドメを刺すだけだ」


「あなたが『天相』の力を使うなんて、本当に殺す気だったのね」


「身体にかかる負担は大きいけど、仕方がない」


 天馬の神獣だけが持つ『天相』の力。

 神獣たちの中でも、唯一『直接天候に干渉』出来る天相(その力)をラウニッハは受け継いでいた。

 天候に干渉し、得意の雷属性で自然の力を借りて、相手に雷を落とす。

 それが主な戦闘中の使い方だ。


「でもさ。この子が本当に必要なの?」


 テミガーが気絶しているルフを指さす。


「必要だよ。天馬の国に眠る古代兵器を動かすには、古代人の血を色濃く受け継ぐ者の力が必要だからね」


「あら。悪い人♪」


 テミガーが肩を竦めた。

 天馬の国でラウニッハが準備している古代兵器。

 その起動には古代人の力を継ぐ者が必要だった。

 

 諦めかけていたが、彼女は古代兵器の一つ『破弓』を持っていた。現存する武器の中で、唯一魔力で生成した矢を放つ弓。

 そんな弓を持っていたこと、古代人の力を色濃く継いだ彼女が、竜の神獣の子(ユーゴ)と一緒に居たのは偶然ではないだろう。

 数奇な運命が彼らを導いたのだ。


「さて。トドメを刺すか」


 ラウニッハが槍を手に持ち、気絶したユーゴに近づいた。

 うつ伏せで倒れる彼の顔は分からない。

 どんな夢を見ているのかも。


(君は世界の『調和』を乱す危険そのものだ)


 ラウニッハが槍をユーゴの後頭部に向かって伸ばした。

 しかし、突然ユーゴの周りの土が隆起し、彼をスッポリと覆ってしまった。殺す気で伸ばした槍が、土の塊に弾かれる。

 

 そして殺気。

 獣の様にギラつくそれは、先ほどまで対峙していたものだ。


「人の得物をとるじゃねぇよ!」


 上から声。

 大剣を振りかざしたベルトマーが落ちてきた。

 彼は勢いのまま大剣を振り降ろす。


 ラウニッハはバックステップで大剣を回避。

 地面に触れた大剣は、簡単に地面を砕いた。


「本当に……君は邪魔ばかりしてくれる……」


「俺様の邪魔をするからだろ」


 ベルトマーが大剣を肩に担ぐ。

 二体一の状況だが、目的は達したに等しい。

 それに古代兵器が使えるのなら、神獣の子を倒すことも、戦争に勝利することもたやすい。


「今はこれで失礼するよ。テミガー」


 テミガーが緊急脱出用の魔術を発動させる。

 自分たちを中心に風が舞い、身体を包み込む。


「待ちやがれ!!」


 ベルトマーは距離を詰めようとするが、強風で動くどころか目を開けることも困難だ。風に吹き飛ばされないように、足を踏ん張るがそれで精一杯だ。


「またね」


 ラウニッハはそう言い残し、ルフを連れて風と共に消えた。


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