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第56話 火を囲んで


 まだ火照る身体で馬に跨る。

 頬に当たる夜風が、今の俺には心地いい。

 

「では、ユーゴさんよろしくお願いします」


 俺と二人乗りすることになったソプテスカが腰に手を回す。

 どうやら、この王女様は馬に乗ることが出来ないらしい。

 ちなみに、ユノレルも馬には乗れないので、ルフと一緒に乗っている。

 組み合わせに関しては、かなり揉めたが王女を預かっている身として、俺がソプテスカと乗ると言うことでユノレルには納得してもらった。


「仕事なんだから仕方ないね……」


 ユノレルは不満ありありでそう言って、ルフの後ろで馬に跨る。

 これで、戦力的にも神獣の子である、俺とユノレルが分かれたので問題ない。

 あとは俺の後ろでうるさい王女様をどうするかだ。


「私と乗りたいなんて、やっぱりユーゴさんは私を貰ってくれるのですか?」


 聞こえないフリをして、馬を走らせた。

 王都の城門から出発し、夜の平原を駆ける。

 目的地である『忘却の都』までは馬で数日かかる。

 ワイバーンで近くまで移動しようにも、あの地域の気候に、王都で使われているワイバーンが慣れていない為、飛行することが出来ない。


 夜に出たので、何処かで休息をとる必要がある。

 今回は急ぎの仕事だ。

 天薬草を早く手に入れないと、謎の感染症に苦しむ人たちが増えていく。

 即日でしかも夜に出てきたが、焦って足元をすくわれても仕方がない。


「ユーゴさん……何か答えてください」


 ソプテスカが腕にギュッと力を入れて、俺の腹を圧迫してくる。

 風の音に混じって、並走するルフとユノレルから「「くっつき過ぎ!」と声が聞こえる。二人には横を見ないで前を見ろと言いたい。


「あんまり話すと舌噛むぞ」


「じゃあ、小声で話せるように近づきますね」


 背中に柔らかい感触。

 ここぞとばかりにソプテスカが押し付けて来るが、気が散るので今は楽しめない。そんな状況が残念でならなかった。


「雰囲気。少し変わりましたね」


「そうか? 自分ではわからん」


「ダサリスさんも仰っていました。少しだけ締まった顔になったって」


 心境の変化が顔に出ていたのだろうか。

 ただ少しだけ締まった顔になったとは、今までがだらしない顔だと言われているようで心外だ。俺はいつでも真面目のつもりなのに。


「まぁ、人魚の国でちょっと色々あったからな」


「人魚の神獣の子による海都襲撃。神獣の子は行方不明と聞きましたが、本当なのでしょうか?」


 実はあなたの隣で並走していますとは、今は言えない。

 ユノレルが神獣の子であると知っているのは、俺とルフだけだ。

 世間的には、人魚の神獣の子は行方不明となっている。

 タイミングを見計らって、ユノレルの正体は俺の周りの人たちには言うつもりだ。ただ、今がそのタイミングではないと言うだけだ。


「意外とすぐに見つかるかもな」


「ユーゴさんはどうして王都を襲わないのですか?」


「代わりにお前を襲おうか?」


「そんな気ないくせに」


 いつもはノリよく返してくれるソプテスカが珍しく拗ねている。

 彼女からの誘いを一度断った件を実は根に持っていたらしい。


「王女なんだから少しは自分を大切にしなさい」


「ユーゴさんが貰ってくれれば問題ありません」


 問題大ありだ。ソプテスカを貰う。それはつまり王位を継ぐと言うことだ。

 権力を手にすることは出来るだろうが、色々と国のことで面倒なことが増える。狼の国でベルトマーが王になる手伝いをした俺が言うのもアレなんだが……


「王様に俺は向いていないよ」


「じゃあ、私と駆け落ちしてください!」


「どこでそんな言葉覚えた?」


「メイドさんたちに教えてもらいました」


 城での教育はどうなっているんだ。

 仮にも王女であるソプテスカに一体何を教えている。

 その後も、ソプテスカの執拗な説得を受けるが、適当に受け流し、夜の平原を疾走した。












 平原から王都から少し離れた森の中で、今日は野宿をすることになった。

 馬を休ませる必要もあるが、川が近くにあることも理由の一つだ。

 ルフたちは、先に川へ水浴びに行ってしまった。

 王女様も居ることだし衛生的な面は、一応気を遣うものだ。

 馬に運ばせていたテントを取り付ける。


 夕食はユノレルが川で魚を捕ると言っていたからなんとかなるだろう。

 魔術の過度な使用で、川が氾濫しないかだけが心配だ。

 綺麗な水はユノレルの魔術で用意できる。


 火は俺の魔術で起こせるから、点けた火を維持するだけの木々だけが必要だ。

 森の中を歩き、使えそうな枝木を集めていく。

 一人で集めることのできる量には、限りがあるから野営地を何度か往復する必要がありそうだ。


「見つけた」


 振り返ると額に汗を滲ませたルフの姿。


「水浴びはどうした?」


「後でいい。枯れ枝集め手伝ってあげる」


「……熱でもあるのか?」


 珍しく気の利くルフに思わずそう言ってしまった。


「正常よ! 黙って手を動かしなさい!」


 怒ったルフが枯れ枝を集め始める。手伝ってくれるのは非常にありがたいが、どうゆう風の吹き回しなのだろうか。


「のんびり休んでていいんだぞ」


「あんたを一人にしたらまた厄介事に巻き込まれるでしょ」


「厄病神扱いはやめろ」


 ルフが小さな舌をベッと出して、挑発してくる。

 今思うとこうしてルフと二人っきりで話すのは久しぶりだ。

 人魚の国に言ってからは、色々なことに時間をとられて、常に俺は誰かと居る状態だった。

 二人で枯れ木を集め終わり、野営場所に戻る。


 ユノレルとソプテスカはまだ戻っていなかった。

 水浴びをした後に、体が冷えるのもよくない。

 集めた枯れ木を固めて、火の魔術を放つ。

 勢いよく舞い上がった赤い炎。


 後はこれに残りの枯れ木を入れていくだけである。

 俺の仕事も終わりだ。

 そう思って、焚火のすぐ傍に腰を下ろした。

 あとは寝るだけだ。そんなことを思いながら、月を見上げた。

 

