第27話 懺悔
俺たちに神獣の子と会えるまでの護衛を頼んできた、獣人の女性の名前は『エレカカ』と言うらしい。
日が昇ったばかりの早朝、まだ目の開かないフォルを俺が背負い。
俺たちは大聖堂を出た。砂漠を移動するのは基本的に朝と夜だけだ。
後はテントの中で日差しを避けて過ごす。
「あの。あなた方はどうやってここまで来たのですか? 竜の国から来たと噂では聞いております」
「賊から色々奪った。砂漠を超えるための装備も乗り物も」
「どっちが賊なんだか……」
ルフが呆れたように言った。
「やはり。この国の治安は安定していないのですね」
エレカカさんの気落ちした表情。
内戦中でしかもそれが人間と獣人に分かれての戦争ならば、ある程度悪いのも仕方がないと思う。
俺としては原因を作ったのが同じ神獣の子と言うのが気になる。
ベルトマーと名乗る狼の神獣の子。
神獣の中でも最強と謳われる竜と双璧を成す、『狼の神獣カトゥヌス』の子供。強いだろうな。この国の魔物たちが逃げ出すくらいなんだから。
街外れの馬小屋に着いた。
背中で眠るフォルの身体を揺らす。
「フォル。移動するから起きてくれ」
「う~ん……もう少し……」
お決まりのセリフをかますフォルの頭にルフのチョップが当たる。
「いつまでも甘えない。早く起きる」
「ふぁーい」
まだ開かない目を擦り、フォルがヌルリと背中から降りた。
ルフに「早く目を覚ます」と怒られている姿を見ているとまるで親子のようだ。
「仲が良いですね」
俺と同じように、二人の様子を見ていたエレカカさんが口元を抑え、笑みを浮かべる。上品な笑い方だなと勝手に感想を抱いた。
「まぁ、あの二人はなんだかんだで仲が良いですね」
「いいえ。あなた方三人が……です」
こちらを見つめる彼女の瞳はどこか悲しそうだ。
俺たちにとっては当たり前の光景でも、狼の国出身の彼女からすれば珍しいのだろうか。それとも、敵である人間側の陣営に居る、神獣の子に会いたいと言うことが関係しているのか。
今の俺には分かりかねる。
彼女の視線から目を逸らし、デザートウルフの黄色い毛並を撫でた。
サラサラとした感触が指の間を流れる。
「そろそろ行くぞ。二人とも早く乗れ」
細かい指導をくらい、目が覚めたフォルが俺が乗る予定だったデザートウルフに華麗に跨った。それを見て固まる俺にフォルが首をコテンと倒す。
「どうしたの? お兄ちゃん早く乗りなよ」
「いや。俺とエレカカさんが乗るから。お前はルフと一緒だ」
「ダメよ! あんたがエレカカさんと一緒なんて、何するか分からないじゃない!」
もはやルフに関しては悪口である。
「彼女の身体には俺の予約が入っているんだぞ。何かあったらどうする?」
「動機が不純なのよ!」
ルフが俺をビシッと指さす。
どうやら俺とエレカカさんが一緒に乗るのが不満らしい。
フォルは「早く、行こうよ」とデザートウルフの上で騒いでいる。
もちろん砂漠の道中では襲われる心配がある。
それにエレカカさんは戦えないだろう。
戦えるのなら、そもそも俺たちに護衛を頼む必要もない。
「じゃあ。エレカカさんは頼んだぞ」
「宜しくお願いしますね。ルフさん」
「う、うん? これでよかった……のか?」
ルフが一人で戸惑っている。
俺とエレカカさんと一緒に乗れないのなら、戦闘の際に敵から一番遠くに居るはずであるルフに預けるのが一番安全だ。
フォルと一緒に俺たちが接近戦に持ち込み、後方からエレカカさんの護衛をしながら弓で援護する。これが一番しっくりくる陣形のような気がした。
フォルと一緒にデザートウルフに跨り、ルフが前でエレカカさんも残りの一体に跨る。フォルが俺の腰に手を回し、身体を密着させた。
朝に動ける時間は限られている。
早く行動して、日差しを防ぐテントを張る場所も探さないといけない。
「エレカカさん。神獣の子が居ると思われる場所の方向は?」
