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第62話 生きる為に

 アーマナフは村の中央で顔を上げた。

 いつもは結界の向こう側は霧がかかっていて、何も見えないはずなのに、蒼い天井からは光が漏れている。

 これが祖母の言っていた『ソラ』と呼ばれるものなのだろうか。


「お母さん! 綺麗だね!」


 すぐ隣では息子のバルドムが嬉しそうに騒いでいる。

 この村の中で生まれ、育った自分たちには知らないことが多い。

 それはルフやユノレルとの会話からも感じた。


「そうね。バルドムは知らないことを知りたい?」


「うん! ルフお姉ちゃんたちの話、すっごく面白かった!」


 息子の笑顔が心に突き刺さる。

 この小さな結界の中以外で生きたことの無い自分たちは、『結界の外(外の世界)』での生き方を知らない。

 その昔。先祖たちが『大きな戦い』の参加を否定し、咎人と呼ばれ迫害された者たちの子孫が自分たちだ。


 時々迷い込む旅人たちの話を聞くと、結界の外を徘徊する人型の魔物のことを咎人と勘違いする人が殆どだ。

 誰がすき好んで他人を傷つけるものか。

 自分たちはひっそりと生きていたいだけだ。


 幼少期から結界の外では、猿王と魔物たちの戦いが日常的に行われていた。自分がバルドムくらいの時は村人たちからも参戦している者もいた。

 しかし、徐々に気がつく。


 ――勝てない。駆逐される。


 その真実に。

 だから、村全体で受け入れることにした。

 これが運命なのだと。この閉塞した土地で生まれ、そして死んでいくことが。


 顔を前に向けると、村人たちはどうするかで話し合っている。

 ルフの言う通りに逃げるのか。逃げる場所も無いのにどうするのか。

 その姿を見て、アーマナフの脳裏に過去の記憶がよみがえる。


 自分の夫であり、バルドムの父である男の背中が。

 彼は勇敢にも猿王と共に神族種(魔物)たちに立ち向かって……死んだ。彼とは幼馴染だった。

 この結界の中で生まれ、共に育ち、そして恋をした。


 そんな彼は何故剣をとったのか。

 ここで死ぬことが運命だと彼も知っていた。

 それなのにどうして抗ったのか。

 ずっと考えていた。


 だけど、その理由が少しだけ分かった気がした。


「戦いましょう」


 力強く、迷いなく、言い切ったアーマナフに村人たちの視線が集中する。

 そんな村人たちの視線を一つずつ見返し、アーマナフは続けた。


「この土地で生まれ、そして死ぬ。それが運命だと受け入れたとしても……この土地を奪われることまでは受け入れていないはずです。村の外では今この時も、二人の少女が命を賭けて戦っています。助ける必要もない我々の為に……彼女たちが諦めていなのに、我々が諦めていいはずがありません」


