第63話 神族種
「失せろ! 人形ども!」
「もうちょっとゆっくり!」
猿王ルドラカカが村人らしき人たちと神族種の間に割って入り、相手を吹き飛ばした。その背中には必至にしがみつくソプテスカ。
吹き飛ばされた神族種たちは警戒心を引き上げたのか、ルドラカカと対峙して様子を伺っている。
俺が吹き飛ばした大剣を持っている奴にしても、ゆるりと立ち上がりこちらを見ているだけだ。
猿王ルドラカカとずっと戦っていた奴らのことだ。
どうするか考え中って所か。
「ユーゴ。どうしよう。ユノレルが怪我をして……」
ルフが脇に抱えるユノレルが可愛らしい寝顔を浮かべていた。
両方の掌の皮膚が捲れているが、もう意識は戻っているはずだ。
「ユノレル。悪いけど、力を貸してくれるか?」
「そこは心配してくれる所じゃないの?」
「なんで普通に立ち上がってるのよ……」
ルフの手元から離れたユノレルが上目遣いで見て来る。
彼女のことだ。索敵魔法で俺たちの反応を感知した後、気を引きたくて気絶したフリをしていたのだろう。
上目遣いの仕草にはグッとくるけど、今はやるべきことが他にある。
「ユーゴさん! 先に降りるなら言ってください!」
いつの間にか、ルドラカカの背中から降りていたソプテスカが近くに居た。どうやら、俺が先に降りて行ったことにご不満らしい。
「仕方ないだろ。ルフが危なかったんだから」
「なら仕方ないですね……」
ソプテスカが唇を尖らせる。
咄嗟の時は考えるよりも、先に身体が動くもんだ。
「さっきの約束通り。この件が終わったら言うこと聞いてやるから」
「ちょっと。その約束って何?」
「ユー君! 最優先はいつも私でしょ!?」
ルフが凄いオーラを放ち、ユノレルが騒いでいる。
そしてソプテスカは気味の悪い笑みを浮かべ「えへへ♪ あんなことやこんなことも聞いてくれるなんて♪」と言っていた。
怖い。俺はソプテスカに何もされるのだろうか。
命と人としての尊厳だけは守りたい。
ルフとユノレルの言葉を今は華麗にスル―して、とりあえず周りを見渡す。ルドラカカと対峙していた神族種たちがそろそろ動きそうだ。
目の前の大剣を持った奴も魔力を高めている。
「じゃあ。目の前の奴は俺がやるから、後は村人たちが傷つかないように周りの神族種をよろしく」
「よろしくって。あんた一人で戦う気!?」
ルフが詰め寄って来る。
俺としても、ルフやユノレルと連携して戦った方が楽でいい。
でも、それが出来ない理由がある。
「怪我人は無理すんな」
ユノレルは頬に内出血した青い痣が出来ており、ルフは何時もよりも呼吸が荒い。気丈に振る舞ってはいるが、肋骨かどこか折れているらしい。
二人はここまで頑張ってくれた。
後の負担はなるべく減らしたい。
足を前に出す。
そして、一歩ずつ大剣を持った神族種に近づいて行く。
魔力を高め、全身から炎が噴き出す。
相手の神族種はまだ動かない。
「どうした、俺が怖いのか?」
右手を横に伸ばし、二色目である黄色い炎を発動させる。
腕に巻き付くように発動した炎が大気を揺らす。
顔全体を覆った鎧のせいで、表情は見ることが出来ない。
それでも、立ち姿や俺の炎に対する反応を見ると、感情があるように見える。もしも相手に感情があるのなら、これは魔物を相手にした野生の戦いではなく、理性を持った者同士の戦争だ。
「今さら投降なんてしないよな……」
相手が大剣を構えた。
戦う気しかないらしい。
当然だ。彼らにとって人間は滅ぼすべき敵なのだから。
「ウオオ!!」
唸り声のような叫びと共に、相手が大剣を振りかぶり前に出た。
半透明の蒼い刀身は、見れば見る程美しいが、今は俺の身体を切り裂く脅威でしかない。身体を半身にして、大剣を躱す。
反撃するために拳を握るが、それよりも速く、大剣が振り上げられた。
半歩下がると、鼻先を大剣が掠める。
パワーもスピードも申し分ない。
狼の国で戦った神族種や、忘却の都に来てから襲って来た奴らとは格が違うらしい。現に全身を覆う黒い鎧には、青色で縦のラインが入っている。
同じ神族種でも、デザインが異なるのは、こいつが他の奴らよりも上位の階級に居るからだろう。
相手の神族種が、クルンと手首の力だけで大剣を回す。
そして、そのまま鋭く前へ踏み出し突きを繰り出した。
赤い外套に魔力を流し、硬度を強化。
向かって来る切っ先を外套で防いだ。
そのまま大剣を弾くと右足の蹴りを相手の脇腹へと繰り出す。
もちろん、魔力を込めているから直撃と同時に黄色い炎が舞った。
まるで鉄の塊のような重い、相手の身体を右足一本で支え、思いっ切り振りぬいた。相手の神族種は大樹に叩きつけられる。
「固いな」
相手の鎧の状況を見て、思わず呟いた。
狼の国で戦った砂漠の主と呼ばれる神族種の鎧を変形させた時と同じ要領で攻撃したのに、相手の鎧には傷が何もついていない。
やっぱり、こいつは他の神族種たちの中でも別格か。
