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第73話 矜持

 ユーゴたちが淫魔の国へ出発する少し前。

 狼の国の王都。

 それは突然連れた。


「敵襲です!!」


 城の中に響く兵士の声。

 鳴り響く地響き。

 臭うのは血の香り。


「あなたは一体……?」


 王女であるエレカカは目の前に居る男に問いかけた。

 会議室で今後の方針を打ち合わせしている時だ。

 突然現れた金髪の男は、手に持った槍であっという間に周りの兵士、援軍に来た者も含めて殲滅した。


「僕は天馬の神獣の子ラウニッハ。狼の神獣の子は君かい?」


 彼は会議室には居ない。

 国の方針などの話し合いの時は、何時も姿をくらます。

 国務は基本的に自分の役目だ。


「あの人はここには居ません」


「そうか。なら消えてもらう」


 射抜く金色の瞳に背筋が凍った。

 その瞳に魅入られたように身体が固まり、呼吸が浅くなる。

 こんな恐怖はあの時以来だ。

 

 ――あの男と初めて出会った時以来……


「人様の城に入るとは、いい度胸だなぁ」


 一瞬吹いた風。

 そして舞い降りるこの国の剣にして盾である男。

 愛用の大剣に褐色の肌、そして獣のような雰囲気は今日も相変わらずだ。


「君が狼の神獣の子か」


「言い残すことはそれだけでいいのかぁ!?」


 ベルトマーが大剣を振るった。

 城の壁を一気に破壊するほどの威力だが、相手の男はバク宙をして回避。破壊された壁から外に出た。

 待ち構えていた兵士たちが天馬の神獣の子を名乗る男を囲む。


 しかし……

 

