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第68話 淫魔の国


 淫魔の国。

 権力と金が蔓延る国であり、最も大きい都市は商業都市とも呼ばれている。

 商人たちが多く集まる国で、珍しい品や最先端の魔具などもある。

 

 大切な価値観は、男は金と権力。

 女はどれだけ男と寝たか。

 他国の考え方に触れない女性は、簡単に身体を商売道具にする。奴隷や差別が蔓延し、生まれで残りの人生が決まってしまう、貧富の差が五か国で最も大きい国である。


 淫魔の国への移動手段は、近くまでワイバーンで飛び、その後は陸路で行く。

 それが一番早い。ただし、淫魔の国の気候は寒冷であり、年間を通じて気温が低い。そのせいで、ワイバーンで近づける場所は割と淫魔の国から離れた場所までとなる。


 ワイバーンを降りた村で借りた馬車。

 馬車は屋根付きの四輪タイプ。この世界では一般的な物だ。

 その馬車で森の中を走る。

 

 手綱を取るのは俺で、ルフとレアスは馬車の中で身体を休めている。

 特にレアスは竜の国の王都に来るまで、かなり体力を消耗していたらしく、ライバーンの乗っている時もずっと眠そうにしていた。

 慣れない浮遊感のせいでちゃんと休息がとれずに、今頃は馬車の中で眠っているだろう。


「冷えてきたな……」


 顔を上げると分厚い雲が空に広がっている。

 息を吐くと白くなって空中へと消えた。


「ユーゴ。休まなくてもいいの?」


 いつの間にか馬車から出て来たルフが隣に座った。


「大丈夫。お前は休んだか?」


「そんなに疲れてない。レアスは眠ってるけど」


「ゆっくりしといてやろう。母親のことも心配で見えない疲労も溜まっているんだろう」


「……生きていると思う?」


 ルフの口調が何時もよりも重い。

 神獣の子によって制圧された淫魔の国。

 レアスの母親は、その混乱に巻き込まれた可能性が極めて高い。

 捕虜などと言う概念があるのかどうかも分からない相手。


 竜の国襲撃の一件から考えるに、抵抗する者は皆殺しだ。

 口には出したくないが、レアスの母親が死んでいる可能性だって大いにありえる。むしろ生存よりも、そっちの方が確率が高いかもしれない。


「可能性があるのに、俺たちが諦めるわけにはいかないだろ」


「そうね。違いない」


 僅かにほほ笑んだルフ。

 淫魔の国へと行けば、神獣の子や敵対する者たちとの戦いになるだろう。生きて帰って来られる保証はない。

 それでも一緒に来てくれる彼女には感謝しかない。

 この戦争が終わったら、何かしてあげたいもんだ。


「ルフはどこか行きたい所とかないのか?」


「……いきなり何?」


「いや。いつも俺が行くとこばっかり連れて悪いなって」


「酔ってる?」


「おい。失礼だろ」


 ルフが頬を掻く。


「だってあんたがあたしに優しいなんて、どうかしてるとしか思えない」


「お前……」


 こいつは俺のことをどんな目で見ているんだ。

 まるで俺がいつも苛めているように……そうかもしれない。

 思い返してみれば、反応が面白くてからかってばかりだ。

 うん。感謝も込めて、少し優しくしよう。


 戦争が本格化したら、今日隣に居ると思っていた人は居なくなるかもしれない。いつ死ぬか分からない世の中だ。

 それは前から分かっている。


 だけど、神獣の子(俺たち)が本気で戦うと言うことは、世界を壊しかねない。ましてや『天馬の神獣の子』と俺が本気で戦えばおそらく周りが消える。

 神獣の中でも、唯一無二の能力を有する『天馬の神獣』の力を継承していれば、エルフたちを束ねることも他国を侵略することも容易だからだ。


「……どこか行くなら、あんたと二人……とかがいいかな」


「……熱でもあるのか?」


「突き落すわよ」


 横から威圧感を感じる。場所ではなく、俺と二人でどこか行きたいなんて、こいつも物好きだ。


「でも確かに、ゆっくりする時間が欲しいなぁ」


「あら? 女の子に囲まれて楽しそうなのに?」


「勘弁してくれ」


 ルフが何時ものように棘のある言葉を投げて来る。

 結局始まった何時ものやり取り。

 やっぱり、こんなくだらないやり取りをしている時が一番楽しい。

 そんなこんなで、言い合いを続ける俺たちに聞こえたのは悲鳴。

 

