第25話 砂上の戦い
大聖堂を出て静かに眠る街を歩く。
さて、魔物は何所から来るのだろうか。
今回の相手は少し気合を入れないといけない。『砂漠の主』と『砂漠の獣』と呼ばれる二体の魔物。
狼の神獣の子が暴れても逃げ出さずにこの国留まるその実力は折り紙つきだろう。
問題はその二体の魔物はそれぞれ単独行動なのかどうかだ。それぞれが別で動いているのなら、連携など気にせず片方を叩き、残りを殺すやり方も出来る。
ただし、連携をとられると当然ながら、討伐の難易度は別々で二体を相手にするよりも格段に難しくなる。知能が高い可能性も大いにあるので、連携をとろうと思えばとるくらいは出来るはず。
まぁ、それもこれも実物も見ないことには始まらない。
街の外に繋がる道。半壊した門の所には身体の節々を包帯で覆った男たちの姿。
鎧を着ている者、外套を身に纏っている者もいるが、全員が武器を手にしている。
どうやら彼らがこの街最後の戦力らしい。
その中にはギルドの入り口で言葉を交わした、左目に包帯を巻いた男も居た。
「どうも」
男に近づき話しかけると、周りの目が見慣れない俺に向けられる。
「お前は……こんな所で何をしている?」
「見学……かな。狼の国に出る強い魔物を見ようと思って」
笑みを浮かべた俺に対し、男は深いため息をこぼした。
「巻き込まれる前に帰れ」
「巻き込まないように頑張ってくれよ」
肩を竦めた俺に男は「勝手にしろ」と言って、二十人に満たない人数で移動を開始した。少し離れてその集団の最後尾を歩く。
蒼い月の光に照らされた砂漠は、驚きほど静かで時々激しく吹き付ける風の音以外、俺たちの砂を踏む足音しか聞こえない。
周りの気配を探るが、相手が砂の中に居る可能性もある。
さすがに砂の中の相手まで気配を探るのは難しかった。
戦闘を歩く鎧を着た男が、左手を挙げ部隊の進行を止める。
全員の顔が緊張感で固くなり、武器を持つ手に力が入った。
そして、先頭の男が言う。
「いいか。今日こそあの二体の魔物を追い払うぞ。街へは絶対に入れるな」
彼らの顔には相当な覚悟がある。
周りに遮蔽物はなく、時々砂漠の高低差があるくらいだ。
見やすいが狙われやすい。
こっちが戦力で劣るなら、奇襲や罠で攻撃するのがいいんじゃないと心の中で思うが、それももう遅かった。
それは殺気。そして視線。
何かが俺たちを見ている。
まるで品定めするかのような視線が身体に突き刺さった。
どこだ。どこから見ている?
瞳に魔力を集め、闘術で周りを見ようとした時だった。
俺たちの足元の砂が急速に動きを増した。
何が砂の中で動いているような感覚。
そして、それは突然訪れた。
「うわぁぁあ!!」
一人の悲鳴。
声のした方を見ると男が黒く太い何かで身体を貫かれていた。
そして、砂の中からその正体が顕わになる。
「砂漠の獣だ!」
一人が叫んだ。
出て来た魔物に対して武器を構える男たち。
いや……これって、獣と言うより……
出てきたのは黒い体躯のバカでかいサソリに近い魔物だった。
男を貫いたのは尻尾の部分らしく、先っぽの部分に既に息絶えた男の死体が刺さっている。
こいつって、どの種類の魔物に分類されるんだと疑問に思うが、そんな事を考える暇もなく、二つのハサミが左右から襲ってきた。
部隊の先頭から順に襲ってくる魔物、部隊の男たちは左右に飛び、攻撃を回避した。
腰からダガーの抜きサソリの魔物に向かって投げつける。
風属性の加護で切れ味が数段上がっているはずなのに、固い黒色の甲殻は簡単にダガーを弾く。
関節を切るか、甲殻ごと粉砕しないとダメージを与えられないらしい。
そして俺の目の前に居た、左目に包帯を巻いた男も槍を片手に横へとローリングでハサミを回避。
残りは俺だけで、サソリの魔物は狙いを定めて左からハサミを振るう。
「バカ! 避けろ!」
左目に包帯を巻いた男の声。
今の俺は周りから見れば棒立ちの人間に見えるかもしれない。
しかし、相手から俺の射程圏内に入って来てくれたのだ。
逃げる必要など何処にもない。
左手に魔力を集め、闘術を発動させた。
掌を開き、左から襲って来たハサミを受け止める。
足にも魔力を流しているので吹き飛ばされるとはないが、衝撃で足が砂漠に少しだけめり込む。
左手で相手のハサミをしっかりと掴み、逃げられないようにする。
そして右拳を引いて、サソリの魔物の小さな頭へと狙いを定めた。
右腕全体を覆った炎を拳の一点集中させる。
まずは一体。
そう思い、拳を固く握った時だった。
何かが右からぶつかり、吹き飛ばされる。
砂漠の上を転がり、身体を起こす。
何が起こった?
