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第60話 交渉と休息

 小手調べに使うのは一色目の炎を定着させた右拳。

 猿王ルドラカカに向かって地面を蹴り、距離を詰める。

 相手は見上げる程巨大な体躯を持った魔物だ。

 懐に入ればこちらが有利のはず。


 素早く懐に入り、そのまま真上にジャンプして猿王ルドラカカの腹に向かって拳を伸ばした。直撃と同時に赤い火花が舞う。

 いつもならこれで貫ける魔物の身体も、猿王の物となれば微塵も傷がつかない。それどころか、周りの茶色い毛並にも一切の変化が見られなかった。


「この程度か?」


 地面に着地した俺を猿王が左右から掌で襲う。

 どうやら俺を潰す気らしい。

 バックステップで左右から来る掌を回避。

 

 猿王ルドラカカの掌同士が打ちつけ合い、『パン!』と腹の奥まで突き抜ける大きな打撃音が鳴った。

 その音から威力が桁違いだと察する。

 挟まれたら身体が肉の塊になりそうだ。


「どうかな?」


 発動させる炎を二色目へと押し上げる。

 増大した魔力のせいで、一瞬だけ黄色い炎が全身を覆った。

 近くのソプテスカが詠唱を始めている。

 三色目は彼女への被害が大きくなるはず。

 ソプテスカと連携して、二色目で仕留める。


「色が変わるのか! まるであの竜と同じだな!」


 竜の神獣アザテオトル()のことだろうか。

 だとしたら、この魔物はやはり神獣たちのことを知っている。


「狭い『忘却の都(この土地)』で生まれたお前には刺激が強すぎたかな?」


「舐めた口を……それに忘却の都生まれ(その認識)は間違っているぞ!」


 猿王ルドラカカが右腕を引く。

 避けないといけない。

 そう頭に過ぎるが気になることがまた増えた。


 こいつは戦う前に『この地』で生まれたと言った。

 俺はてっきり、この忘却の都を指しているのだと思っていた。

 しかし、その認識が違うとはどうゆう意味だろうか。

 

 もしかすると、『この地』と言うのは、『この世界』のことを指しているとか。

 だとしたら最強の生物と言うのは間違っている。

 こいつがいくら強くても、神獣には勝てない。

 そして、その力を継ぐ神獣の子(俺たち)にも。


 猿王ルドラカカの右腕が振り下ろされる。

 避けるべきだが、横から伝わる魔力の高まりからそれをやめた。

 俺と右腕の間に割って入った半透明の壁。


 ソプテスカが発動した魔力障壁だ。

 重さを感じさせる右腕を受け止めた障壁が揺れる。


「古代人の末裔か! 小娘!」


 猿王ルドラカカの視線がソプテスカへと向けられる。

 その目は俺を見ていた時とは違う。 


 ――憎悪


 そう呼ぶに相応しい目だ。

 古代人の血を引く、古き血脈であるソプテスカに何か恨みでもあるのだろうか。いや、あるとすれば古代人との因縁か。

 ますます興味が出て来た。

 絶対に情報を引き出してやる。


「余所見とは余裕だな」


 横に身体をスライドさせ、そのまま真上へと飛び、猿王ルドラカカの巨大な体躯を見下す。視界の端で動いた俺とソプテスカのどちらを狙うのかで、猿王ルドラカカの動きが一瞬だけ固まる。

