第23話 補給
足元の砂から飛び出して来たのは剣。
顔を目がけて一直線に伸びて来る。
首を捻って躱し、バックステップ。
砂の中から出てきたのは、ハイエナの男の獣人だった。
灰色の毛並に形は人型だが、成人男性よりも一回りも二回りも身体が大きく、フォルやネイーマさんに比べると獣に近い。
右手に長剣を持った獣人は、獣独特の縦に長い瞳孔でこちらを睨んで来る。
こいつが賊かな?
そんなことを思っていると同じような獣人が二人出て来た、
三体の獣人が横に並ぶと見分けがつかない。
「おいバカ! お前らまで出てきたら意味ないだろ!」
真ん中がそう言って、両サイドに怒りの雷を落とす。
「だってよ! 女二人に弱そうな男一人だぜ! 奇襲する必要ねぇよ!」
「そうだ! そうだ! 男は殺して女二人は愉しいだ後、人間の方はバラバラだ!」
両サイドの斧と槍を持った獣人が下品な言葉で騒いでいる。
ルフは既に弓を手に持っており、フォルは剣を抜いていた。
俺たちの戦闘準備は整っている、なんとも間抜けな賊だったな。
視線でルフに合図を送ると、相変わらずの早技で弓を一発放つ。
放たれた矢は、槍を持った獣人の頭を正確に貫いた。
撃たれたことに気づかない獣人は、気味悪い笑顔を浮かべたまま、前のめりに倒れた。
「「な!?」」
残った二人の獣人が驚き、ルフの方を向いた。
斧を持った獣人がルフに詰め寄り、武器を振り上げる。
弓使いが接近を許すのは致命的だ。しかし、その間にフォルが割って入る。
彼女の小柄な身体に合わせて作成された剣は、スピード重視の軽い物だ。
獣人が両手で振り回す斧を受け止めるには、役不足に見えた。
まぁ、そんなことはフォルの腕前を知らなければの話だけど。
「死ね!」
割って入ったフォルに迷わず獣人が斧を振り降ろす。
フォルは剣で斧を撫でるように軽く触れ、その軌道を僅かに逸らした。
獣人の斧が砂漠に突き刺さり、小さく砂塵が舞う。
何が起こったのか分からないと言いたげな獣人の腕を狙って、新調したダガーを投げた。切っ先に小さな風を纏い、切れ味を数段上げた刃が獣人の腕を貫いた。
腕の力が抜けた獣人が斧を落とし、ルフがその隙に額へと矢を打ち込む。
これで二人を無効化した。残るは一人。
手に魔力を集めると投げたダガーが手元に戻って来た。
どうやらこのダガーは持ち主の魔力に反応して、操作できる仕組みとなっているらしい。
どう考えても普通のダガーと違うけど、武器屋の店主は何も考えて普通のダガーと言ったのだろうか。
明らかなに高価な品だ。
「貴様らぁ!」
剣を持った獣人が動こうとする。
それよりも速く間合いを詰めて、相手の腹に右拳を当てる。
ドン! と乾いた音をたて、獣人の身体が砂から数センチ浮いた。
「がっ」
口から得体の知れない液体を吐き、剣を落とした獣人。
首を左手で掴み、腕に魔力を集める。
片腕でこの獣人の身体を支えるに、少々重かった。
「さて。質問に答えてもらおうか」
「人間に答えることなど……なにも……ないっ」
獣人がペッと唾を吐いた。
鼻に当たるが意にも介さず、話を続ける。
「お前らの根城はどこだ?」
首を握った掌で魔術を発動させ、温度を上げていく。
発動した魔術は獣人の首を焼き、痛みを与えた。
「ああああ! 言うから! 言うから、やめてくれ!」
獣人の言質を確認して首から手を離す。
膝をついた獣人を見下ろし、言葉を待つ。
一応ルフが矢を構え、獣人が妙な動きを見せれば狙えるようにしていた。
「あの岩にある洞窟の中だ。食料も今まで奪った奴らの品もある」
そう言って遠くの岩を指さした獣人の指をダガーで切り落とす。
「ああ! 言ったのになんだ!?」
「本当のことを言え。さもないと殺す。それとこの国で何が起こっているかもな」
ダガーを獣人の首に突き付け脅した。
斬られた人差し指を抑える獣人が怯えた様子で話す。
「西に進んだところにある岩肌の洞窟だ……」
獣人が指さした方を見ると確かに巨大な石の塊が見える。
この国ある遺跡的な何かだろうか。
「それとこの国で何が起こっている? 神獣の子を名乗る奴は何処に居る?」
俺の問いを受けた獣人が睨みを強くした。
その瞳には憎しみが見える。仲間を殺した俺たちへの憎しみか。
それとも、人間に対しての憎しみなのか。
「戦争さ……神獣の子を味方につけた人間どもが、俺たち獣人に戦いを挑んできた。仲間もたくさん死んだ。ギルドが介入する中立地帯以外は何処も血だらけさ」
内戦だと?
