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第44話 白い朝に響く

「神獣の子じゃない……? この私を冒涜する気か!?」


 神獣の子と名乗っていた水色のローブを着た男が怒号をあげる。

 この男の放つ魔力量は大したもんだ。

 でも、その量も普通の人間より優れている程度。

 ベルトマーの時、感じたような『怖さ』はない。


 俺たちのやり取りを見ていた信者たちがザワツキ始める。

 あちこちで「嘘だと!」と声が上がり、頭を抱える者、祈りをささげる者。

 皆何かにすがっているようだ。


「自分に心酔する信者たちを使って何をしてきた?」


「聖なる行いです。神獣の子である私の言葉は神の言葉。無視できるわけがありません」


 両腕を広げ自分こそが正しいと主張する偽物。

 神獣の子(俺たち)も舐められたもんだ。


「殺人、窃盗、放火、強姦……これが聖なる行い?」


 レアスがいつの間にか俺の隣に並び、男に問う。

 さすが色々な男と繋がりのある彼女だ。

 教団が何をしてきたかご存じらしい。


「人魚も攫って裏で売ってるんでしょ?」


「レアス……貴様、何を考えている?」


 長剣を持った黒い外套を着た男が切っ先を彼女に向ける。


「そろそろお気に入りの男でも決めようと思って♪」


 レアスが横目で俺の方をチラッと見た。


「そりゃ俺のことか?」


「うん! 色々思っていたけど、あなたは最高よ♪」


「光栄だね」


 彼女の年相応の無邪気な笑顔にそう返し、再び男たちと向き合う。

 苦虫を噛み潰したような表情。

 さっきの攻防から俺を簡単に殺せないと分かっているらしい。

 さて。どうやって捕縛しようか。


「どうやら……あなたたちは私の怖さを分かっていないようですね……」


 神獣の子を名乗っていた男が懐から注射器のような物を取り出した。

 中身は赤い液体で、まるで焦げた血のような色だ。

 その注射器を男は細い腕に差した。

 あっという間に中身の赤い液は男に吸収され、男が注射器を投げ捨てた。


「聖なる力を見せてやる……」


 男の放つ魔力が急速に高まり、強大な一つの形となる。

 ボコボコと人の身体とは思えない音をたてて、男の身体が形を変えていった。


「なんだ!? こんなの聞いてないぞ!」


 長剣を持った男が人の姿を捨てようとしている仲間を見て叫んだ。

 信者たちも唖然とした表情。その瞳には恐怖を宿す者もいる。

 

 どうする? まずは……


 闘術を発動させ、足に魔力を溜める。

 長剣を持つ男に狙いを定めると、ダガーを一本投擲。

 それと同時に、足に溜めた魔力を踏み出しを合図に解放した。

 

「な!?」


 自分の足を貫いたダガーに驚く男。

 そのまま彼の腹に右拳をねじ込んだ。

 闘術で強化された拳に男の骨が折れる感触。

 男の身体が地面から数センチ浮き、口から得体の知れない体液を吐いた。


「レアス! 信者たちを出口まで誘導しろ!」


「うん!」


 神獣の子の男の身体はまだ再構築の途中らしく、うめき声を上げながら苦しんでいる。本来ならここで攻撃してトドメを刺すべきだ。

 しかし、半端な魔術は通用しない。

 

 一撃で倒す魔術なれば、この洞窟が崩落してしまう可能性があった。

 ならば先に心置きなく戦える状況をつくる。

 レアスが魔術で階段をつくり、高い場所に居た信者たちを出口まで誘導する。


 恐怖に駆られたのか、信者たちは必死の形相で走っていた。

 最後の一人が大空洞を出たことを確認して、人魚攫いの首謀者を肩に担ぐ。


「俺たちも行くぞ」


 レアスと共に大空洞を出て、洞窟の出口へと急いだ。

 後ろを一瞬振り返ると、そこには人でも魔物でもない、怪物が居た。

 


















「何これ……」


 ルフは目の前の光景に戸惑っていた。

 ユノレルの案内で森の奥を進むと、怪しい洞窟を見つけた。

 彼女が言うにはこの中にユーゴが居るらしい。

 

