第50話 野次馬と調べもの
ルフから愛用の外套を返してもらい、ついでに仕立屋で新しい服を購入した。以前の物は、ユノレルとの戦いでボロボロになってしまったからだ、
半そでのチュニックと草色ズボン。
新調された服は少し布が固い。
馴染むにはもう少し時間がかかりそうだ。
値段を支払い、店の外に出ると、野次馬のように人が集まっていた。
どうやら、必要以上に注目を集めているらしい。
向けられる好奇の視線に、やめてくれと言いたいが、今俺を最も悩ませているのは、目の前で睨みあう二人の女の子だ。
「私のユー君って、どうゆう意味よ?」
「そのままの意味だよ。ルフちゃんこそ、ユー君の悪口言ってたくせに」
こいつら友達じゃなかったのかよ。
お互いに火花を散らすユノレルとルフにため息。
まずユノレルの態度が一変したことが想定外過ぎた。
ちょっと褒められるだけで、男に好意を向けるのはどうなのだろう。
そんなことだから、悪い男に騙されるのだ。
男を見る目が無いとは思っていたが、ここまでチョロいと心配になる。
育ての母親である人魚の神獣ユスティアが、心配して俺に預ける気持ちも少し分かるような気がした。
どこかで、俺の元から離れてもらうとして、今彼女に必要なのは対人経験だ。
ルフとのやりともそれの一環と言うことで、放置していた。
しかし、周りが俺を巡って争っていると勘違いして、必要以上の注目を集めている。どこかでノンビリしたい。それにレアスに頼みたいこともある。
今の状態でレアスの元に行ったらどうなるか。
想像するだけでも恐ろしい。
それに、レアスも俺のパートナーだとか血迷ったことを言っていた。
男に身体を許すような金の稼ぎ方をするなと意味も込めて、かなりの金額を渡したはず。まさか、まだ俺から金を搾り取る気だろうか。
良い金づるとか思われてんのかなぁ。
とりあえず、レアスを探すか。
日中の時間。
海都の襲撃後でも学院は授業を行っているのだろうか。
「それよりもユーゴ! あんたを見つけたら屋敷に連れて行くように言われるの! 早く来なさい!」
「家にユー君を誘って何する気!? ベッドに押し倒して、服を脱がせて何する気!?」
ユノレルの脳内はどうなっているのだろうか。
家に誘うとベッドに押し倒すが結びつくのが早すぎる。
「ユノレル。もう二工程くらいおかないとダメだ。まずは胸を触るとか……ぐっ!」
ルフの右ストレートが久しぶりに俺の顔面を捉えた。
そして、顔を赤くして叫ぶ。
「どうしてあたしがユーゴを襲うのよ!」
「ユー君を襲っていいのは、私だけなの!」
悪ノリする暇も与えてもらえない。
暴走するユノレルには、後でちゃんと言っておこう。
周りの人たちの視線が結構つらい。
注目を集めるのは、何かと不便なことが多い。
「ルフ。後で屋敷に顔出すから先に戻っておいてくれ」
「あたしは邪魔ってわけ? そう……ユノレルとそんなに一緒に居たいんだ」
心なしか何時もよりも言葉に棘がある。
「分かった。じゃあ、ユノレルも連れて行っていいぞ」
「私たちもう終わりなの!?」
俺の左腕を掴んで、ユノレルが聞いてくる。
ダメだ。めんどくさいとか思ったらダメだ。
俺は一応、任された身なんだ。
どういう対応をするべきなのか、ユノレルに教えるのも俺の役目。
自分にそう言い聞かせて、ユノレルの手を左腕から離した。
「男が一人になりたい時は、黙って見送るのが良い女だぞ」
「……分かった。妻として帰りを待つ……」
口を尖らせるユノレル。
「妻って何!?」
ルフよ。俺が聞きたい。
いつの間にか、ユノレルは俺の妻で居る気らしい。
まずいぞ。本当に俺は彼女から解放されるのか不安だ。
浮気だとか言って、街を攻撃し始めないだろうな。
心配事は尽きないが、ルフがユノレルの腕を掴んだ。
「ほら。行くよ」
「ユー君! 助けに来てね!」
