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第43話 偶像

「だから……私なりに尽くしてきたのに……」


 ルフは困惑していた。

 闇が深くなった夜。

 大通りから適当な店に入ったのはいいが、先ほどからユノレルがずっと泣いている。それ程までに別れた男のことを想っていたらしい。

 何人目か分からない男のことを……


 しかも話を聞くに、彼女は相手に尽くしすぎて、今までの男にフラれている。

 少し気の毒かなと思うが、大した恋愛経験が無いルフには、どうアドバイスしたらいいのか分からなかった。だから何時か泣き止むと信じて、ずっと話を黙って聞いているが、その気配は一向に見えない。


「もっといい男は居るわよ。だから、元気だして」


 とりあえず慰めてみる。

 多分、復縁はユノレルの為にならない。

 まるで人形のように整った顔立ちと白い肌。

 彼女ならもっといい男を捕まえられるに違いないからだ。


「男なんて最低よ……だらしないし、何考えてるか分からないし」


「ホントに……フラフラしてはこっちの気も知らないで心配ばかりかける」


 ユノレルに便乗して思わずユーゴへの愚痴が出てしまった。

 自分を置いて依頼を受けた彼は今頃どうしているだろうか。


「ルフちゃんも苦労してるの?」


「まぁね」


 二人で「はぁ」とため息。

 そう言えば自分とユーゴの関係はなんだろうか。

 人に聞かれれば言葉に詰まるのが正直な所だ。


「あ! あのバカ探しに行かないと!」


 ルフは自分のやるべきことを思いだし、勢いよく立ち上がった。

 無駄に大声を出したせいで、店内の注目を集めてしまう。

 恥ずかしくなり、ルフは小さく席に戻る。


「誰か探していたの?」


「まぁね。どこに行ったのか、分からなくて困っているんだけど……」


「探してあげよっか?」


「そんなこと出来るの?」


 その問いにユノレルが小さく頷く。


「話を聞いてくれたお礼」


 ニコッと笑った顔はやっぱり絵になる。

 この笑顔だけで大概の男をオトセそうだ。

 とりあえず二人で店を出る。


 夜中なのに海都には人の往来がある。

 元気な冒険者たちは眠らない。


「どうやって見つけるの?」


「何か外見に特徴はある?」


 ルフは顎に手を当て、ユーゴの特徴を思い出す。


「赤い外套を着てる……かな」


「分かりやすい特徴で助かる」


 ユノレルが目を閉じる。

 そして彼女の魔力が急速に高まっていく。

 魔力の感覚から、索敵魔法を使うらしい。

 しかし、誰かを見つけるレベルの索敵魔法となれば相当なレベルだ。

 

(この子……一体何者なの?)


 強大な魔力が繊細に纏められ、それが肥大化していく。

 魔力量と魔力操作を両方高次元で兼ね備える彼女に思わずたじろぐ。


「見つけた。でも、街の外の森に居るよ?」


「森?」


 何故そんな所に居るのか色々と疑問だが、行くしかなさそうだ。


「案内するからついて来て」


 そう言って駆け出したユノレル。

 彼女の後をルフは追った。

 その先にユーゴが居ると信じて。
















「さてっと……」


 新しい信者たちが洞窟の中へと入って行った。

 どうやら宗教団体のアジトはあの中らしい。

 森の茂みに隠れて、洞窟の様子を伺う。


「飛び込む?」


 隣に居るレアスが顔を茂みから顔を出す。

 ここまで気づかれず尾行できたのは、彼女が魔術で俺たちの気配を消してくれたからだ。


「どうするかな、相手の本拠地だ。罠の一つや二つあると想定すべきだろうな」


「気配を消す魔法も、距離が近いと意味ないからね」


「分かってる」


 いくら考えたって都合のいい案は思い浮かばない。

 出来れば周りに気づかれずに神獣の子と会いたい。

 あんな洞窟の中で戦えば、間違いなく崩落する。


「静かに潜入するか」


「足音を消す魔法ならあるよ」


 便利な魔法を使えるんだなぁと感心していると、レアスが足裏に魔法をかけてくれた。これで少しくらい派手に動いてもバレないだろう。


「うっし。行ってくる」


 茂みから出ようとするとレアスが腕を掴んできた。


「なんだ?」


「ついて行くからね♪」


「どう考えてもここが引き際だろ」


「魔術で入り口爆破するよ?」


 レアスの魔力が急速に高まっていく。

 俺を見る彼女の金色の瞳は、落ち着いており彼女の本気度が窺える。


「分かった。好きにしろ。だけど、危なくなったらすぐに逃げろよ」


「はーい♪」


 ホントに大丈夫なんだろうな……







 ユーゴが入り口の男たちを殴り飛ばし無効化。中へと進んでいく。

 レアスはその後をついて行くだけだ。

 魔術は使えるが闘術も法術も使えない。


 こんな洞窟の中ではその魔術も使える機会が限定される。

 赤い外套を身に纏う男の背中。

 驚くくらいお人好しで甘い、その男の本性を自分は知りたい。


(人魚攫いの首謀者は知ってる……(あの人)の知り合いだもん)


 人魚はその昔、大商人の父が商品として扱っていた。

 その時、仕入れに現れた男が首謀者だろう。

 人魚の国に居ると風の噂で以前聞いたことがある。


 目の前を歩くユーゴは周りの警戒と同時に、自分も気にかけている。

 今はまだ余裕があるからそれも分かる。

 しかし、余裕がなくなれば、この男はどうするだろうか。


 彼にとって自分は足手まといだ。

 邪魔と判断すれば見捨てるに決まっている。


(いい人ぶって……早く本性を見せてよ……)


