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第70話 開戦

 レアスの母親であるイムリさんは、淫魔の国の現状に関して色々と教えてくれた。地上に位置する商業都市はすでにエルフたちに占拠されており、人間狩りが続けられている。


 この避難所にある食料の備蓄にはまだ余裕がある。

 しかし、尽きるのは時間の問題で、何時までも引き籠っているわけにもいかない。数の少なくなった戦える者は、地上に出る計画を立てているらしい。


 ただ場所が判明するかもしれないと、入り口の頻繁な使用に反対する人もおり、意見は一向にまとまらない。

 それには大きな理由が一つあった。


 ――大商人の死亡


 レアスの父親にして、商業都市屈指の大商人が街を収めていた。

 そう決まっていたわけではない。

 自然とそうなったらしい。


 避難所の隅でイムリさんの話を聞きながら周りの音に耳を傾けた。

 確かに遠くから、何やら会議らしき話し声が聞こえる。

 今この時も人々は揉めているらしい。


「あんな父親、死んで当然だよ」


 イムリさんから父親である大商人の死を聞かされたレアスが、無表情で呟く。色々あってよく思っていないことは知っていたが、死んで当然とまで言うか。


「最後まであなたの心配をしていたのよ」


「あの人にとって、私は大切な商品だもん」


 想像以上に淫魔の国は殺伐としているらしい。

 レアスの金色の瞳の奥で、黒い感情が揺れている。

 それほどまでに彼女の傷は深い。


「お母さんが無事で本当によかった。今はそれだけだよ」


 レアスがニッコリと微笑んだ。

 確かに本当に無事でよかった。

 ただし、俺たちには次の問題がある。


「娘を連れて来て下さり、本当にありがとうございます。何度礼を言っても足りないでしょう……しかし、今後はどうするおつもりですか?」


 イムリさんが俺とルフの方を向き、至極当然なことを聞いて来た。正直レアスの母親を探すか、消息を知るのに時間がかかると思っていた。

 その途中で神獣の子と戦うこともあるかなと、勝手に想像していた。


 こんなに早く、あっさりと会えるとは予定になくて、今後どうするかは白紙と言うのが本音だ。

 戦争が本格化する前に止めたい。

 それが現状の最大の目的だ。


「神獣の子とやらの姿を見ようと思います」


「まぁ、当然そうなるわよね」


 イムリさんの肩が小さく震えた。

 表情は曇り、顔のシワが深くなる。

 この人は知っている。


 神獣の子がどれだけ逸脱しているのか。

 まともに戦えば勝ち目のないことに。


「本気で仰っているのですか? あの者たちの前では、誰でも生きることを諦めます。彼らはそれほどまでに強い……きっと、誰にも止められないでしょう……海都を救ったと言われる、『炎の英雄』でも居ない限りは」


 ルフが横で「プっ」と吹き出し、笑いを堪えていた。

 理由はなんとなく分かる。

 俺は裏で『炎の英雄』とか言われていたのか。

 恥ずかしすぎて死にそうだ。


「おい、ルフ。笑うな」


「だってっ、あんたがそんな大層な名前で呼ばれてるなんてっ」


 とうとう腹を抑えて笑い出したルフ。

 彼女が笑いすぎて出て来た涙を拭った。


「まさか……ユーゴさんが?」


 イムリさんの目が大きく開き、美しい金色の瞳の中に俺の姿が映った。大げさな反応に思わず肩を竦める。

 英雄と呼ばれても困る。

 俺は神獣の子でこの国を追い詰めた怪物たちと同類だ。

 勝手に英雄視され、実は神獣の子だと判明して、裏切られたとか言われても責任をとりかねる。


「一応。海都で人魚の神獣の子と戦ったのは俺です」


「すっごい強いんだよ。火の魔術でどんな相手も倒しちゃんだから♪」


 レアスが自慢げに話す。

 少しオーバーな気もするが、褒められるのは気分が良い。

 有頂天になり、レアスの話を聞いているとルフの肘が腹に突き刺さった。一瞬呼吸困難に陥り、咽る俺を金髪の親子が不思議そうな目で見て来る。


「そんなに褒めないで。すぐに調子に乗るか」


「だからって、俺を攻撃するか?」


「あんたは痛い目みないと分からないもんね~」


 ニコッと微笑むルフが怖い。

 そんなに以前ルフの屋敷で、レアスに押し倒されたことを根に持っているのか。あれは未遂に終わったのだから咎められる理由はないはずだ。


「自分の方が長く一緒に居るのに、相手にしてもらえなくて嫉妬してるの?」


 レアスがここぞとばかりにルフを挑発する。


「だ、誰が嫉妬なんかするもんですかっ」


「じゃあ、こうゆうこともしていいんだ♪」


 レアスが俺の左腕に抱き着いて来た。

 母親が見ている前でなんと積極的な。

 親御さんの印象が悪くなるのは、俺としても遠慮したい。

 レアスを引き剥がそうと、左腕に力を入れるが、彼女がきつく抱き着いているため、離すことが出来ない。

 

