第20話 遠くへ
比較的温暖な気候で安定しており、人が住むには最適だと言われる竜の国でも早朝は少しだけ肌寒い。
城から出ると早朝の見張り役だった衛兵たちが頭を下げてきた。
俺は別に偉い人でもないから、下げる必要などどこにもない。
少しだけ戸惑いながら街へと向かう。
さすがの王都も日が昇るがどうかのこの時間は、人が少ない。
露店の準備をしている人や、ランニングなどで身体を動かす人。
みんな朝の日課をこなしていると言った所か。
街を一人で歩き、目的へとたどり着く。
「おはよ。ダサリス」
「朝っぱらからなんの用だ?」
目的地のギルドで早朝から準備に勤しむダサリス。
朝は眠いから機嫌が悪いとはいえ、そんなに睨まないで欲しい。
「ちょっと挨拶だよ。しばらく戻らないだろうから」
地面に置かれていた四角い箱を両手で抱える。
ダサリスの手伝いをしてもバチは当たらないだろう。
「どっか行くのか?」
まだ冒険者の居ないギルドに入り、ダサリスが指示した場所に箱を置く。
人が少ないギルドと言うのも、独特の静けさがあって悪くない。
「ちょっと狼の国まで」
「神獣の子目当てか?」
「いや。この前倒したオーガの体内から高硬度の砂が出て来た。確率的には砂漠の多い、狼の国から来た率が高い」
狼の国は広大な砂漠地帯に覆われた国だ。
緑の多い竜の国とは対照的ともいえる。
狼の国に現れた神獣の子、そいつが暴れたのが原因で怯えた魔物たちがこの国に流れた。
あくまで仮説だから、実際に行ってみないと分からない。
もしかすると狼の神獣の子と戦うことになるかもしれない。
もちろん、最悪の事態になればの話だ。
「それで一人なのか。嬢ちゃんたちは知ってるのか?」
「いんや。俺一人で行くよ」
「巻き込むのが嫌なのか?」
「うるさいのが嫌なだけだよ」
ダサリスは俺の言葉に舌打ち。
怖いなぁと肩を竦める。
ダサリスが何時もの席に座り、カウンターの下から木のコップを二つ出した。
どうやら仕事終わりの一杯に隠し持っていたらしい。
「あの国の魔物は一筋縄ではいかないぞ」
「知ってる」
コップを一つ受け取り小さく乾杯。
誰も居ない部屋にコツっと音が響いた。
中身は果汁を絞ったジュースだ。
「酒じゃないのか」
「それは仕事終わりだ」
意外と節度あるダサリスが面白い。
見かけはルールなど無視しそうなのに、その辺の常識はわきまえている。
「お前はこれが欲しんだろ」
ダサリスが一枚の紙をカウンターから取り出した。
内容はワイバーンの使用許可に関するものだ。
俺が狼の国へ旅立つ前にギルドに寄ったのは、ワイバーンの使用を正式なルートで行うためだ。
国境付近の街まではワイバーンで飛んでいった方が早い。
ムーンレイスを討伐した村は確かに国境近くで、地図上の距離はそんなに遠くない。
ただし、狼の国に入るには山を越える必要があり、その山の麓にある街まで飛べばかなりの時間短縮になる。
「話が早くて助かる」
ダサリスから紙を受け取ると三人分と書かれていた。
「おい。俺一人でいいって……」
「どこに行く気?」
「出てくなら声かけてよー」
後ろから声。
聞き慣れた二人の声に眉間を抑えた。
ばれないよう早朝に出て来たのに、全く意味がなかったらしい。
ずかずかと二人が近づく足音が聞こえる。
今から怒られる、そう思うだけで気が重い。
「勝手に城から向け出してどこ行く気よ」
「置いて行くなんてヒドイよ!」
うるさいのが来てしまった。
フォルが大きなあくびをして眠そうに目をこすった。
眠いなら寝ていたらいいのに。
「昨日も王女と何してたの?」
ルフが顔をグッと近づけて来る。
気のせいか目の下にクマが出来ている。
お前も寝不足なら来るなと言いかけるが、放つ雰囲気が怖すぎてやめた。
「大人の遊び」
「ホントあんたって最低ね!」
「お兄ちゃん。大人の遊びって?」
「フォルがもう少し大きくなったら教えてやる」
首をかしげるフォルの頭を撫で、ダサリスに背中を向ける。
受け取った紙はそのままだ。バレてしまっては仕方がない。
「じゃあ。ダサリス元気でな」
「てめぇもしっかりやれよ」
ダサリスの言葉に右手を挙げ無言で答えた。
一人で行くはずの予定が結局人を連れて行くことになってしまった。
それもいいかと思い、ギルドから出てワイバーンの飛行場へと向かう。
三人で並んで歩くがルフはともかく、フォルは騎士団の仕事はいいのだろうか?