「あたしは悪者か!」
ルフがズルズルとユノレルを引きずっていく。
姿が見えなくなるまで、とりあえず手を小さく振る。
周りの野次馬もそれに合わせて散ってくれた。
これでやっと落ち着ける。
疲れた。そう呟き、思わずため息が零れた。
「モテる男は大変ねー」
聞き覚えのある声。
振り返ると学院の蒼いブレザーを着たレアスが居た。
「いつから?」
「最初から。人が集まって何かと思えば、英雄のユーゴさんじゃありませんか」
ニヤニヤしながら、レアスは俺を指さす。
こいつ……楽しんでやがるな。
「勝手に英雄に祀られて困ってんだ」
「ギルドマスターの娘に、他の女の子に手を出すなんて……妬いちゃうなぁ」
レアスが近づき、上目遣いで俺を誘惑してくる。
こいつはホントに何を考えているのか分からない。
「はいはい、もういいから。親が悲しむぞ。もっと真っ当な手でお金を稼ぎなさい」
「あら? 私、バイト始めたのよ」
「また変なバイトじゃないだろうな」
「普通の飲食店よ。もう、男と寝るのは終わり。この身体はユーゴさんの為だけにあるんだから♪」
ウィンクをしたレアスを華麗にスル―して、コホンと咳をする。
もうこいつは放っておこう。さっさと本題に入るべきだ。
「学院の図書館って使えないのか?」
「図書館? 申請すれば大丈夫だよ。館長を適当に誘惑すれば楽勝だし」
「誘惑はダメだ。ちゃんと申請しよう」
「独占欲~? もうっ、心配しなくても、私の身体はユーゴさんだけの物だから大丈夫♪」
一人で盛り上がるレアスをスルーして、俺は学院に向かって歩き始めた。
レアスは後から「待ってよ」と後をついてくる。
「学院になんの用?」
「……教団を率いていた男が変貌した薬覚えてるか?」
「あれねー。どこから仕入れたんだろうね」
「あれを学院で調べようと思って。あと神獣たちに関することも」
「あの液体に関しては、淫魔の国で出回ってないか調べようか?」
横に並んだレアスが提案してきた。
最初に頼もうとしたことだが、色々考えてやめるつもりだった。
情報を嗅ぎまわる最中で、何かに巻き込まれるもの目覚めが悪い。
知っているかどうかだけ聞くつもりだった。
「厄介な男たちに頼まないだろうな?」
「その辺は大丈夫♪ 言うこと聞いてくれる人はいくらでも居ますから」
「無理はするなよ」
「その時は助けに来てね♪」
彼女を見ると、眩しいくらいの笑顔。
適当に「はいはい」と返事をすると、脇腹を軽く抓られた。
「なんだ?」
「そこは『任せとけ』でしょ!」
「はいはい。お任せ下さいお姫様」
「よろしい♪」
軽いノリで返したのに、レアスは満足したのか、鼻歌を歌いながら俺の前を歩く。ホント、何考えているのかサッパリ分からない。
ただ偽物の神獣の子と人魚攫いを捕まえることが出来たのは、彼女の助力が大きい。情報を提供してくれたのは感謝している。
レアスが足を止めた。
どうやらここが学院の校舎らしい。
石造りの柱と開けるのに何人必要なのか考えたくもない金属の門。
魔力を感じるから、普通の鉄と違うらしい。
下の方に小さな扉がつけられており、普段はそこから出入りしているようだ。
柵の向こう側では、レアスと同じ制服を着た生徒たちの姿が見えた。
レアスが衛兵に近づき、事情を説明すると一枚の紙を貰う
内容に目を通すと、俺はレアスの家族と言う設定になっているらしい。
「ほら行くよ」
レアスの後に続いて、学院の中へと入る。
緑の芝と整理された石造りの道。
二階建ての木製の校舎の横に、三階建ての塔のような建物がある。
レアスに聞くと、塔のような建物が図書館で、寮はさらに奥にあるらしい。
変にうろつくと怪しい奴だと思われるかもしれない。
用事はさっさと済まそう。そう思い、レアスには図書館まで案内してもらう。
