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第28話 狼の神獣の子ベルトマー


 吹き付ける砂嵐も大分弱まって来た。

 砂が入らないよう鼻まで覆った外套で遠くを見つめる。

 大きな壁が影のようにそびえ立っている見える。

 砂で固められたその建造物の上には明かりが見受けられた。


「あれが人間側の拠点かな?」


 デザートウルフの上で後ろに跨るフォルが俺の肩から要塞を見ている。

 エレカカさんの指し示す方向に進むこと数週間。廃墟となった村や町を抜けて、目の前に現れたのは砂の壁とでもいえばいいのか。

 巨大な壁に囲まれた要塞のような建物だった。


「あれがこの国で最も堅牢な要塞都市です」


 なるほど。あの壁の中は街になっていて、俺たちから見えているのは街を守る壁らしい。確かに戦争をするならもってこいの場所だ。

 獣人たちが仕切っていた要塞都市を占拠しそのまま使っているようだ。

 砂漠の向こうに沈む夕日を背に、俺たちは要塞都市へと近づく。

 

 近くで見るとかなり巨大な壁で、見上げると首が痛い。

 それに壁の上には見張り役の人間の姿を見える。

 二人組の男たちは、弓を片手に何やら話していた。

 多分、俺たちが獣人と人間のパーティだからだろう。

 敵か味方か判断しかねる。そんな所だ。


「お兄ちゃん。かなり警戒されているよ?」


「どうやって中に入れてもらうの?」


 ルフとフォルが楽しそうに聞いてくる。

 俺としては余計な体力を使いたくないから、獣人を護送してきたとか適当に設定を捏造して入りたい。

 ただ、今回はエレカカさんを神獣の子の元まで連れ行くのが目的だ。

 街に入るのはその為の手段に過ぎず、会うために一番手っ取り早い方法はハッキリとしている。神獣の子は強い奴に会いたい。


 ならば……俺たちがひと暴れして、力の差を見せつければいい。


 デザートウルフで壁に小さく設けられた石の門へと近づく。

 石造りの門は当然ながら固く閉ざされており、外から攻撃を仕掛けて来た魔物の行く手を塞ぐ。デザートウルフから降りて、その門へと近づき、右手を添えた。


「ルフ、フォル準備はいいな?」


「もちろん!」


「いつでもいいわよ」


 フォルは砂の上に降りて剣を抜き、ルフは弓を手に取っていた。ルフと一緒にデザートウルフに乗るエレカカさんは目を点にして俺たちのやり取りを見ていた。


「今回の目的は戦争じゃない。暴れるのは程々にしておけ。先頭は俺が行く」


 彼女たちの小さな頷きを確認して、門に添えた右手に魔力を集める。

 集めた魔力を少しずつ門の方へと流し、それを徐々に広げていく。

 物体や相手の身体を内部から破壊する火属性の魔術。

 門全体に魔力が通ったことを確認して、一気に右手で門を押し込んだ。


 耳を塞ぎたくなるような轟音。石の壁が吹き飛び、破片が街の内部へと飛ぶ。

 門の周りに居た人間たちの視線が一斉にこちらへと向けられた。

 そして、ゆっくりと街の中へと入り、力強く言い放つ。


「神獣の子、ベルトマーに会いに来た。

大人しく彼の所まで通せば、危害は加えない」


 俺の言葉よりも早く反応を示した人間たちが、武器を手に持ち襲い掛かって来る。

 ルフが彼らの手に矢を正確に当て、無力化するとフォルもまた、腕や足を切り付け、人間を無効化した。

 死なない程度の負傷。それも今の俺たちの目的を達成するには十分だ。

 もちろん、これ以上抵抗すれば容赦なく殺すつもりだった。


「待て!!」


 人間側の一人が叫んだ。

 彼の言葉で周りの人間たちの動きが止まる。

 どうやら、声を出した奴がリーダー格らしい。

 俺たちを囲む人の間から出てきたのは白髪の初老の男。

 一瞬、この人が神獣の子かと思ったが、放つ魔力が普通の人と何ら変わりなく、違うとすぐに分かった。


「冒険者よ。ベルトマー様に何用だ」


「個人的なことだ。お前たちに話すことじゃない。力を示せと言うなら、ここに居る全員を皆殺しにしてもいいぜ」


 右腕に炎を纏わせ威嚇する。

 これだけの魔力量の差だ。すぐに納得してくれるはず。


「……この魔力量……貴様一体何者だ」


「そんな事よりも返答は?」


 初老の男を睨み、殺気を放つ。

 男の口が動こうとした時だった。

 それはプレッシャー。大きな存在感を持つ『何か』が真上から来る。

 そう直感が告げ、顔を上げると一人の男が俺たちの目の前に着地した。


 オールバックの茶髪と茶色い瞳。褐色の肌と背負った身の丈ほどある大剣。

 ただし大剣は鉄と言うよりも、何かの骨で出来ているかのように斬ると言うよりも、砕くと表現した方がいいような形をしていた。

 黒いノースリーブから伸びる筋肉質な腕は力強く。

 同じく黒いグローブを装着した拳は固そうだ。

 そして、俺たちを見る獣のような鋭い視線。

 

