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第39話 船上の再会


 果てしなく広がる青い海の大地に太陽が沈んでいく。

 茜色に染まった街の壁をガレオン船の上から見下ろす。

 船に乗ったのは、俺たちのような冒険者が数人で後の大体数は学院の生徒だ。

 

 蒼いブレザーと赤いネクタイ。胸に引かれた金色の三本線が学院のシンボルらしい。ブレザーの色に合わせた蒼いズボンもかなり丁寧に造られており、値段を想像するだけで恐ろしい。


 きっと学費も破格で、金持ちの子供が多い。

 それともギルドから金が出ているのか。

 魔術学院に在籍したと言うだけで、その魔術師には箔がつく。

 強引に子供を入学させようとする貴族や金持ちが居ても不思議ではない。


 勝手イメージだが、面倒な関係性や陰湿な苛めなんかもありそうだ。

 十人以下の人数でそれぞれ固まり、話し込む生徒たちを見てそう思った。

 歳は皆十代に見えるのは、魔術系の才能を伸ばすのは若い時しかないと昔から言われているから。ルフがそう説明してくれた。


 他国から学院に入学する子も居るから、寮もあるとか。

 さすがこの世界唯一の魔術学院。金の投入の仕方が半端ではなかった。

 生徒たちは健全な青春を送っているのだろうか。

 そんなことを頭に浮かべて、話し込む生徒たちを見ているとルフに頬を抓られた。


「いてっ」


「イヤラシイ目で見ない」


 ルフが手を頬から離す。

 ジンジンと痛みを発する頬を抑え、ジト目で俺を見て来る彼女と向き合う。


「どうあっても俺を変質者に仕立て上げたいようだな」


「事実でしょ。あの子たちは一応(・・)、将来を有望視された子たちだから何かあったら色々と損失になるの」


「損失ねぇ……」


 まるであの子たちが道具のような物言い。

 いや、魔術学院に入った時点で、子供たちは兵器としての教育を受けるのかもしれない。竜の国はともかく魔物に襲われる危険性が常にある世界だ。

 魔術が使える人材は何所も喉から手が出るほど欲しい。

 子供たちが卒業後、就いた場所によっては兵器として扱われていてもおかしくない。それ程までに魔術師や結界師、治癒師といった人材は貴重なのだ。


 遠目で海の向こう眺めながら、そんな考えが頭をよぎった。

甲板で潮風に当たるのもいいが、今日は一日人混みの中に居たせいで精神的にも疲れているらしい。結局、どこの誰がレースで優勝したのか俺たちには分からない。

 真上をもの凄い速度でワイバーンが飛んでいたことくらしか分からなかった。

 一流はやっぱり格が違う。素直にそう思った。


 甲板から中へと繋がる階段を探していると一人の学院の生徒が目についた。

 周りの生徒たちは皆誰かと談笑しているのに対して、彼女は一人で甲板から海を眺めている。潮風に揺られる腰まで伸びた金色髪は、どこか儚い。

 その生徒に近づこうとしたら、ルフが腕を掴んできた。


「何する気?」


 疑いの眼差し。ジーッとこちらを見つめる彼女の視線にため息。


「ちょっと声をかけるだけだよ」


「ナンパなんてやめなさい」


「一人で居る子を放っておくのは可哀そうだろ?」


「あんたは絶対に変なことに巻き込まれるから!」


 俺に厄病神でも憑いているような言い方だ。

 ルフの暴言に少し落ち込む。

 腕を掴むルフの両腕にはかなり力が込められており、簡単には離してくれそうにもない。だから、掴まれたまま一人ぼっちの生徒に近づいた。


「だからっ、やめなさいって……」


 ルフが足を踏ん張り、必死で止めようとしている。

 努力は認めるが、そんなに頑張る所かどうかは正直微妙だ。


「よう」


 俺の問いかけに金髪を揺らして生徒が振り返った。

 昨夜見た金色の瞳が大きくなり、驚きの表情へ変貌する。


「そんなに驚くか?」


「まさかあなたとこんなに早く、再開するなんて思ってなかった」