 ここで死ぬ運命は受け入れよう。

 しかし、殺される運命までは受け入れない。

 この土地以外で生きることが出来ないのなら、この土地にしがみつく。泥臭く、惨めと思われようとも。


 自分の(愛した人)が守ろうとした土地なのだから。









 ルフは心の中で舌打ち。

 一撃で叩き斬るつもりで振り降ろした短剣を、神族種が腕でいとも簡単に止められたからだ。顔面全体を覆った鎧の奥で、この魔物がどんな顔をしているのは分からない。

もしかすると、見え見えの攻撃だと笑みを浮かべているかもしれない。


「ルフちゃん! 後ろに飛んで!」


 ユノレルの声。

 その声に応えて、大きくバックステップ。

 そして、自分の攻撃を防いだ神族種の魔物の周りに、水の槍が出現した。

 ユノレルが右手を水平に振ると、水の槍たちが神族種を襲い、跡形もなく吹き飛ばした。


「ありがと。助かった」


「どういたしまして。だけど、この数どうする?」


 ルフとユノレルの視線の先には人の形をして、全身を鎧で覆った神族種の大群が押し寄せてきている。すぐ目の前で転がる神族種たちはあくまで斥候だ。

 偵察部隊だから、戦闘能力もしれている。

 だけど、本隊は違う。神獣に最も近いと言われる、猿王が倒せないその理由を自分たちは知るはずだ。


「片っ端から倒す!」


 ルフは短剣を腰にしまい、背負っていた破弓を素早く構えた。

 弦を引くと、魔力が形を織りなし、蒼い半透明の矢が生成される。

 使用者の魔力が尽きない限り、無尽蔵に矢を生み出せる破弓。

 矢の能力はイメージ次第で変幻自在である。

 込める魔力を制御すれば、威力まで調整することが出来た。


 横ではユノレルが放つ魔力が高まり、彼女の周りに人ひとりが簡単に収まる大きさの水玉が四つ生まれる。

 水属性の魔術は本来なら、水気の無い場所で使うと威力が半減するので、大規模な殲滅戦には向かない。

 ただ神獣の子であるユノレルは違う。


 膨大な魔力と繊細な魔力制御。

 ユーゴですら、魔力量は勝っていても、魔力制御に関しては足元にも及ばない。水気の無い場所でも、大量の水を生み出し、形を自由自在に変える。


「全員飲み込んじゃうんだから♪」


 四つの水玉が一つの大きな水の塊となり、津波となって神族種たちを襲った。

 大量の水に流され、相手がバランスを崩し流されていく。

 ルフは津波に流される相手の頭上を狙い、斜め上に向かって矢を放つ。


 放物線を描いた蒼い半透明の一本の矢が、無数に分裂した。

 広範囲を攻撃する形態。無数の矢が神族種の頭上へと降り注ぐ。

 甲冑を貫かれ、神族種の魔物たちが唸り声をあげて絶命していった。


 広範囲を同時攻撃するため、消耗が激しい。

 後先を考えない、単調な攻撃だが数を減らすには一番効果的だ。

 二人は二回目の攻撃の準備をしようとした時だった。


 神族種たちを飲み込んでいた津波が左右に割れた。

 斬られたと言った方が正しいかもしれない。

 津波の水はそのまま霧となって消えていった。


(あの量の水を一瞬で……)


 ルフは再び弓を構え、ユノレルは魔力を高めて魔術を発動させる準備を整える。曲がりなりにも、ここ最近は魔物討伐に時間を費やして来た。

 津波を無効化した相手が、自分たちの障害になりうることは容易に想像できた。津波から解放され、全身ずぶ濡れの神族種たちが立ち上がる。


 そして、その真ん中を歩く一体の魔物。

 全身を包んだ黒い甲冑には、蒼い縦のライン。

 赤いマントを(なび)かせ、右手には蒼い色の刀身の大剣を持っていた。

 今まで見て来たどの神族種とも違う雰囲気。

 その魔物がリーダー格であることは、容易に想像できた。


 ルフは構えた弓に魔力を流す。

 生成された矢の魔力密度が高まり、半透明の蒼い魔力放射が発生した。

 先ほどの広範囲攻撃ではなく、一撃で相手を倒す為の矢。

 これが当たればどんな魔物の身体を貫くはずだ。


 まずはユノレルが陽動で水の槍をその魔物の頭上に落とす。

 相手の顔が上を向き、大剣を振るう。

 襲って来る水の槍を大剣で叩き落とす神族種のリーダー格。


 まだ他の神族種たちは津波にやられたダメージで、動きが鈍い。

 やるなら今しかない。


(いけ!)


 意を決してルフが矢を放つ。

 森の湿った空気を切り裂いて、蒼い半透明の矢が飛んでいく。

 相手の神族種はまだ動きを見せない。

 大剣で矢を切り裂くか、回避すると思っていたルフは警戒心を強める。


 当たっても問題がないほど、あのリーダー格の魔物は強いのか。

 それとも別の理由があるのだろうか。


 リーダー格と思っていた魔物を後ろから飛び越えて、新しい神族種の魔物が前に出て来た。黒を基調とした甲冑には青色のライン。

 赤いマントを着ているのはリーダー格の魔物と同じだが、手には大きな盾を持っていた。地面に突き立てれば、神族種たちの身体をスッポリと覆うほどの大盾だ。


 神族種が構えた大盾にルフの放った矢が当たる。

 森に響く巨大な爆発音と樹々を揺らす猛烈な風。

 舞い上がった砂塵のせいで、目を開けることが困難だ。

 ルフは目を細めて、舞い上がる砂塵を見つめる。


 砂塵に出来た黒い影が徐々に大きくなっていく。

 破弓を背負い、腰から二本の短剣を抜いた。

 黒い影の正体は大剣を持った神族種。

 鋭い踏み込みで一気に距離を潰して来た。


「ルフちゃん!」


 ユノレルの声で全てを察したルフは、相手が振り上げた大剣を防ぐことをやめる。代わりに相手の甲冑の隙間、首元に狙いを定めた。

 振り下ろされる相手の大剣と自分の間に、ユノレルが発動した結界が張られる。蒼い刀身を受け止めた半透明の壁が震えた。


(くらえ!)