 身体を押し付けられているから、肘の辺りには柔らかい感触を感じる。そして思う。やっぱりレアスはいい身体をしていると。


「母親の前で何やっているの!?」


「お母さん! いいでしょ!?」


「まぁ……レアスの好きにしてくれたら……」


 母であるイムリさんの許可を貰ったレアルが、小さな舌を出しルフをさらに挑発する。


「許可はもらったもんね♪ 最初に言っておくけど、私は引く気はないから」


「この小悪魔め……あんたもなんでやられっぱなしなのよ!!」


 ルフが顔を赤くして叫んだ。

 可愛い子に抱き着かれれば、そのままで居たいのは男の性である。

 これは本能が行っていることであって、俺の意志は介入していない。

 と、自分に言い訳してみるが、やっぱり左腕は抜けなかった。














 地下に広がる大空洞の中では、時間の感覚が分からない。

 ただ周りの多くの人が、石造りの床に布を敷いて寝ているから今は時間的には夜らしい。

 入り口には交代で武器を持った者が警備にあたっている。

 勝手に出て行った奴が、敵を引き連れてこないようにだろう。


 俺たちはまだ一日だから問題ないが、ここに長く住んでいる人たちにはかなりのストレスだろう。何かしらの手を打たないといけないが、それを諦めるほど神獣の子たちは心をへし折ったらしい。


 避難所の中央に設けられた、小さな焚火に当たりながらそんなことをぼんやりと考えていると後ろから声をかけられた。


「隣。いいですか?」


 そこにはイムリさんの姿があった。


「もちろん。ただ、寝ないと身体に悪いですよ」


淫魔の国(この国)でこんな年寄りに価値はありませんよ」


 今にも崩れそうな表情で笑った彼女が隣に腰を下ろした。

 価値がないか。淫魔の国の女性は、どれだけ多くの男と寝たかが重要となる。必要なモノは男を喜ばす技術。そこに個人は必要な無い。

 そして歳をとると捨てられる。


「あなたの美貌で他国なら、十分過ぎますよ」


「お世辞でも嬉しいです。そうやって、レアス(あの子)も夢中にさせたのですか?」


「少し一緒に依頼をこなしていたら、気がつくと懐かれていました」


 実は一緒に寝ましたと言う勇気を俺は持ち合わせていない。

 それにレアスが自分の身体を武器に男たちから、金を盗んでいると言うのは言わない方がいいだろう。


 いや、この状況だと言った方がいいのか?

 本当にいつ死ぬのか分からない状況。

 親が子を心配するのは世の常だ。


「あの子のことだから、危ない事ばかりしてばかりなのでしょうね……何をしていたのは言わないで下さい。心配になるので」


「イムリさんがそう言うのなら」


「あの子のことを宜しくお願いします。私はあの子の傍に居るにふさわしくない」


 イムリさんがそう言って頭を下げた。

 リアクションに困り頬を掻く。


「相応しいかどうかは、レアスが決めることでしょう。それに嫌いな母親のために、わざわざ危険を冒してまでここまで来ますか? 彼女のことを思うのなら一緒に居たあげた方がいいですよ」


