第57話 忘却の都
馬に揺られながら、ルフは後ろを振り返る。
周りを囲む霧のせいで視界が悪い。
悪状況に心の中で舌打ち。
自分の後ろでユノレルが小さくなっていた。
馬の揺れに不慣れは彼女のことだ。
こうして全力で馬を走らせれば、小さくなるのは仕方がない。自分もワイバーンの浮遊感は今まだに慣れず、いつも離着陸は胃がキリキリする。
握る手綱引いて馬を止めた。
周りの気配を探る。
動く者の気配は無い。
自分たちを襲った謎の魔物たちの気配が。
「ユー君たち……大丈夫かな?」
「あいつの生命力は世界一だから大丈夫よ」
なぜか不安がるユノレルにそう返す。
忘却の都に近づいてから、霧の量が多くなっていった。
気がつくと霧の立ち込める森の中にユーゴとソプテスカ、四人で迷い込んでいた。少し先を見ることも困難な霧の中を慎重に進んでいると突然、何者かに襲われた。
向かってくる槍や火の玉。
迎撃しようにも相手の場所が霧のせいで分からない。
霧の中に向かって反撃をしていると、何時の間にユーゴたちと逸れてしまった。そして、背後から全身を甲冑で身に纏った魔物たちが追いかけて来た。
ルフは体勢を立て直すべきと判断し、霧の中馬を走らせた。
甲冑を着た魔物たちはどうにか撒けたが、ユーゴたちと離れてしまった、
霧のせいで遠くが見えないこの状況では、ユーゴが空に向かって火を放っても視認することは出来ない。
頼れそうなのはユノレルの索敵魔法くらいか。
「ユノレル。ユーゴたちを探してみて」
「それがね。さっきからやっているんだけど……この霧に微量な魔力が含まれていて、索敵を妨害しているの」
「見つけるのは無理か……」
どうやらこの霧は『何か』が原因で発生している物らしい。
ユノレルが微量な魔力を感じるのはそのせいだろう。
(原因を排除すれば晴れるか……でも、手掛かりも全くないこの状況じゃ……)
ユーゴたちに合流し、天薬草を回収して素早く離脱するのが理想的だ。
それは間違いない。ヘタに長居すると、『最も神獣に近い魔物』と遭遇するかもしれない。こっちには神獣の子であるユノレルが居たとしても、危険なことには変わりはないだろう。
それに、先ほど自分たちを追いかけて来た甲冑で身を包んだ魔物も気になる。
ルフが狼の国で見た『砂漠の主』に姿がそっくりだったたからだ。
同種の魔物だとしたら、その実力は侮れない。
下手に相手をして、負傷すればそれこそ大変なことになる。
今は出来るだけ消耗を避けたかった。
――もちろん、それが出来ればの話だが
「あれは……」
「人……子供だね」
二人が見つけたのは、霧が立ち込める森の中で蹲る一人の子供。
泣いているのか、肩が震えていた。
正直、怪しい感じは否めないが、放置するほど非情にもなれない。
ルフは馬をゆっくりとその子供に近づけ、地面へと降りた。
「大丈夫?」
安心させるために出来るだけ優しく声をかける。
顔を上げたのは十歳くらいの男の子。
透明感のある白い髪、同じく白い瞳はまだ穢れを知らない。
赤く離れた目でルフを見つめ、鼻を啜った。
「お、お姉ちゃん……誰?」
「ルフって言うの。ちょっと色々あってここに来たんだけど……君は?」
「バルドム……近くの村に住んでる……」
近くに村。あるとしたら忘却の都に住み着くと言われている『咎人』たちの村しかない。何故『咎人』と不吉な名前で彼らが呼ばれるのかは知らない。
そのことをこの子が知っているかどうかさえも。
それでも、今のルフにこのバルドムと名乗る幼い少年を見捨てる決断は出来なかった。あの男がいつもそうしていたように……
「じゃあ。お姉さんたちが村まで連れていってあげる。聞きたいこともあるし」
「無理だよ……結界の外に出たらダメだって。入ることは出来ないからダメだって言われていたんだ……霧の広がる結界の外は、怖い奴らが来るからって……」
どうやらこの地域独特の風習や決まり事があるらしい。
結界に関しては、ユノレルがどうにかしてくれるだろう。
問題は、この村は霧の中に居る『敵』の存在を認知していることだ。
その敵から身を守るほどの結界。それも村の周りとなれば、規模は相当なものだ。それ程の力がありながら魔物を倒せない。
その理由が分からなかった。
「とにかく一緒に行こ。一人じゃ危ないよ」
バルドムと名乗る少年に手を差し出す。
「うん……」
涙目の彼はそれの手を握り、ふらつく足で立ち上がった。
布で作られたボロボロの服と傷んだズボン。
あまり村は裕福ではないらしい。
(それも当然か。結界内で外と隔離されるみたいだし)
この土地、特有の仕来りは伝統があるのだろう。
竜の国・淫魔の国・天馬の国の境目にあり、どの国にも属さない忘れられた土地。人々は畏怖の意味も込めて忘却の都と呼んだ。
都など何処にもないと言うのに。
バルドムを馬に乗せ、ルフが地面を歩く。
いつの間にユノレルも馬から降りており、馬を挟んで二人は地上を進む。
霧は相変わらず濃くて、先が見えない。
「ここを左だよ」
バルドムがそう教えてくれた。
「分かるの?」
「うん。村までの方角くらいは。でも、結界は普通だと外からじゃ入れないよ」
