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第67話 淫魔の神獣の子テミガー


 淫魔の神獣の子。

 まさか、竜の国で出会うとは思っていなかった。

 テミガーと名乗る淫魔の神獣の子の真意は図りかねるが、今は国王の救出が最優先だ。

 闘術を使い、テミガーとの距離を一気に詰める。


 近くに国王が居るので魔術は使えない。

 素手の状態で相手の顔面めがけて拳を突き出す。


「結構速いのね」


 余裕の笑みでテミガーが首を捻って回避。

 さらに右足の回し蹴りを繰り出したが、それもジャンプであっさりと躱されてしまう。しかし、国王から奴を遠ざけることは出来た。


「ルフ! ユノレル!」


 合図と同時に、ルフが矢を放ち、ユノレルが水の槍を相手に落とした。

 俺は赤い外套に魔力を流し、国王との間に割って入る。

 凄まじい風と爆発音が謁見の間に響いた。


「ユーゴ……すまぬ」


「気にしないで下さい。怪我はありませんか?」


「幸いな。しかし、気を付けろ。奴には攻撃が効かない」


 国王がそう言って、さっきまでテミガーの居た場所を見つめる。

 

 攻撃が効かない? 

 

 やっぱり、淫魔の神獣『アルンダル』の能力を継承しているのか。

 国王の言葉から相手が神獣の子である確信を得る。

 淫魔の神獣だけ使える『特別な魔術』を神獣の子も使えるらしい。


「いきなりヒドーイ。か弱い女の子に対して、三人がかりなんて♪」


 無傷(・・)のテミガーが笑みを浮かべ立っていた。

 ルフとユノレルの攻撃が効かないとなると、面倒なことになりそうだ。

 しかし、今は情報を聞きださないと。


「目的はなんだ?」


「それを言う前にあなたたちが来ちゃったのよ」


 テミガーが肩を竦めた。

 そして、再び口端を吊り上げる。

 先ほどとは違う残虐な笑み。


「淫魔の国は、天馬の国と共に他国に宣戦布告します」


 俺たちに衝撃が走る。

 淫魔の国が天馬の国と手を結んだ?