「走りながら説明します。まずは狼の国、最大のオアシスまで行きましょう」
エレカカさんが進むべき方向を指さす。
青みがかかり始めた空の下、俺たちは出発した。
まだ日差しの弱い朝方とは言え、気温は徐々に上がってくる。
それに昨日は夜通し戦い、身体は休みをとれていない。
父が言うには神獣の子の身体は幼少期からの影響で普通の人とは違うらしいが、動けば疲れるし、寝ないといけないのは何も変わらない。
「お兄ちゃん。眠そうだけど大丈夫?」
大きな欠伸を見られた。
フォルの中で俺は床に寝ていたから寝不足と言うことになっている。
「ぼちぼちだな。言っておくが床は関係ないぞ」
「あるよ! だからフォルのベッドの半分使っていいよって言ったのに!」
フォルがジト目で並走するルフを見ている。実際は床で寝ていないし、ルフのベッドの半分を使われてもらい、魔物討伐も助けてもらった。
ルフが責められる理由はない。
「昨日はちょっと野暮用があってな。結局床では寝てないんだ」
「え!? ねぇねぇ、その野暮用ってのはルフさんは知ってるの?」
「まぁな。途中からあいつも来たから」
「なんでフォルを呼んでくれなかったの!?」
「気持ちよさそうに寝てたからな」
「ずるいよ! 仲間外れにするなんて!」
俺の外套の背中の部分を引っ張るフォル。
あんまり暴れるとバランスを崩すからやめて欲しい。
自分だけ仲間は外れにされたことに不満な彼女の小言を右から左に流していると、目的地のオアシスに着いた。
本来ならばここは砂漠の重要な補給地点として、大きな街が栄えていたらしいが、内戦の影響で廃墟とかしていた。
日差しがかなりきつくなってきた。
ここで水の補給をして、気温が下がる夜まではここで待機しないと身体がもたない。ルフは暑さに不慣れだから特にだ。
デザートウルフに乗ったまま、廃墟とかした街の中に入る。
時々すでに死に絶えた人間や獣人の死体が転がっており、この内戦の凄惨さを物語っていた。特に人間側は女性や子供、相手が獣人なら容赦なく殺したらしい。
街の中心にある大きな湖。その湖を囲むように木々が生えており、久しぶりの緑が目に染みた。これがこの街のオアシスらしく、湖の近くは比較的涼しい。
デザートウルフから降りて湖に近づく。澄んだ蒼い水面に赤髪の男の顔が映った。
「綺麗な水だな」
「この国自慢のオアシスです。以前は他国から見に来る人も多かったそうです」
何時の間に隣に居たエレカカさんが説明してくれた。
水面を見つめる瞳はやっぱり悲しい。
狼の国の出身者なら、力が全てと考えていそうなのに他人ことでここまで悲しむ彼女が珍しく思えた。
「ルフ。ここでテント張りと水の補給をよろしく」
「あんたは?」
「昨日働き過ぎたから散歩」
ルフはため息。俺が何をするか察してくれたらしい。
「フォルちゃんとエレカカさんはちゃんと見ておくから」
「助かるよ」
ルフに全てを任せて湖を離れた。
街の方へと歩き、粘土で造られた家が並ぶ道の通りへ。
転がる無数の死体。これだけの死体を何もせずに放置しておくと、死体を貪る屍鬼種の魔物を呼び寄せるかもしれない。
仮にその魔物たちが既にこの国から出て行っているとしても、怨念が憎しみを呼び、悪霊種の魔物が生まれる可能性が高い。
まだ魔物が生まれない内に、ちゃんと死体を葬ってやるのも冒険者の仕事だろう。
こんな汚れ仕事をするのは俺だけでいい。火属性の魔術で焼けばすぐだし。
街の中を歩き、目についた死体を一つずつ火葬していく。
火葬と言っても死体を跡形もなく焼くだけで、墓などを用意するわけではない。
「何をしているのですか?」
振り返るとそこにはエレカカさんが居た。
ルフに宜しくと言ったのに。
「ルフと一緒のはずでは?」
「あなたの姿が見えなかったので」
彼女の猫耳がペタンと倒れる。