それに神獣の子が人間側についたってのはどうゆうことだ?
色々な疑問が浮かぶが、獣人は続ける。
「力さ! 神獣の子は人間にとって力の象徴! だが、俺たち獣人よりも個々の力が劣る人間に支配される気は無い! 勝つのは獣人だ!」
獣人が声を張り上げ叫んだ。『力こそ全て』と信じる狼の国らしい考え方だ。
この国では力が全てだ。
弱者は駆逐され、強者のみが生き残る。偉い者とはすなわち強い者。弱肉強食のシンプルな世界であり、血の多く流れる国だ。
その反面、家の生まれやしがらみに関係なく、成り上がることが出来るのもまた特徴の一つである。
「そうか。情報ありがとう」
ダガーを横に振り、獣人の首を切り落とした。
獣の顔を失くした首から血の噴水が昇り、胴体が力なく横たわる。
数日もすれば砂塵に飲み込まれて、死体も見えなくなるだろう。
「結構、容赦ないのね」
ルフが構えていた矢をしまい、弓を背負った。
「弱肉強食はこの国は基本だろ?」
ダガーをホルスターに戻し、口端を吊り上げる。
相手は犯罪者だ。放っておいたら次に何をしでかすか分からない。
反撃だってしてくるかもしれない。排除できる相手は排除できる時にしといた方がいい。俺が神獣の父と二十年過ごした中で、元の世界の考え方から一番変わった部分かもしれない。
生きる為には時に相手の命を奪う覚悟も必要だと。
「でも、どうするのお兄ちゃん? 内戦に首を突っ込まない方がいいと思うけど……」
フォルが心配そうな顔で言った。
確かに彼女の言う通りだ。
他国で勝手にやっている内戦など、よそ者が首を突っ込むことではない。
向こうからしたら関係ない奴らだし、こっちとしても武器をとらずに話し合いにしろよと言いたい。
たが、力が全てと信じるこの国の者たちは、話し合いでは終わらないだろう。
どちらかが完璧に心折れるまで、敗北を認めるまで止まらない。
たとえ結果的にどちらが滅んだとしてもだ。
「とりあえず、こいつらの根城で補給しよう」
日差しが思ったよりも強いし、こうして足を止めて日に下で考え事しているだけでも体力を消費する。
動いた方が身のためだ。
最後に獣人が指さした岩肌まで、砂漠の上を歩き移動する。
フォルは慣れた様子で軽快な足取りだが、ルフが苦戦していた。
「きゃ!」
ルフが砂に足をとられて転んだ。
「大丈夫か?」
手を差し出すと何故か不満そうな目で見て来る。
「なんだ?」
「どうせ内心バカにしてるんでしょ?」
「そうだな。上から見下ろしても胸が無いから残念だ」
「う、うるさい!」
俺の手を払い、ルフが元気よく立ち上がる。
まだ体力が残っているようで一安心。
暑さに不慣れなのか、さっきから彼女が掻く汗の量が尋常ではない。
その内ぶっ倒れないか少し心配だ。
獣人たちが根城にしていた岩は近くに来ると思ったよりも大きい。
まるで岩の城と言った感じで、一番上まで登れば遠くまで一望できそうだ。
岩の壁に円形で開けられた穴が入り口らしく、中に入ると空気が一段と湿っていた。旅人たちから強奪した品なのか、洞窟の壁には魔力で動くランプが等間隔で掛けられており、洞窟の中はかなり明るい。
「日差しはしのげるし、食料を確保できれば隠れ家には持ってこいね」
白い外套についたフードを外したルフが言った。
顔色も普段の感じに戻ってきているので、倒れる心配はしなくてもよさそうだ。
「お兄ちゃんこれ見て」
フォルが俺の外套を引っ張り、壁に書かれた白い文字を指さした。
『神獣の子ベルトマーに死を』
壁にはそう書いてあった。
どうやらあの獣人たちが書いたらしい。
それにこの根城を中心に絵も描かれており、町や村らしき丸が書かれては、赤い×マークを上から書かれている。
獣人たちが襲った街か、神獣の子を探した場所のようだ。
「この『ベルトマー』ってのが、神獣の子とか言うハッタリかまして、国を混乱させているバカのようね」
ルフがかなり怒った口調で言う。
神獣の子はお前の隣にも実は居るぞと心の中で一人ツッコム。
間違いなく彼は本物の神獣の子だろう。
まだ世間に神獣の子が居ると認知されていない今の状況では、神獣が人間の子供を育てたこと自体、本人たちしか知らないからだ。
人間側についた神獣の子。そして、今回の内乱の原因となった者。
どんな奴か楽しみだ。不謹慎だと分かっていても、『同類』と会えるのはやっぱり楽しみだった。




