第38話 港街にて
「ねぇねぇ。ユーゴさんはどれくらい冒険者してるの?」
「まだ駆け出しだ。魔物の討伐を依頼で達成したことはないよ」
「強そうなのに~」
口元を抑えて笑顔を浮かべるレアスと名乗る少女。
見た目は十代だけど、その雰囲気はどこか大人びている。
木のコップを手に取り、中に入ったお酒を口にした。左に座る彼女もお酒を口にしており、酔いが回っているのか、頬が赤みを帯びている。
「そんなに飲んで大丈夫か?」
「何時ものことだから大丈夫♪」
彼女はコップをグイッと傾け、中身を一気に飲み干す。
その豪快な飲みっぷりは男顔負けである。
口元拭った彼女が、深く息を吐いた。
耳元まで赤くなったのを見ていると、飲み過ぎなような気もする。
「こんな時間に出歩いて大丈夫なのか?」
「それも何時のこと♪」
レアスが腰まで伸びた金髪を揺らし、店主の男に追加の酒を頼む。
彼女が一人でお酒飲む冴えない冒険者に絡んできた目的は、大体察しがついている。
問題は目的の理由だ。
そろそろ店を出よう。変に絡まれると面倒かもしれない。
そう思って、一応レアスの分のお金も払い、カウンターから立ち上がった。
店を出て空を見上げる。インクをぶちまけたような真黒な空。
明日は曇りかな。そんなことを思っていると左腕に誰かが抱き着いて来た。
「置いてかないで」
顔を左に向けるとレアスの顔。
彼女は俺の左腕にギュッ抱き着いてくる。
直に伝わる彼女の身体の体温と柔らかさ。
「家まで送ろうか?」
「……今日は帰りたくないな……」
上目遣いでこちらを見つめるレアス。
その姿を見て、眉間に手を添えた。
やっぱりこうなったか……
「君と一夜共にしたら。俺はいくら盗られるんだ?」
「あれ? 気づいてたの?」
「最初からな。君が香水代わりに使っている媚薬も含めて」
彼女が隣に座った時、鼻に飛び込んできた甘い香りの中には微量な魔力が混じっていた。魔術に精通している者にしか分からない微量な魔力は、彼女が意図して、その媚薬を使っていることを意味している。
さしずめ、彼女は金を持っていそうな男に近づき、一夜を共にしている間に金目の物を盗みたいと言った所だろう。
問題は、俺がカモに見えて近づいて来たのか、はたまた神獣の子と疑いをかけて近づいて来たのか。前者ならどうでもいい
「なぁんだ。つまんない」
レアスが腕から離れて、両手を挙げた。
さっきまでの可愛らしい表情から一転し、厳しい顔つき冷たい目。
冷めた金色の瞳で俺を観察してくる。
「誘惑すれば楽勝だと思ったのに残念。今日の稼ぎは諦めるわ」
「別にベッドの上で教えてやってもいいけど?」
「素敵♪ でも黙って出てきたことが、先生たちにバレたら厄介だからやめとくわ」
「先生?」
「また会えるのを楽しみにしてる♪」
赤い唇を指でなぞり、小悪魔のような笑みを浮かべるレアス。
彼女のハニートラップ作戦は、ここで中止らしい。
惜しいような、助かったような微妙な気分である。
闇に消えた彼女の背中を見送り、俺も宿に戻るために踵を返した。
思った以上に酔いが回っているのか、足元が覚束ない。
それとも、レアスの媚薬が効いているのか。
魔力を感じたことから、自然に作られたものではなく、何処かで売っている魔具の可能性が高い。
ただ、貯蓄魔力量の多い俺には効果が薄い。
媚薬と気づけば体内に魔力の膜を張ればある程度防ぐことが出来るからだ。
だから足元が覚束ないのか酔いのせいだと思いたい。
体内に張った魔力の膜の効果が薄く、媚薬が身体に回った状態でルフと同じ部屋など、過ちが起こる気しかしない。
ちょっと寄り道して帰ろう。
フラフラと人の居ない裏道を抜けて、船乗り場へ。
潮の香りと静寂の闇から奏でられる波の音。
リズミカルなその音は耳にスッと入って来ては抜けて行った。
桟橋に近づき、一番端で腰を下ろす。
すぐ足元は海で、身体に当たる潮風が火照る身体を冷ましていった。
暗闇で波打つ海面の先を見つめる。
この先に人魚の国があり、俺の知らない世界が存在している。
ベルトマーの時と同様に神獣の子と出会うことになるのだろうか。
右手を開き視線をその中に落とす。
何を言ってもルフはついてくるだろう。
それに人魚の国は彼女の故郷だ。
案内する気満々なのは見て取れる。
本当は竜の国置いて行くつもりだった。
だから、国王と二人っきりの時に一人で逃げ出した。
それでもルフは俺を追いかけて来てくれた。
本当は嬉しかったんだ。
彼女に俺を受け入れて貰えたような気がして。
だから、こうしてまだ一緒に旅をしている。
危険なことに巻き込んでいるってことは分かっている。
人魚の国に着けば、ルフを心配しているご両親の元へ返した方がいいかもしれない。そう思うのも事実だ。
守る自信が無いくせに、自分の我儘で彼女と一緒に居る。
どうしようもない男だ。ルフに怒られても仕方がない。
強者と戦うことが目的だったベルトマーと違い、人魚の神獣の子が本気で人間を滅ぼすつもりだったら、俺は止められるだろうか。