悪いことをしてしまって、申し訳ありませんって所だろうか。
別に悪いことではない。
ただ、彼女には少々刺激が強すぎるかもしれないと言うだけで。
「ついて来ても面白くないですよ。死体を焼くだけですし」
「悪霊種の魔物が出るからですか?」
「よくご存じで」
彼女にそう返し、子供の獣人の死体に火をつけた。
赤い炎に包まれた死体がパチパチと燃えて無くなっていく。
「見ていても面白くないですよ」
「いえ。しっかりとこの目に刻んでおきたいのです。犠牲になった方々のことを」
エレカカさんはそう言って、燃える炎から目を逸らさない。
それが彼女の意志なら、俺にはどうしようもない。
「そう言えば、どうやって神獣の子の居場所を突き止める気ですか?」
素朴な疑問だった。狼の国と一言で言っても広い。
竜の国のようにワイバーンで移動できるなら話は別だが、場所によっては遠回りないといけない場所もあり、移動する時間も朝と夜と限定されている。
そんな中、どうやって神獣の子ベルトマーを探し当てるのか。
「笑われるかもしれませんが、私には彼の居場所が分かるのです。不思議な感覚なので何とも言えませんが……」
もの凄い覚えのある話だ。
仮に彼女の言うことが本当だとしよう。
考えられる可能性は一つしかない。
「まさか、エレカカさんって王女か何かですか?」
「えっ? どうして分かったのですか?」
驚いた彼女の顔が向けられた。
予想通り過ぎて眉間を抑える。
つまり彼女もソプテスカと同じ『古き血脈』と呼ばれる、古代人の子孫らしい。
ソプテスカの時と言い、どうしてこうも身分の高い人たちと出会うのか。
確率で言えば天文学的な数字だろう。
しかし、それも俺が神獣の子だから引き寄せているのかもしれない。
目に見えない何かに導かれるように……
「……私のせいなんです……この内戦が始まったのは……」
エレカカさんは顔を伏せ、消えそうな声で呟いた。
そんな彼女から視線を外し、死体を燃やす炎を見つめる。
何も言わない俺に彼女は言葉を続けた。
内戦が始まったのは、国王である父が病死してから。
力が全ての狼の国で獣人の頂点に立っていた父は強かった。
しかし、その娘である自分はあまりに弱く、周りは納得しない。
幼少期から争いが苦手で、力が全てのこの国の中ではかなり浮いていた。
王と言う絶対的な柱を失った狼の国は揺らぎ始め、そこに神獣の子を名乗るベルトマーが現れた。
彼は瞬く間に王都を陥落させ、自分が神獣の子だと宣言し圧倒的なカリスマ性で人々の心を味方につける。
崩壊した王族にたいする信頼は地に堕ち、人間たちが反乱を起こした。
ギルドも最初は王族側の味方だったが、主力の冒険者が神獣の子に殺され、戦力が低下。関わらない方がいいと、一部の中立地帯に居るだけで何もしない。
そして、王と言う求心力を失った獣人たちは個々で人間と戦うが、人間側は組織化された動きで数の不利をカバーしており、内戦は泥沼化の一途をたどった。
「私にもっと力があれば……周りを納得させるだけの力が……」
彼女の頬をつたう涙が砂の上に落ちて染みとなる。
「神獣の子に王になってくれとでも頼む気ですか?」
「この国では力が全てです……神獣の子なら誰でも納得してくれる……反乱を起こした人間も落ち着きます。獣人の方々だって、力のある者なら納得してくれます」
そう言うものではないと思うが、この国ではそれが大切なことなのだろう。
例え仲間が殺されたとしても、それは『力が足りなかったから』で済まされる。
非情と思われるかもしれない。しかし、だからこそ、この国の人たちは力強く、逞しく、真っ直ぐに生きている。
神獣の子がエレカカさんの言う通りにすんなりと王の座に就いてくれるのか。
難しいと分かっていても、隣で涙を流す彼女にそう告げる勇気を俺は持ち合わせていなかった。だから何も言わず、燃え尽きて灰となった死体を見つめていた。