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第35話 次の行く先

 宴会で朝まで騒いだ次の日、ズキズキと痛む頭と机に伏せて寝たせいで、痛む関節の節々で王都にある城を目指す。

 時刻はもうお昼で、目の前に広がる人混みは優れない気分を更に悪化させそうだ。


「うぅ……今どの辺ですか……」


 俺の背中で今にも死にそうな声を出したのはソプテスカ。周りに王女様と気づかれないように俺の赤い外套を着せて、フードを被らせている。

 昨夜俺を問い詰めた後、「ルフに負けた……飲まないとやってられません!」と言って、かなりの酒を飲んだ。


 結果、彼女は酔い潰れて二日酔いと言う末路を辿った。

 ダサリスとネイーマさんは次の日もギルドの仕事があると言うことで早めに帰り。

 最後まで残ったのは俺とルフとソプテスカの三人だけだった。

 ソプテスカが酔い潰れた後、ルフもすぐに寝てしまい、結局後半は俺一人で酒を楽しんでいた。


「調子に乗って飲むかからよ」


 横を歩くルフが大きなあくび。

 眠そうな目をこする。

 珍しくペースを考えて飲んだのか、昨日は泥酔しなかった。

 あの状況でルフの酒癖が出ていたら、大変なことになっていたかも。

 ハーレムには憧れるが、何かに縛られるようなことは嫌だ。


 まだ俺は世界を見て回りたい。

 旅をして色んな土地を見て、色んな人と出会って、皆で騒いで楽しんで。

 そんな呑気な生活を今はまだしたい。


 城へと繋がる長い階段を上る。

 人を担ぎながらの階段は結構しんどい。闘術で脚力を強化しながら、出来るだけソプテスカを揺らさないように慎重に足を動かした。


 一番上まで辿り着くと、城との領地を区切る門兵が睨んできた。

 王女を担いでいるって、結構やばい状況だと思う。

 前回みたいに、とりあえず投獄とかないか少し心配になった。


「あ。もう大丈夫なんで降りますね」


 ソプテスカが軽やかに俺の背中から降りた。

 フードを外し、露わになった顔色は何時もと変わらない。

 さっきまで二日酔いで苦しんでいた少女は何所に行ったのか。


「治癒魔法で治しました。それにしてもユーゴさんの背中って広いですね!」


 彼女が左腕に腕を絡める。

 とりあえず元気なら何でもいいかと思い、そのままの状態で放置する。


「元気なら外套返せ。俺はもう行くから」


「ダメです。次いつ会えるか分かりませんし、父も楽しみにしていますよ」


 一般人が王から会いたいと言われるなんてロクなことがない。

 酔いとは別の理由で頭が痛くなるが、ソプテスカが抱き着く左腕の密着度が増していく。簡単には離してくれそうにはなかった。


「変な罪で怒られないだろうな」


「大丈夫ですよ。ルフも居ますし、友人には優しいですから」


 ニコっと笑みを浮かべるソプテスカ。

 何故ルフが居ることが大丈夫なのか、少し疑問に思って彼女を見るともの凄いオーラを放ちながらこちらを睨んでいた。


「おい。なんでそんな睨んでんだ」


「睨んでないわよ。勝手にすればいんじゃない」


 プイッと顔を逸らし、確実にご機嫌斜めなルフがスタスタと歩き、城へと向かった。


「ほらほら! ユーゴさんも!」


 ソプテスカが無邪気に左腕を引っ張る。

 俺はされるがまま、ルフの後を追い城へ。

 王女が居ると言うことですんなりと城の中に入ったはいいが、周りからは王女が連れて来た男と言うことで、無駄に視線を集める。


 中には「あのゴーレム殺しの冒険者じゃない?」と噂するメイドさんもおり、かなり顔を覚えられていた。

 出来れば目立たず生活したい俺にとって、少し悲しい事実だった。

 ソプテスカが近くのメイドを捕まえ、今から王の執務室へ行くと伝える。


 腰から折れた見事なお辞儀をしたメイドさんが小走りで廊下を駆けた。

 王の元へ報告にでも行ったのだろう。

 突然の面会なんて、王の時間がとれるのか心配だ。


 忙しいのなら無理して会わなくても俺としては問題ない。

 少し前を歩くルフが階段を上り、廊下をドンドン進んでいく。

 彼女は場所を知っているのだろうか?

