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第54話 最近


 樹齢百年はあろうかという巨大樹の森。

 その中を俺は木の枝から枝へ飛び移り、移動していた。

 人魚の国のような、潮の香りのする国も悪くない。

 それでも、やっぱり育った竜の国特有の森の匂いは何処か安心する。

 例え背後から魔物が襲って来ていたとしてもだ。


 後ろを振り返ると、グールの群れが追いかけて来る。

 屍鬼種に分類されるこの魔物は、血の匂いに敏感だ。

 腐敗した身体で手と足を使い、四足歩行で動く姿は嫌悪感を抱かせる。

 木を器用に登り、俺の後を追いかけて来る理由は、俺が獣の血の匂いが付着した小袋を腰にぶら下げているからだ。


「そろそろか……」


 木の枝に着地する。

 それと同時に足に溜めた魔力を解放した。

 真上へと飛び、一瞬の加速でグールの群れを振り切った。

 そして、俺の居た場所の木の枝にグールの群れが着地する。

 

 俺も姿を見失ったグールたちの足が止まった。

 そんな魔物たちに、魔力で生成された蒼い半透明の矢の雨が降り注ぐ。

 遠くから狙いすましたルフの一撃。破弓と名付けられた弓を手にしてから、最近では、広範囲攻撃はルフが担当していた。

俺とユノレルで広範囲を攻撃すると、色々と周りを巻き込んでしまうからだ。それに、破弓の威力と汎用性は凄まじく、魔力の込め方次第で、広範囲も高威力の一撃に変更することも自由自在だ。

ルフの元々の腕との相乗効果で、最近の魔物討伐には欠かせない。


 ジャンプして自由落下する俺の足元に、半透明の足場が出現する。

 ルフと一緒に居るユノレルが発動した結界だ。

 結界を地面と平行に展開すれば、一時的にだが空中で足場を創ることが出来る。ユノレルがそう教えてくれた。

 ただし、発動と維持は難しい為、普通の人は発動しても人が乗る時間、展開し続けることは不可能である。

 ユノレルですら、数分足場とし展開するのが精一杯だ。


 展開された結界に着地して、瀕死のグールたちを見下ろす。

 トドメに火の魔術を発動させようとしたら、俺の周りに水の槍が出現した。

 その槍はそのまま、木の枝ごと瀕死のグールたちを貫いた。

 足場となっていた結界が消えて、身体が落下して、地面の上に着地する。


「まぁまぁね」


「ユー君! 囮、ご苦労様!」


 俺の両隣にルフとユノレルが着地した。

 彼女たちに「ご苦労様」と返し、耳を澄ます。

とりあえず、邪魔となるグールの群れは排除した。

 後は合図を待つだけだ。


 遠くでバキバキと木々の倒れる音。

 今回俺たちが、ソプテスカ(やんちゃなお姫様)から依頼された魔物に、操られた獣たちが移動した音だ。


「よし。ここから別行動だ。二人は村で待機しているソプテスカと合流後、村を襲う獣たちを倒してくれ」


「りょーかい」


「ユー君の為に頑張るね!」


 二人が近くの村へと移動を開始した。

 村には現在、ソプテスカが結界を張って待機している。

 深い森の中にひっそりと作られた小規模の村だ。

 被害を出さない為にも、万全を期したつもりだった。


 そんなことを思っていると、今回の討伐対象の魔物が森の奥から姿を見せた。

 人型で身体は木々で寄り集り出来ている。鹿のような顔に長く鋭い角が逞しく生えていた。『レーシェン』と呼ばれる魔物で『依存種』に分類されている。

 森の中の獣を操り、木々と土を自在に操る魔物で、森の精霊たちが怨念によって姿を変えてしまった魔物だ。

 今頃、レーシェンの操っている魔物は村を襲っているはず。

 知能が高い『依存種』たちは討伐が面倒だ。


 その知能の高さゆえに、囮や罠と言った高度な狩りをすることもある。

 だから、一応ソプテスカを村に残し、結界で村を覆ってもらっていた。

 そしてメインであるレーシェンを討伐するのが、俺の役目だ。


 相手が動いた。

 木で作られた右腕を地面つく。

 土が隆起し、鋭く尖った木の根たちがこちらへと伸びて来た。

 蛇のように柔らかく撓る、木の根たちを後退しながら回避する。

 どこまで追いかけて来ることから、回避しても無駄だったと悟った。


 ダガーを二本手に取る。

 直接投げるには木の根が邪魔で、相手には当たらない。

 そこで、まずは一本だけ斜め上に投げる。

 その後に続いて投げたもう一本で先に投げた方を狙った。

 空中で二本がぶつかり、一本目が空中で方向転換して、レーシェンを頭上から襲う。攻撃に気がついたレーシェンが風属性の魔術を発動させ、ダガーに向かい風を当てて失速させた。