 善人などこの世に居ない。

 打算と利害の一致でしか人間関係は成り立たない。

 そう信じるレアスにとって、ユーゴの行動はあり得ないものだった。

 見過ごせばいいのに自分を助けたこの男は……


 なんとも言えない複雑な気持ち。

 彼は幼少期に夢見た、自分を守ってくれる存在なのだろうか。

 そんな人は居ないと、とっくの昔に諦めた。

 それでも、心が思い出したかのように期待する。


 それを理性で抑え込み、そんわけないとまた否定する。

 彼が自分を捨てる姿を見たい気持ちと、見たくない気持ちが共存してせめぎ合う。早く楽にしてくれ、胸が締め付けられる。息が苦しい。


「顔色悪いけど大丈夫か?」


 振り返ったユーゴが笑顔で聞いて来た。

 柄にもなく不安が顔に出ていたらしい。


「もちろん♪ あなたこそ大丈夫なの?」


「何が?」


「そんなに気を散らして……死ぬよ?」


「なんとかなるだろ」


 白い歯を見せて笑う彼にはまだ余裕が見える。

 しかし、もう宗教団体側にこちらの存在はバレていた。

 何故ならレアスはこの教団と繋がりがあるからだ。


 教団の仲間と言うわけではないが、定期的に仕事をくれるので良い取引相手だった。だから、今夜尾行すると魔術の手紙で伝えた。

 もしも自分が教団の前に姿を現せば、殺されるだろう。


 教団を危険に晒す者を彼らは許さない。

 ユーゴをアジトまで連れて来てもそれは変わらない。

 本当は逃げるなら今しかない。今ならまだ引き返せる。


 広い場所に出た。

 洞窟の中にある円形のこの場所こそ、教団の密会場だ。

 大空洞のここには、信者たちも居た。

 少し高い場所から自分たちを見下ろしている。

 神獣の子に背いた哀れな自分たちを。


 そして、水色のローブを身に纏った男が出て来た。

 教団のトップにして、神獣の子を名乗る男。

 その横には黒いフードを被った護衛の者も居る。


「どうやら気づいていたらしいな」


 ユーゴが対峙する二人の男にそう言った。

 水色のローブ着た男が左腕を上へと向ける。

 周りの信者たちが「おお!」と歓声を上げ、拍手へと変わった。


 歳は二十代中盤くらい。

 若いその男が放つ魔力が徐々に形を帯びる。

 

 そして、生成されたのは水の槍。

 込められた魔力は強大で、その魔力量は魔術学院に通う生徒たちと遜色ない。

 むしろ匹敵する人物を探す方が難しかった。


「その子が教えてくれました。我々のアジトを嗅ぎつける者がいると」


 神獣の子を名乗る男は右手で自分を指さす。

 目の前に居る赤髪の男を、裏切った自分を。


 黒いフードを着た男が長剣を腰から抜いた。

 そして、フードを外しその顔が顕わになる。

 威厳を感じされる顔に深く刻まれたシワ。四十代くらいに見えるが、それに相応しい威厳と威圧感を備えていた。

 流れるように繊細な銀色の髪は、幼少期に見た人魚攫いの男と同じだ。

 間違いない。彼が人魚攫いの首謀者だ。


「久しぶりだな、レアス」


「覚えてたんだ。私は名前を覚えてないんだけど」


 舌を出しておどけて見せる。

 その姿を人魚攫いの男は鼻笑い、長剣を構えた。

 ユーゴは依然として何も言わず、自分たちのやり取りを見ている。


「金髪の娘よ……理由はなんであれ、アジトの居場所を知ったあなたを生かしておくことは出来ません……聖なる水の槍に貫かれて死になさい」


 神獣の子を名乗る男の殺意が自分へと向けられる。

 信者ではない自分は、彼らにとって邪魔者でしかない。

 大人しくアジトを狙っている人間だけを教えれば、こうはならなかった。

 そんなことは分かっている。今さらバタバタしても仕方がない。


 人魚攫いの首謀者が動く。

 鋭い踏み込みであっという間にユーゴへと肉薄した。

 それを見た神獣の子である男が水の槍を自分に向けて放つ。

 レアスは目を閉じ、その時を待つ。


 もう疲れた。ここで死ぬのならそれもいいかもしれない。

 自暴自棄な思考で槍が身体を貫けれるのを待った。

 本当は心の底で、目の前の男が助けてくれるのではないかと期待して。


「意外だな。もっと生きることに執着するタイプかと思った」


 男の声。それと同時に感じたのは鼻先から伝わる、ピリっとした熱さ。

 頬を撫でる熱気は今にも皮膚を焦がしそうだ。

 恐る恐る目を開けると、そこには赤い火の壁があった。

 どうやらこの壁が水の槍を防いだらしい。


「貴様……!」


 人魚攫いの男の歯ぎしりが聞こえる。

 彼はユーゴの首を狙った剣を、素手で受け止めていた。

 ユーゴは左手で長剣を掴み、こちらに伸ばした右腕からは火の魔術。

 どうやら一瞬で同時を防いだらしい。


「どうして……? なんで私を助けるの? あなたを裏切ったのに……」


「自分で考えるんだな」


 ニッと口角を上げたユーゴが人魚攫いの男に蹴りを放つ。

 男はそれをバックステップで回避した。

 そして、剣を強く握り再び向き合う。


「この私に刃向うのか! 神獣の子であるこの私に!」


 神獣の子である男が怒号を上げた。

 相手は神と崇められる魔獣の子供。

 戦うのはいいが、本当に勝てるのか疑問が浮かんだ。

 ユーゴが鼻で笑う。そして、肩を竦めた。


「嘘もいい加減にしろよ。お前は神獣の子じゃない」


 何故そう言い切れるのか。

 声に出してそう言いたかったが、ユーゴの自信満々の顔を見て、言葉をグッと飲み込んだ。


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