 

 普通は城の内部構造なんて、働くメイドさんか実際に生活する人しか知らない。

 もしくは王族と相当親しい間柄か。

 揺れる彼女のポニーテールと小さな背中を見ていると、ルフが足を止めた。

 赤い木で作られた扉に金色の装飾。

 周りに比べると華やかな雰囲気は、直感でここが王の部屋だと示している。


「さぁユーゴさん! 父上に私たちの第一歩を報告しましょう!」


「なんの一歩か知らんが、挨拶はするよ」


 まだ不機嫌なのか眉間にしわを寄せるルフの横目に、扉をノックしようとした時だった。


「待っていたぞ! 青年!」


 勢いよく開いた扉から出てきたのは国王。

 燃え尽きた灰のような白髪と瞳が俺たちを捉えた。

 そして力強く肩を叩いてくる。


「久しいな! 元気にしておったか!? 二人とも!」


 俺とルフにそう言って、俺たちが言葉を返すよりも早く「入るがよい」と言って、部屋の中へと通された。相変わらず豪快で、自由な人だった。

 三人で部屋の中へと入り、椅子に座る王と向き合う。


「ご無沙汰しております。国王様」


 ルフが珍しくちゃんと敬語で頭を下げる。

 とりあえず便乗して俺も歩く会釈した。


「そうだ、ルフ・イヤーワトル。君の母上から問い合わせがあってな。知らないと答えておいたぞ。かなり心配しているようだ。そろそろ戻ったらどうだ?」


 ルフのフルネームを初めて聞いた。『イヤーワトル』の名前を何処かで聞いたことのあるような気がするが、上手く思い出せない。

 竜の国の王族と親しい間柄。もしかすると他国の重要人物なのかもしれない。

 ソプテスカ・エレカカさんと立て続けに『古き血脈』と出会った俺としては、もうそうとしか考えられなかった。


「もう戻る予定です。あまり乗り気じゃありませんが」


「ほぉ。次は人魚の国に行くのか?」


 国王の視線が俺に向けられた。


「ええ。狼の国でこれをギルドマスターに渡してくれって頼まれたもんで」


 腰につけたポーチから、エレカカさんに渡された茶色の球体を見せる。

 王は顎に手を当て、その球体を観察していた。


「我が王族にも似たような物があるな。その球は赤色だが……代々受け継ぐように言われておる」


 おい。かなり重要な物じゃないか。

 なんでそんな物を俺に渡したんだ。


「さすがユーゴさんですね」


「ソプテスカ。こいつが調子に乗るからやめて」


「凄いのは事実でしょ」


 俺を挟んで言い合いを始めた二人。

 俺が凄いとか調子に乗るとか、どっちでもいいんだけど問題はこの渡された球体が、思った以上に重要な物の可能性が出て来たことだ。

 ギルド本部のある人魚の(あの)国なら、情報で溢れかえっているだろう。

 何か分かるかもしれない。厄介な物じゃなければいいんだけど。

 一人で茶色い球体を見つめ、そんなことを思っていると、言い合いを続ける二人に国王が言った。


「少し青年と二人で話がしない。席をはずしてくれるか?」


 国王にそう言われれば、従うしかない。

 二人は黙って部屋を出て行ったが、扉の外ではまだ言い合いを続けていた。


「娘とは順調か?」


「もう少し攻撃を緩めてくれると助かります」


 王の口端が僅かに上がる。


「だから言っただろう。『手強いぞ』と」


「そっちの意味だったとは予想外ですよ」


 肩を竦めた俺に王が笑う。

 冗談半分で言った発言が、こんな状況を招くとは正直予想外だ。今はまだ応えることは出来ないが、いつかはハッキリさせないといけないとは思っていた。


「娘とのことは好きにするがよい。神獣の子(そちら)にも色々と事情(・・)があるのだろう?」


 王が放つプレッシャーが強くなる。

 真っ直ぐ向けられた灰色の瞳の奥で、見えない炎が燃えているようだ。


「狼の国で神獣の子が王位に就いたと噂がある。そちらの狙いはなんだ?」


 どうやらベルトマーの噂を王は既に耳に入れているらしい。

 内戦の事情が出回っていないとすれば、神獣の子が国を乗っ取ったように聞こえても無理が無いように思えた。

 だから狼の国で見たこと、ベルトマーが王位に就くまでの経緯を説明した。


「なるほど。成り行きと言うわけか」


「まぁそうですね。以前も言ったように、他の神獣の子には会ったことがありません。だから直接会うのは今回が初めてです」


 王は「ふむ」と言って、椅子に深く腰掛けた。

 何か懸念することがあるのだろうか。

 あるとすれば神獣の子(俺たち)に関係することだろう。


「これで世界は『神獣の子』の存在を知った……各国は躍起になって神獣の子を探すだろう。国家間のバランスを保つために」


 そうか。俺は張本人だから認識が甘かったけど、周りの人たちはベルトマーの王位へ即位により、神獣の子の存在を知った。

 圧倒的な力を持つが、もしそうじゃなくても名前だけでも脅威となる。

 外交手段では有効なカード。そんなところか。


「竜の神獣の子ユーゴ。死ぬなよ……いざとなればこの国は君の力を頼るだろう。世界を七日で焼き尽くすと言われる、竜の神獣アザテオトルの息子である君の力を」


 言いたいことはなんとなく分かる。俺が以前言ったようにこの人は、正体を周りに隠してくれるし、他国に対抗するために俺を束縛するようなこともしない。

 その代わり、緊急事態になれば力を貸してくれと言うことだ。

 

 ――神獣の子が敵になる緊急事態に


「この国が危機の時は力を貸しますよ。育った国が無くなるのは嫌ですから」


 ――そうか


 短く答えた王の顔は、この国に住む人たちと何ら変わりなかった。


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