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第24話 闇に沈んだ街

 賊たちの根城にはここら一帯の地図も置いてあり、それからギルドの管轄する中立地帯の街へと向かうことにした。

 内戦中のこのタイミングで、俺たちは人間と獣人の両方が一緒に行動している。

 中立の街でなければ、間違いなく攻撃されて安全に寝ることも出来ないだろう。

 

 賊たちの根城に数日分の食糧に、日差しを避けるためのテントもあり、砂漠を移動する為に必要な物が一式揃っていた。

 ついでにデザートウルフと呼ばれる魔物も根城の奥に飼っていたらしい。

 暑さに強く、狼の国で広く生息している魔物だが、幼少期からの調教でのみ人が乗っても驚かないようになる。

 

 竜の国のワイバーンの様に日常的に使われているわけではないが、砂漠を移動する手段としては最適だった。

 しかも、かなり大型でルフとフォルが二人で乗っても問題なさそうに見える。

 そこで根城から移動する際は、二人にはそのまま乗ってもらい、俺は一人で荷物も繋いで乗ることにした。


 移動するのは気温の低い朝と夜。昼はテントの中で日差しをやり過ごす。

 因みにテントの中で昼寝をしている時に、寝ぼけてルフに覆いかぶさり殴られた。

 そんなこんなで移動すること数日、俺たちはギルドが仕切ると言われる街に辿り着いた。


「ひどい……」


 ルフが呟く。月明かりに照らされた町、砂の煉瓦で造られた茶色で四角家々は所々半壊していた。

 町外れにある馬小屋にデザートウルフを繋ぎ、町の中へと入る。

 通りには包帯で身体を覆う人で溢れ、血の匂いが町に全体に満ちていた。


 獣人も人間も居るが、全体的に年寄か子供が多く、武器を持てる若い者は見当たらない。

 居たとしても女性だった。


 ギルドと看板をぶら下げた建物の前で立ち止まる。

 扉の前に居る男がこっちを見た。槍を手に持つ男の顔にも包帯が巻かれており、左目が隠れている。


「何者だ?」


 男の警戒した声。これだけ怪我人が居る中、無傷の者が三人。

 しかも、獣人と人間が一緒に居れば、警戒するのも当然のように思えた。


「竜の国から来た。中に入ってもいい?」


「軟弱者か……入ってもいいが、騒ぎだけは勘弁なのと、今は受けられる仕事はねぇぞ」


 男の視線が下を向く。

 仕事を受けに来たわけではないから、何も問題はない。

 ただの情報収集だ。


 ギシッと今にも壊れそうな音を鳴らす扉を開け、中へと入る。

 竜の国とは違う、寒々しい雰囲気。怪我人が奥の方で治療を受けているのか、消毒液の匂いがする。

 治癒師は居ないのだろうか。えらく原始的な対処法だ。


「何用でしょうか?」


 カウンターに居る獣人の女性がこちらを見る。

 肩甲骨まで伸びた金髪は酷く傷んでおり、頭の横についた尖った犬耳と左腕には包帯が巻かれている。

 包帯の白い布の下からは血が滲み出ており、早く取り替えないと感染症などにかかるかもしれない。

 カウンターに近づき、女性の左腕を指さした。


「包帯。変えないと」


「物資が不足していまして……他の怪我人に回すので精一杯なんです……私のようなギルドの者の分はありません……」


 今にも倒れるのではと思うほどの小さな声。

 中立地帯と言っても、安全が保障されているわけではないらしい。


「ここに居るのは皆内戦で怪我した人たち?」


 ルフが腕を組んでご機嫌斜めと言った感じだ。

 そんなに睨んでもこの獣人の女性は悪くない。


「半分は外をうろつく魔物の怪我人です……ギルドの者も冒険者たちも殆どやられて……しのげるのはあと一回がどうかです……だから、早く立ち去った方がいいですよ」


 ニコッと笑う彼女はどこか達観していて、諦めさえも感じさせる。

 内戦状態で戦える者はそっちに流れ、残った者はこの国の屈強な魔物たちに狩られるのも待つだけ。

 まさに絶望的だな。タイミングの悪い時に来てしまったとため息。


「本部には援軍を要請しないのか?」


 竜の国が魔物の狩りの際に行ったように、人魚の国から強い冒険者を寄越すように頼めばいい。

 むしろこうゆう時のために、ギルドは各国に配備されているはずだ。


「頼みました……しかし、来た者は全員神獣の子に殺されました」


「神獣の子って人間側の味方じゃないの?」


 ルフの言葉には同意である。

 そもそもこの内戦は人口の八割を占める獣人たちに対し、人間側に神獣の子がつくことでパワーバランスが崩れたことが原因だ。

 その神獣の子が一応獣人も居るとは言え、人助けに来た冒険者を殺す。

 その理由がよく分からない。


「あの男は誰の味方でもありません。ただ戦いと血を求めて強者と戦う。この国で名の知れた者は人間・獣人関係なく全員が殺されました」


「そんなことって……」


 フォルが拳をギュッと握る。

 そうか。力が全てと信じるこの国の神獣の子は、かなりの戦闘狂らしい。

 つまり人間の味方をしていると言うよりかは、その力に魅入られた者たちが集ったと言いた方が正しいのかもしれない。

 