顔を上げるとそこには黒の鎧で全身を覆う騎士の姿。
大人一人と変わらない大きさだが、背負っている斧は身の丈よりも少し大きい。
「砂漠の主だ……」
周りの一人が呟く。
どうやらこいつが砂漠の主と呼ばれる魔物らしい。
騎士の魔物か。こいつもどの種類に分類されるんだろうな。
さすが狼の国。面白い魔物が出て来るなと頭の中で思った時、二体の魔物が動いた。
なるほど。連携をとることは出来るようだ。
それに戦闘前に俺が気にしていた視線は砂漠の主のモノだったらしい。
フルフェイスの防具をつけているので、顔は分からない。
そもそも、目があるかも謎だ。しかし、向けられる気配は先ほど感じたモノと同じだった。
眼前より迫る二体の魔物を前にして、全身の毛が逆立つのを感じた。
強い。俺のカンがそう告げる。
警戒しろ、神経を研ぎ澄ませ、さもなければ死ぬぞと。
久しぶりの感覚だ。だけど、恐怖を抱くほどじゃない。
初めて神獣の父と戦った時は、本気で死ぬかと思った。
あの時の恐怖と比べれば、いくら強い魔物と言っても知れている。
砂漠の主と飛ばれる魔物がサソリ型魔物の背中に乗り、背負った大斧を手に持つ。
自分の背丈ほどの大斧を肩に担ぐ砂漠の主。明らかにパワータイプの魔物だ。
攻撃範囲が広くて厄介なサソリ型の魔物から倒すか。
そう思い、どの方向にも動けるように構える。
砂漠の主が前に大きく飛び出した。
同時にサソリ型の魔物が砂の中へと潜る。
波状攻撃が来ることは容易に予想できた。
まずは眼前で振り降ろされた大斧を半身になり躱す。
身体の傍を通った重たい鉄の塊の風切音は凄まじく、当たればただでは済まないと直感する。
それは大斧が当たったせいで、激しく飛び散る砂漠の粒たちからも想像できた。
これだけ重い物だ。すぐには動けないはず。
砂漠の主の首に狙いを定めた。一撃で決めてやる。
しかし、相手が大斧を片手で操作し、素早く振り上げて来た。
完全に予想を超える相手の動き。狙いを俺の首らしく、動きの軌道から狙いを見極めた。
首を捻りギリギリを回避。少しだけこめかみに掠り、血が噴き出した。
スピードもあるパワータイプか。
ややこしい相手だと心の中で舌打ち
そして、足元の砂が隆起する。砂の中に潜っていたサソリ型の魔物が出て来る気のようだ。
大きくバックステップでその場から離れる。
砂の中からサソリ型の魔物が登場し、周りの砂が頭上高く打ち上げられる。
舞い上がった砂が落ちて来る時に違和感、小さな粒上の中に赤みを帯びた粉塵が混ざっていた。
魔力を感じるその粉塵が肩に落ちる。そして、サソリ型の魔物がハサミ同士を力強く打ち付けた。
火花が散ったそのハサミを起点に、粉塵爆発が起こる。
こんな事に対する知識にもあるのか。
竜の国の魔物とは違う地の利を生かした戦い方。
さすがは魔物討伐アベレージ最高値の国と言った所か。
粉塵は広範囲にあるので今から爆発の以上の速度で逃げることは出来ない。
外套についたフードを被り、魔力を流す。
魔力に応じて高硬度になるこの外套で爆発を凌ぐ。
辺り一帯を吹き飛ばすほどの爆発は、夜の砂漠で強い光となって輝いた。
砂が舞い上がり視界がかなり限定された。
外套で鼻まで隠し、被ったフードの端から二体の魔物たちを探すが、正確な位置がつかめない。
周りからは「大丈夫か!?」と声が聞こえるので、討伐部隊の人たちは大丈夫だ。
今のうちに一気に距離を詰めて一撃で決めたいが、相手が見えないことにはどうしょうもない。
次の手をどうするか考えていると、周りで舞い上がる砂塵を切り裂く一本の矢が俺の目の前に突き刺さった。
魔力の込められた特殊な矢の効果が発動する。
矢を中心に風が発生し、砂塵を吹き飛ばした。
「勝手にフラフラしない!」
声のした方に顔を向けると、弓を構えるルフ。
起こさないように出てきたつもりだったのに意味が無かったらしい。
新たな敵の出現に気がついた二体の魔物。ルフは向けられる殺気を意にも介さす、次の矢を放つ。
サソリ型魔物のハサミに繋がる腕に矢が突き刺さり爆発する。
ルフは普通の矢の腕前も凄まじいが、魔力が込められた特殊な矢を何本も使用して多様な攻撃手段を持っている。
今回は攻撃重視の矢のようだ。
サソリ型魔物の堅い甲殻を突破できるのか疑問に思ったが、サソリ型魔物のハサミが片方だけ吹き飛び、紫色の血が噴き出す。
どうやらルフは関節部分を正確に射抜いたらしい。とんでもない奴だ。
そして魔物たちの動きが一瞬だけ止まる。
チャンスと判断し、サソリ型魔物との距離を一歩で詰めた。
魔術を発動させ、炎を一つに纏め右手から剣の様に伸ばす。
簡易的だが、炎剣の出来上がりである。
それをサソリ型魔物の頭へ真っ直ぐ振り下ろす。
頭を真っ二つに焼き切り、サソリ型魔物を殺した。
強大な黒い体躯が砂漠の中に倒れる。
これで一体は無効化した。残るはあと一体。




