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第58話 咎人

 結界の中に入ったルフたちを待っていたのは、広大な森林地帯。

 目を凝らせば高く天へと突き出た山の頂点は、雲で霞んでいる。

 空は分厚い雲に覆われているが、視界を遮っていた霧はもう晴れていた。


「凄いね。端っこが見えないや」


 手綱を握ったままユノレルが呟いた。

 森林地帯を見るのは初めてではない。

 しかし、それでも目の前の光景には思わず息を呑むほどだ。


「バルドム君の村は?」


「あの川を下った所!」


 馬上のバルドムが森の中を流れる川を指さした。

 日の傾きは既に頂点から少しズレている。

 夕方、日が沈む前には村に辿り着けそうだ。


「ユノレル。索敵魔法は使えそう?」


「霧が晴れたから、結界内は使えるよ。でも、ユー君たちの反応はない。結界内の全範囲が分からないからなんとも言えないけど……」


 ユノレルの表情が一瞬曇る。

 彼女の索敵魔法の範囲が結界内の広さと、どれくらいの差があるのかは分からない。

 それでも、ユーゴがここから離れた場所から結界内に入るとは考えづらい。

 つまり、ユーゴとソプテスカはまだ結界の外に居るということだ。


「お姉ちゃんたち以外も誰かいるの?」


「私の旦那様がね」


 ユノレルの言葉にバルドムが「おぉ」と驚く。

 何を言っているんだともうツッコム気も起らない。


「ほら、くだらないなこと言ってないで行くわよ。どうせユーゴ(あのバカ)は、その辺ブラブラしてるわよ。ソプテスカと一緒に」


 ユノレルには地面を歩きながら、馬の手綱を握ってもらい、馬体を引いてもらう。ルフは一応の警戒の為に黒い弓である破弓を手に取った。

 

 霧が晴れて、視界がクリアになった分、周りを囲む巨大樹の姿はハッキリと見える。巨大な木々に囲まれた原子の森は、湿った空気と独特の雰囲気を漂わせている。

 不気味。そう呼ぶには十分なほどに。


 ユーゴは今、どうしているだろうか。


 大丈夫。問題ない。

 そう自分に言い聞かせる。

 あいつはソプテスカを連れて、その内顔を見せるはずだ。


 ――確信を持てるのか?


 一瞬浮かんだ疑念。

 人魚の国でユノレルと死闘を演じたユーゴ。

 あの死闘を見るまで、彼が負けるなんて考えたこともなかった。

 

 だけど知った。


 世界には彼と互角の戦いを出来る人間が居ることを。

 もしかすると狼の国のベルトマーの時も、想像以上に追い込まれていたのかもしれない。

 ユーゴは強いが無敵ではない。


 怪我をすれば血を流すし、致命傷を負えば死ぬ。

 彼だって一人の人間に過ぎない。

 だから怖かった。ユノレルとの死闘の後、暫く姿を発見できなくて、死んだのではないかと本気で思ったから。


(大丈夫だよね……ユーゴ。あんたは強いから)


 今は信じるしかない。

 あの大きな背中を。












 分厚い雲が金色に広がる夕方。

 バルドムの住む村へとたどり着いた。

 森の中に設けられた開けた空間。


 その場所に家が三十軒ほど見える。

 思っていたよりも大規模な村だ。馬から勢いよく降りたバルドムは、白い髪を揺らし村の中へと走り出した。


 村人の人たちに迎えられ、笑顔のバルドム。

 そして、彼は一人の女性に迎えられた。

 同じく白い髪を持った女性。

 様子からどうやら彼女がバルドムの母親らしい。


 一言、二言、言葉を交わした後、バルドムの人差し指がルフたちの方へと向けられた。それにつられて、村人たちの視線も向けられる。

 外の者が結界の中に居るのは珍しいのだろう。


 興味と恐怖が入り混じった視線。

 しかし、村の者を救ってもらった手前、どうすればいいのか分からないと言った感じだ。バルドムの母親がこちらに近づいて来る。


 長く伸びた白髪と白い瞳。

 まだ若く、二十代後半に見える。

 そんな女性が小さく頭を下げた。


「この子の母親『アーマナフ』です。息子を助けて頂いてお礼を申し上げます。しかし、私には返せる物は何も……外の世界の通貨もここにはありません」


「私たちも息子さんに助けられたので気にしないで下さい」


 ルフがそう返すとアーマナフが顔を上げた。


「何も返せない私を許してくるのですか?」


「もちろん。ただ、知りたいことがありまして……天薬草は何処にありますか?」


 ルフの問いに村人たちがざわつく。

 やはり、天薬草はこの村でも貴重な物なのだろうか。


「お姉ちゃんたちこれが欲しいの?」


 バルドムがそう言って右手を前に出した。

 四葉に赤い縦のライン。微弱な魔力を感じるそれは、天薬草の特徴に一致する。


「天薬草でしたら、村にありますよ」


「猿王様が定期的にくれるんだ!」


 アーマナフが小さな声と対照的なバルドムの元気な声。

 どうやらこの村にとって、天薬草はその辺に生えている薬草と同じ扱いらしい。思った以上に簡単に手に入り正直拍子抜けと言う感じだ。

 周りの村人たちも自分たちに近づいて来て「天薬草が欲しいなら先に言ってよ~」、「村を襲いに来たのか思ったよ」とか急にフランクになった。


 当初の目的は達成できそうだ。

 それよりも気になるのは『猿王』と言う単語。


「その猿王様と言うのは?」


 母親であるアーマナフが息子であるバルドムの頭に優しく手を置く。


「この結界を展開して下さっている『猿王ルドラカカ』様です。外界のあなた方言うと『神獣』という存在と同じです。結界の外にいる『騎士』たちから私たちを守ってくれています」


