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第33話 一時の別れ

 

 ベルトマーが王位についてから数週間が経った。

 ルフの怪我も無事に癒え、俺たち三人は竜の国へと帰ることを決めた。

 因みにエレカカさんからは報酬どころか、新しい頼みごとをされた。


 渡されたのは謎の茶色い玉。

 前の世界で言えばピンポン玉程の大きさをしたこの球は、狼の国に鉱山地帯の奥深くで見つかったらしい。

 使い方が分からないこの物質を、ギルド本部のある国、『人魚の国』のギルドマスターに渡して欲しいと頼まれた。


 どの道、他国へは何時か行くつもりだったので、いいキッカケになるかもしれないとこれを承諾。別に彼女から身体で支払ってもらわなくて寂しいとは思わない。

 ただ、少し断念だと思うは男の性である。


「惜しいことしたなぁ」


 夜風に当たりながらそう呟く。

 城から街を一望できるこの場所は、密かな俺のお気に入りだ。

 狼の国特有の乾いた空気が風に運ばれ、頬を撫でる。

 あと数時間もすれば竜の国へと旅立つ。


 砂漠を越えて、嘆きの山まで到着するには数日かかる。

 内戦が納まっているとはいえ、ベルトマーが暴れなくなったことにより、屈強な魔物たちが帰って来ているかもしれない。

 旅は何時だって命懸けだ。だからこうして落ち着けるときは落ち着きたい。


「こんな所で何やってんだ?」


 振り返ると大剣を背負ったベルトマーが立っていた。

 王位に就いたのに相変わらず黒のノースリーブ。

 むき出しの腕は引き締まったいい筋肉をしている。


「風に当たってたんだよ。お前こそ、公務はいいのか?」


「面倒事は全部エレカカがやってる」


 ベルトマーが横に並び、二人で夜の王都を見下ろす。

 エレカカさんも色々と大変だと苦笑。

 

