第69話 地下の大空洞にて
振り上げられた巨大な爪を半身になって避ける。
右腕に赤色の炎を定着させ、異形の者の腹にねじ込んだ。
腕を振り切ると、異形の者が天を仰ぎ地面に倒れた。
「今ので最後か」
「そうみたいね」
「さすがユーゴさん」
周りには倒した異形の者が八体倒れていた。
今は理性を失くした怪物とは言え、元々人だったモノを倒すのは気分があまりよくない。
馬車の中に隠れていた親子に、戦闘が終わったことを伝えて降りて来てもらう。今の場所は商業都市から近い。
ここからは目立つ行動を避けるために徒歩で近づく。
「お姉ちゃんたち本当に強いだね」
息子の少年がルフにそう言って駆け寄る。
本当に小さい子によく懐かれるな。
「まぁね。これでも冒険者ですから」
ルフが無い胸を張る。
最近になって気になることだが、ルフの実力って冒険者で言えばどのくらいなのだろう。
個人的には上位冒険者に匹敵していても、おかしくないと思っている。
神獣の子との戦いを生き残り、神族種たちも倒すその腕が低いはずがない。ギルド内での評価は達成した依頼の数と難易度に比例するから、ソプテスカとかの個人的な依頼をこなすことの多い俺たちは、ギルド内ではあまり実績の無いことになっているのだろうか。
今度ネイーマさんに聞いてみよう。
受付嬢の彼女なら色々知っていそうだ。
「レアス。避難所の入り口は街外れにあるんだな」
「そのはずだよ。商業都市の地下には避難用に設けられた空洞があるの。多分、噂になっている避難所はそこのことだと思う」
馬車の中で一日中眠り、回復したレアスに避難所の話をすると、商業都市の地下に広がる空洞のことかもしれないと教えてくれた。
さすがは大商人の娘。情報の引き出しは俺たちの比ではない。
ただしレアスが住んでいたのは、魔術学院に通い始める数年前の話。
街の構造が変わっている可能性もある。
「とりあえず、行ってみるか。他に可能性もないし」
そう言って、道中で助けた親子を含めた俺たち五人は雪化粧された森の中を進む。足を踏み出すと、雪の柔らかい感触がした。
「年中雪が降っているのか?」
「商業都市の近くはそうだよ」
「こんな寒いのによく住めるわね」
ルフが寒そうに鼻をすすった。
常夏の人魚の国出身の彼女は寒さに不慣れなのかもしれない。
右手の掌を上にして、火の魔術を発動した。
吹き出したのは赤い炎。
その炎を拾った太い樹の枝に移した。
完全に寒さを防ぐことは出来ないけど、ないよりはマシだろう。
二つ用意して、一つを親子に渡した。
「ほい、少年」
「ありがとう!」
笑顔で簡易松明を受け取った少年の笑顔。
父親の方が小さく頭を下げた。
「ほら、ルフも使え」
もう一本をルフに渡す。
しかし、彼女は差し出した松明を見つめ、受け取ろうとしない。
そしてチラッと親子を見てから松明を手に取った。
「使って下さい。冷えると身体に障りますよ」
「す、すいません」
ルフが父親の方にも松明を渡した。
気を利かせるのはいいことだが、本人は大丈夫なのだろうか。
「ユーゴ。炎出して」
「お前まさか、俺を人間松明にする気か」
「早く。寒くて風邪引きそうだからっ」
ルフの勢いに負けて、俺は炎を右手に発動させた。
暖まるためにルフが必要以上にくっついて来る。
「あったーい……生き返るわぁ」
おっさんみたいなリアクションだ。
人を松明扱いしやがって。
便利な道具に思われているようで、少し不満を持って前を見ると、少し前を歩くレアスが眉間にシワを寄せてこちらを見ていた。
そして、すぐにプイッと前を向いてしまう。
「レアスは大丈夫か?」
「これくらい平気だよ」
語勢がいつもよりも強い。
母親を探しに来て、神獣の子に占領されたと聞けば不安なはずだ。
しかし、レアスはそれを表に見せることはない。
胸の奥にしまい、前だけを見て突き進む。
そんなレアスが足を止めた。
周りは木々があるだけで、さして周りに風景に今までと変化があったわけではない。避難所の入り口らしき物はなのも見えないが、レアスがしゃがんで地面に積もった雪を手で払った。
「見つけた」
レアスがそう言って地面に手をつき魔力を流した。
徐々に地面が消えていき、代わりに隠れていた物が姿を現した。
「隠蔽系の魔術による隠し扉か」
「ご明察。場所を知っている人しか分からないでしょ」
出て来たのは地面に造られた鉄の扉。
所々に錆のある扉が『ギギギ』と音を立てて開いた。
中には地下へと繋がる階段があり、どうやらここから商業都市の地下に繋がる大空洞に行けるようだ。
「視界も悪いだろうし、俺が先頭を行こう」
そう言ってレアスを追い抜き、右手に炎を発生させて階段を降りて行く。
念の為に一番後ろにはルフがついてもらい、一番前から俺・レアス・商人の親子・ルフの順番で人間一人通るのが限度の階段を進む。
べたついた空気と僅かに香る異臭。
俺たちが完全に地下へと入ると、扉が再び閉まる。
