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第61話 晴れる霧


「じゃあ、あんたは咎人たちを守る為にこの地に居るのか」


「そうなるな。そこの小娘の祖先が見放した人々を神獣どもの頼みでな」


「なんか普通に話してる……」


 横に居るソプテスカが左腕を掴む手にギュッと力を入れた。

 猿王ルドラカカは話してみると意外といい奴だった。

 ただし、神獣のことは嫌いらしい。

 さらに古代人のことも。

 だから、時々ソプテスカを睨んでは、彼女を威圧している。


「俺が神獣の子だと言うことは驚かないのか?」


「驚かんな。神獣たちがいずれ人間の子を育てることは予測できた」


「私は驚いています! なんでずっと嘘ついていたんですか!」


 耳元でソプテスカがうるさい。

 だけど、神獣の子だと黙っていたことは、後で謝ろう。


「ソプテスカ。後で説明するから今は静かにしてくれ」


「むぅ……ルフより優先してくれますか?」


 頬を膨らませ、橙色の瞳で俺を睨む。

 言葉の意味がよく分からないが、今は肯定するしかない。


「約束する。だから今は俺の腕を掴んで静かにしてくれ」


「分かりました。約束ですよ!」


「もちろん」


 笑顔でそう返すと、猿王ルドラカカが「もういいか?」と聞いてきた。

 どうやら、俺たちのやり取りが終わるのを待っていてくれたらしい。


「いいよ。この地に住む人たちは大昔の戦いを拒んだせいで、『咎人』と呼ばれるようになった。これで合ってる?」


「そうだ。『最果ての地』との戦いを神獣たちと共に戦い抜いたのが、その小娘の先祖と言うわけだ。それを拒んだのがこの地に住む者たちだ」


 今は五カ国にバラバラになった人間・獣人・エルフなどの種族。

 彼らはかつて一つとなり戦った。それに力を貸した五体の魔獣が神獣であり、共に戦い生き残った者の子孫が、『古き血脈』と呼ばれる者たちらしい。


 流れはなんとなく理解出たが、新しく出て来た単語と疑問。


「『最果ての地』ってのは、なんのことだ?」


「場所はワシも知らん。ただ、そこにある『向こう側』から全てやって来た……神獣たちもな……」


「じゃあ、やっぱり神獣たちはこの世界で生まれたわけじゃ無いのか」


「そうだ。この世界で生まれたモノに限ればワシが一番強い」


 人魚の国にある図書館で読んだ本に書いてあったことはある意味で、真実に近かったらしい。

 神獣たちは歴史的に突然現れた。

 その理由は、『向こう側』と呼ばれる場所から来たから。


 あくまで仮説だが、『最果ての地』と呼ばれる場所には『向こう側』と呼ばれる世界と繋がる『門』的な物があるとか。

 簡単に言えば異世界に繋がるゲートがある。

 問題はそうまでして守った人間たちを懲らしめる為に、どうして神獣の子(俺たち)を育てたかだ。

 猿王ルドラカカは「予測できた」と言った。それは何故だ。


「神獣が別世界から来たってのは分かった。でも、それがどうして人間を育てることに繋がるんだ? 何故予測できた?」


「簡単なことだ。神獣たちが『奴』を倒すことを出来ないからだ」


「『奴』? 神獣でも倒せないってどうゆうことだ?」


 猿王ルドラカカが再び目を細めて、俺を見つめた。

 何かを探るような視線が俺に突き刺さる。


「全てを破壊し、誰の支配も受けない……絶望の体現者だ。その者が従えていた兵士たちこそ、この霧の中から現れる騎士たちだ」


「じゃあ、世界に点在している神族種ってのは、大昔の戦いの残党兵ってことか?」


「外の世界では神族種(そう)呼ばれておるのか……そうだ。奴らこそ時代の残党であり、この地に住む者たちを苦しめている」