それとも、向こうから見れば俺とベルトマーが変わっているのか。
新しい出会いがあると言う期待と、少しばかりの不安。
この世界で異端な俺たちはどういった結末を迎えるのか。
世界は神獣の子の存在に気づき始めている。
狼の国は封鎖的な国だから、噂が広がっても嘘だと思う人も多いだろう。
もしも世界が神獣の子の存在を認知すれば、世の中は確実に変わる。
五か国が絶妙なバランスで噛みあっている今の世界にとって、俺たちはあまりに大きな不確定要素だからだ。
味方につけようとする人、敵とみなす人、神獣の子と言うことで崇める人。
反応はそれぞれで、一つに収まることなんて絶対にない。
状況によっては俺も身の振り方を気をつけないと、取り返しのつかない事態にだってなりうる。のんびり自由に過ごしたい俺にとって、それは死活問題だった。
いつまでルフと一緒に居られるかな。柄にもなくそんな事を思った。
夜風に当たり、酔いも体の火照りもさめた俺は宿へと戻った。
ルフはもう寝ているだろうから出来るだけ音をたてないように扉を開ける。
「遅い」
部屋を薄暗く灯すランプと目を赤く充血させたルフ。
どうやらこいつは今まで必死に起きていたらしい。
「まだ起きてたのか?」
「ちょ、ちょっと眠れなかっただけよっ」
嘘だと分かるけど充血した目をこする彼女を見て、何も言わないことにする。
せっかく俺が帰るまで起きていてくれたんだ。
何か言うのは野暮ってもんだ。
「はいはい。肌に悪いから早く寝ろよ」
「分かってますよーだ」
ルフが小さな舌を出して、ベッドに横になった。
一応、ベッドを半分空けているのは俺が使ってもいいと言うことなのだろうか。
黙ってベッドの入り、頭の後ろで腕を組み、天井を眺めた。
いつの間にか重みを増した瞼。目を閉じて眠気に身を委ねた。
次の日の朝。
ルフに叩き起こされた俺は、朝食を食べた後、彼女に問い詰めた。
船の出港まではまだ時間がある。のんびり寝ていても全く問題ない。
それなのに、彼女が強引に俺を起こした。
「少しだけ街を歩かない?」
朝食を目の前で食べているルフがそう提案してきた。
周りの話に耳を傾けると、レースは今日の朝から開催されるらしい。
そのせいで街全体がお祭りの雰囲気で、宿の外が騒がしい。
船の出港まで時間がある理由は、レース終了後に合わせてあるからのようだ。
「いいぞ。お祭りは楽しまないとな」
朝食のパンを口に運ぶ。
ルフが小さくガッツポーズしたことに大した意味はないと思う。
のんびり朝食を食べ終えて、宿の鍵を女将さんに返した。
宿の外に出ると昨日とは比較にならない人の波が俺とルフの前を通過していく。
ザワザワと通り過ぎる人や獣人の波は、一度飲み込まれれば迷子になることは必至だ。ルフと逸れる可能性はかなり高い。
「ルフ。腕掴んでいいぞ」
「い、嫌よ! なんでそんな恋人みたいなこと、あんたとしないといけないの!」
全面否定は結構傷つく。
「逸れると面倒だろ。外套の端でいいから掴んどけ」
「端だけだからね!」
ルフが外套の端を掴んだことを確認して足を前に出す。
彼女がついて来られそうな速度で人混みの中へ入り、流れに身を任せた。
「凄い人だな」
「そんなにみんな、興味あるの?」
「お祭りは皆好きだろ。見知らぬ女の子と合法的に知り合える機会だ」
外套を掴むルフの手に力が入る。
「やっぱり昨日はあたしも行くべきだった……あんたを一人行かすなんてやっぱりダメだわ」
「少しは信用しろっての」
いつまで経っても俺を信頼しないルフにそう返し、人混みの間を抜けて露店の一つに近づいた。魔物の肉を串に刺してタレで焼いた食べ物。
香ばしい匂いは、朝食を食べた後なのに食欲をそそる。
「おっちゃん。二つくれ」
「ほいよ。銅貨四枚だ」
頭に布を巻いた中年の男が串を二本渡してくれた。
それを受け取り、一本をルフに渡す。
食べ歩きはお祭りの醍醐味だ。そんなことを考えて差し出したのに、ルフはそれを受け取らず、ジト目で俺を見て来る。
「どうした? お腹いっぱいなのか?」
「別に。はいお金」
ルフが自分のポーチから銅貨を二枚取り出した。
「黙って食え」
彼女の差し出した銅貨を無視して、口に串を突っ込んだ。ルフが一瞬「ん!」と苦しそうな声を出した。
そのまま奥へと押し込む俺の手をルフが掴み、串を奪った。
「何すんのよ!」
「美味いか?」
俺の問いを聞いたルフが、口の中に入った肉を飲み込んだ。
「味は確かね……」
「そりゃよかった」
自分の分の肉を口の中に入れる。
香ばしい匂いと柔らかい肉に沁みたタレの味。
適当に買った串に満足しているとルフが何かに気がついた。
「じゃなくて! なんであたしが奢ってもらってばかりなのよ!」
「貧乏人は奢られとけ」
「少しくらいあるわよ!」
「胸の話か?」
「お金よ!」
ルフといつも通りのくだらないやりとり。
でも、こんなやり取りが俺は好きだ。
楽しくて口元が緩む、それをルフに気づかれないように片手で口元を覆った。




