第30話 共闘
ルフは目の前の状況に心の中で舌打ち。
眼前から迫る人間に対して、矢を打ち込んだ。
額を正確に貫いた一撃は、確実に相手を絶命させる。
これで何人倒しただろう?
そんなことをふと思ったが、この戦いは全く終わりそうにない。
ユーゴと神獣の子ベルトマーの規格外の戦いを人間たちと眺めていると、自分たちが壊した門から獣人たちが攻撃を仕掛けて来た。
応戦する人間側。突如始まった内戦。
フォルとエレカカ三人で固まり、両軍に挟まれないように戦場を移動していた。
両軍はここが大一番と判断したのか、戦いは激しさを増す一方だった。
そんな両軍をあざ笑うかのように現れたのは、砂漠の主と砂漠の獣と呼ばれるサソリ型の魔物たち。
しかもサソリ型の魔物は前回とは違い、複数体その姿が見える。
そして、人間と獣人の戦いに乱入した魔物たちは、手あたり次第に攻撃を始めた。
人間・獣人・魔物の三つ巴の戦い。周りで皆血を流し倒れていく様子は、まさに地獄そのものだった。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
すぐ傍でユーゴの外套を身に纏い、小さくなるエレカカがさっきからそう呟いている。祈る様に合わせた手が小刻みに震えているのは、この状況が怖いからなのか、それとも罪の意識を感じているからなのかは、分からなかった。
今考えることは生き残ること。ただそれだけだった。
「はぁ……はぁ……ルフさん。どうする?」
肩で息をしているフォルが剣を構える。
自分とエレカカの二人に気を遣いながら、四方から来る敵を相手にしないといけない。彼女も相当、神経と体力を消耗していた。
本来なら、ユーゴと合流してこの場から離脱すべきだ。
しかし、街の奥で時々建物が壊れる音や、砂塵が舞うことからまだ彼らは戦っているのだと分かる。
神獣の子を相手にして、ユーゴが勝てるのか不安だが今は信じるしかなかった。
彼が元気な姿で帰ってくることを。
「どこか乱戦から逃れられる場所に移動。そこであのバカの帰りを待つ」
ルフは砂漠の獣と呼ばれるサソリ型の魔物へ矢を放つ。
片方のハサミを吹き飛ばした時と同じように、当たれば爆発を引き起こすタイプの矢だ。距離はかなりあるが、人間と獣人の間を上手く抜けてくれれば当たる距離だった。
一撃を与え乱戦の場から距離をとる。
それがルフの判断だったが、矢はサソリ型の魔物の途中で叩き落とされた。
砂漠の主と言われる全身を黒い甲冑で覆った魔物に。
「やっぱり生きていたのね」
ルフが素早く矢を放つ。
相手の魔物は、真っ直ぐ伸びてきた矢を手に持った身の丈ほどの大斧で弾く。
そして、大地を力強く蹴った。
重く、躍動感ある動き。この魔物は強い。
向き合って改めてそう感じた。
「エレカカさん、下がって!」
傍で蹲り手を合わせる彼女の外套を掴み、やや強引に自分の後ろへと移動させる。
フォルが自分と魔物の間に割って入り、剣を構えた。
彼女の細く、小さな身体であの魔物の攻撃を受け止められるか。
疑問に思ったが、今は受け止めてもらわないとどうにもならない。
「ルフさんには触れさせないよ!」
剣を力強く握り、そう叫ぶ彼女の背中は、まさに民を守る騎士そのものだった。
ルフは矢を手に取り、いつでも撃てる体勢を整える。
一瞬でもフォルが大斧を受け止め、隙が出来たら撃ち込むためだ。
(来い……今度こそ一撃で決めてやる……!!)
集中力を高め、闘術で強化された動体視力で相手をジッと見つめる。
まるでスローモーションのように景色がゆっくりと流れていく。
今なら外す気がしなかった。そんなことを思っていると、砂漠の主の足元にある砂が僅かに動いたことに気がついた。
飛び足して来たのは黒色のハサミ。それが何で何が狙いなのかすぐに分かった。
「フォルちゃん避けて!」
砂の中から出てきたのはサソリ型の魔物で、黒色のハサミでフォルを狙っていた。
フォルは身軽にジャンプして、ハサミを避ける。そして関節を狙いサソリ型の魔物に剣による一撃を加えた。切り付けた場所からは紫色の血が飛び出し、与えたダメージを示している。
かなりの出血だが、サソリ型の魔物は意に介していない。
それどころか残ったもう片方で砂を頭上高く舞い上げた。
小さな粒上の砂の中に見える赤みを帯びた粒たち。
ルフは直感的に回避しないとマズいと判断した。
しかし、このままではすぐ後ろに居るエレカカも巻き込まれる。
考えたわけではない。身体が勝手に動いた。
闘術で細い腕に魔力を回し、エレカカの外套を掴む。
そして、彼女をフォルの方へ向かって投げつけた。
宙へ身体を投げたエレカカに驚きながらも、フォルがしっかりとキャッチ。
ただ小さな彼女には勢いが強すぎたのか、後方へと身体が吹き飛んだ。
それでも、相手の攻撃範囲から逃げられたのでよかったと胸を撫で下ろす。
(いつから他人の心配ばかりするようになったんだが)
ふとそんな事を思う。