「その『騎士』って言うのは、甲冑に身を包んだ魔物のこと?」


「そうです。昔から霧の中を徘徊する私たちの天敵です」


「倒そうとはしないの?」


 アーマナフが踵を返す。


「今日は村でゆっくりして行ってくださいね」


 こちらを振り向き、微笑んだ顔はどこか寂しかった。











 村の人たちは想像以上に暖かく迎えてくれた。

 忘却の都に訪れて最初の夜。

 バルドムの家に泊めてもらうことになり、ルフとユノレルはアーマナフの料理をご馳走になった。


「お姉さんたちどうしてそんなに強いの?」


「愛さえあれば強くなれるの」


 またユノレルが変な回答している。それに対するバルドムの反応も「おぉ」と感心していた。後で誤解を解いておこう。

 ユノレルがバルドムの相手をして、ルフは夕食の後片付けの手伝いをしていた。


「すいません。お世話になっちゃって」


「息子を助けてもらったお礼です。もう会えないと思っていましたから」


 村の井戸から持ってきた水で使った食器を洗う。


「その猿王様とやらは、結界の外に出た人たちを助けないの? 魔力の都合上外に向けてしか、結界を張らないのは分かるけど……」


「……正直に言いますがここの結界は年々弱まり、もう限界に近いのです。霧の中から現れる騎士たちとの戦いで猿王様は消耗し、最近では数に圧倒されています」


「どうするの?」


「かつて、村の者が猿王様と共に騎士たちに戦いを挑みました。結果は察しの通りです。その戦いでバルドム(あの子)の父親は死にました」


 どうやらこの村はかつて抵抗を示したらしい。

 ただ外にその騎士たちが居ると言うことは負けたのだろう。

 この村は緩やかな滅びに向かって静かに歩いている。


(なんとも重い話ね)


 ルフは小さくため息。

 天薬草は手に入った。

 ユーゴとソプテスカを見つけ出して、この地域一帯から離脱するのが最善策。理性で考えればそれは間違いない。

 しかし、この話を聞いたユーゴならどうするか。

 その答えに迷いはなかった。


「騎士たちの拠点的なものは無いのですか?」


「ありますよ。森の最奥地にある神殿……そこが騎士たちの根城です。前の戦いで突き止めたのはそれだけです」


 もう場所は分かっているらしい。

 ならば後の行動は決まっている。

 




 夕食の片づけを済ませて、家の外に出て森の風に当たる。

 頬を撫でる風は何処か不穏な空気を匂わせており、平常時とは違うような気がする。ユーゴは時々、「森の空気がおかしい」と言っていた。

 どうやら、神獣の子として緑に囲まれ育った彼には、自然の声が聞こえるらしい。野生で育った彼の中の『勘』は本当に独特だった。


 そのユーゴが長年培った勘とは違うが、多数の戦いを切り抜けたルフにも今までと違う感覚が目覚め始めていた。

 命のやり取りをしてきた自分にも、戦いの雰囲気が分かる。

 

(なんだろう……狼の国で夜に戦った時の雰囲気に似てる)


 砂漠の上で黒い甲冑に身を包んだ魔物と戦った時の雰囲気。

 誰かに見られているような感覚が、後頭部に突き刺さる。


「来るかもね」


 いつの間にかユノレルが横に並んでいた。

 彼女の横顔は、緊張感のある顔つきだ。


「結界が破られる可能性は?」


「無いとは言い切れないよ。向こうに知性がある以上、同じ結界を張り続けることは愚策だもん」


 そうだ。結界は常に新しく張り続けるのが基本。

 同じ構造の結界は中和されるか、蓄積されたダメージで突破されるのがオチだ。そして相手は最も神獣に近い魔物である、猿王ルドラカカすらも圧倒する戦闘集団だ。

 結界を破るために研究を続けていても不思議ではない。


「ユノレル。反応はある?」


「……ある。三十くらいかな」


「そっか」


 ユノレルの言葉に小さくそう返し、破弓を手に取った。

 霧の中をうろついていた魔物たちが結界の中に侵入して来たらしい。

 今なら魔物たちを殲滅して、結界を修復すれば問題ない。

 行動に迷いはなかった。


「行くわよ。ユノレル」


「了解♪」


 ユノレルが以前、フォルがしていた『けいれい』と呼ばれるポーズをした。

 どうやらユーゴが仕込んだモノらしい。


(ホント、要らないことしか教えないんだから)


 夜の村を二人で出ると、ユノレルの索敵で反応のある地点へと向かう。

 暗い森の中。次第に聞こえる自分たち以外の足音。

 二人は立ち止まり、乱れた息を整える。


「ちょっとだけ本気でやってもいい?」


「村の人たちに影響の出ない範囲でね」


「ユー君がいつも言っている『周りを巻き込むな』だね」


「そうゆうこと」


 月明かりに照らされて、全身を甲冑に身を包んだ魔物たちが姿を見せる。

 その姿はまるで森の中を進行する軍隊そのものだった。

 数で言えば二人に対して、相手は約三十体。

 勝てるかどうかなんて分からない。


 それでもやるしかない。

 村の人たちが同じように朝を迎える為に。

 横に居るユノレルの魔力が高まっていく。


「結界を破るような人にはお仕置きしちゃうんだから♪」


 どこか緊張に欠ける彼女の言葉に頬が緩む。

 しかし、すぐに締め直す。

 そして自分を奮い立たせ、静かに呟く。


「ここから先は一歩も通さないわ」


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