 やる事がいっぱいあるなと思い先が思いやられる。

 とりあえず、目の前の獣人の左手を掴み、包帯が巻かれている場所に手を当てた。


「あ、あの……なにを?」


 彼女がこちらを警戒した目で見て来る。

 周りに居たギルド関係者の視線も一斉に俺へと向けられた。

 それを意に介さず、彼女の左腕に治癒魔法をかける。

 あくまで応急処置。軽傷の人間にしか意味はないけど、しないよりはマシと言ったレベルだ。


「ほい。これで感染症の心配はないと思う。あと、この街に泊まりたいときは何所に行けばいい?」


「え? でしたら大聖堂に行けば、寝る場所くらいはあると思います。本来なら援軍に来た冒険者に使ってもらう予定でしたから」


「ありがと」


 礼を言って踵を返す。

 ギルドから出るとさっきの左目に包帯が巻かれた男と目があった。


「逃げるのか? 竜の国の者」


「ああ。この国の魔物は怖いからな」


「そうだな。相手が『砂漠の獣』と『砂漠の主』では、命が足りねぇな」


「強そうな名前だ」


 そう返しギルドを後にした。

 周りを見渡すと街の中央付近で尖がった屋根を持つ建物を見つけた。

 どうやらあれが大聖堂のようだ。

 足取りの重い人通りの間を歩き、目的地を目指す。


 どうやら砂漠の獣と砂漠の主と呼ばれる魔物が今回、この街を襲っている魔物らしい。

 一気に襲わず、少しずつ相手を弱られる所から考えるに、知能も相当高い。

 それに神獣の子が魔物を一気に狩ったせいで、魔物たちは怯えて竜の国に逃げ出した。


 つまり、今この国に居る魔物は本来ならば、生存競争のトップを争っていた連中だと言うことだ。

 狩る対象である魔物の現象から、人を襲うようになった。

 そんな所だろう。





 大聖堂に着き、事情を説明すると余っている部屋が一つあるから、そこは使っていいとのことだった。

 案内されたのは長く使っていないのか、埃の被った小さな部屋だ。

 まるで物置のような雰囲気で、小さな窓からは月明かりが差し込んでいた。

 しかもベッドが二つしかない。


「どっちが俺と寝る?」


 冗談で後ろの二人に問いかけるとルフの右ストレートが飛んできた。

 そのパンチを首を捻って避ける。


「あんたは地べた」


「ですよね……」


「フォルはお兄ちゃんと一緒でもいいよ?」


「ホントか?」


「ぜっったいにダメ!」


 ルフが怖い顔で俺たちを睨んできた。

 その顔にフォルと顔を見合わせ、肩を落とす。

 まるでお母さんだ。


 なんだかんで結局俺はベッドの間に空いたスペースに、自分の外套を下に敷いて寝ることになった。

 人ひとり分くらいしかないこの場所では、寝返りすることも難しい。

 まぁいいか。こんな所で寝るのも旅の醍醐味と言うことで。

 外套の上に寝転び、頭の後ろで手を組んで枕代わりにした。


「お兄ちゃん。ホントにいいの?」


 フォルが左のベッドから顔を出して聞いて来た。


「ダメよ、フォルちゃん。この変態と一緒の部屋ってだけで危ないのに、ベッドなんて言語道断だわ」


 今度は右のベットからルフが顔を出す。


「だってさ。ちゃんと疲れとれよ」


「分かったー。お休みなさい」


 フォルが自分のベッドへと戻って行った。ルフはこちらをジッと見つめ、何か言いたそうだ。

 しかし、彼女から言わないなら何もないと、目を閉じた。








 どれくらい時間が経っただろうか。

 最近は朝と夜に砂漠を移動していたので、どうも寝つきが悪い。

 もともと寝るつもりは無かったとはいえ、元の生活リズムに戻るのか少しだけ心配だ。

 彼女たちは既に眠ってしまったのか、微かな吐息だけが聞こえる。

 街も怪我人が多く静かなので、今日の夜は一層静かに感じた。


「ねぇ……起きてる?」


 ひそひそ話をする時のようなささやき声。