 蒼い月は今日も俺たちを高い場所から見下ろしている。

 この世界の昔の人たちは、月に関して何か不思議に思わなかったのだろうか。

 そんなことをぼんやりと考えていると、ルフが隣に腰を下ろし、左の肩に身体を預けて来た。


「どうした?」


「は、恥ずかしいから、何もしゃべらないで!」


 そう言う彼女は確かに耳元まで真っ赤になっている。

 俺が適当にセクハラしようとしたら、いつもは嫌がるくせにルフから近づいて来るとは予想外だった。

 とりあえず、今はこの状況を楽しむためにされるがままを選ぼう。

 そう思って、焚火の炎を見つめる俺の脇腹をルフが抓った。


「いたっ。なんだよ?」


「別に―。可愛い女の子に囲まれて嬉しそうだなーって」


「だとしたら、その中にお前も入っているから安心しろ」


 笑いながらそう返すと、今後は握りこんだ拳が脇腹に突き刺さった。


「おいっ、暴力はダメだろ」


 俺の言葉に何も返さず、ルフはジッと見つめて来る。

 火の明るさに照らされ、揺れる桃色の瞳で。

 怒っているかなと思ったが、こうして至近距離で瞳を見ると、何故か彼女が不安になっていることが分かる。

 

 次のいく場所には神獣の子が居る確率は低いだろう。それに、俺とユノレル、新しい弓を手にしたルフが居れば大概の事態には対応できる。ルフが抱える不安が『何に』対する不安なのか今の俺には分からなかった。


「あんたのだらしない所は、今に始まったことじゃないもんね」


「お前の素直じゃない所もな」


「……あんたに言われたくない」


 口を尖らせるルフ。

 頬を撫でる夜風に交じって、木々の揺れる音が聞こえる。

 俺とルフの間に流れる沈黙。

 くだらないやり取りも好きだけど、こうゆう静けさも悪くない。

 他の奴だったら、気まずそうだけど。

 

 そう言えば、最近は神獣の子に関する話を全く聞かない。

 世間では人魚の神獣の子であるユノレルが、海都を襲撃したのが神獣の子に関することで最後となっている。

 ベルトマーは相変わらず狼の国で元気にしているらしい。


 俺たちが人魚の国に行っている間に挨拶と言う形で、竜の国に訪れたベルトマーが王様にそう言っていとのこと。

 封鎖的で他国には頼らないことが多かった狼の国では珍しい事だった。

 これも、エレカカさんが後ろで支えている影響だろう。

 

 残りの神獣の子は天馬と淫魔の神獣の子。

 その二人も、親である神獣の特徴を受け継いでいるとしたら、厄介極まりない。神獣の中でも特殊な能力を持つ二体の神獣の子供。

 敵に回したら面倒だ。出来るだけ平和的な形で会いたい。


 この手を血で染める覚悟はある。

 しかし、それはどうしようもなくなった時だけだ。

 それに、本気で神獣の子を殺す為に力を使えば街が滅ぶ。

 それも出来るだけ避けたかった。


「誰のこと考えてたの?」


 沈黙が破ったルフの言葉。

 心なしか棘があるのは何故だろうか。


「他の神獣の子のことをちょっとな」


「ユノレルみたいに取り込む気?」


「おい。言い方が悪いぞ。俺がクソ野郎に聞こえるだろ」


「だって、そうじゃない! あたしには冷たいくせに、他の女の子には優しいじゃない!」


 そう言えば、以前お酒が入った泥酔モードのルフが同じことを言っていたような気がする。もしかして、こいつは俺が最近ユノレルに構ってばかりで拗ねていたのだろうか。

 久しぶりにからかってやろう。


「俺が冷たいのはルフだけだ」


「クッ……そんなこと言っても騙されないんだからっ、あたしこと嫌いならそう言って!」


 どうやら、俺が思っていた以上に彼女は事態を重く受け止めていたらしい。

 ただ残念ながら、嫌いな奴とずっと一緒に旅を続けるほど、俺の心は広くない。


「アホか。嫌いな奴なら、わざわざ親御さんの前から連れ出すかよ」


 ルフの方に視線を向けると、潤んだ瞳で上目遣い。

 珍しく女の子らしい仕草に、不覚ながらグッと来てしまった。

 女子力皆無のルフなのにだ。


「ホント……?」


「当たり前だ。たまには俺を信じろ」


 自然とルフとの距離が近づく。

 この時、俺の頭の中には神獣の子のこととか、今から向かう忘却の都のこととか色々なことが抜けていて、目の前居るルフのことで頭がいっぱいだった。

 だから、当然。ここに居るのは俺たちだけじゃないってことを忘れていたわけで……


「ルフがユーゴさんとイチャついてる!?」


「ズルいよ! 私も構ってユー君!」


 水浴びから戻って来たユノレルとソプテスカがそう叫んだ。

 見つかったことに恥ずかしくなったのか、ルフがもの凄い勢いで離れた。

 二人に詰め寄られるルフは顔を赤くしながら「違う! 違うの! これは……その……」と支離滅裂なことを言っていた。


 女性陣のことは放っておこう。

 俺が関与するとロクなことにならない。

 ただ、色々と少しだけ残念だとは思った。


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