「フォル。お前騎士団の仕事は?」
「修行の一環ってことで隊長には伝えたよ」
隊長も頭を悩ませていることだろう。
自由な部下を持つとその組織のトップが苦労するのは、世界が変わっても同じだ。
「で、結局何処へ行くの?」
横を歩くルフが早く言えと言わんばかりに問い詰めて来る。
こいつは俺の行動をいちいち監視しないと気が済まないのか。
まるでお母さんだな。
「狼の国。暑いのは大丈夫か?」
「も、もちろんよっ」
ルフの肯定はかなりの強がりを含んでいるから心配だ。
ぶっ倒れないように見ておかないと。
飛行場へと繋がる長い階段をあがり、何時もの光景を目にする。
羽を休めている緑色の体躯のワイバーン。白いテントでは受付が眠そうに欠伸をしていた。
そう言えばルフとフォルは飛竜種に乗れない。
つまり俺たちが借りるのはゴンドラ付きのワイバーンだ。
「どっちがゴンドラに乗る?」
俺の問いに二人がにらみ合う。
「フォルちゃん。安全の為に下に乗ったら?」
「ルフさんこそ。フォルの方が軽いからワイバーンに乗りますよ」
「先に手続き済ませとくぞ」
何故か火花を散らす二人を無視して受付の白いテントへと近づく。
偶然なのか、受付の少年は俺がよく無理をお願いする子だった。
「今日はちゃんとして下さいよ」
「まるで俺がいつも悪いことしてるみたいじゃないか」
「色々してるでしょ!」
ツッコム少年に紙を差し出す。
俺が正式な手順を踏んでいたことが意外だったのか、少年は紙と俺を交互に見ている。
ちゃんとした手順で乗らないと、狼の国の一番近くにある街に降りることが出来ない。
また少年にちょろまかしてもらい乗せてもらってもいいが、どのみち向こうの街でバレる。
「い、意外ですね。どうゆう風の吹き回しですか?」
「真面目だからな」
笑顔で言ったのに少年はジト目で見て来る。
そんなに俺が疑わしいのか。
少年が必要な内容を書類に書き、改めて渡される。
ゴンドラ用のワイバーン仕様のための追加の金額を払う。
飛行場の端からゴンドラを運び、今回使う予定のワイバーンの近くに置く。
胴体への連結を完了し、後は乗るだけである。
「おーい。どっちがゴンドラか決まったか?」
「うん!」
「クソ……あの時パーを出しとけば……」
フォルが拳を握り飛び跳ねている。ルフは自分の手をチョキの形にして落ち込んでいる。
ジャンケンの結果には不思議と従うしかないと思わせる魔力がある。
最初に考えた人は凄いなとつくづく思う。
とりあえずルフがゴンドラに決定したらしい。
この前もこいつゴンドラに乗ってたな。
「ほら、ゴンドラ女。早く入れ」
「誰がゴンドラ女よ!」
文句をぶつぶつ言いながらも、ルフは大人しくゴンドラの中へと入る。
身体を小さくするルフが小動物のようで面白い。
笑っているのがバレると怒られそうなので、手で口元を隠す。
ワイバーンに跨ると何故かフォルが俺の後ろではなく、腕の中に入って来た。
何故そこに居るんだと無言で訴えても、フォルは一向に動こうとしない。
前に一緒に乗った時は怪我をしていたからこの形だっただけで、普段だと動きづらいからやめて欲しい。
ただそう言っても無駄になりそうだから諦めた。
手綱を握りワイバーンの太い首を叩く。
羽を広げた身体が宙に浮き、一気に空へ。
ワイバーンの首からぶら下げたゴンドラ。
俺とフォルの丁度真下に来たルフが大声をあげた。
「ちょっと! なんでフォルちゃんがそこに乗ってるの!?」
「いつものことだよー!」
「ユーゴ! さすがに今回は見損なったわよ!」
「ジャンケンに負けたルフさんが悪いんだよ!」
心地よい風の音に混じる二人の声。
身体に当たる風を感じながら、うるさいのも悪くないかなと思った。