第49話 出会いと別れと運命と
「歓迎するわ。アザテオトルの息子さん」
人魚の神獣ユスティアが湖を泳いで、こちらに近づいてくる。
俺とユノレルが居る岩に肘を置き、俺の顔をジッと見つめてきた。
キラキラと輝く蒼い瞳の中に、俺の姿が映った。
「男前に育ったのね」
「どうも。お褒めの言葉嬉しいです」
「敬語はやめていいわよ。友達の家のお母さんだと思って」
親指をグッと立てるユスティア。
神と崇められる神獣は意外とフランクだった。民から信仰されたいのなら、もう少し威厳がないといけないような気がした。
「じゃあ、なんで俺はここに?」
「ユノレルが連れて来たのよ。『助けて! ママ!』って。娘が彼氏を連れて来たのかと思って、ドキドキしちゃった♪」
ユノレルの物真似をする人魚の神獣にため息。
世界の頂点に立つ五体の神獣の一角だと言うのに、どこか緊張感が無い。
「じゃあ。世話になりました。出口はどっち?」
立ち上がり、周りを見渡す。
出口らしい出口は見られない。
まぁ、ノンビリ探すか。
そう思って、足を一歩踏み出した。
次の瞬間、俺の四方を結界が覆った。
「娘にお礼もなしで行くの?」
ニヤッと微笑むユスティア。
その姿に背筋がゾクっと寒くなる。
「ここで一戦交える気か?」
「娘が連れて来た男を味見しないと」
ユスティアが小さな舌を出しておどけて見せる。
どこまで本気か分からないけど、周りの結界を破壊するのは可能だ。
込められている魔力量はそう多くない。
ただし、それは俺のすぐ隣で眠るユノレルのことを考えなかったらの話だ。
結界を突破するだけの炎を出せば、彼女が怪我をしてしまう。
どうしようか。
ユスティアと睨みあうだけで、アクションが何も起こせない。
もしかして、この神獣はここまで織り込み済みで……
「うん! 合格!」
ユスティアが掌を『パン!』と合わせ、嬉しそうな声を上げた。
結界が解除され、自由に動けるようになる。
何が合格で何がしたかったのか、全くもって分からない。
「どうゆうつもり?」
「どうもこうも、娘のことを考えて、力を使わなかったあなたになら、この子を安心して預けられるわ。娘をヨロシク!」
「いやいや、『ヨロシク!』じゃないだろ」
「娘じゃ不満? 顔? 胸? どこが不満なの?」
会話がイマイチ噛み合わない。
「別に不満ってわけじゃ……顔は可愛いし、スタイルもいい。容姿に関しては美少女だと言うことは認める。だからって……」
「だってさ、ユノレル♪」
俺の言葉の途中でユスティアが娘の名前を呼んだ。
振り返ると何時の間にか、ユノレルが身体を起こしていた。
耳まで顔を真っ赤にして、両手で顔を押さえている。
「そ、そんなことっ、ホントのこと言って!」
「いや。可愛いと思うのはホントだぞ」
「はぅ!」
ユノレルが顔を伏せてしまった。
何やらボソボソと呟いている。
もしかして、褒められることに耐性がないのかな?
前世の記憶がある俺と違って、対人経験の少ない彼女ならあり得た。
戦闘中の発言から察するに、ダメでロクでもない男たちに尽くして来たのだろう。ダメ男に苦労する、幸せになれない女性の典型にはまってしまったらしい。
「どうしよ……ドキドキする……」
蒼い瞳で、上目遣いでこちらをチラッと見つめてくる。
いや、褒められるだけでドキドキするとか、チョロすぎるだろ。
「もう少し考えよう。俺たち出会って一日だぞ」
「大丈夫! 朝に出会って、夕方に別れたこともあるから!」
何が大丈夫なのだろうか。
もうツッコんだら負けのような気がした。
「これで、アザテオトルとも親戚ねぇ」
ユスティアの中で話がもの凄く飛躍していた。
眉間を押さえて、落ち着けと自分に言い聞かす。
何故だ。どうしてこうなった?