 目を開けると右のベッドからルフが顔を出していた。

 眠っているフォルを起こさないように、小さな声で返す。


「なんだ? 早く寝ろよ。疲れてるだろ?」


「ま、まあね……」


 ルフの様子がおかしい。

 頬を赤くしてどこか落ち着きがなかった。

 そして、視線を俺から外し横を向いた。


「へ、変なことしないなら……あたしのベッドに来てもいいわよ?」


 なんだかんだで、俺を床に寝かしたことを気にしていたのか。

 どうしようかと一瞬考えるが、折角のお誘いを断るのも失礼な気がした。


「フォルにはダメって言ったくせに自分はいいのか?」


「だ、だから。変なことしないならよっ」


「はいはい。じゃあ、失礼しますよ」


 身体を起こし立ちあがると、ルフが壁際によって、ベッドの約半分のスペースを開けてくれた。

 布のような掛け布団だけど、ちゃんと二人入れるのかな。

 そんな素朴な疑問を抱きつつ、俺はルフのベッドに寝転ぶ。

 彼女の方を見ると怒られるような気がするので、床の時と同じように頭の後ろで腕を組み、天井を眺める。


「絶対に変なことしないでね」


「それはフリか? そんなに襲って欲しいのか?」


「バカバカっ、ソプテスカと一緒にしないでっ」


 必死に否定するリアクションが面白い。

 しかし、それだけハッキリと言われると少し悲しい。

 それにソプテスカの誘いを断ったのは、惜しいようなことをした気がする。

 相手が王女じゃなぁ……今の段階では手をだしづらい。


「お前もソプテスカくらい、胸があったらな」


「アンタこそ。もう少し紳士的な態度なら人気者に成れたかもね」


 いつものやり取りだった。

 人のいる世界に来て、始めて出会った彼女となんだかんだ、こうして一緒に旅をしている。

 だが出会いがあるように別れも、当然ながら長い人生にはある。

 もしもルフが居なくなったら俺はどう思うのだろうか。

 ふとそんなことが頭をよぎり、首を右に向けるとルフと目があった。


「お前。ずっとこっち見てたのか?」


「何か悪い?」


 口を尖らせるルフ。

 開き直りともとれる態度に、何を言っても怒られると察する。

 だから、無言で俺も彼女を見つめる。髪と同じ桃色の瞳を。


「な、なに?」


「いんや。やっぱりルフって美人だなと思って。女子力はないけど」


「うるさい」


 彼女が俺の脇腹をキュッと摘まむ。

 この狭い空間では逃げることが出来ないのでやめて欲しい。


「こらっ、それは反則だろ」


「余計なこと言うからでしょっ」


「痛いっ、力を入れるなっ」


 痛がる俺を見て満足したのか、ルフがようやく解放してくれた。

 摘ままれた脇腹を手でさすり、気持ち的に痛みを和らげる。

 ホント容赦がなくて困った奴だ。


「普段からフラフラと何処かに行く罰よ。この変態」


 ルフが小さな舌をべっと出して、寝返りを打った。

 彼女の背中がこちらに向けられる。


 隣のルフはやっぱり疲れが溜まっていたのか、すぐに寝てしまった。

 一定のリズムで微かな吐息が右から聞こえる。


「こらぁ……ユーゴ……あたし以外の……女の子に変なことしたらぁ……殺すぅ……」


 寝言でとんでもないことを言っていた。

 こいつの前で女の子に声をかけたら、俺は殺されるのか。

 今度から気をつけよう。そう心に誓いベッドからルフを起こさないように慎重に出る。

 部屋の床に足を降ろし、上から眠るルフを見下ろした。

 また何処かにフラフラと出かけたら、彼女に怒られるかな。


 そんな事を思いながら、床に敷かれていた外套を身に纏う。

 そして部屋の出口へと向かい、小さく呟いた。


「行ってきます」


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