第19話 明かす正体
王座に座る初老の男。
彼がこの竜の国の王にしてソプテスカの父親。
燃え尽きた灰のように白い髪と瞳が俺に向けられ、彼は顎に手を当てる。
「ふむ。もっと大男かと思っていたが、普通の青年だな」
謁見の間に得体の知れない男と二人。
警備の面で考えれば無警戒と言うしかない。
ただし、放つ雰囲気は常に俺を警戒しており、少しでも不穏な動きを見せれば腰に差した剣を抜く気だろう。
「期待を裏切ってすいませんね」
「そっちの態度が本当の君か」
「大衆の前は大人しくしとかないと。それに貴方は対等な関係の方が嬉しんでしょ?」
「我の性格を考慮した上でか! 面白い男だ!」
豪快な笑い声。
人の上に立つ王にしては、纏う空気が一般人のそれに近い。
かしこまった態度は逆に、警戒心を抱かれてしまうと思った。
もちろん。そっちを好むと言っても公式の場において、相手は国王でこっちは一般人である。
フランクな態度は控えておいた方がいいと思った。
しかし、今のような二人っきりの時はいいだろう。
「ならばこちらも単刀直入に聞こう」
真っ直ぐに俺を見る彼の瞳。
直感的に何を言われるのかは理解できる。
この人はソプテスカの父なのだから。
「君は神獣の子か?」
予想通りで助かる。
仮にそうだとしてこの親子は何がしたいのだろうか。
「そうだと言ったらどうするんですか? 実は俺が神獣の子で貴方を殺す為に来たとかっだったら」
「ただでは殺されんよ。しかし、もしも君の仮定する状況なら、共存できる道はないか聞く。何が欲しいのか……と」
どうしようと目を上にして考える。
ここで神獣の子と明かせば本当に欲しい物をくれるのだろうか。
それとも身柄を拘束されて何処かに幽閉されるのか。
彼らにとって神獣の子が味方かどうか分からないように、相手がどんな反応を示すか俺にも分からない。
それに狼の国に現れた神獣の子の噂が何処まで国王の耳に入っているのか。
もしも、そいつが当初の予定通り人に危害を加えているとしたら、俺は間違いなく『敵』として対処される。
「先に言っておこう。我は神獣の子と敵対するつもりはない。ただ知りたいのは我々が共存できるのかどうかのみ」
本当かどうか分からないけど、彼らが『古き血脈』と呼ばれる古代人の子孫なら、俺が何を言っても神獣の子だと直感で分かるんだろう。
理屈ではなく本能がそう告げるのだから。
上に向けていた目を正面に座る王へと戻す。
「そうですよ。俺が『竜の神獣アザテオトル』の息子です」
「そうか……やはりな」
国王はニヤッと口端を吊り上げ、嬉しそうだ。
探し物が見つかった子供のような表情。
「出来れば周りには内緒にしてください。のんびり過ごしたいですし自由にしたい」
「分かった。この事は君と我だけの秘密だ。たが、こちらの質問に答えて欲しい」
「答えられる範囲でなら」
肩を竦める。神獣の子とはいえ、この世界に関する知識は多くない。
「他国にも君と同じ者が居るのか? それに何故君たちは公に名乗らない?」
「居るとは父から聞いていますが、他の子供たちとは会ったこともありません。名乗らない理由も他が敵か味方かも分からないですよ」
嘘偽りのない本音だった。
二十年前を最後に神獣たちは一度もお互いに会っていない。
父が言うには二十年前のその時に、それぞれで人間の子供を育てようとなったらしい。
俺自身も他の子供たちに会ったことないから、それぞれの国に居るのかは分からない。
それに人間を懲らしめるために育てられたと言え、その通りに他の子供たちが動くかも定かではない。
俺のように世界を見て回りたいと言う奴もいるかもしれない。戦いそのものを嫌う奴だって居るかもしれない。
だから、本当に他国の神獣の子に関しては何も情報が無い。
「嘘ではないらしい。だが、君が敵でないと分かっただけでも収穫だ」
「お役に立てて光栄です」
「さて。ゴーレムとオーガの討伐に関してだが、何が欲しい? 君が神獣の子ならいい関係を築きたい。なんでもやるぞ」
再び目線を上にして考える。
貰える物は貰っておいた方がいいかな。
次の行き先は既に決まっているし、多分長旅になる。
そのために英気を養うことも必要だ。
でも、国王に直接何か要求できる機会などそう訪れない。
だから攻めてみよう。
「娘さんを下さい。一日だけでもいいんで、二人で過ごすとか」
俺の言葉に国王は今日一の笑い声。
「ハッハッハ! うちの娘は手強いぞ! 本人がいいと言うなら好きにしろ! だが、手ぶらになるといかん。後で部下に褒美を持っていかせる。礼だと思って受け取ってくれ!」
王座から立ち上がり俺の肩をバシバシと叩く。
意外と力が強くて結構痛い。
そんなこんなで、国王との時間は終わってしまった。
「で? なんでアンタが城で過ごすことになったの?」
「王様に頼まれれば断れないだろ」
ジト目で睨むルフに肩を竦める。
謁見の間で王都の面会を終えた俺に待っていたのは、城で働くメイドさんたち。