 どうしようか考えていると、突然人が出て来た。

 そして、次から次へと出て来る。

 全員、額から汗を滲ませ、まるで何かから逃げるかのように必死の形相で。

 遅れて洞窟の奥から二つの影が出て来る。


 一人は肩に男を担ぐユーゴともう一人は船で見た金髪の女の子。自分には来るなと言っておいて、他の女の子を連れているユーゴに走って近づく。


「ユーゴ! これはどうゆうこと!」


「お、ルフ。良い所に来た。この男を拘束しといてくれ」


 ユーゴが肩に担いだ男を投げ渡して来た。

 闘術で身体を強化して、その男を受け取る。

 ユーゴはこちらに背中を向けて、洞窟の中をジッと見つめる。


「じゃなくて! この子は何!?」


「彼の新しいパートナーです♪」


 レアスがウィンクで挑発してくる。

 なんとも言えない感情が胸の中で渦を巻く。

 その感情を乗せて、思いっ切りユーゴの背中に向かって叫んだ。 


「ユーゴ! あんたの口から説明して!」


 彼は横目で一瞬こちらを向いたが、すぐにまた前を向いた。


「悪いな。今はお前に構っている場合じゃない」


 ピリッと張り詰めた雰囲気。

 ユーゴの右腕が赤い炎に包まれる。

 それをそのまま洞窟に向けて放った。

 炎はあっという間に洞窟を満たし、頬に熱風があたる。


「まだか……」


 ユーゴが呟く。

 同時に目の前に天へと昇る一筋の光。

 暗闇の空に輝くその光の中から、異形の者が現れる。

 

 肥大化した上半身。はち切れんばかりに太い両腕の先には、人間を簡単に引き裂けそうな五本の爪。


 人間? 魔物?