それもこれも、竜の国で出会ったあの青年のせいかもしれない。
人並み外れた力を持ちながらも、誰にも知られずひっそりと人々を助けるあの青年の。ルフは僅かな抵抗を示すために、渾身の早撃ちで足元へと矢を一発放つ。
矢の効果が発動すると同時に、サソリ型の魔物が両方のハサミを動かし、火花を散らした。小さな日は瞬く間に砂の中に紛れる粉塵へと引火し爆発を引き起こした。
足元に突き刺した矢の効果は辺りに熱に強い障壁を張ること。さらに外套で身体をすっぽり覆えば、並大抵の熱による攻撃は防ぐことが出来る。
周りに張った障壁が熱風で揺られるが、熱さはそれほど感じない。
むしろ爆風で吹き飛んだ小さな粒たちが散弾のように身体にめり込む。
普段なら絶対に気にしない粒も、立つことが困難な爆風に乗れば、立派な凶器へと変わる。腕で顔を覆い、目に入ることは避けているが腹や足に粒がめり込み、血が噴き出す。
炎熱と爆風が収まる頃には、全身に傷と打撲だらけになっていた。
立つことも困難なルフが片膝をつく。
「クソ……けっこう効いた……」
粉塵爆発の威力の感想を勝手に述べる。
全身から発せられる痛みで、今すぐにでも意識を失いそうだった。
かなりの重傷かもしれない。そう思うには十分な痛みだ。
「ルフさん! そこから離れて!」
遠くからフォルの声が聞こえる。
顔を上げて前を見ると、砂漠の主が大斧を肩に担ぎ近づいて来ていた。
回避しないといけない。弓使いの自分に近距離戦は無理だ。
(足が……)
足に力が入らない。それどころか、徐々に意識が遠のいていく。
こんな乱戦の戦場で意識を失えば、一瞬で死ぬ。歯の奥を食いしばり意識を繋ぎ止めるが、振り下ろされる大斧を回避できそうになかった。
(ここまで……かな)
両親は家を出た自分をどう思っているだろう。
祖国に居る両親への謝罪、そして次に出てきたのはあの青年の顔だった。
助けは望めそうにない。今あの青年は神獣の子と呼ばれる化け物と戦っている。
ルフの頭上に大斧が振り下ろされる。
目を閉じ、その時を待つが聞こえたのは金属音だった。
恐る恐る目を開けると自分と魔物の間に一人の男が割って入っている。
「なんで……あなたが……」
思わず口からそう漏れた。
自分と魔物間に割って入ったのは、狼の神獣の子ベルトマーだった。
愛用の大剣を片手に魔物の振り降ろした大斧を受け止めている。
ベルトマーが大剣を振るうと砂漠の主と呼ばれる魔物は、大きくバックステップ。
彼の攻撃範囲から身体を遠ざけた。
「危険を察知するくらいの知能はあるらしいなぁ」
ベルトマーそう呟き、大剣を肩に担ぐ。
「なんであなたがここに居るの! ユーゴはどうしたの!?」
「俺様が殺した」
ドクンと心臓が大きく鳴る。
視界が霞み、呼吸が浅くなる。
彼が死んだ? 目の前の男に殺された?
ルフは身体の痛みも忘れ、悲鳴をあげる身体で弓を手に持った。
腰にぶら下げた矢入れから矢を手に取り、こちらに向けられたベルトマーの背中に狙いを定める。
「こらこら。勝手に人を殺すな」
聞き覚えのある声。弓を構えた自分の横に彼が着地した。
「ユーゴ……」
ニッと笑みを浮かべた彼は自分の頭に手を置き、優しく撫でてくれた。
「二人をありがとうな。あとは俺たちに任せとけ」
「うん……」
彼の言葉に小さく頷く。
彼が生きていたことに安堵し、緊張が一気に緩む。
それが涙となって瞳から溢れるが、泣くところは見せたくないと手で拭った。
そして、目の前には二人の男の背中が並ぶ。
赤髪の男と大剣を担いだ茶髪の男。
「どの道、てめぇは俺様に殺されるんだよ」
「ぬかせ。後で俺の本気を見てからいいな」
どうゆう取引が行われたかは知らないが、彼らはこの場を納める気らしい。
規格外の男たちによる共闘。魔物は間違いなく瞬殺されるだろう。
「じゃあ。ベルトマーはあのサソリ型の魔物な」
「あぁ!? あの鎧の魔物の方が強そうじゃねぇか! 弱い方を押し付けるんじゃねぇ!」
「俺のツレに手を出した魔物は俺がカタをつける。文句言うなら後で戦わないぞ」
「チッ。つまんねぇがぶっ殺して来るぜ」
舌打ちをしたベルトマーが人間と獣人を虐殺しているサソリ型の魔物の群れへとジャンプしていった。あっという間に小さくなった彼の背中に向けてユーゴが叫ぶ。
「あんまり周りを巻き込むなよー!」
「うるせぇ! 俺様に命令するな!」
緊張感の無い彼らのやり取り。
彼らを見ているとここが戦場だと言うことは忘れてしまう。
しかし、そうなってしまうほど、彼の背中を見ていると安心する。
(ねぇユーゴ。あんたは一体何者なの?)
心の中で彼にそう聞くが、それを口にするよりも前に、彼が右腕を横に伸ばす。
何度も見て来た彼の炎。しかし、今日の炎は少し違った。
いつもは赤みを帯びている炎が今日は黄色みを帯びて、彼の腕を包み込んだ。
鎧を身に纏った砂漠の主が、再び大斧を肩に担ぐ。
それを見たユーゴが力強く言う。
「来いよ。俺とお前の格の違いを教えてやる」