「ちょっと。あんたこの子とどうゆう関係なのよ」


 ルフが外套を強く引っ張る。

 その姿を見たレアスがルフをジッと見つめ、俺の方へと視線を戻した。


「この人。あなたの彼女?」


「いんや。冒険者仲間だ」


「だから! あんたたち二人の関係は何!?」


 俺とレアスに問い詰めるルフ。

 彼女の様子を見て、もう一度レアスと視線を合わせた。


「ねぇ、どう見ても私にはこの人が嫉妬しているようにか見えないんだけど?」


「なんだルフ。妬いてんのか? 意外と可愛い所があるじゃないか」


「は、はぁ!? 調子に乗るんじゃないわよ! あたしがあんたのことで嫉妬するわけないでしょ!」


 耳の先まで赤くしたルフが大声で否定する。

 周りにもその声が聞こえていのか、生徒たちの視線を必要以上に集めてしまった。


「おい。レアスが人の彼氏に手を出したみたいだぞ」


「相変わらず下品」


「クソ女だな」


 視線共に生徒たちのそんな会話が聞こえて来る。

 ルフには聞こえていないのか、まだ俺の傍で色々言って騒いでいた。

 レアスに視線を移すと、表情自体は変わらないように見える。

 しかし、口元に少しだけ力を入れ、瞳の奥は揺れていた。


「悪かったな」


「何が? 事実だし問題ない」


 バッサリと周りの意見を切り捨てるレアス。

 この様子だと他の生徒たちからの扱いは何時もこんな感じらしい。

 まだルフが「事実って何が!?」と騒いでいる。

 これ以上騒がれるとレアスが今よりも立場を悪化させそうだ。


「じゃあな。邪魔して悪かった」


 まだ騒ぐルフの口元を手で塞ぎ、レアスに背中を向けた。


「ねぇ」


 レアスが外套の端を掴み呼び止めた為、一応振り返る。

 生徒たちが見ている前でこれ以上、絡むのは良くないような気がするんだけど……


「なんだ?」


「……ううん。なんでもない」


 レアスがそう言って魔力の残り香のする右手を外套から離した。

 とりあえずこの場から離れよう。周りの視線が気まずい。

 口元を防がれたご不満そうなルフを引きずりながら、俺はこの場を後にした。


 船内に入り、用意された部屋でルフに「結局あの子は何!?」と問い詰められた。

 冒険者用に用意された部屋は、小さなハンモックが二つあるだけの質素な部屋だ。

 そのハンモックに横になり、船に揺られながら、ルフの質問に適当に返す。

 

 

 まさに寝るだけの部屋。唯一ある部屋の中にある、円形の窓からは一応外も見えるが小さすぎて天気くらいしか分からない。


 食事は船に乗る前、港で済ませて来たから問題ない。

 それよりも身体は眠りを欲していた。


「だから! ちゃんと答えて!」


 隣のハンモックからルフが俺に問い詰めて来る。

 頭の後ろで腕を枕の代わりにして、天井を見つめたまま答えた。


「ただの知り合いだよ。それ以上は何もない」


「あたしの目を見て、言いなさい」


 顔を横に向けるとジト目でこちらを睨むルフと目があった。

 疑いの眼差しだ。何そんなに疑っているのか。

 嘘は言っていなのに疑われるなど心外だ。


「ただの知り合いだ」


「……分かった」


 口でそう言っているが眉間にしわを寄せ、明らかに納得のいっていない表情。

 ルフはそのまま俺に背中を向けて横になった。

 どうやったら俺を信じてくれるんだが。

 

 外套の端を手に取り、レアスが握った場所を見る。

 魔力で書かれた黄色い文字が浮かび上がっていた。

 内容はレアスの部屋の位置で、それ以上は何もない。

 これはお誘いと考えるべきか、罠と疑うべきか。


 向こうはまだ十代で年下とは言え、女性の誘いを断っては男がすたる。

 ルフに気づかれないよう、ハンモックから抜け出し、音をたてないように部屋を出た。船の夜は早いのか、先ほどまで聞こえていた学生たちの話し声もすっかり聞こえなくなっていた。