 そのどちらにも属さないその生物がこちらに顔を向けた。

 理性を失った蒼い瞳は、もうこちらを獲物としか見ていない。


「レアス! ルフ! 信者たちを守れ!」


 ユーゴが両腕に赤い炎を纏わせる。

 両腕を前に突き出し、炎をそのまま異形の者に向かって撃つ。

 真っ直ぐ空を走る炎が相手を包み込んだ。

 重さで落下してくる異形の者をユーゴは炎圧で押し返しているようだ。

 逃げる時間を稼ぐために。


「後でちゃんと説明は聞くからね!」


「任せれました♪」


 自分とレアスの返事を聞いたユーゴの口元が僅かに緩んだ。

 ユーゴに背中を向けて、唖然とする信者たちに叫ぶ。


「死にたくない人は街に向かって走って!」


 その声で正気を取り戻した人々が、一目散に逃げていく。

 横ではレアスが魔術を発動させ、男を拘束した。

 これで両腕が使えると、ルフは男を地面に降ろす。


「ありがと。助かった」


「どういたしまして。もちろん、彼の手伝いをするんでしょ?」


「当たり前よ」


 弓を手に取り、ユーゴの炎を空中で防ぐ異形の者に狙いを定める。


「待って」


 レアスが呼び止め、一本の矢を渡して来た。

 いつの間にか自分の矢入れから拝借した分らしい。


「風属性を付加したわ。これで貫通力が倍増よ。あと、相手を拘束するから少し待ってね」


 やや不満顔で、ルフは彼女から矢を受け取る。

 最初から属性の付加がある矢よりも、実際の魔術で付加された属性の方が結果的には大きい力を発揮する。

 今は仕方がないかと、その矢で異形の者を狙った。

 横でレアスの魔力が高まり、魔術が発動する。


「ユーゴさん! 魔術を解除して!」


 言葉と同時にレアスが発動した水属性の魔術が、異形の者を両脇から襲う。

 ユーゴが魔術を解除すると、水をそのまま半透明の水の球体となり、異形の者を覆った。その中でいくら暴れても、球体はビクともしない。

 まるで堅牢な水の牢屋だ。


「魔術で支えているから早く撃って♪」


「言われなくても分かってるわよ」


 狙いを定め、矢を放つ。

 風属性特有の緑色の魔力を纏った矢が、異形の者を水の球体ごと貫いた。


「グオオ!!」


 異形の者がそう叫び、空中から落下。

 それをユーゴが地上で待ち構える。

 彼の右拳が赤く染まり、何度も見た業を放つ準備をした。


「よっこいしょ!」


 謎の掛け声と同時に、落ちて来る異形の者に向かってユーゴは拳を振るった。

 いつもに比べると控えめな爆発。異形の者が地面に大の字になって倒れた。

火傷を覆ったその身体が、次第に小さくなり人間の姿へと戻る。

 一応息はあるらしく、肩が小さく上下していた。


「これでひと段落だな」


 ユーゴが手をパンパンと払う。

 話を聞くとこの男が神獣の子を名乗った者であり、教団のトップらしい。

 そして、レアスが発動した、手足を魔術の紐で拘束された男が人魚攫いの首謀者。なんだかんだで、ユーゴは二人の捕縛に成功したらしい。


「で、この子は一体何?」


 ルフがレアスを指さす。


「今回の情報提供者」


「新しい彼女でーす♪」


 レアスがユーゴの左腕に抱き着き、必要以上に密着する。


「おい。初耳だぞ」


 どうやら今回は、彼女の暴走らしい。

 珍しくユーゴが腕に抱き着いた女性を離そうとしていた。


「船の中であんなに激しく愛しあったのに?」


「ちょっと待て。なんの話?」


 ジト目でユーゴを睨む。

 彼は「そのあれだ……」と頬をかく。


「もうベッドの中で何回殺されると思ったか♪」

 

 レアスが頬を赤くして顔に手を添えた。


「ユーゴ!」


「なんでしょう? お嬢様?」


 若干言葉遣いがおかしい彼を睨む。

 自分は手すら繋いだことも無いのに、この男はとうとう別の女の子に手を出した。ずっと一緒に居るのに見向きもされないことに傷ついた。


「バカ! アホ! 変態! 女たらし! あんたなんて悪い女に騙されればいいのよ!」


 ユノレルの気持ちが今なら分かる気がする。

 本当に男はどうしようもなくて最低だ。


「それより、あなたはどうやってここに来たの?」


 まだユーゴの左腕に抱き着いているレアスが聞いてくる。

 もう抵抗を諦めたのか、ユーゴは何もしない。

 彼に馴れ馴れしいレアスの態度に心の中で舌打ち。

 そして、イラつきを抑えながら答えた。


「案内してもらったの。ユノレルって子に」


「その子はどこだ?」


 ユーゴが辺り見渡す。

 女に毒されて目までおかしくなったのだろうか。


「どこってそこに……」


 ルフが振り返ると、そこには誰も居ない。

 信者も、ユノレルの姿も。


「あ、あれ……? 確かにいたんだけど……」


 辺りを見渡しても、夜の森が広がるだけで、自分たち以外誰も居ない。


「おいおい。幽霊とか勘弁してくれよ」


「その時は、ユーゴさんに密着するね♪」


「こら! ドサクサに紛れて何言ってんのよ!」


 やっとの思いでレアスをユーゴから引き剥がし、三人で街へと戻った。

 街に戻る間も、目の前でレアスがユーゴに色々と話しかけている。

 生まれはどこだの、好きな食べ物はなんだの。


 ユーゴは二人の男を肩に担いでいるので、めんどくさそうだったが質問にはしっかりと答えていた。


(なによ……私にはついてくるなって言ったくせに……)


 チクッと胸が痛む。

 感じたことの無い感情が胸の中で渦となって、ぐちゃぐちゃになる。

 どうやって、この感情を処理したらいいのか、今のルフには分からない。

 ただ、ユーゴに話しかけているレアスが羨ましかった。



 海都の街に戻ると、ユーゴは近くに居た衛兵に男たち二人を預けた。

 教団の首謀者と神獣の子と名乗った男だと伝え、後の処理を任せる。

 どうやら、父に報告へ行くよりも先に、休む気らしい。

 空は次第に明るさを増しており、街が白く染まっていく。


「徹夜は疲れるなぁ。宿でも探して寝るか」


「ユーゴさん! 私の家来る?」


 レアスがとんでもないことを提案していた。


「ダメよ! ユーゴ! 先にお父さんに報告でしょ!」


「あらら? 自分の家に招待するの?」


「あんたには関係ないでしょ!」


 レアスと向かい合う。

 これ以上、この女にユーゴを独占されてたまるか。

 ただの意地だ。それでも、今のルフにはそれしかなかった。


「こらこら、ケンカするな。俺だって、偶には一人になりたいんだ」


 ユーゴが肩を竦めた。

 本当に一人になる気だろうか。

 また自分に黙って、レアスと一緒に居るのではないか。

 疑いの目でユーゴを睨んでいると、突然街全体に声が響いた。

 魔術で肥大化したその声は、まるで朝を告げるベルのように聞こえる。


『人魚の神獣ユスティアの子です。今から街を滅ぼします』


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