いつの間にか、掌で躍らせているこの状況。
どうやって抜け出せばいいのか考えていると、ユノレルが左腕に腕を絡めて来た。上目遣いで控えめに囁く。
「ユー君……よろしくね……」
何がよろしくなのか。
誰か教えて欲しい。
助けを求める意味で、ユスティアを見ると手招きをされた。
身体を屈め、耳を彼女の顔に近づけると、ユノレルに聞こえない声で囁いた。
「娘が悪い男に引っかからないようにお願いね……対人経験を増やしてあげて……よろしく♪」
この発言をルフが聞いたら、『こいつが悪い男だから!』と言って、猛反対しそうだ。それに、ユスティアは俺に娘を預ける気らしい。
確かに、このままだと人間の世界に出て、色々と騙されそうだ。
現に、それで暴走したユノレルは海都を滅ぼそうとした。
早まったことをしない為にも、預かってくれと言うわけだ。
はぁとため息を零し、屈めていた膝を伸ばす。
左腕に抱き着く、ユノレルが目を輝かせて俺を見て来る。
「ママ! 私、ユー君と幸せなるね!」
ユー君と言うのは、俺のユーゴをモジッているのだろうか。
何故かユノレルの中では、俺と幸せになる結末まで描かれているらしい。
見切り発車すぎる。男につけこまれて騙される理由が少しだけ分かった。
「はいはい。頑張ってね」
ユスティアはもはや止める気が全くない。
いや、ユノレルに人間との交流の機会を与える為と思えば、大義名分も成立するか。切り替えよう。そして、今後のことはゆっくり後で考えよう。
「そうだ。竜の神獣の子」
「これ以上なにかあるのか?」
「あなたは人間の味方をするの?」
今になって原点に返る質問だった。
てっきり、ユスティアがユノレルに対する態度を見て、人間を懲らしめることはあまり乗り気ではないと思っていた。
俺の父、アザテオトルが乗り気では無いように。
「もちろん。俺は人間だから」
「そう……頑張ってね。応援しているわ」
「どうも」
ユスティアが指を鳴らすと、湖の上に半透明の足場が出来た。
そして、洞窟の壁が一部分崩れて、外までの道が出現した。
あれを通れば出られるらしい。
「ユノレル。自分の道は自分で決めなさい」
「うん! 分かった!」
笑顔で頷くユノレル。
そして、俺の腕を引いて、どんどん歩いて行く。
洞窟の出口まで来て、振り返ると人魚の神獣が小さく手を振っていた。
二人の神獣の子を見送り、ユスティアは再び指を鳴らした。
洞窟の崩れた部分が再び元通りになり、結界を展開する。
ここは海都から少し離れた場所にある孤島。
周りを結界で覆っているため、外からは場所も見えないし、古き血脈たちも感知できない。まさに隠れ家だった。
ユスティアは仰向けで湖に浮かび、洞窟の天井を眺める。
竜の神獣アザテオトルの息子は、思った以上に好青年だった。
自分が長らく見て来た人間となんら変わりのない青年。
神獣の子でありながら、彼は人間として生きる道を選んだらしい。
アザテオトルも残酷なことをする。
彼の為を思えば、人間性は消し去る様に育てるべきだった。
どの道、あの青年は人間と生きることは出来ない。
いつか彼には選ぶ日が来る……人間たちの命か、自分の命か。
どちらを犠牲にするのかを。
「さて……あの子たちがどちらを選ぶのか楽しみね……」
一人で呟き、目を閉じる。
人間を懲らしめる為。そのために神獣の子たちを育てた。
それが表向きの理由で、本当の理由は別にある。
人間を懲らしめるのか、神獣である自分たちの本懐を子供らが遂げるのか。
その選択を子供らに委ねるつもりだ。
それが二十年前の約束。
そして、太古から続く因縁の決着。
約束の日は近い。
それは再び神獣が集う時。
そして、『最果ての地』へと神獣の子が赴く日。
子供たちがどんな未来を見せてくれるのか。
今はただ、それが楽しみで仕方がなかった。
「あれ? 島が無い」
孤島から出てしばらく海面の上を歩き、後ろを見るとユスティアがあるはずの島が消えていた。
「ママが結界を展開したの。外からは何も見えないわ」
左腕の密着が強くなる。
歩きにくいと指摘しても「照れないで」と返される始末。
黙って海面を歩くしかなさそうだった。
太陽が真上に来ているせいで。海面の上でも暑い。
常夏の人魚の国の日差しは、なかなか強烈だった。
そう言えば、海に囲まれているせいで、海水浴が出来る場所があると聞いたことがある。やっぱり、海に行かないと暑さは楽しめない。
次第に海都へと近づき、街の姿がハッキリと見える。
海面を歩く人影が珍しいのか、街の人たちが指をさす。
確かに周りを見渡すと船はあれど、海面を歩く人は居ない。
変に目立ってしまった。
ユノレルの顔を見ている人間はほとんど居ないから、いきなり攻撃をされることはないと思う。それこそ、行き成り攻撃されたら、ユノレルの人間不信に拍車がかかりそうだ。
「ユノレル。摑まってろよ」
彼女をお姫様抱っこの形で持ち上げ、海面から海都へジャンプ。
桟橋に着地すると、港のおっさんたちから注目を浴びた。
ユノレルを降ろし、周りを見渡すと人がどんどん集まって来る。
そして、俺の顔をみんなが指さし、何かを口々に言っている。
「おい兄ちゃん! 兄ちゃんが英雄か!?」
おっさんの一人が近づいて来て、手に持った紙を見せてくれた。
紙はギルドが配った物らしく、内容は赤髪・赤眼の男を探していること、そしてその男は神獣の子から街を守ったとも書いてあった。
「いや……別に英雄ってわけじゃ……」
頬を掻いて、周りの歓声に戸惑っていると、人の群れが左右に割れた。
そして、現れたのは俺の愛用の赤い外套を身に纏った、桃色の髪を持つ少女。
「よう、ルフ。久しぶ……り!?」
突然胸に飛び込んできたルフ。
その様子を見た周りの人間から歓声が沸く。
大衆の面前で、これはなかなか恥ずかしい。
「バカ! バカ! 心配したんだからぁ……」
かと言って、胸の中で震えた声を出すルフを引き剥がす気にもなれず。
どうしようか戸惑っていると、隣から殺気を感じた。
その方を見ると、ユノレルがもの凄くオーラを放っていた。
「私のユー君……私の……」
ぶつぶつと何やら物騒なことを呟いている。
いつから俺はお前のモノになったかと聞きたいが、虚ろな目は話を聞いてくれそうにない。
「ユノレル。一回落ち着いてくれ」
俺の声を聞いたルフが、顔をユノレルに向けた。
「なんであなたがユーゴと!?」
「私のユー君から離れて!」
ルフが俺の方へと顔を戻し、ジト目で睨んで来る。
周りは「修羅場か!?」とか「やっぱり英雄は違うなぁ」など、好き勝手言っている。
「あんた……この子に何したの!?」
「……何と言われると難しいな……」
「私たちは将来を誓いあったんです!!」
「「はぁ!?」」
俺とルフの声が見事にハモった。
そして、何故か周りから歓声と拍手が降り注いだ。
色々と語弊が生まれている。
どうやって、この誤解を解こうか。
そう思うだけで、頭が痛くなりそうだった。