 その隙にソプテスカが法術による魔力罠を発動させた。


 猿王ルドラカカを中心に紫色の魔法陣が描かれる。

 重力操作及び相手の動きを鈍らせる罠だ。

 これで相手はまともに動くことが出来ない。


「ぬぅ! 身体が!」


 四つん這いになり、ようやく身体の異変に気がついた猿王様。

 だけどもう遅い。これは完全に俺たちの形だ。


「ソプテスカ! 周りと自分に結界を張れ!」


「もう完了しています! 思いっ切りやって下さい!」


 流石ソプテスカ。仕事が早い。

 これはユノレルに言われるまで知らなかったが、神獣の子はともかく普通の人が魔術や法術を使う場合、使用する魔力が大きいほど詠唱が必要となる。

 同じモノを連続で発動するなともかく、違うモノを使う場合は特にだ。


 しかし、ソプテスカにはそれが必要ない。

 厳密にいえば、最初の詠唱さえすれば連続で法術を使うことが出来る。

 次々と多彩な攻撃や補助を繰り出すのが、彼女の強みだ。

 これも古代人の血がなせる業なのかもしれない。


 右腕に魔力を集める。

 黄色に輝く右腕が徐々に白く染まっていく。

 威力は三色目の白色よりも劣るが、攻撃の当たる直前に一瞬だけ三色目を発動させる。これにより、周りに被害を出さずに二色目を上回る炎を使う。


 皮肉かもしれないが、神獣の子たちとの戦い。

 魔物を狩る間に、俺も少しずつ力の使い方や戦い方を学んでいった。

 力は強すぎるだけじゃいけない。それを使いこなしてこそ意味がある。


「覚悟は決まったか? 猿王様」


 四つん這いで身体が重そうな猿王ルドラカカに狙い定める。

 魔力を高めた右腕を振り降ろした。

 解放された魔力が熱となり、周りを囲う結界が揺れる。

 地面に着地して、顔を上げた。

 視線の先には無傷(・・)の猿王ルドラカカ。


「どうゆうつもりだ?」


 解除された罠。

 そして、自分の隣にぽっかりと出来たクレーターを見て猿王がそう言った。

 不機嫌だろう。攻撃をワザと外されたとあれば。


「俺の目的は二つだ」


 人差し指と中指を立てて、猿王ルドラカカの目の前に出す。

 大きな瞳が細くなり、俺を捉えた。


「一つは天薬草を渡すこと……」


「もう一つはなんだ?」


 額の汗を拭ったソプテスカが俺の隣に並ぶ。

 次の言葉を言えば、彼女にも正体がバレルかもしれない。

 それでも、好奇心には勝てなかった。


「神獣たちに関して知っていることを教えろ」



















「結界の修復はどう?」


「応急処置だよ。またすぐに破られるかも」


 ユノレルの言葉を聞いて、ルフは眉間を手で抑えた。

 ため息を零し振り返る。

 そこには昨夜戦った神族種たちの死体が転がっていた。

 一部は既に光の粒子となり、跡形もなく消えている。


 勝つには勝ったが、二人とも消耗が激しくすぐには動けなかった。体力が回復する明け方まで待ち、ユノレルは破られた結界の一部分の修復を始めた。

 しかし、結界全体そのものが弱まっており、破られるのは時間の問題らしい。


「ユノレル。村に戻るわよ」


 結界の応急処置を終えたユノレルに声をかけ、二人は村に足を向けた。

 横に並ぶユノレルの顔を横目で見る。

 いつも通りの白い肌と整った顔立ち。

 

 ただいつもよりも顔色が悪い。

 心なしか息も乱れている。

 神族種たちとの戦闘に加えて、結界の修復。

 

 昨日から寝ていないから、消耗する一方だ。

 さすがに神獣の子である彼女もかなり疲れている。

 ユーゴは疲れた姿を見せることはないが、本当はいつもこうやって消耗していたのかもしれない。

 気づかなかった自分にちょっとだけ自己嫌悪。

 しかし、すぐに頭を切り替える。


(まずはユノレルを休ませて……その後は……)


 村に着くと、朝の準備をしている村人たちが暖かく迎えてくれた。

 二人とも疲れた顔だったのか「大丈夫?」と声をかけられる。

 出来るだけ笑顔で返し、アーマナフの家へと戻った。


「おかえり! お姉ちゃんたち!」


 扉を開けると笑顔のバルドムが迎えてくれた。


「ただいま。いい子にしてた?」


 彼の頭を優しく撫で、ルフは彼の母親であるアーマナフに近づいた。


「少しベッドをお借りしてもいいですか? 仲間を休ませたくて」


「もちろん。村を守ってくれたのです。好きにして下さい」


 彼女が白い瞳が向けられた。

 その目を見て、ルフは確信する。


(この人……全部知っている)


この女性は自分たちが戦ったことを知っている。

根拠はない。ただルフの勘がそう告げた。


「ユノレル、少し休んで。後のことは考えるから」


「分かったぁ。ルフちゃんも無理しないでね」


 ユノレルが目を擦り、眠そうな顔で部屋の奥へと消えていった。

 最後に向けられた笑顔は、ユーゴに向けるそれと同じだ。

 彼女なりに、自分に気を遣ってくれているのだろう。


 同じ神獣の子であるユーゴが居ないこの状況では重圧もあるはずだ。

 それを表に出さないユノレルは、仲間として本当に頼りになる。


(少し休もう……それから考えよ……)


 ユーゴならこの後どうするか。

 決まっている。彼なら神族種の本拠地である神殿を叩くはず。

 問題はそれと合流、どちらを優先するかだ。

 相手の本陣を叩くのであれば、合流を待った方がいい。

 自分とユノレルの二人では完全に滅ぼすことは不可能だ。

 

 色々と考えていると眠気が襲って来た。

 破弓は矢の生成に魔力を使うせいか、戦闘後の疲労感は今までよりも大きい。それも夜通し戦っていた。

 休息が必要な状態だ。


 警戒を解くわけにもいかない。

 ルフは家の外に出ると、村から見える中で一番高い樹に近づいた。

 闘術を使い、樹を巧み登っていく。

 結界の高さがどこまであるのか分からないが、少なくともこの樹の高さは大丈夫らしい。顔を上げると、半透明の壁の向こうは霧に覆われていた。

 太い枝に横となり、周りに警戒心を抱いたまま目を閉じる。


 目を閉じる瞬間に見た景色は、霧の中で輝く白い光だった。


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