 神族種は大昔の戦いに参加した兵士たちの生き残りらしい。

 人間を滅ぼそうとした側の兵士たちは、今もまだ本能のままに人を狙い続けている。それはこの地では顕著らしい。


「ユーゴさん」


 ソプテスカが左腕を掴む手に力を入れた。

 何が言いたいかは直感で分かる。

 苦しむ人々を放っておけない彼女のことだ。

 このまま天薬草を貰って、帰ると言う選択肢はないと考えるべきだろう。


「ひと働きするか」


「そうです! 人々を苦しめる魔物なんて懲らしめてやりましょう!」


 ソプテスカは橙色の髪を揺らし、明るく笑顔で答えてくれた。

 ルフたちのことも心配だが、脅威となる魔物たちの排除が優先だ。

 それに派手に戦っていれば、俺たちの存在に気がついて来てくれるかもしれない。両手を上へと突き上げて、身体を伸ばした。


「ルドラカカ。その神族種たちのアジト的な場所はある?」


「……森の最奥地にある神殿だ。本気で行く気か?」


「もちろん。ちょっくら燃やしてくる」


 俺の言葉を聞いた猿王ルドラカカが大きなため息。

 咎人たちを助けることに力を貸すと言っているのに、どこか乗り気でない様に見える。


「ワシでも手を焼く奴らだぞ。覚悟はあるのか?」


「今夜の宴会でぶっ倒れるまで騒ぐ覚悟はあるぜ」


 猿王ルドラカカはこれ以上の会話は意味がないと判断したのか、それ以上何も言わなかった。この霧の中をようやく抜けられる。

 そう思った時。感じたのは魔力が弾けた感覚。

 耳に響いたのは『パリン!』と結界が破壊された音。

 そして、周りを覆っていた霧が急速に晴れていった。


「今の音は!?」


 ソプテスカが横で慌てている。

 法術が得意な彼女のことだ。

 どこで結界が破られたことなんて既に理解しているだろう。


「ワシの結界が破壊された音だ……あの人形ども……」


 ルドラカカの歯ぎしりが聞こえる。

 どうやら破壊されたのは咎人たちを守る為に、ルドラカカが張った結界らしい。それはつまり、神族種たちが攻撃に出たと言うことだ。


「咎人たちは結界の中で生活しているのか?」


「そうだ。結界の中で村を形成しておる」


「大変じゃないですか! 急がないと!」


 ソプテスカの言うことはご尤もだ。

 村が神族種に襲われているかもしれない。


「ルドラカカ。案内してくれ。まずは村に近づいた相手から排除しよう。その後に、敵の本陣を叩く」


 ルドラカカは小さく頷くと、四つん這いになり小さくなった。


「乗れ。村まで急ぐぞ」


 そう言われた俺とソプテスカは猿王ルドラカカの背中に飛び乗った。

 そして、ルドラカカが天に向かって咆哮を繰り出し、力強く地面を蹴る。

 巨大な樹々を突き抜け、視界の端まで広がる森林地帯を見下ろす。

 霧が突然晴れたこと、結界が突破されたせいか、森全体が不穏な空気に包まられていた。

 

 なんだ……この感じ……


 二十年間で培った『勘』が警告を鳴らす。

 神獣の子たちと戦う時のような怖さとはまた別。

 不吉や不安と言った感情に近い感覚が背筋を走る。

 今は急ぐしかないか。湧き上がった感情を胸の奥にしまい、遠方まで広がる森を見下ろし続けた。













 ルフは目を覚ました。

 原因は先ほど聞こえた結界が割れる音。

 太い枝の上で立ち上がり、顔を上げた。


(霧が晴れてる!?)


 結界の向こう側で見えていた霧は既に晴れており、蒼い空が見えていた。

 霧で遮られていた太陽の光が森全体に降り注ぎ、眼下に広がる緑色の大地が光輝いている。

 今はその光景を楽しんでいる場合ではない。


(村に戻らないと!)