 分厚い雲が光を遮り、暗い森の中に目を凝らす。

 人間が二人。しかも一人は子供で、もう一人父親だろうか。

 その親子を追いかけるのは見覚えのある『異形の者』だった。


 人の形に近いが、肥大化した上半身と丸太のように太い腕から伸びる五本の爪は、鋭利な刃となっている。

 人魚の国で捕まえた教団のトップが変貌した姿にそっくりだった。


 もしかすると、あの液は人間に撃ち込むことで理性を失くした化け物にする薬で、実験的な意味も込めて裏で神獣の子が流していたのかもしれない。

 つまり、相手は神獣の子とエルフだけではなく、凶暴化した人も敵と言うわけだ。


「ルフ!」


「分かってる!」


 ルフが破弓を手に取り、素早く異形の者たちに狙いを定めた。

 放たれた魔力の矢が、空中で二本に枝分かれ。

 そのまま、異形の者たちに突き刺さり吹き飛ばした。

 馬車を親子の近くで急停止。

 驚く親子に向かって叫んだ。


「死にたくなければ乗れ!」


 俺の言葉に親子が急いで馬車へと乗る。

 乗ったことを確認して、馬車を再び走らせた。

 馬の呼吸が荒い。

 当然か。休まず走らせているんだ。

 キツイだろうけどここは踏ん張りどころだ。


「あんた! あいつらをどうする気だ!? まだ生きているぞ!」


 父親が俺たちに向かってそう叫ぶ。

 後ろを振り返ると、血を流し咆哮をあげて、俺たちを追いかけて来る二体の異形の者。生命力もすでに人間の比じゃないな。


「ルフ。思う存分やってくれ」


「任せなさい」


 揺れる馬上でルフが弓を構える。

 生成された蒼い半透明の魔力の矢。

 そして、破弓の黒い本体自体に、蒼い線が無数に入る。

 まるでひび割れているように見えるそれは、破弓の全力を意味していた。ルフの込められる魔力の全力。

 放たれた矢は蒼い放射状の魔力を纏い、異形の者の一体を貫いた。


 その一体を中心に球体の魔力が発生し、もう一体を飲み込んだ。

 蒼い光が納まると、そこには地面に小さなクレータがある以外、何も残っていない。跡形もなく異形の者は消え去った。


「こんなもんね」


 ルフが破弓を背負う。

 弓の腕はともかく、威力の方もさすがの一言に尽きる。

 とりあえず、馬を休めるのはしばらく走った後にした。

 まずはこの場から離れることが先決だからだ。











「危ない所を助けて頂き、本当にありがとうございます」


 焚火を挟んで、父親の男が頭を下げた。

 この男は商人らしく、背中には大きなカバンを背負っている。

 

「完全に偶然ですが、間に合ってよかったです」


「息子共々。この恩は忘れません」


 男がルフと話す自分の息子を見て目を細めた。

 息子はまだ十歳にもなっていない。

 そんな子供と仲良く話すルフを見て思う。

 あいつは意外と、子供から好かれるタイプなのかもしれない。

 ちなみに、レアスはまだ馬車の中で眠っている。

 風邪をひくと困るので、俺の外套をかけてあった。


「淫魔の国は随分と物騒になったようですね」


「……数か月前。神獣の子を名乗る二人が商業都市に来てから、全てかが変わってしまった……」


 重い口調。

 そして父親は淫魔の国で起こった事を全て話してくれた。

 淫魔の国は良くも悪くも自由な都市だ。

 最も権力のある者は、最も金を稼ぐ者。

 規律は無い。必要なのは金だ。


 そんな野望と欲に満ちた商業都市を神獣の子を筆頭とした、エルフとの連合軍が襲った。抵抗した者は皆殺しで、投降した者は天馬の国に連れ去られるか、異形の者へと変貌を遂げた。

 周りの小さな村や街も徐々に制圧され、人々は逃げ惑うばかりだ。


 竜の国までは遠く、逃げるまでにほとんど者は捕まるか、厳しい寒さのせいで道中で力尽きた。

 この親子も村が制圧され、村人が殺されていく中、命からがら逃げ延びたらしい。そして、竜の国に向かうのではなく、商業都市の近くにあると噂される避難所へと向かう途中で俺たちに助けられたらしい。


「その避難所は安全なのですか?」


「分かりません。ただ、商業都市の生き残りは全員そこにいるそうです。僅かに生き残ったギルドの者も居ると聞きます。あなた方が竜の国から来たと言うことは、もう他国には状況は伝わっているのでしょうか?」


「宣戦布告されただけなので、細かい状況はなんとも……最近はギルドの戦力低下のせいで、竜の国もバタバタしていましたから。気がつくのに遅れたのでしょう」


 すでに先手はうたれている。

 それに他国に情報を漏れないように徹底するとは、相手もなかなかこちらを警戒しているらしい。

 おそらく、狼の神獣の子(ベルトマー)を除いた神獣の子の居場所が分からなかったからだろう。

 万が一、神獣の子が敵に回ったことを想定して、相手は動いていた。

 厄介だ。知能と力の両方のある敵を相手にするのは。


「あんな化け物に勝てるのでしょうか……神獣の子……あの怪物に」


「大丈夫です。なんとかなりますよ」


 集めた細枝を焚火の中へと放り込む。

 怪物か。それもそうか。

 俺たちは世界の異端、そのものなのだから。


 はぁと小さく息を吐いた。

 身に突き刺さる寒さは、気候のせいだけではなく、淫魔の国全体に流れる不穏な空気がそうさせているようだった。


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