改めて俺と対峙する神族種の鎧に入った青色の縦のラインが輝きを増していく。それに比例して相手が放つ魔力が、右肩上がりで増していった。
「小僧! 本気で来るぞ!」
背後から猿王ルドラカカの声。
横目でチラッと後ろを見ると、巨大な茶色の猿が神族種たちを吹き飛ばしている。村人たちもそれに加勢しており、ルフたちも三人で連携しながら周りの神族種たちを減らしていた。戦況はこちらに有利だ。だからこそ、俺がこいつに負けるわけにはいかない。
「ユノレル! 俺とこいつの周りに結界を張ってくれ!」
「分かったー!」
元気な返事をしたユノレルが、両手を地面についた。
流された多量の魔力が形を織りなし、俺と神族種を半透明のドーム状の壁が囲う。神獣の子が創りだした結界だ。
そうそう壊れることはない。思う存分やらせてもらう。
相手の魔力に対抗するように、二色目から三色目の白色へと炎の色を変化させた。両腕から舞い上がる白い炎が全身を覆う。
白い炎が揺らめくたびに、結界が連動して震えた。
俺が放つ魔力の圧だけで、周りに被害が出そうだ。
その証拠に結界内の樹々が徐々に灰になっていく。
白い灰が揺ら揺らと落ちて来る光景は、まるでこの世の終わりのようだ。
「さて……」
準備運動も兼ねて、肩をパキと鳴らす。
そして、人差し指を上にして手招き。
「来いよ。俺とお前の格の違いを教えてやる」
「グオオ!!」
神族種の唸り声。
それと同時に相手が前へと出た。
黒い鎧に入った縦の青いラインが魔力を帯びて輝いている。
手に持つ大剣の刀身も魔力で輝いており、全身に魔力を滾らせているようだ。能力も格段に上がっている違いない。
その証拠に、さっきとは比べ物にならない速さで近づいて来た。
そしてその速さのまま、大剣を水平に振う。
二色目までの状態なら、見切れるかどうかの速さも、三色目を発動した俺にとってはスローモーションに見えた。
しかも、三色目の状態なら避ける必要などない。
右腕に炎を纏わせる。
腕全体が白く輝き、そのまま大剣を腕で受け止めた。
多量の魔力で高密度に固められた炎を纏った腕は、まるで硬質化した腕その物だ。大剣をしっかりと受け止めると、相手の動きが僅かに止まった。
きっと、受け止められるとは思っていなかったのだろう。
咎人相手に戦って来た奴らだ。
自分よりも強い相手になど、あまり出会ったことはないのだろう。
ましてや、自分の全力を受け止める人間などには。
「世の中の広さを知るんだな」
残りの左腕、そして両足にも同じように魔力を流し、白い炎を定着させる。今の俺は手足の両方が白く輝いている状態だ。
まずは左足を振り上げ、相手の大剣を吹き飛ばす。
弾き飛ばされた大剣が白い炎に包まれ、一瞬で灰となって消えた。
左足の炎の定着が解除され、足が普段の姿に戻る。
次に左腕で相手の脇腹に拳をねじ込む。
白い爆発と同時に、まるで粘土のような柔らかい感触。
グシャリトとねじ曲がった相手の鎧。
苦しそうなうめき声をあげて、神族種の身体が『く』の字に曲がった。
その身体を起こす為に右足を振り上げる。
相手の顔面にめり込んだ右足が白い爆発を起こし、相手の身体が宙に浮いた。これで完全に相手は無防備だ。
残る右腕を引いて、相手の胸に狙いを定めた。
そして、思いっ切り振りぬく。
直撃と同時に魔力を一気に開放し、白い炎が相手の全身を覆った。
まるで人身事故のように相手の身体が地面を何度も転がり、やがて勢いが止んで身体が止まる。
白い炎に包まれた神族種は小さなうめき声をあげて、やがて動かなくなっていった。多量の魔力が使用可能となった三色目だからこそ出来る、闘術と魔術の合わせ技の連続攻撃。
普段は腕や足に溜めた魔力を単発でした使えないが、三色目以降の状態なら、腕や足に定着させた状態で長い間戦闘出来る為、今回のような四連続攻撃も可能と言うわけだ。
終わった戦闘に一息つくと、辺りを囲う結界が解除された。
周りを見渡すと、いつの間にか神族種たちが駆逐され、戦闘が終了していた。さすがに、総力戦なら俺たちが勝つか。
一人でそんなことを考えていると、ユノレルが抱き着いて来た。
「ユー君! やっぱり凄いね! 結界が壊れそうだったよ!」
何故か笑顔の彼女の頭に手を置く。
「お疲れさま。おかげで助かった」
「えへへ♪ もっと褒めて♪」
だらしない顔だ。
それでも、ルフと同じように俺たちが来るまで、戦線を維持していた彼女の頭を撫でていると殺気を感じた。
「ユーゴさん! 私も頑張ったんですよ!?」
詰め寄って来るソプテスカの後ろでルフがもの凄いオーラを放っていた。感じたさっきの正体はあのオーラらしい。
ソプテスカのように詰め寄ってこないだけに、余計に恐怖感じた。
「なによ……他の子のばっかり……」
ルフがそう呟き、弓を背負う。
プイッと顔を背け、スタスタと村人たちの方へと歩いて行った。
怒ってる……なんでか、めっちゃ怒ってるよ……
この後、ルフに怒られるのだろうか。
そう思うだけで、神族種よりも大きい恐怖が身体を走った。