 こいつが色々忙しかったせいで、こうしてゆっくり二人で話すのは始めてだ。

 同じ神獣の子にして、この世界で同じ異端児。

 今思うと、待ち望んでいた同類との出会いは、意外と呆気なかった。


「てめぇはどうして人間と行動を共にしてた?」


「人間側の首謀者だったお前が言うか?」


「勝手に集まっただけだ。すき好んで一緒に居たてめぇとは違う」


 ギロッと睨むベルトマー。

 彼の茶色の瞳はいつも真っ直ぐで、その性格を表している。


「成り行きでそうなった。もともと人間に危害を加える気はなかったし、世界を見て周りたいって父さんに言ったんだ」


「竜の神獣アザテオトルか……いつか戦ってみたいね」


 ベルトマーが嬉しそうに口端を吊り上げる。

 一度殺されかけている俺としては二度とごめんだ。

 もちろん、他の神獣も。


「神獣化できないお前じゃ、殺されるのがオチだ」


「フン、ぬかせ。俺様も会得してみせる。すぐに追いついてやるぜ」


「ハイハイ。楽しみにしてるよ」


 鼻息の荒い相手の視線に肩を竦めた。

 一時的に使用者の能力を飛躍的に高める神獣化。

 身体にかかる負担も大きく、長時間の戦闘には向いていない。

 まぁ、神獣化を使う機会なんて、それこそ神獣を相手にするか、同じ神獣の子と本気で戦う時ぐらいだ。

 神獣化の状態で長時間戦う機会などそうそう訪れない。


「ベルトマーはこれから王になってどうするんだ? あんまり暴れると生態系が乱れて、竜の国まで影響するからやめてくれよ」


「ぬかせ。軟弱な竜の国のことなど知ったことか」


 ベルトマーはそう切り捨て「しかし……」と言葉を一度区切る。


「王様ってのも悪くねぇ。てめぇが言ったように、狙われるから強い奴と戦えるかもしれねぇしな」


 嬉しそうに話すこいつは、根っからの戦闘狂だと再認識。

 こいつにとって王の座は民を導く座ではなく、狙われる座らしい。

 まぁ、この国では賢く国を治めるよりも、力を示した方が早い。

 そう言う意味ではやっぱり、ベルトマーは適任かもしれなかった。


「ホント、戦いが好きだな」


「俺様は狼の神獣カトゥヌスの子だからな。他の神獣の子も全員俺様がぶっ飛ばす。神獣化を使えない今はまだ、貴様には勝てねぇが……いつか倒す」


 どうやらこいつは、他の神獣の子全てに勝つ気らしい。

 まるで道場破りのような発想だ。

 人を懲らしめるより、力の証明が彼にとっては重要なのだ。


 乾いた空気を鼻から吸い込み、ゆっくりと口から吐く。

 いつもと違う空気に肺が震え、いつもと違う風に鼓膜が揺れる。

 残りの神獣の子は居るとしたらあと三人。

 その三人は今どうしているだろうか。


 俺たち二人のように、本来の目的から外れ、自分のやりたいようにやっているのだろうか。それとも、当初の目的通りに動くのだろうか。

 そもそも、俺はその子たちに会えるのだろうか。


 色々な疑問が浮かんでは消えていく。

 悩みや心配事は尽きないけど、次に向かうのは人魚の国だ。

 別名『世界の中心』とも言われる、ギルド本部のある国にして、唯一魔術師育成の為の学校がある。


 周りを海に囲まれたその環境下で発達した航海術は、今は人魚の国と各国をつなげる貴重な技術だ。

 この時代において、最も自由と平等の実現された国。


 あの国では亜人も獣人も関係ない。

 必要なのは個人の才能とそれを生かすことである。

 自分に合った道を歩むことが最も大切なことだと信じられていた。

 余計な物に縛られないその国の人々は、だからこそギルドと言う巨大な組織を造り上げ、今や世界の秩序を保つ組織となっている。


 魔物との共存に重きを置いている竜の国と似ているようで違う。

 共存と平等が似ているようで違うように。


「他の神獣の子か。どうしてるんだろうな?」


「知るか。何をしていても倒すだけだ」


「野蛮だねぇ」


 そう返した俺に鋭い眼光を向ける狼の子。

 今にも飛び出しそうな雰囲気は、獣のそれとほぼ同様だった。

 まるで野獣だ。そう心で呟き、踵を返す。

 街とベルトマーに背中を向けた。


「もう行くのか?」


「ああ。遅れるとうるさい奴がいるからな」


 ルフは遅刻に厳しい、と言うよりも待たされるのが嫌いだ。

 だから出発の今夜も遅れないようにしたい。

 後で何言われるのか怖くて考えたくもないからだ。


「ユーゴ。てめぇを倒すのは俺様だ。それまで誰にも負けんじゃねぇぞ」


 脅しに近い、ベルトマーの言葉に右手を挙げて応えた。

 負ける予定はないけど、またベルトマーと戦うのも遠慮したい。

 戦闘狂に追いかけられると俺の身体がもたない。

 父が狼の神獣を苦手にしている理由を少しだけ理解。


「元気でなベルトマー」


 自分と同じ神獣の子にそう返し、俺はその場を後にした。

 城の前には既にルフとフォルが待機しており、見送りにはエレカカさんの姿もあった。最近は寝不足なのか、彼女の目の下にくまがある。


「遅い! どこ行ってたの!」


「ちょっと野暮用だ」


 遅刻に厳しいルフにそう返し、フォルを見る。

 彼女はキョロキョロと周りを見て、誰かを探しているようだ。


「ねぇお兄ちゃん。ベルトマーさんは?」


「あいつは来ないよ。さっきそこで会ったから」


「稽古のお礼。言いたかったなぁ」


 肩を落とすフォルの頭を軽く撫でる。

 そんな彼女の様子を見て、エレカカさんがフォルの手を取った。


「大丈夫です。彼はそんなこと気にしませんよ。最近は彼の方が楽しみにしていたみたいですし」


 ニコッと彼女の柔らかい笑みはやっぱり絵になる。

 ちゃんと報酬を貰っておくべきだったと、今更ながら強く後悔した。


「じゃあ。エレカカさん。お元気で」


「はい。本当にありがとうございました。この恩は必ずどこかで」


 深々と頭を下げるエレカカさんに背を向け、王都の街へと歩き出す。

 フォルとルフは城が見えなくなるまで手を振っていた。

 

 王都の街外れにとめていたデザートウルフに跨り、夜の砂漠をかける。

 夜と朝の気温が低い時間に移動するのは、今までと一緒だ。

 昼間はとても、移動できるような気温じゃない。


「ねぇ。ユーゴ」


 並走するルフが顔をこちらに向けていた。


「なんだ? お腹空いたのか?」


「そんなに食いしん坊じゃないわよ!」


 ルフのツッコミはいつも鋭い。


「どうして一度竜の国を経由するの? 治癒師とかが乗ってる船に乗せてもらえれば、日数はかかるけど人魚の国に行けるじゃない」


「祖国が恋しくなったんだよ」


 本音は色々あるが、半分は本当だ。

 やっぱり慣れ親しんだ土地が一番だとこの国に来てからは強く思う。

 久々にダサリスと一緒に、酔い潰れて朝になるまで飲みたい。


 それに狼の国に来た時と違い、今回の依頼は急ぎの用事ではない。

 のんびりやっても、誰も死にやしない。


「それにフォルを騎士団に戻さないと、俺が何処かから怒られそうだ」


「フォルは大丈夫だよ?」


「こうゆうのは大人事情ってのがあるんだよ」


 俺を挟んで、ルフと反対側を並走するフォルが首を傾ける。

 おそらく竜の国の魔物たちは、俺たちが狼の国に来る前よりも、落ち着いているだろう。それでも、貴重な戦力である竜聖騎士団の隊員を長時間借りるのはよくない。


「フォルちゃん。あなたはこんな大人になっちゃダメよ」


「おいおい。人をダメ人間みたいに言うな」


「はーい、ルフさん。頑張ります」


 こいつら……


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