 右手に持った短剣を相手の首元に向かって伸ばした。

 相手は首を捻ってそれを回避。

 ルフはさらに左手の短剣を横に払い、甲冑の隙間を狙った。


 しかし、次の瞬間に感じたのは脇腹の痛み。

 眼球を動かして、視線を下にすると相手の蹴りが脇腹にめり込んでいた。

 ボキボキと骨の折れる音。そして、相手の神族種が足を振り切ると同時に、身体が宙に浮いた。

逆流した血を口から吐き、地面を何度も転がる。


「ルフちゃ……きゃ!」


 ユノレルの短い悲鳴。

 口端から血を流し、顔を上げると彼女が大盾を持った神族種に殴られ、こちらに吹き飛ばされていた。


「いったー……いきなり殴るなんて失礼な奴」


 そう呟くユノレルの頬には内出血が原因でできた紫色の痣。

 魔術と法術に特化した彼女は、闘術を最低限しか使えない。

 相手の打撃に合わせて、身体を硬化させる高等技術は使えないだろう。だから素の身体を大盾で殴られた、ユノレルのダメージは計り知れない。


「大丈夫?」


「もちろん。ルフちゃんこそ動ける? 折れているでしょ?」


「これくらい何時ものこと」


 息をすれば脇腹が痛む

 そんな身体でルフは立ち上がり前を見る。

 大剣と大盾を持った強い神族種を先頭に、他の神族種たちが続いていた。

 大剣と大盾を持った二体だけなら、なんとかなるかもしれない。


 しかし、その後ろに続く大軍を相手にすると思えば、状況はかなり分が悪い。後ろの村に居る人たちは退避しただろうか。

 それとも、これが運命だとまだ居座っているのだろうか。


 生きる意志の無い人たちの為に自分は何をやっているのだろうか。

 ふとそんな考えが頭をよぎった。


(だけど……ここで逃げるわけにはいかない!)


 どんな理由があれ、自分たちは咎人と呼ばれる彼らに助けられた。

 受けた恩は返さなければいけない。

 命を賭けるような事態になったとしてもだ。

 節々から発せられる痛みに歯を食いしばり、ルフは弓を構えた。


「放て!」


 その時、後ろから声。

 同時にルフとユノレルを追い越し、無数の矢が神族種たちに降り注いだ。

 その後に続いて、突風が神族種たちの大群を吹き飛ばした。

 ルフが振り返ると、そこには村の大人たちの姿。

 もちろん、アーマナフの姿もあった。


「なんで……」


 ルフの言葉にアーマナフは白い笑みを返した。


「この土地で死ぬと決めたからです。誰にも奪わせません」


 村人たちの中でどういった心境の変化があったのかは分からないが、この状況での援軍はありがたい。


(あたしも頑張らないと!)


 折れかけていた心を再び立て直す。

 そして、弓を引いた。

 勝てるかどうかなんて分からない。

 ずっとそうだ。

 しかし、身体の底から自分を奮い立たせる。


 ――やるしかない。やるんだ!


 そう決意した時、ユノレルが叫んだ。


「みんな伏せて!!」


 声と同時の直後、最初に感じたのは白い光。

 眩しすぎて、目を開けられない。

 次に感じたのは、身体を突き抜ける風。

 細く目を開けると、巨大な白い魔力をユノレルが結界を展開し防いでいた。


「ルフ……ちゃん……撃ってっ」


 ユノレルが決しに絞り出し声は酷く掠れていた。

 どうやら、大盾を持った神族種が押し固めた魔力を放出したらしい。

 それを察したユノレルは一人でその攻撃を防いでいる。


 彼女の言う通りにルフは矢を構えた。

 しかし、白い光のせいで相手の姿が見えない。

 闇雲に撃って当たる確率はかなり低いだろう。


(どうする!? このままじゃ……)


 自分の一瞬の判断でこの場に居る者たちの命が左右される。

 想像を絶するプレッシャーとルフが戦っていると、突然白い光の中にぼんやりと輪郭が浮かんだ。人の形をしたその輪郭は神族種どうか分からない。

 それでも、今はそうだと信じるしかない。


(いけ!)


 ルフは魔力で生成した矢を放つ。

 白い魔力の塊を切り裂き、蒼い半透明の矢が飛んでいく。

 そして、大盾を持った魔物の額を正確に貫いた。

 相手の攻撃で発生していた白い魔力は消え、大盾を持った神族種が糸の切れた人形のように倒れた。


「さすがだね……」


「ユノレル!」


 同じように倒れそうなユノレルの身体を近づいて支える。

 彼女の掌の皮が熱でめくれ上がっていた。

 どうやら、かなりの魔力を受け止めていたらしい。


「ルフさん! 後ろ!」


 アーマナフの声。

 その声の言われたとおりに振り返ると、大剣を持った神族種が居た。

 しかも、剣を振りあげた状態で。


(しまった! 気をとられ過ぎた!)


 回避しようにも、破弓に魔力を使いすぎたせいか、上手く身体が動かない。

 村人たちの元には、他の神族種たちがすでに接近しており、助けは期待できそうにない。


(やられる……!)


 そう思った瞬間。

 ルフと大剣を持った神族種の間に赤い炎の壁が割って入った。

 次に聞いたのは、何かが金属を殴った音。

 鈍い金属音が響き、目の前の炎の壁が消えた。


 そして、消えた炎の向こう側には、赤い外套を身に纏った男の後ろ姿。

 その奥で、大剣を持った神族種が仰向けになって倒れていた。

 どうやら、この男が吹き飛ばしたらしい。

 安心やら、助かったか安堵から深く息を吐いた。

 そして、目の前の男の背中に向かって言う。


「遅い」


 横目で振り向いた男の口元が僅かに緩んだ。


「悪い悪い。だけど……あとは任せとけ」


 ユーゴが力強く言う。

 その言葉を聞いて、ルフは思った。

 

 ――これ以上に頼もしい言葉はない……と


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