「待ちな!」


 ベルトマーが兵士たちを制する。

 そして壁に空いた穴から外へと降りた。

 大剣を肩に担ぎ、金髪の男と向かい合う狼の国の王。


「一人で来るくらいだ……神獣の子か?」


「そうだよ。天馬の神獣の子ラウニッハだ」


「クックック……大当たりじゃねぇか……楽しませてくれよぉ!!」


 久しぶりに見る。

 ベルトマーが魔力を全身から滾らせる姿を。

 味方と分かっていても、その姿に足が竦む。

 この場で神獣の子同士がぶつかり合えば、被害をどれ程になるのだろう。想像も出来ないが、ヘタをすると王都は壊滅するかもしれない。


「残念だけど、今日は伝えに来ただけだよ」


「あぁ? 戦う気はねぇのかよ?」


「君の選択次第だよ。力の象徴、狼の神獣カトゥヌスの息子よ」


 そう言ってラウニッハは槍を背負い、魔力を抑えた。


「天馬の国と淫魔の国は、他の三か国に宣戦布告をします」


「面白れぇ……」


 ベルトマーがニヤリと口元を緩めた。


「君は味方になる気はないようだし、今日はこれで失礼するよ」


「遊んでけよ!」


 ベルトマーが剣を振るうが、黄色い魔力を纏ったラウニッハが姿を消した。攻撃を外したことにベルトマーは舌打ち。大剣を背中に収めた。


「逃がしたか……手の空いてる奴らは、怪我人を見つけろ!」


 雑な指示だが、周りに指示を出した。

 そして地面を蹴りジャンプ。

 壊れた壁の場所まで戻って来た。








「ベルトマー。どうする気ですが?」


「決まってんだろ。神獣の子を斬るだけだぁ」


「違います! おそらく向こうには神獣の子が二人います。行方不明の人魚の神獣の子はともかく、ユーゴさん一人では分が悪いです!」



「だからって竜の国と群れろってのか? そんなこと弱者がすることだ」


「ベルトマー!」


 エレカカの一喝にベルトマーは頬を掻く。

 彼女を怒らせると怖い。

 今まで経験してきた戦いとは別の怖さが彼女にはある。


「ユーゴさんたちには恩もあります。それに……」


「それに、なんだぁ?」


「私……彼に報酬を何も渡していないんです……最近まで忘れていたんですけど……」


 彼女が狼の国で偶然出会ったユーゴたちに、自分と会うように頼んだことは本人から聞いた。

 その際に両者間で取り決めとなっていた報酬は未払いらしい。


「その報酬ってのはなんだ?」


「えっと……その……私の身体です……」


 エレカカの猫耳がペタンと倒れる。

 恥ずかしそうに顔を伏せる彼女にため息。

 もちろん、そんなアホな要求をしたユーゴにも呆れるばかりだ。


「た、ため息までしなくてもっ」


「報酬の内容はどうでもいいが、未払いならそれを理由に竜の国と組む気か?」


「はい。人魚の国と竜の国は元々関係が深いですし、この国が味方になれば数では勝ります。神獣の子だって、ベルトマーとユーゴさんの二人居ますし」


「あの野郎と手を組むのは嫌なんだが……」


「緊急時に文句言っちゃダメです! ほら、街の復興に同盟の面会とか、色々忙しくなるので早く動いてください!」


「わぁったよ! 動くから俺様に命令するな!」


「口より身体を動かす!」


「くそ。王になったのは失敗だぜ」


「聞こえてますよ!!」


 エレカカの声が城に響いた。

 それから数週間、狼の国は天馬の神獣の子ラウニッハの襲撃により傷ついた王都の修復や、戦時中における編成などで追われていた。

 主に動いていたのはエレカカだったが、ベルトマーも狼の国の各地へと飛び、国民への顔出しも行っていた。


 そして方針が固まり、国民の理解を得られた頃に、竜の国より使者が来た。ベルトマーの弟子を名乗るその獣人の女の子。

 エレカカと同じ猫耳に華奢で小さな身体は、力を込めて殴ったら折れてしまいそうだ。


「ベルトマーさん久しぶり!」


「お前は確か……フォルか?」


「そうだよ! 覚えていてくれんたんだ!」


 ピコピコと動く猫耳、以前会った時のような軽装ではなく、カチッとはまった竜聖騎士団の団服。

 まだ若く幼い子だが、纏う雰囲気は大人の猛者たち変わらないピンと張りつめたものだった。

 わざわざ彼女が狼の国を訪れた理由はただ一つ。


 竜の国と狼の国の同盟による協力要請だった。

 もともと同盟を結ぶ予定だったので、話し合いの必要はなく正式な調印の為に竜の国へ行くことを決定。

 そのための護衛として、竜聖騎士団を派遣したのだ。

 乗らない手はない。


「ユーゴの野郎にも久しぶりに会えそうだな」


「お兄ちゃんは居ないよ? 先行して淫魔の国に行ったから」


「……エレカカ」


 横に居たエレカカが小さくため息。


「はいはい。竜の国へは私だけが行きますよ」


「遅れはとらねぇぜ」


 ユーゴが淫魔の国へ行った。

 おそらくは、宣戦布告に現れた神獣の子を倒しに行ったのだろう。


(先に神獣の子はやらせねぇ。それに……)


 ――竜の神獣の子(ユーゴ)を殺すのは自分だ


 何かの手違いでユーゴが他の神獣の子に殺されては困る。

 彼は自分に勝った唯一の男であり、上にいると信じるただ一人の男だ。その彼が負けるということは、自分よりも上が二人もいることになる。


(そんなことは認めねぇ)


 最強は自分だ。

 それを証明するために、神獣の子たちが集る淫魔の国へと向かう。


「もしかして直接、淫魔の国へ行く気?」


「あぁ。文句あるのか?」


「いや。それも予想にあったよ」


「助かるぜ。手間が省ける」


 どうやら、竜の国は自分が直接淫魔の国へ行くパターンも想定していたらしい。これでタイムラグが最小で淫魔の国へと行ける。


(楽しみだぜ……他の神獣の子に会えるのは……)


 背中がゾクっと震えた。

 毛並が逆立ち、身体の底から歓喜が湧き上がる。

 本当に楽しみだ。残りの神獣の子に会えるのも、ユーゴと会えるのも。
















「久しぶりだな狼の神獣の子(ベルトマー)


 ユーゴの声。

 振り返るとそこには肩から血を流した竜の神獣の子が居た。

 その姿を見て、ベルトマーは心の中で舌打ち。


 自分に勝った男がなんてザマだ。

 情けなすぎる。


「お兄ちゃん!!」


 空から一体のワイバーンが降りて来る。

 寒冷地帯に対応した白い体躯と青いまだら模様。

 その背中に居るのは、先ほどまで自分をワイバーンに乗せて操縦していたフォルだ。


「なんでお前が……」


「市民の救援の為に、先行した部隊が来たんだよ。ベルトマーさんも連れてね」


「そう言うことだぁ……ここは任せてもらうぜ」


 右手に握った大剣を目の前の男へと向ける。

 天馬の神獣の子ラウニッハへと。


「一人でやるより二人の方が……」


 ユーゴが文句を言う。


「今のてめぇは足手まといだ。他人のことを気にして注意力が散漫な貴様じゃな」


 ワイバーンの上からユーゴの戦いは少しだけ見ていた。

 何に気をとられたように動きが散漫で、注意力に欠いている。

 だからミスをして窮地に追い込まれた。


 自分と戦った彼とは別人のようだ。


 背中から邪魔だと伝える。

 それに、二対一で相手と戦うなど、面白くない。

 一対一で戦い勝ってこそ意味がある。

 それがベルトマーの考えだった。


「お兄ちゃん! ここはベルトマーさんに任せよう!」


「……分かった。頼んだぜ」


 フォルと共にユーゴがワイバーンに跨る。

 やっと行ってくれるらしい。

 これで楽しめそうだ。


「ベルトマー……ありがとう」


「貸しだからな」


 ユーゴにそう返すと、ワイバーンは飛んでいった。

 粉雪の舞う森の中。

 これで天馬の神獣の子と二人っきりだ。


「さて。回復は出来たかぁ?」


「僕が治癒魔法を使っているのがよく分かったね」


「でなきゃノンビリと待つバカは居ねぇだろ」


「意外とくえない男だ」


 ユーゴとのやり取りをしたのは、相手の回復する時間を稼ぐ為。

 万全ではないだろうが、それに近い形の相手と戦わないと意味はない。ユーゴのおこぼれの様な形で勝つのは断固拒否だ。


「群れるタイプではないと思っていたけど……」


 ラウニッハが槍を構える。

 高揚する気分。

 早く戦わせろと、心が叫ぶ。


「勘違いするなよ……ユーゴを殺すのは俺様だ」


「彼は僕の得物なんだけど……君は許してくれないだろう?」


 その言葉にベルトマーはニヤリと笑った。


「ダメだなぁ。それにてめぇは俺様がぶっ飛ばす!!」


 大剣を構え、全身に魔力を滾らせる。

 ユーゴに負けてから、父カトゥヌスの元で修業をしなおした。

 王都に戻った時、エレカカにこっぴどく怒られたのは、今となっては城の中で有名な話だ。しかし、怒られた分、今の力はあの時と比較にならない。

 神獣化も会得した。相手にとって不足はない。


「楽しませてくれよぉ! 天馬の神獣の子!!」


 滾る魔力と高揚を乗せて、ベルトマーが飛び出した。


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