 間違いない……こいつが……


「俺様がベルトマーだ。喧嘩したいって奴はどいつだぁ?」


 ギロッと俺たちの方を見た彼の視線は、確かな殺気を含んでいた。

 まるで今にも飛び出してきそうな雰囲気。

 正直、この男に相手に交渉は無謀に思えた。

 しかし、今回の依頼の内容をここまで来て変更するわけにもいかない。


「俺たちは戦いに来たんじゃない。

話し合いに来たんだ。エレカカさん」


 振り向き、目線で彼女に合図を送ると、デザートウルフから降りたエレカカさんがゆっくりと前へ。そのまま俺を通り過ぎ、ベルトマーの目の前に立つ。


「初めまして。神獣の子ベルトマー」


 話しかけられたのにベルトマーは黙って彼女を睨んでいた。

 喧嘩と思って来たのに、違ったので残念と言ったところか。


「急な訪問で申し訳ありません。ですが、私はあなたに頼むべきことがあり、ここまで来ました」


 息をしっかりと吸い、エレカカさんが真っ直ぐにベルトマーを見つめた。


「この国の王になってもらえませんか!? あなた程の力があれば、皆納得してくれます! この内戦を止める為にもお願いします!」


 深々と頭を下げるエレカカさん。

 彼女の悲痛な思いはベルトマーに届いたのだろうか。

 そんな思いを胸に、彼を見ると口端を吊り上げていた。


「おんなぁ……いいか。俺様は指図されるのが嫌いだ。そう言うことは、俺に勝ってからいいな」


「それでも! それでもお願いします! この国が生まれ変わるにはあなたの力が必要なんです!」


 ――私は……!


 そう続けようとしたエレカカさんに向かって、ベルトマーが大剣を握った。

 それと同時に地面を蹴り、エレカカさんとベルトマーの間に割って入る。


「四の五のうるせぇ!」


 振り下ろされた大剣。

 後ろにエレカカさんが居る状況では、避けることも出来ない。

 砂漠の主の大斧を受け止めた時と同じように、両手の掌に高密度で生成された炎の膜を薄く張る。

 そして、ベルトマーの大剣を受け止めた。


「ぐっ」


 重い。それが最初の感想だった。

 砂に足がめり込み、掌に張った火の膜が悲鳴をあげる。

 このままじゃ、俺の腕がもたない。


「女性が話している時は、黙って聞いてやるもんだ」


 受け止めていた大剣を横に弾き、火属性の魔法を付加させた右拳がベルトマーの顔面を正確に捉えた。

 そのまま振り切ると狼の神獣の子は、建物を破壊して後方へと吹き飛んだ。周りの人間たちから心配の声が上がるが、彼も神獣の子ならこれくらい大丈夫だろう。


「ユ、ユーゴさん!? やりすぎです!」


「加減しましたし大丈夫ですよ。それに少し痛い目に合わせた方が交渉もしやすい」


 吹き飛んだベルトマーの心配をするエレカカさんにそう返し、吹き飛んだ彼の方をジッと見つめる。

 建物が破壊されたせいで砂塵が舞い上がり、ベルトマーの姿は見えない。

 

「神獣の子も意外と呆気なかったわね」


 ルフがそう呟くと砂塵の中から声がした。


「俺様を吹き飛ばすとは……てめぇ何者だ?」


 砂塵が一瞬で晴れた。

 どうやらベルトマーが大剣を振り、剣圧で砂塵を吹き飛ばしたようだ。

 俺の殴った頬は僅かに赤くなっているだけで、大したダメージではないらしい。


「俺はユーゴ。それ以上でも以下でもないよ」


 肩竦めてそう返す。

 俺の言葉にベルトマーは口端を吊り上げる。

 その残虐な笑みは、殺気の中に確かな歓喜を含んでいた。


「嬉しいぜ。雑魚ばっかで飽きていた所だ。楽しませてくれよぉ!!」


 ベルトマーの放つ魔力が急速に増していく。

 大気を伝わり、離れた俺たちにもビリビリと空気が震えるのが分かった。

 どうやら、交渉するにはこいつを大人しくさせないといけないらしい。

 ちょっと面倒なことになり思わずため息。

 最悪と想定した事態に呆気なくなってしまった。


「何こいつ……化け物じゃない……」


「こんなの反則だよ……」


 後ろに居るルフとフォルが思わず呟く。

 その声には、畏怖の念が含まれている。そりゃそうだ。

 神獣の子の全開による魔力の威嚇など、普通の人間には規格外にしか映らない。

 神獣の本気と向かい合ったことのある神獣の子()は別だけど。


 赤い愛用の外套を脱ぐと、それをエレカカさんの肩にかけた。

 ある程度魔力を流した状態で渡しているから、下手な防具よりも効果を発揮してくれるだろう。


「あ、あの……これは?」


「ちょっと被害が大きくなりそうですから、これを着て離れていてください」


 不安そうな目で見つめる彼女にそう返し、前に出る。


「ルフ、フォル。ちゃんとエレカカさんを守れよ。彼女の身体には予約入ってんだからな」


「りょーかい!」


「こんな時まで最低ね……」


 敬礼するフォルに、ため息のルフ。

 本当に頼むぞ。お前らも怪我の無いように気をつけろよ。

 心の中で彼女たちの安全を祈り、目の前の男、狼の神獣の子に目をやる。


「遺言は終わりか?」


「はて。何のことやら」


 再び肩竦めた俺に、ベルトマーが舌打ち。


「簡単に死なないでくれよ」


「安心しろ。その予定はまだない」


 ベルトマーの放つ魔力が徐々に纏まって行く。

 どうやらもう少しで飛び出す気らしい。

 こちらを睨む茶色の瞳から放たれる殺気。

 その迫力とこれから起こるであろうことを想像して、全身の毛が逆立つ。


 危険だと、俺のカンが警告を鳴らす。

 周りを巻き込む恐れのある、今の状況では戦うなと。

 しかし、引くわけにはいかない。

 戦わないといけないのなら……俺は……


「いくぜぇ!!」


 ベルトマーがそう叫び、力強く地面を蹴った。


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