 それも内容は宣戦布告。

 ようは戦争を始める気らしい。


「ちなみになんだけど、淫魔の国はもうエルフと神獣の子が制圧しちゃったから♪ 次は竜の国と狼の国……最後は人魚の国よ♪」


 エルフたちは向こうについたのか。

 そして天馬の神獣の子も動き出している。

 むしろ、この戦争の首謀者は天馬と淫魔の神獣の子だ。

 どうやら、この二人は当初の目的を果たす気らしい。


「さて、国王様。降伏するなら今のうちよ? 竜の神獣の子の居場所も教えてくれたら嬉しいわ♪ 彼には少し用事があるの」


「お前の目の前に居るぞ」


 俺の言葉にテミガーが反応した。

 そして呟く。


「国王。ここは俺に任せてください。少し失礼します」


 国王の身体を掴み、ルフたちの方へと投げた。

 ルフが「ちょっと!」と言って、慌てて国王をキャッチ。


「ソプテスカ! レアスと国王を連れて離れてろ!」


 この場に残るのは、神獣の子との戦闘に慣れているルフとユノレルだけでいい。確実に仕留める為にも、三人がかりで倒す。

 人外同士の戦いだと察したのか、ソプテスカとレアスが国王を連れて、謁見の間から出て行った。

 これで近くに人は居ない。思う存分やらせてもらう。


 一色目である赤い炎を両腕に纏わせる。

 それを見たテミガーが高く笑った。


「あっはっは! 傑作! 神獣の子が人間の味方をするの!? バカは狼の子だけじゃなかったのね!!」


「そのバカに今から狩られる気分はどうだ? 人の領地に土足で踏み込んで、無事で帰れると思うなよ」


「そうね……単純な戦闘能力なら竜の神獣(あなた)の方が圧倒的に上でしょうけど……あたしの『幻術』を破れるかしら?」


 淫魔の神獣だけが使える特殊な魔術『幻術』は、父から聞いたことはある。原理は同じ神獣でも分からない。

 ただ、認識をずらしたり幻を見せたり出来るらしい。

 魔術の打ち合いならユノレルの方が、闘術での近距離戦闘なら俺に分があるだろう、それでも勝つことは難しい。

 今までの神獣の子とは違う難しさが、淫魔の神獣の子にはあった。


「男前と戦うのは辛いけど、どの道竜の神獣の子(あなた)は、最初から殺す予定だったから仕方ないわ」


「どういう意味だ?」


「死ぬ男に言うことはこれ以上ないわ♪」


 テミガーの放つ魔力が高まる。

 その魔力圧に背筋がゾクっと寒くなった。

 警戒心を引き上げ、両足に力を入れた時だ。

 ユノレルが発動した水属性の魔術、無数の水の槍がテミガーに降り注いだ。


「それ以上他の女と話さないで!」


 ユノレルが叫んだ。

 こんな時までスイッチを入れないで欲しい。


「邪魔をするなんて無粋よ♪」


 やっぱり無傷のテミガーがユノレルたちの方へと動いた。

 闘術と風属性の魔術による補助を使っているのか、その動きは軽やかで風に乗っているようだ。

 テミガーの爪から緑色の魔力が剣のように伸びた。


 風属性独特の緑色の魔力。

 淫魔の神獣の子は風属性が得意らしい。

 振り下ろされた魔力の剣をユノレルが結界で防いだ。


「人の旦那に声かけて、手を出すな!」


 結界を展開しながら、ユノレルの周りに魔法陣が展開される。

 出て来たのは水の槍。自信を狙った槍をテミガーはバク宙で回避した。

 その隙を見て、床を蹴る。

 魔力を高めて、二色目の黄色の炎を右手に定着させた。


 狙いを定めて、振り切った右腕は確かにテミガーの身体を捉えたはずなのに感触がない。そればかりか、気がつくと俺の右腕はテミガーの身体を外していた。


「残念でした♪」


 テミガーの繰り出した蹴りで吹き飛ばされる。

 床の大理石にぶつかり、白い石が粉々に砕けた。

 女性とは思えない怪力だな。


「ユー君!」


「この……!」


 俺を心配するユノレル。

 ルフは歯ぎしりをして、矢を放つ。

 魔力で生成された半透明の蒼い矢はテミガーを外して、城の壁に穴を開けた。


「外した!?」


 ルフが驚いている。

 俺も同じ気持ちだ。

 矢をルフが外すなんて珍しい。


 原理は分からないが、こちらの認識をズラスことが相手の幻術なのだろうか。俺も当てるつもりで拳を振りぬいたが、気がつくと外れていた。

 攻撃が当たらないことにはどうしようもない。

 謁見の間の床に着地したテミガーが「ふう」っと息を吐いた。


「あたしの攻撃を防ぐ結界……水属性の魔術……あなた何者?」


「人魚の神獣の子ユノレル。今はユー君の妻」


「後半は間違ってるわよ」


 ユノレルの迷言とルフの冷静なツッコミ。

 戦闘中なのにいつも通りで安心した。


「あなたも人間側につくの?」


「私はユー君の味方。別に人の味方になったわけじゃない」


「あっそう」


 短くそう返したテミガーが魔力を抑えた。

 そして、指を鳴らすと彼女を中心に風が吹く。

 目を開けることが困難な風が徐々に一つに纏まっていく。


「今日は挨拶だけだからこれで退くわ。また会いましょう♪」


 テミガーがそう言って、風の中に姿を消した。

 どうやら緊急脱出用の風の魔術のようだ。


「ユノレル。周りに反応は?」


「ない……逃がしちゃったみたい……」


 直後ならそう遠くへは行ってないと思うけど、どうやら相手の『幻術』とやらは索敵魔法すらも防ぐらしい。

 逃がしてしまったことに心の中で舌打ち。

 

 それに本格的に神獣の子が動き出した。

 その事実が今は俺を悩ませていた。













 

 淫魔の神獣の子テミガーの襲撃を一応退けた俺たちは、国王の執務室に呼ばれた。護衛をつけるかどうかで揉めたらしいが、国王が断ったらしい。


「先ほどは助かった。危ない所を助けてもらった」


「無事で何よりです」


「そうだな。しかし、急を要する事態となった」


 国王の表情に緊張が走る。

 

 神獣の子による宣戦布告。

 その事実はあっという間に世界に広がるだろう。

 竜の国と人魚の国はすぐに対策を始める。

 

 問題は神獣の子が向こうに二人居ると言うことだ。

 しかも相手は天馬と淫魔の神獣の子だ。

 今まで同様、一筋縄ではいかないだろう。


「ユーゴ。君はどうする?」


レアス(この子)の母親を探しに、淫魔の国へ行きます。占領されたのであれば、巻き込まれた可能性が高い。おそらくそこで神獣の子とも会えるかと」


「そうか……我としては王都に残って欲しいが、そちらにも事情があるのだろう」


「ユノレル。王都に残ってくれるか?」


「ユー君は私を捨てるの!?」


「違う。もしも神獣の子が直接攻めてきたら、守る役が居なくなる。その為にユノレルには王都に残って欲しい。お前にしか頼めないんだ」


「………分かった。そこまで言うなら残る」


 不満ありありな表情のユノレル。

 だけど、今の状況だと仕方がない。

 結界が得意な彼女が一番守りには適している。


「ルフ。ついて来てくれるな」


「もちろん。あんたをレアスと一緒に行かせると厄介なことしか起こらないし」


「目の届かない所で、二人っきりになられるのがそんなに嫌なの?」


「ち、違うわよ!」


 ルフが顔を赤くして否定。

 ソプテスカは当然ながら王都に残るとして、俺たちの行く先は決まったな。そして一番気がかりなのは『あいつ』がどちらにつくかだ。


「国王。狼の国との交渉は?」


「すでに竜聖騎士団から使者を走らせておる」


 今回の戦争は神獣の子が鍵を握る。

 個々の強さや相性があるとはいえ、数が多いにこしたことはない。

 ベルトマーがどちらの味方になるのか。

 それとも、いつも通り唯我独尊の道を進むか。


 正直な所、あいつの判断は今の状況だとかなり重要な要素になっている。

 直接交渉に行きたいが、モタモタしていると大規模な戦争が始まるかもしれない。それよりも前に、神獣の子を止めたい。

 首謀者は神獣の子だ。そいつらを倒せば戦争は終わる。

 被害は最小限で済むはずだ。


 とうとう動き出した神獣の子。

 俺は止めることが出来るだろうか。少しの不安を胸に、ルフとレアスを連れて、その日の内に王都を出発した。


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