「……幸せな幼少期を与えられなかった……多くの男と寝て歳をとり……価値の無い私にそんな資格があるのでしょうか?」


「じれったいからレアスに聞いたらどうです?」


 間から割って入った声。

 声の主はルフだ。

 ルフが大きな欠伸をして、イムリさんと反対側の俺の隣に腰を下ろした。


「眠いなら寝とけよ」


「あんたがフラフラしないように見ておかないと」


「ホント、お前俺のこと好きだな」


 冗談で言ったのに、ルフがポコポコ肩を殴って来た。


「バカバカ! 誰があんたみたいな奴のことっ」


「痛いっ、殴るのはやめろっ」


 俺たちのやり取りを見ていたイムリさんがクスクスと笑う。


「お前のせいで笑われただろ」


「あんたが変なこと言うからでしょ!」


 ダメだ。結局いつものと同じである。

 だけどこの感じがやっぱり好きだ。

 ルフの顔をジッと見つめる。


 真っ直ぐで前しか見ない桃色の瞳。

 健康的な肌とポニーテールに纏められた桃色の髪。

 でも、相変わらず胸は無い。


「な、なによっ」


「お前ってホントに胸がないな」


「死ね」


 気持ちのいいくらい真っ直ぐな悪口。


「本当に仲がいいのですね」


「こいつが俺のこと好きで困っているんですよ」


「違うって言ってるでしょ!」


 ルフが俺の肩を一発殴った。


「では、嫌いなのですか?」


「嫌い……って、わけじゃないけど……」


 イムリさんの質問に、今にも消えそうな声でルフが再び隣に座る。

 本当に面白い。遊びがいのある奴だ。


 こんなくだらないやり取りをして、酒を飲んで騒いでルフに怒られて。

 そんなどうでもいい日常が好きだ。


 だけど……望んでいたモノは簡単には手に入らない。


 気配に気がついた時には既に遅かった。


「奴らが来たぞ!」


 入り口を守っていた男が叫んだ。

 同時に入り口が吹き飛び、そのあたりの天井がガラガラと音を立てて崩れた。悲鳴と叫びが木霊し、人々が走って逃げる。

 そして、あの女の声がした。


「みんな元気~? そして……覚悟は決まった?」


 相変わらずのへそ出しのタンクトップと黒いホットパンツ。

 淫魔の神獣の子テミガーは、雪の降るこの国でも薄着だった。

 彼女の後ろから耳の長いエルフや、人から変貌遂げた異形の者たちが出て来る。どうやら相手はここで全て決着をつける気らしい。


 とりあえず立ち上がり、相手の目の前に炎の壁を発生させた。

 突然発動した魔術に驚く敵の動きが一瞬止まる。

 逃げるなら今しかない。


「死にたくない者は走れ!」


 俺の言葉を聞いた者たちが必死の形相で相手とは反対方向に走る。地下とは言え、造られた避難所だ。出口は複数用意されているのだろう。

 横に居たルフも破弓を手に取り、戦闘準備を整えていた。


「お母さん!」


 振り返ると肩を上下させレアス。


「レアス。お母さんを連れて逃げろ」


「ここはあたしたちがなんとかするから」


 俺とルフの言葉にイムリさんが「しかし……」と顔を曇らせる。


「皆で逃げようよ! それが一番確率が高い!」


 レアスが俺の外套を引っ張る。

 だけど、俺とルフにはそんな選択肢はないわけで……

 レアスを向き合い彼女の頭に手を置いた。


「お母さんを大切にしろよ」


 零れ落ちる涙を拭ったレアス。

 美しい金色の瞳にもう迷いはない。

 頭の良い彼女なら、この状況と俺たちのやりたいことから、総合的に判断してくるだろう。

 レアスが踵を返した。


「商業都市からの避難が完了したらどうにかして知らせるね。お母さん行くよ」


 戸惑いながらも、走る娘の背中を追いかけるイムリさん。

 無事に逃げてくれることを祈るしかない。


 避難所に残るのは俺とルフだけになったことを確認して、発動させていた火の壁を消した。天井が崩落し出来た瓦礫の上に乗る、神獣の子・エルフ・異形の者の連合軍とたった二人で向かい合う。


「あら? あなたたち二人だけ?」


「まーな。色々と諸事情があって」


「人魚の子も来ると思っていたから、アテが外れたわね」


 ため息をこぼしたテミガー。

 なるほど、ユノレルが来ることも想定していたなら、天馬の神獣の子もこの国に居るだろう。

 今会うのは遠慮したいけど。


「さて。一度だけ言うぞ、エルフたち。巻き込まれたくなければこの場から去れ。抵抗すれば容赦なく殺す」


 全身から殺気を振りまき、魔力を高めた。

 その様子にエルフたちが弓や剣と言った武器を手に取る。

 どうやら戦う気らしい。


「バカなの? たった二人で勝てると思っているの?」


「うるさいわよ露出狂」


 ルフの相変わらずの毒舌。


「胸がないあなたが言うと、負け惜しみに聞こえるわ」


「どいつもこいつも……胸ばっかり……」


 横から歯ぎしりが聞こえる。

 後が怖いからあんまり挑発しないで欲しい。


「死にたいのなら、要望通りにしてあげるわ♪ かかりなさい!」


 テミガーの合図でエルフと異形の者が俺たちに向かって地面を蹴った。

 雑魚を相手にしている場合ではない。

 横に居るルフに素早く外套を被せる。


「ルフ。離れるなよ」


「う、うん!」


 彼女が傍に来たことを確認して、三色目の白い炎を発動させた。

 石床に両手をつき、魔力を流すと白い炎が床から漏れて来る。

 漏れた炎は大きなうねりとなり敵を襲った。

 白い炎に包まれた部屋。


 周りからは白い炎に燃やされ、苦しむエルフと異形の者たちの声。

 地獄絵図と言えばそれが当てはまるかもしれない。

 これで残る相手は神獣の子のみ。


「あはは! やっぱり竜の神獣の子は凄いわね!」


 味方がやられたのに嬉しそうなテミガーの魔力が徐々に高まる。

 こちらも魔力を高めて戦う態勢を整えた。


「でも……だからこそ、あなたは死ぬ計画なの♪」


「やってみろよ」


「殺せるなら教えて欲しいわ」


 俺たち三人がそれぞれ床を蹴った。


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