第2話 ギルド
「ちょっと、ついて来ないでよ」
「俺もギルドに用事があるんだ。場所は知らないけど」
笑顔で答えたのに彼女はポニーテールに纏めた桃色の髪を揺らしため息。
彼女は男たちに囲まれていた時、ギルドに行くと言っていた。
後を追えば俺もギルドに着けると思い、こうして後をつけている。
断じてストーカー行為をしているわけではない。
もちろん少しでも可愛い女の子とお近づきなりたいという、男子なら誰でも持っている願望はある。
だからと言って、非難される理由はない無いはずだ。
「用事があるのに場所を知らないって、どこの田舎者よ」
「想像しうる最大の田舎を思ってくれて結構だ。それより凄いから」
「どんな環境よ……」
父であるドラゴン以外は獣や魔物。山に迷い込み正気を失った盗賊や山賊が時々居るくらい。
後は全部木である。家の一つもない、間違いなく世界最高クラスの田舎出身者だろう。
そもそも神獣に育てられたと言えば、周りの人は信じるのだろうか。
神の子とか言って、貢物とかくれないかな?
果てはたくさんの女性に囲まれたりとか。
うん。タイミングと様子を見計らって、明かしてもいいなら明かしてみよう。
ただ、厄介事になるならパスだな。面倒事は勘弁したい。
一人でそんなことを思っていると、女の子が三階建ての大きな建物の前で足を止めた。
どうやらここがギルドらしい。建物についた看板を見ると、確かに『冒険者ギルド』と書かれていた。
「ほら。ギルドに着いたからもういいでしょ」
「そんなつれないこと言わずに、最後まで行こうぜ」
俺が彼女を追い抜き、先にギルドの中へと入った。
「こらっ、あたしの前を歩くなっ」
女の子が駆け足で追って来る。
少しだけ頬が緩んだが、すぐに締め直す。
そして目の前の受付をしっかりと見る。
目を見開き、受付の人たちを隅から隅まで。
「なんで立ち止まっているの?」
「重要な確認をしている」
「受け付けは何処でも一緒よ?」
「内容はそうかもな。だけど、重要な問題があるだろ」
よし。プランは決まった。
あとは実行するのみ。
意を決した俺は一人の受付の人に近づいた。
「すいません。初めてなんですけど……」
「あぁ?」
葉巻を口にして、左目には縦に切り傷。
俺が選んだのは複数いる受付の人中で、一番人気の無さそうな四十代くらいのオッサンだ。
「そっちの趣味だったのか」
女の子がかなり意味深な発言をしたが、今はスルーする。
オッサンは俺たちを見た後、隣の受付を指さした。
「隣行けや。てめぇも可愛い女の方が嬉しいだろ」
「ええ。もちろん。隣の長蛇に並んでもそっちのほうがいいです」
隣には猫耳を持った獣人のお姉さまが受付をしている。
流れるような茶色の髪に、豊満な胸元と柔らかい笑顔。
男なら誰でも虜になるだろう。だから、冒険者の男どもが並び、その一列だけ異常な行列が出来ていた。
「俺をおちょくってんのか?」
「まぁまぁ落ち着いて。この子も一緒にこれからオッサンの所に通うから」
「はぁ!?」
女の子をグイッと引っ張り俺の横に並ばせる。
オッサンは女の子をジッと見つめると、咳払いを一つした。
「飲むときは俺も誘えや」
「もちろん。名前は……なんだっけ?」
「ルフよ! 人の名前も聞かないで勝手に巻き込まないでくれる!?」
「俺はユーゴ。オッサンは?」
「ダサリス」
何故か俺の時より対応がクールなのは、ルフが居るからだろうか?