「私がなんとかするか大丈夫」
ユノレルが小さくブイサイン。
さっきから鼻歌を歌い始めた緊張感の無い彼女に、正直不安は募るが、今は神獣の子としての力を信じるしかない。
水辺の戦闘でなくても彼女は十分強いし、結界に対する知識も豊富だ。
村を囲む結界も、通ることぐらいは可能だろう。
(ユーゴは……ソプテスカと一緒か……)
あの男のことだ。
ソプテスカと一緒に行動しているのは間違いない。
今さらユーゴが他人を見捨てるわけがない。
心配なのはあの二人が一緒だと言うことだ。
流石に霧の視界を限定されるような状況で、お互いバカなマネはしないと思う。その辺は心得ているはずだ。
それでも、ユーゴが自分以外の女性と一緒に居ると言うだけで、気持ちは淀んでいく。自分だけを見て欲しい。
その気持ちは、彼の周りに女性を囲む女性が増える度に大きくなっていく。
傍にいる為に力が欲しくて、騎士団員のフォルに剣術を教わった。
今も背中の弓以外に、腰の二本の短剣をぶら下げている。
実は側に居たいからなど、ユーゴには恥ずかしくて言えたものではない。
それに真面目な話をしても、あの男はすぐに茶化してくる。
自分の気持ちも知らないで……
「ルフちゃん」
前を歩いていたユノレルが振り返った。「何?」と返そうとしたら、彼女は口元に人差し指を立てる。
静かにしろと言う意味らしい。ユノレルに言われた通り、口を閉じ、足を止めて耳を澄ます。
聞こえるのは足音。重い足音が複数周りから聞こえる。
そしてその足音は確実に近づいて来た。
「バルドム君。村の結界まではどれくらい?」
「もうすぐだよ? どうしたの突然?」
ユノレルと目を合わせて互いに頷く。
ルフは握っていた馬の手綱をユノレルに託した。
彼女だって馬には乗れなくても、馬を引くことぐらいは出来る。
「走るわよ!」
ルフの合図でユノレルが馬を引いて走り出す。
それを追いかける形でルフが走る。
徐々に足音が近くなり、その正体が霧の中から姿を見せた。
黒い甲冑で全身を覆った人型の魔物。
今回の相手は三体で、全員が片手剣を持っていた。
身軽に森の中を走り、追いかけて来る姿はまるで斥候部隊のようだ。
「もうダメだ! 僕は死ぬんだ!!」
後ろを見たバルドムが馬の上で小さくなる。
カタカタと震え、泣きじゃくっていた。
「男ならシャッキとしなさい!」
ルフの一括。
そして、ユノレルが叫んだ。
「見えた! あれが結界だ!」
霧の中に突然半透明の壁が現れる。
その壁の向こうの視界は霧に遮られておらず、この結界は霧を防ぐ役割も担っているらしい。
結界の姿を確認したと同時に、ルフは身体を反転させ弓で魔物たちを狙撃した。しかし、身軽な魔物たちは三体とも矢を避ける。
心の中で舌打ち。
(足止めにはこれしかないか……!)
ルフは腰に差した短剣を二本とも抜いた。
それぞれ片手で持ち、三体の魔物たちと向かい合う。
「ユノレル! 結界に穴を開けて! すぐに離脱するわよ!」
「分かった!」
馬を引いたままユノレルが結界に近づき、手を添えた。
今頃彼女は、己の魔力を流し結界の構造でも探っている所だろう。
あっちはユノレルに任した。
今の自分がするべきことは一つしかない。
「さぁ、存分に相手してやるから、かかってきなさい!!」
正面から一体が飛び付いて来る。
頭上から振り下ろされた剣をこちらも剣で受け止めた。
想像していたよりも軽い手応え。
相手の剣は軽量重視。
つまり手数とスピード、そして連携で力を発揮するタイプらしい。
左右に別れた残りの二体が横から迫って来る。
正面の一体で足止め、両サイドの二体で急所を攻撃して終わり。
それがこの三体の戦法らしい。
ルフは受け止めていた剣を地面へと払う。
正面の魔物の剣が地面へと突き刺さり、それを足で踏みつけた。
そして、両サイドから振られた剣を両手に持った剣の片方ずつで受け止める。
攻撃を凌いだと一息ついて、まずは正面の魔物を蹴りで吹き飛ばす。
そのまま身体をコマのように回転させ、両サイドの魔物の剣を払う。
そして首の鎧の間を狙って剣を入れると、紫色の血が吹き出し二体の魔物が糸の切れた人形のように横たわった。
素早く剣から弓に持ち替え、弦を引く。
魔力で生成された矢を蹴りで吹き飛ばし、立ち上がろうとする正面の魔物に向かって放つ。半透明の矢は空中で七本に分裂して魔物を襲った。
威力が下がる分、避けることは困難。
しかし、鎧など固い物を貫通させるには適さない。
今回襲って来た魔物が機動力重視であることから、鎧の硬度も低いとルフが判断し使用した。
予想は当たったらしく、魔物の身体に直撃した矢が鎧を貫いた。
「こんなもんか」
思った以上に呆気なかった。
踵を返しユノレルに近づくと、額に汗を滲ませていた。
「大丈夫?」
「もう少し……」
彼女がそう呟くと結界に人ひとり分くらいの穴が開いた。
「お姉ちゃんたち凄い!」
「まーね」
「褒められるならユー君からがいいな」
「子供にそんなこと言わない」
馬の上ではしゃぐバルドムを連れて、三人は結界の中へと侵入した。