掌に発生させた炎に魔力を流し、遠くまで照らすが階段が何処までも続いているだけだった。
「かなり潜る必要があるみたいだな」
「一応大昔に造られたものだから、限度とか分からないんだよ」
レアスの簡単な説明。
全く、昔の人には限度を考えろと言いたい。
しかし、心の中で愚痴っていても仕方がない。
今はこの階段を進んで、地下に行く以外に選択肢が無いのだから。
しばらく進むと階段が終わり、石造りの床が真っ直ぐ伸びる空間に降りた。
右手を上にして奥の方まで照らすが、暗闇が続いているだけ。
まるで迷宮に迷い込んだ気分だ。
「進む以外選択肢が無いな」
「魔物が居る可能性は?」
「さぁ? 非常時以外は使うこと無いからどうだろうね」
一応空気が通っているから何処か外に繋がっているとは思う。
そこから魔物が入って来る可能性だって考えられる。
俺も警戒だけはしておくか。
「ルフ。念の為、いつでも撃てる体勢だけは整えといてくれよ」
「もう整ってる」
ルフがそう言って破弓を見せて来た。
さすだ。俺が言うことをワンテンポ早く理解してくれる。
長く伸びた形の場所をひたすら真っ直ぐ歩いた。
聞こえるのは石造りの道を進む音と、俺たちの息遣いだけ。
頼れる明かりが商人の親子の持つ松明と、俺の右手に発動している炎だけと言うことも関係していると思う。
後ろをチラッと見る。
レアスが蒼白の顔で歩いていた。
彼女からしたら、自分の母親が生きているかどうかの瀬戸際なのだ。
緊張で顔色が少しくらい悪くなることも、十分考えられた。
しばらく進むと壁にロウソクが掛けられているのか、ぼんやりとした明かりが見える。その明かりに向かってさらに進むと、木の扉とその両脇に二人の男が居座っていた。
男たちはそれぞれ槍と剣を持っており、俺たちの姿を確認すると武器を手に取った。敵じゃないことを示す為に、右手に発動させていた魔術を解除する。
ルフも弓を背中に戻した。
そして、皆で小さく両腕を上げる。
「何者だ?」
槍を手に持った男の質問。
こちらは無抵抗の意志を示しているのに、彼の呼吸は荒く肩が上下している。額には汗が滲み、槍を持つ手には小刻みに震えていた。
何を見たのか分からないが、外から来る者に対して、極端に恐怖を抱いているようだ。
「竜の国から来た。この子の親を探しに」
視線で横に居るレアスを見た。
「どうやってこの場所が分かった?」
「それも淫魔の国出身の彼女に教えてもらった」
数秒の沈黙。
男たちは互いに顔を見合わせ、何かを悟ったのか武器を降ろした。
「疑ってすまない」
剣を手に盛る男が頭を下げた。
「別にいいよ。こんな状況じゃ仕方がない」
「君のお母さんが無事だと良いな……」
男はそう小さく呟き、扉を開けてくれた。
「どうも」
短くそう返し、扉潜った。
円形に開けた大空洞。
地下なのに天井は見上げるほど高い。中央には水が流れており、その上に小さな橋が架けられていた。
思った以上に逃げ延びた人が居る。
見えるだけでも百人以上居るように感じた。
ただし全員生気のない顔をしており、中には怪我をした人も居る。
「本当に着いた……」
商人の父親が呟く。
目的地についた親子とはここで別れることになった。
彼らの目的はこの避難所に辿り着くことだ。
それに俺たちもここに居れば、会うこともあるだろう。
親子に別れを告げ、ルフとレアスの三人で避難所の中を歩く。
レアスが辺りを見渡し母親を探す。
怪我の無い俺たちが珍しいのか、時々すれ違う人たちからの視線を感じた。
避難所の中もかなり歩き回り、レアスの母親の生存は望み薄かと思い始めた時だった。
「レアス……?」
三人で振り返ると、レアスを同じ金髪の女性が立っていた。
まさか。この人が?
「お母さん!」
レアスがようやく再開した母親の胸に飛び込んだ。
親子の感動の再会だ。邪魔するのは野暮だろう。
何も言わず、今はただ眺めることにした。
「レアス……どうしてここに?」
「お母さんを探しに来たんだよ」
「危ないことしないのっ、今この国は……」
「でも、お母さんが心配だったんだよ! 連絡は取れないし、神獣の子に街は占拠されたって言うし……本当に心配で……」
レアスの震える声。
安堵した感情が瞳から溢れていた。
自身の娘のそんな様子を見た母親は、何も言わず優しくレアスを抱きしめた。
「とにかく無事でよかった……」
そう言った母親の視線が俺たちに向けられた。
「この子が世話になりました。母の『イムリ』です」
「竜の国出身のユーゴで、冒険者をしています」
「人魚の国出身のルフです」
適当に自己紹介を済ますと、イムリさんが頭を下げて来た。
「本当にありがとうございます。危険を冒してまで、この子の我儘を聞いてくださって」
深々と頭を下げられ、照れくさくなり頬を掻く。
何も言っていないのに、事情を把握できるのは流石母親と言った所だろうか。とりあえずレアスが母親と再会できて本当に良かった。
見たことも無い笑顔で、母親に話しかける彼女を見てそう思った。