女性を前にすると男の掌返しは凄いから仕方がない。
「何か受けれそうな依頼はある?」
「飛竜種には乗れるのか? 乗れないとこの国では仕事にならんぞ」
「乗ったことはないけど、なんとかなるさ」
「そっちの嬢ちゃんは?」
ダサリスの問いにルフは少しだけ間をおいて答えた。
「も、もちろんよ! 余裕過ぎてあくびが出るわ!」
無駄に強気な態度が気になるけど乗れるらしい。
「男の方は始めてだから……二人で受けるとなるとこれか」
ダサリスがカウンターの下から一枚の紙を取り出した。
「ちょっと。いつの間にあたしとあんたが一緒に受けることになってるのよ」
「俺はギルド童貞なんだ。お前で卒業させてくれ」
「女性に対して過剰な発言は、処罰の対象だから気をつけろよ」
「すいませーん。ここに変態が居ます」
「まぁまぁ、ここは何とぞ穏便に」
衛兵を呼ぼうとしたルフを宥めて、カウンターの上に置かれた紙を手に取った。
「これを受ける。また来るよ」
「お前は二度と来るな」
「つれないねー」
ダサリスにそう言って、俺とルフはギルドを出た。
貰った紙を見ると、依頼の内容は近くの村に欲しい物資の内容を聞くものだった。
これを聞いたのち、物資の運搬の依頼を誰かがこなすのだろう。
物資の運搬は途中で逃げられると困るので、ある程度実績のある者にしかやらせない。
今回は俺が始めてと言うことで、ダサリスがちゃんと選んでくれらしい。
意外としっかり仕事をするタイプの男のようだ。
「ねぇ。なんであのダサリスの方で受付をしたの? 変態のあんたのことだから、てっきり可愛い受付を探してたんだと思っていた」
「男友達が欲しかったのさ」
本当の理由は色々あるけど、ダサリスを選んだことに間違いはないと確信している。
ルフの質問を適当に受け流し、依頼の紙に書かれた場所を目指す。
前の世界で言う空港ではないが、空を飛べる飛竜種の離着陸する場所は決まっている。
そこに行って依頼の紙を渡せば、目的地までの地図をくれるらしい。
「男友達? 友達居ないの? 居なささそうだけど」
「お前も男勝りで彼氏居なささそうだな」
「いつか殺してやる」
ルフの可愛らしい小さな口からは物騒な言葉しか飛んでこない。
顔は可愛く美人で勿体ない気もするが、一部の業界では人気が出そうだ。
先に断わっておくが、俺はその一部の業界には属していない。
「まぁ、楽に行こうぜ。初めての依頼で経験豊富なビッチと一緒なんて、歓喜に震えそうだ」
「衛兵呼ぶわよ」
ルフと並んで歩き、石で造られた長い階段を上る。
高い場所に乗り場があるとはいえ、もっと近い場所に造って欲しかった。
「あぁ、しんどい」
「じじいみたいなこと言わない。『闘術』使えば楽勝でしょ」
「ルフって『闘術』使えるの?」
「冒険者なんだから当たり前でしょ」
この世界には魔力が存在している。
そして、その魔力を使った魔法には大まかに三つの分類がされている。
魔術・闘術・法術の三つだ。
魔術は火を発生させたり、風をおこすなどよくある魔法と言うやつだ。
闘術は魔力を使い、身体能力を向上させることを指す。動体視力を上げたり、身体の硬度を上げるなど様々な使い方がある。
そして、法術は主に結界や治癒術など、補助全般のことを指す。
三つの中でも法術は特に難しいとされており、治癒術を使えば治癒師として、色んな所から引っ張りだこだ。
結界師だって、重要拠点の防衛を任されたりすれば稼ぎは悪くない。
ちなみに俺は三つとも全部使える。
ただし、法術に関しては基本的なことしか出来ないため、治癒師や結界師で稼ぐのは無理だ。
こればっかりは二十年間修業してもどうにもならなかった。
「魔物と戦うことの少ないこの国だと、闘術なんてナンパを撃退する時ぐらいしか使わないだろ」
「あとはレディに下品な言葉を言う変態を捕まえるとかね」
「お前はレディにしては上品さと胸元が足りてないよ」
「ホントに一回ぶん殴ってやろうか」
「そいつは勘弁」
ルフの視線が怖くて肩を竦めた。
そんな会話を繰り返し、ようやく階段を上り切った。
円形に広がる広場のような場所には、飛竜種の魔物と離着陸をする冒険者で溢れていた。
高い場所とあって、風がかなり強い。
ルフのポニーテールも風に揺られて激しく動いていた。
受付の白いテントに近づき、男に紙を渡すと目的地が赤い点で記された地図を渡された。
危ないからと言われ、ゴーグルやマスクも渡される。
必要な装備を受け取ると、今回俺たちが乗るワイバーンまで案内された。
緑色の体躯にまだら模様の羽。人が跨っても大丈夫なように鞍が背中には装着されており、手綱は頭絡で繋がっている。
乗馬する時の状態に極めて近かった。
係員の人にどうぞと言われ、ワイバーンに跨る。
父よりも少しだけ柔らかい背中でバランスを取る。
あんまり動きすぎると乗られている側は怖いそうだ。
父に注意され、他のドラゴンだと振り落とされるぞとよく指摘を受けた。
後は空を飛ぶだけだと思い、手綱で合図を送ろうとすると後ろから声が聞こえた。
「きゃ!」
ルフの声だ。手綱でワイバーンを反転させると、地面に落とされた彼女と暴れるワイバーンを取り押さえる係員の人。
まさかこいつ……乗れないのか?
俺の疑問と同時に周りから「え? あの子乗れないの?」、「おいおい。この国で乗れないってどんな田舎者だよ」とか聞こえる。
ルフは座り込んだまま俯いているが、彼女の耳にも聞こえているだろう。
その証拠に耳が真っ赤だ。
乗れないのなら始めからそう言えばいいのに。
小さくため息をして、係員の人に聞いた。
「二人乗りってあります?」