 歩けばギシギシと音を発する木の廊下を慎重に歩き、文字で示された部屋の前に立つ。一応ノックしてみるが、何も反応が帰って来ない。

 もしかして寝てしまったのだろうか。だとしたら、夜這いになるのか。


 それは行けないと踵を返そうとした時だった。

 中からレアスの声で「どうぞ」と聞こえた。

 ドアノブの手をかけ、ゆっくり扉を開ける。


 俺たちに用意された部屋とは明らかに違う部屋。

 ベッドに加えて、壁には絵画などがかけらており、装飾も桁違いだ。

 これが学院の生徒たちに割り当てられた部屋か。

 観察するように部屋を見渡すが誰も居ない。


 おかしい。確かにレアスの声がしたんだけど……



 部屋の中へと足を踏み入れ、辺りを見渡す。

 そんなとき後ろから声。


「隙あり♪」


 身体を素早く反転させると胸の中に金髪の少女が飛び込んできた。

 体当たりのように体重の全てを預けられた為、バランスを後ろに崩し、ベッドに背中からダイブする。

 そして、レアスが四つん這いで俺の上に跨り、ペロっと舌を出す。


「意外と無警戒なのね♪」


「君のような素敵な女性に誘われれば、期待するのは男の性だ」


「へー……昨夜は散々言ったくせに」


「船の中に逃げ場はないからな」


 魔力の圧を高めて、少しだけ威圧してみる。

 彼女も魔術を習う人間なら、少し脅せば気がつくはず。


「あなた……一体何者?」


「通りすがりの冒険者。とりあえずどいてくれるか?」


 警戒心を含んだ瞳でこちらを見つめるレアスは、黙って俺の上からどいてくれた。

 身体が自由となり、ベッドの上で上半身を起こす。

 レアスはベッドの上から降りて、外の見える窓辺に立った。


「一人部屋とは、随分と待遇がいいんだな」


「誰も私と同室になりたくないだけ。そして、学院側としては出資者の一人の娘に不自由はさせるわけにはいかない」


「それで船で一番大きな一人部屋を使うことになったと」


「察しのいい男は好きよ」


 月明かりをバックに妖艶にほほ笑むレアス。

 彼女はそのまま話を続けた。

 自分が『淫魔の国』出身で父は名の馳せた大商人であり、魔術学院・ギルドの両方に出資する大金持ちであること。

 そして、男と寝ては金を奪っている。その噂が一部生徒の間で知れ渡っており、学院内で孤立しているが、その事に対してあまり気にしていないことも。


「そんなに話して大丈夫か?」


「あなたに変な誤魔化しは無駄。昨日そう判断したの。正攻法で勝負すべきだって」


「そりゃ光栄なことで」


 肩を竦めた俺にレアスが近づき、ベッドの横に座る。

 蒼いブレザーの上からでも分かる彼女の身体のプロポーション。

 出るとこは出て、締まる所は締まっている、男を惑わす身体。

 女スパイとかなったら、天職に間違いない。


「そんな大金持ちなら、男からお小遣い奪わなくてもいいだろ?」


「いい女には秘密が必要よ。そして、それを詮索しないのがいい男の条件」


 レアスが俺の唇を人差し指で塞ぐ。

 十代とは思えない魔性の雰囲気を持つ女性が俺の首に腕を回し、顔を近づけて来た。昨夜の媚薬とは違う、彼女自身の甘い香りが鼻に届く。


「金は出ないぞ」


「一括払いも対応中よ♪ 人魚の国に着くまでの約六日間……いつでもお相手するわ♪」


「俺が払わずに逃げるかもよ?」


「あなたはそんなことしない」


「言い切れる根拠は?」


「女のカン♪」


 ニコッと微笑む彼女の顔がゆっくりと近づく。

 そして、赤い唇が俺の口を塞いだ。


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