第55話 天薬草
夜通し宴をした次の日は身体が重い。
竜の国の王都に戻り、欠伸をかみ殺しながらそう思った。
城から歩いて少しの場所にある、騎士団の訓練場。
その端に座り、心地のいい日差しを浴びれば眠くなるもの仕方がない。
現に、ユノレルは俺の膝上に頭を置き、昼寝中である。
「眠そうですね」
隣に座るソプテスカが俺の顔を覗き込んできた。
「昼寝をするには最適な環境だしな」
「それなのに、ルフは元気ですね」
「全くだ」
二人して目の前で身体を動かしているルフを見てそう思った。
俺たちの目の前では、片手剣を両手に逆手で持ったルフと、竜聖騎士団の人気者で、頭に猫耳をつけた獣人であるフォルが片手剣を手に訓練していた。
「ルフさん。もっと早く予測しないと怪我するよ?」
「体で覚えるから大丈夫。来い!」
歳はフォルの方が下とはいえ、剣に関して言えばフォルの方が圧倒的に上だ。得意分野と苦手分野での比較だから当然である。
竜の国へ帰国後、何故かルフは毎日訓練を欠かさない。
それも、何故か苦手な近距離武器の訓練をだ。
理由を聞いても「あんたに言うことじゃない」と返される。
ルフが言いたくないのなら、俺から言及することはない。
「そう言えば、ユーゴさん。最近の噂知っています?」
眠気で意識が遠くなった頭で「なにが?」と気の抜けた返事をする。
目の前では、ルフとフォルが剣を打ち合っていた。
彼女たちの剣が交わる度に、『キン!』と金属が響く。
「原因不明の感染症が流行っているようです。昨日の村でもユノレルさんの治癒魔法でも、治らない人たちが居たとか」
ソプテスカが言うには、その感染症にかかると数日は熱と身体の痛みで動くことが出来ないらしい。
治癒魔法で感染症を治せるかどうかは、使用者の技量による。
神獣の子であるユノレルでも治せないレベルの感染症。
普通の治癒師による回復は見込めなさそうだ。
「薬か何か対策はないのか?」
治癒魔法で完治しない病気や感染症は、薬草などから作った薬で大概は対処できる。症状に合わせた薬草を使えば、問題はない。
「それが。普段手に入る薬草では難しいそうです。『天薬草』の数があればなんとかなると思うんですけど……」
ソプテスカが少しだけ視線を下に落とす。『天薬草』は別名、『万能の草』と言われる草だ。天薬草から作られた薬は全ての病気に効く。
まさに万能薬となる薬だが、その分入手できる数も少なく、普段は絶対に見かけることはない。
「全く手に入らないのか?」
「ある場所が場所ですから。それにギルド本部も今は、他国に冒険者を派遣しづらい状況ですし」
ソプテスカが小さな声で教えてくれた。
もしも天薬草が必要な時は、ギルド本部から腕利きの冒険者たちを派遣してもらい、少量ながら回収へと向かっていた。
ギルド本部の戦力が低下している今の状況では、腕利きの冒険者をすぐに用意してもらうのは難しい。
「どこにあるんだ? 天薬草って」
「忘れた土地、通称『忘却の都』です」
「また面倒な場所だな」
竜の国・淫魔の国・天馬の国の境目にあるその場所は、完全なる無法地帯として有名だ。その中ではルールは何もない。
『咎人』と言われる現地人が徘徊しており、弱肉強食の原始の世界。
商人たちも寄り付かない見放された場所である。
何故、そこまで人から敬遠されるのか。
もちろん『咎人』と呼ばれる現地人の影響もあるが、最も大きい影響は『とある魔物』の住処と言われているからだ。
神獣ではない。しかし、世間的には住処がハッキリしている魔物の中で最も強い魔物。忘却の都に入り、命からがら生きていた者たちの証言からその魔物の強さに関して、人々はこう言う。
――最も神獣に近い魔物だと……
神と崇められる世界最強の五体の魔獣に、届くのではないかと言われるほど強さ。この話は王都に出て来てから、噂好きの商人から聞いた話なので、その魔物に関して竜の神獣からは何も聞いていない。
「まぁ、行ってから考えるか」
俺の膝を枕にして昼寝するユノレルの髪を撫でる。
こっちには神獣の子が二人居るし、最悪の事態は避けられるだろう。
その魔物がいくら強いと言っても、神獣に匹敵するだけであり、神獣よりも強いわけじゃ無い。それにその魔物を倒すことは今回の目的ではない。
なんとかなる。呑気にただ漠然とそう思った。
「……やっぱり、ユーゴさんって神獣の子ですか?」
「さぁ? ご想像のお任せするよ」
横を見るとソプテスカが頬を膨らませている。
彼女には神獣の子だとは言っていない。
言わなくても、彼女はもう気づいているし、最近はどこまで騙せるのか試したくなってきた。
俺の性格が悪いとは思いなくない。
ちょっと悪戯心に火がついただけだ。
「忘却の都には私も行きます!」
「いやいや、ソプテスカに何かあったら俺の首が飛ぶから」
「自分の身くらい自分で守れます!」
プイッと顔を横に向けた。
どうやらご機嫌斜めらしい。
「じゃあ、また黙って出て行くよ」
「どうしてそんなにイジワルするんですか!?」