 ルフは急いで樹から飛び降り、村に向かって森の中を疾走する。

 結界を破ったのは神族種たちの仕業だろう。

 そして、霧が晴れたのは、発生させていたのが神族種で結界を破ったことにより、霧を発生させる必要が無くなったから。

 それはつまり、咎人たちの村を焼き払う準備が整ったと言うことだ。


 村が視界に入った。

 村人たちの様子はあまり変化がない。

 おそらく響いた音が、結界が破れた音だと言うことも気がついていないのだろう。彼らにとって、結界はあって当然のモノなのだから。


「何してるの!? 早く逃げて!」


 ルフは腹の底から精一杯叫んだ。

 村人たちの視線を一手に集めて、ルフは続ける。


「結界が破られたの! 霧の中に居た敵がやって来る! 今すぐ逃げて!」


 ざわつく村人たち。

 そして、一人が呟いた。


「逃げるって……どこに? ここ以外で生活したことないのに……どこに行けばいい?」


 そうだ。彼らは結界の外の世界を知らないのだ。

 神獣と言う単語は知っていても、五か国に世界が分かれていることも知らないのかもしれない。

 そんな彼らに何処へ行けと言うのだ。

 だけど、このままじゃこの村は神族種たちに蹂躙される。


 ルフは迷える村人たちの間を走り、アーマナフとバルドムの家へと向かった。勢いよく扉を開けるとそこにはバルドムが一人、椅子に座っていた。


「ルフお姉ちゃん? 凄い汗だよ?」


「心配ありがと。ユノレルは?」


「お母さんが診てる」


 バルドムが部屋の奥を指さした。

 そのまま奥へと入ると、ベッドで小さな寝息をたてるユノレルとそれを見下ろすアーマナフの姿。


「結界が破られたのですね」


「はい。今すぐ逃げて下さい。敵が来る前に」


 白い髪を揺らし、透き通るような白い瞳が向けられ、雪が零れたように白い肌で彼女は笑みを浮かべた。


「逃げる場所なんて、私たちには最初からありません。だから猿王様は結界を創って下さった……私たちが生きるために……だから、ここで生まれてここで死ぬ。それが私たちの運命なのです」


 悲観なわけでも、後ろ向きなわけでもない。

 彼女の表情からそう感じた。

 この村の人たちはどうやら本気でそう思っているらしい。


「だったら。あなたたちを守るのが今の私のすることです」


 ユーゴなら絶対に見捨てない。

 頭を掻きながら欠伸でもしながら、彼はきっと村人たちに降り注ぐ脅威へと立ち向かう。そんな彼の隣にいつまでも居たいと願った。

 だから見捨てることは出来ない。見捨てることは自分からユーゴの隣に居る権利を捨てることと同義だからだ。


「どうするかは決まったぁ~?」


 いつの間にか身体を起こしていたユノレルが、欠伸交じりに聞いて来た。

 まだ開かない瞼を擦り、眠気を醒ましている。

 話は聞いていたらしい。そして、どうするかも決まった。


「村を守るわよ。相手が来る場所を限定して」


「はーい」


 再び『けいれい』ポーズで応えたユノレル。

 緊張感の無い彼女に思わず頬が緩んだ。


「どうしてですか? 見返りも無いのに……あなたたちが命を賭ける理由は何ですか?」


 アーマナフの瞳が白く揺れている。

 命を賭ける理由。そんな理屈で語れることではない。


「見殺しには出来ない。ただそれだけです」


 短くそう返したルフは踵を返した。

 その後をユノレルが追う。

 二人は家を出て、村の中を早歩きで移動した。


「敵の来る方角は?」


「一方向から固まって来るよ。一点突破のつもりみたい」


「なら。こっちも正面から迎え撃つわよ」


「出来るだけ派手に……だね」


 そう。霧が晴れた今なら、派手な戦闘は森の中に居ても遠くまで響く。

 もしかすると、それがユーゴとソプテスカにとって目印となるかもしれない。村の守りと合流。それを同時にこなす為の作戦だ。


「じゃあ。行くわよ」


 小さくそう呟き、ルフは弓を手に取った。


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