塔の中に入ると、膨大な数の本が並んでおり、本を手に取り勉強する生徒の姿も見える。
三階建ての塔の内部は、天井まで吹き抜けになっており、各階に本がびっしりと並んでいた。さすが学院の図書館。
紙ベースでこれだけの情報がある場所はそうないだろう。
「さてっと……目的の本はどこだ?」
「う~ん……魔力が人体に与える影響とその変異……それと神獣に関する歴史と考察か……こっちだよ」
レアスがスタスタと歩き始める。
迷いなく歩き彼女は二階へと繋がる階段を上り、本の並べられた棚の間に入って行く。
「あった。ここが神獣に関する本。残りの本も適当に持ってくるね」
「ちょっと待て。もしかして全部場所を覚えてるのか?」
「授業やテストに出るし、どの本が何処に居るかぐらいは皆把握してるよ?」
当たり前だと言わんばかりの表情のレアス。
学院の生徒って頭が良いんだと勝手に感心した。
彼女が「人を探すには広いから動かないでね」と念押しして、本を取りに去って行った。ここは彼女の言う通りにしようと、本棚に並べられた本を見る。
今更、神獣に関することを調べに来た理由。
それはとある有名なおとぎ話を読むためだ。
神獣が神と崇められるようになった有名な話。
人間の世界では古くからの言い伝えとして残っているらしいが、父さんたちはその内容まで知らないらしい……と言うよりも、あまり興味無さそうだった。
父さんにいたっては「チヤホヤしてくれたらなんでもいい」と欠伸交じりに言うくらいだ。
神と崇められる割に、神獣たちには威厳が足りないような気がする。
父アザテオトル、人魚の神獣ユスティアを見た俺個人の感想だけど。
「お……」
本棚に一つだけ興味を引くタイトルの物があった。
そのタイトルは『神獣と古き血脈』というタイトル。
神獣とその子供である俺たちを感知できる、『古き血脈』との関係性が分かるかもと手に取った。
太い本の中身を開くと文字の羅列。そして、その最初の方におとぎ話が書いてあった。
『遥か海の向こうから闇がやって来た。
闇は人々に恐怖、死を、絶望を与えん
人は助けを口にし、祈りを捧げた。
これに応えしは五体の魔獣。
竜、狼、天馬、人魚、淫魔。
後に我ら人間、この五体を神獣と呼ぶ。
人間たち、神獣共に闇を払い、光をもたらす』
全く意味が分からなかった。
多分、人間の脅威となる『何か』から、神獣たちが人間を守った話だと思う。
父さんも「昔は人間も可愛い奴が多かった……ような気がする」とか言っていた。人間を救ったことから英雄視され、神と崇められるようになった。
本にもそう書いてあった。そこまではおとぎ話から誰でも察することが出来る。面白いのはここからだった。
実は各地で言い伝えられている神獣の特徴を分析すると、『近い種』は存在しない。つまり、神獣は当時から生息していた魔物ではなく、突然現れたと言う結論になるらしい。
そして、この世に分類されている魔物の中で一部分類不能の魔物たちが存在している。共通の特徴は、人型で甲冑を身に纏っていること。
その人型の魔物が現れる所には、特殊な魔物が出現することが多く。
人型たちの魔物も獣人や亜人とは違う進化を遂げており、突然現れた種らしい。その人型魔物たちは『神族種』と本では呼称していた。
生物の進化の過程ではなく、突如現れた神の使いと言うわけだ。
多分、狼の国で戦った『砂漠の主』はこの『神族種』に分類されるのだろう。
そして、それらに付随して現れる特殊な魔物がサソリ型の『砂漠の獣』と言うわけだ。
神獣の謎を解くには、『神族種』との関係を調べるのが早いと書いてあった。
お互いが、この世界にポツンと現れたイレギュラーな存在。
無関係なわけがないと本は書いてある。
本をパタンと閉じて、本棚に戻す。
神族種か……そう思って、本のタイトルをもう一度見た。
そして、思う。古き血脈関係ないじゃん……