 勢いを失ったダガーが地面にポトリと落ちる。


 攻撃は防がれたが、木の根が止まった。

 その隙を見逃さず、地面を蹴る。

 俺に伸びた木の根をすり抜け、レーシェンとの距離を潰す。

 戦いを引き延ばすと厄介かもしれない。

 一撃で決める。


 右腕全体に火の魔術を定着させる。

 そして、それを掌に集め、片手で握れるサイズの小さな赤い火球を作り出す。

 威力は落ちるが、周りに被害をもたらしにくい、新しい技だ。


「じゃあな」


 火球を生み出した掌を相手に向けて伸ばした。

 レーシェンの身体に触れたと同時に、炎の竜巻が相手の身体を襲った。













 森の中にある村に戻ると、狼や熊の死骸が村の周りに転がっていた。

 どうやら、ルフとユノレルが討伐した獣たちの死体らしい。

 村の中では既にユノレルが治癒魔法を使い、村人たちの治療を始めている。

彼女の前には治療を待つ人々が並んでいた。

 早急な討伐が必要だった為、魔物と獣が村に与えた被害はまだ確認していない。帰り際に狩った猪を降ろし、村の中へと入る。


「ユーゴさん! 大丈夫ですか!?」


 橙色の髪を揺らし、ソプテスカが近づいて来た。


「おー、レーシェンは倒して来た。ソプテスカも結界ご苦労様」


「ユーゴさんが連れて来たあの蒼髪の子のおかげで、楽でしたよー」


 ソプテスカが拗ね気味に言う。

 俺たちが人魚の国から帰国した時、ユノレルの姿を見て、一番機嫌を損ねていたのは彼女だ。

 法術を得意とする者同士、ライバル心でもあったのだろうか。


 二人とも基本となる結界に加えて、ソプテスカは罠系統の法術、ユノレルは治癒魔法が得意だ。そんなに拗ねなくても十分凄い。


「ユーゴ。その猪は何?」


「宴の食糧だ」


 親指をグッと立てて応えた俺にルフがため息。

 被害はまだ確認していなが、村人たちはみんな病的に細い。

 ここ数カ月にわたる、レーシェンの被害で狩りも進まず、怪我人も増えていくせいで畑仕事も進んでいないらしい。

 今日くらいは肉を食べて力をつけないと、明日からやっていけないだろう。


「とりあえず。俺は後処理してくるから」


「はいはい。いってらっしゃい」


 ルフがそう言って、俺のホルスターからダガーを一本手に取る。

 猪の血抜きと解体をしてくれるらしい。


「頼むから食べ物にしてくれよ」


「そこまで不器用じゃないわよ!」


 ルフの的確なツッコミ。

 まぁ、肉を切り取るくらい大丈夫だろう。

 宴の準備はルフに任せて、俺は村の外に広がる獣の死体へと向かう。

 目的は当然、血の匂いごと死体を処理するためだ。

 せっかくグールを討伐したのに、また集まって来られてはキリが無い。


「ユーゴさん」


 後ろから呼ばれ、振り返ると何故かついて来たソプテスカの姿。


「ルフと一緒に残らなかったのか?」


 地面に寝転がる狼の死体に火を放つ。

 腰くらい木の柵で仕切られた村の周りを歩き、目につく死体たちに順番に火を点けていった。


「切るのはルフに任せました。それより! なんで女の子が増えているのですか!?」


「まぁ……あれだ……色々あったんだ」


 頬を掻きながらそう答える。

 竜の国帰国後、国王の頼みもあって、魔物の討伐関係の依頼を多くこなしていた。そのせいでソプテスカと会う時間が取れなかった。


 今回だって、依頼主だからと強引について来た。

 万が一何かあったら、俺は王女に怪我をさせた張本人だ。

 責任を取れる気が全くしない。


「最近は私には冷たいですし」


「仕方ないだろ。ギルドも色々とゴタついているんだから」


 魔物討伐依頼の少ない竜の国で最近、俺たちが連日魔物討伐をする理由。

 主な理由はギルドの戦力が低下したことが原因だ。

 狼の国で起きた内戦の際に、ベルトマーが上位冒険者たちを皆殺しにしたこと、ユノレルが海都を襲撃したせいで、ギルド側の名のある冒険者たちは極端に数を減らした。


 今は他国に戦力を回す余裕ない。

 ギルド内の戦力整理が先決らしい。

 そこで、竜聖騎士団が竜の国に広く展開し、魔物たちの情報収集。

 問題がありそうな箇所を俺たちが叩く。

 その繰り返しだった。

 ずっと竜の国内を行き来しているので、最近はダサリスとも長いこと王都で飲んでいない。


「それにルフと何があったのですか?」


「何もないよ」


「絶対に嘘です! 私の目は誤魔化せません!」


 頬を膨らませ俺の顔をジッと見つめるソプテスカ。

 俺の心境には変化があったが、ルフとの関係に変化はない。

 相変わらず冗談が通じず、怒らてばかりだ。


 ソプテスカの視線に肩を竦めた。

 獣たちの死体も焼き終わり、村の中へと戻る。

 ルフが血だらけになりながら、猪と格闘していた。

 今日の宴の席で肉が出るか少し不安になる。「あれ……? ここじゃないのか……?」とか呟いているので、今は話しかけない方がいい。

 集中を邪魔すると申し訳ない。


 ルフの横でユノレルが興味深そうに猪の解体作業を眺めていた。

 孤島で育ち、その後は海都で過ごした彼女にとって、森の中でのサバイバルは全てが新鮮らしい。最初は野宿が出来ずに寝不足に陥っていた。

 最近では、魔物討伐のついでに寄った村々で怪我人の治療で感謝されることもいい。そのお蔭で、人と触れる楽しみを覚えているようだ。

 とりあえず、ユノレルの対人経験が増えているようで一安心。


 村に西日が辺り、木で造られた家の壁が茜色に変わる。

 今日はこの村に泊めてもらうことになりそうだ。

 それとも、夜通しで宴をするか。

 俺としてはもちろん後者希望だ。


 楽しみだ。そんな気持ちを胸に、ルフの解体作業を眺めていた。


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