最近の俺の中での流行は、ソプテスカをからかうこと。
反応がルフと違ってまた面白い。
黙って出て行くかどうかは別にして、連れて行って国王に怒られないかな。
俺としては、来たいのなら連れて行ってもいい。
危ない事からは、俺が守ればいいだけだ。
「冗談だ。国王様の許可が下りれば全然構わないよ」
「ユーゴさんと新婚旅行に行くと言えば大丈夫です。連れていってください」
「俺には何が大丈夫なのか理解できないんだが?」
むしろ国王から変なプレッシャーをかけられそうで怖い。
そんなことを思いながら、ルフとフォルの訓練を見つめていた。
「今夜出るのか?」
「おう。馬で行く」
行きつけの居酒屋。
目の前に座るダサリスに短くそう答えた。
忘却の都に行くにあたって、景気づけにダサリスを誘って飲み始めた所まではよかった。久しぶりに静かに酒を口に出来るとそう思っていた。
しかし、突然店にルフとユノレル、そしてソプテスカまでも来てしまい。
結局、宴会になってしまった。ルフに「どうした?」と聞いたら、ユノレルが俺の姿を見つけられず焦った所を、ルフが「どうせいつもの所で飲んでるわよ」と連れて来たらしい。
「ユー君。ホントに心配したんだから!」
俺の隣に座るユノレルが左腕を掴んで抗議してくる。
目の前に座るダサリスの視線が痛い。「お前はまたか……」と言われているような気がしてならない。
「悪い、悪い。でも多分よくあることだから慣れてくれ」
「行くとは私に一言言ってね。勝手ダメだよ」
「はいはい」
ユノレルの言葉を右から左に流し、手に持ったエールに口をつけた。
この後、馬に乗って出て行くから、飲み過ぎはよくない。
それでも、身体がアルコールを欲していた。
「ちょっと。ユノレル、ベタベタし過ぎでしょ」
まだ酔っていないルフがユノレルに指摘。
その指摘にユノレルが小さな舌を出す。
「妻が旦那に抱き着く何が悪いの?」
「寝言は寝て言いなさいよ」
ルフの放つオーラが怖い。
俺なら全力で謝る道を選択するが、ユノレルは一向に引く気配がない。
「私より胸の小さいあなたに興味ないの。ユー君は」
「大して変わらないでしょ!」
「それなら私が一番ですよね!」
今度はソプテスカが後ろから覆いかぶさる形で抱き着いて来た。
確かに、胸の格差を格付けするのであれば、ソプテスカのコールド勝ちだ。
ただ、まるで俺が胸しか見ていないクソ野郎な言い方はやめて欲しい。
それとソプテスカが重い。
「ソプテスカ。重い」
「乙女にひどくないですか!?」
「ベッドで前も思ったけどお前に乗られると重いんだよ」
根も葉もない冗談。俺としては「何言っているんですか!?」とか返ってくると思っていた。しかし……
「もうっ、それは二人の秘密です♪」
口に含んでいたエールを吹きそうになった。
そうだ。こいつはノリが良いことをすっかり忘れていた。
「ねぇ……ユー君?」
左腕をギュッと掴むユノレルが怖い。
振り向きたくないけど、向かいなと俺はきっと死ぬ。
「どうした? 冗談だぞ? だから、その魔力抑えてくれない?」
「ユノレル! このバカは平気でそういうこと言うの! あんたもいい加減慣れなさい!」
ルフがまるで自分は慣れていると言いたげだが、ちゃっかり俺に抱き着いていたソプテスカを引き剥がし、押さえつけていた。
「ユー君についた汚れを私が落としてあげるね」
ユノレルが虚ろな瞳で呟く。
やばい。完全にスイッチが入ってしまっている。
今から何を殺す気なんだと言いたくなるほど、ユノレルの魔力が高まっていく。このままじゃ店どころか、王都が甚大な被害を受ける。
「私のユー君……私の……」
「ユノレル。落ち着こう……な?」
ビビりながらユノレルの頭に手を置き、撫でてやると魔力が徐々に収まっていく。どうやら、落ち着きを……
「ユー君がキスしてくれないと、街を吹き飛ばすもん」
取り戻していなかった。
頬を膨らませて、拗ねる姿は可愛いが、言っていることが物騒すぎる。
しかも、こんな面前でキスしろなど公開処刑でしかない。
「してくれないの……? 仕方ないね……この街、吹き飛ばして二人で何処かひっそり暮らそうね」
「よし。後でしてやるから今は落ち着こう」
「やだっ。今がいいっ」
ちょっと冗談言っただけでこれか……
最近、気がついたことだが、ユノレルは少しヤンデレと言うか、時々とんでもない行動に出ようとする。
最初は話が飛躍するだけかなと思っていたが、この前は街中で女の人に道を聞いただけで「ちょっと、あの女殺してくるね」とか言ったりしていた。
その時は二人だったので、収めるのは簡単だったが……
「恐喝です! ズルいです! 私もしたいです!」
「あんたは、ややこしい時にしゃべるなっ」
暴れるソプテスカをルフが押さえつける。
上目遣いでこちらを見つめるユノレル。
横目でダサリスを見ると、「早くしろ」と言いたげな雰囲気を出していた。
街を守る為だ。仕方がない。
俺はユノレルを抱き寄せ、彼女の口を塞いだ。