大勢の女性に囲まれるのは最高だとか勝手なことを思っていると、彼女たちは国王の命令で俺を案内しに来たらしい。
彼女たちに案内されたのは城に来た重要な客人が使う専用の部屋。
清潔感のある内装にフカフカのベッド。ダサリスの紹介された宿とは違い、高級感に溢れていた。
ここで寝泊まりしてもいいと言われば使わない手はない。
何故かルフとフォルの分の部屋も用意されており、フォルは騎士団の知り合いが面白がって遊びに来ており、自室でそっちの対応中。
つまりルフは自分の部屋に居るのが暇で俺の部屋に来たらしい。
「友達居なくて寂しいからって、俺の部屋に来るなよな」
「だ、誰も寂しくてアンタの部屋に来てないわよ! あと変な発言をメイドさんたちにしてないでしょうね」
「俺の部屋に来てくれれば、いつでも可愛がりますとは言った」
「さいっってい!」
ルフは小さな舌を出して俺をバカにしてくる。
冗談が通じない奴だ。ただもちろんメイドさんが私用で俺の部屋に来るのなら、応えないと男ではない。
そこは本音だ。
「知ってるかルフ。女性が男の部屋に来る時はタオル一枚がマナーなんだぞ」
「嘘よ! 絶対に嘘! あたしは騙されないわ!」
「でも、お前はタオルで前隠しての意味ないから大丈夫だな」
ルフの顔が耳まで赤くなる。面白い反応に思わず笑ってしまう。
半日ぶりに話していないだけで、随分と久しぶりのような気がする。
この国来てからずっと一緒に居るし、そう思っても仕方ないか。
「あるわよ! あたしだって少しくらい!」
「大丈夫。世の中には小さい胸を好きな人も居る。誰か貰ってくれるさ」
「くそぉ……バカにして……」
ルフの歯ぎしりが聞こえる。
胸が少し小さいくらい気にしなくていいくらい美人だから、何もそんなにムキにならなくてもいいのに。
入り口のドアの近くで怒るルフをとりあえず放置して、ベッドに近づき報酬の入った革の袋を手に取る。
中身はゴーレムとオーガ討伐の報酬で貰った硬貨である。
ずっしりした重量から次の旅に必要な分の資金は確保できたと確信した。
「これでしばらくは働かないでお酒に浸れるわね」
ルフがベッドに腰掛け、足を組んだ。
彼女の細くスラッと伸びた脚が眩しい。
「長旅の資金になるから、余っていたらな」
貰った硬貨を自分のポーチに入れる。
ずしっと腰の重さが増した。戦闘に支障が出ないか心配だ。
「長旅ってどこに行くの?」
「可愛い女の子を探しに」
笑顔で答えた俺にルフがため息。
「あんたに聞いたあたしがバカだった」
「それより、お前は人のベッドに座って誘ってんのか?」
「ふぇ!? ち、違う!」
素早く立ち上がり顔を赤くして否定。
違うと分かっていても、これだけハッキリ否定されると少しだけ落ち込む。
ルフが扉の近くまで後退すると、突然扉が開いた。
入って来たのは毛先まで濡れた橙色の髪と、何故かタオル一枚だけ身体に巻いたソプテスカ。
「ユーゴさん! 襲われに来ました!」
「いや。ただの痴女だぞ」
「ソプテスカぁ!? どんな格好してるの!?」
ルフの問いにソプテスカは鼻で笑うと部屋の外に強引に押し出た。
そのまま扉を閉めて、鍵まで丁寧にかけてしまった。
「こら! ここを開けなさい! あんたたち二人が密室なんて絶対にダメ!!」
ルフが扉をドンドン叩き猛抗議。
もちろん、ソプテスカにそれ聞く気はないらしい。
「父から聞きました。今回の報酬に私が欲しいと」
「まぁ、言ったな。半分冗談で」
「乙女の覚悟を踏みにじる気ですか!?」
ソプテスカが近づいて来て俺を追い詰めて来る。
身長は俺の方が少し高いから彼女の見下ろす形だ。
つまりタオルに挟まれた胸の間が見えるわけで……
「視線が下がっていますよ♪」
「そりゃ男の性だ」
顔を横に向けてソプテスカから視線を外す。
相手が町娘とかなら大歓迎なのだが、王女様に今の段階で手を出したとなれば厄介なことになるかもしれない。
しかも場所は相手のホームだ。言い逃れは出来ないだろう。
「これだけ誘惑してもダメですか?」
甘えた声。きっと彼女は上目遣いでとかでこっちを見ているんだろう。
横を向いているから分からないけど。
「ソプテスカが王女様じゃなかったら大歓迎だった。だからこれでも着てろ」
赤い外套を彼女に羽織らせた。
裸エプロンならぬ、裸外套だ。
なんのロマンも感じない。
「暖かいです」
「自慢の品だからな」
ソプテスカがそのままベッドで横になり、ゴロゴロし始めた。
今日俺はそこで寝る予定なんだが……
「どこに行く気なんですか?」
彼女の不満そうな声。
ソプテスカは動くことをやめて、天井を無気力に眺めている。
俺とルフの会話でも外で聞いていたのかな。
答える理由もなかった俺は、部屋についている窓から外を眺めた。
山の向こう沈む太陽の光が、街を茜色に染めている。
この光景もしばらく見れないと思うと少し寂しい。
「ちょっと遠くかな」
窓の外を見たまま答えた俺の背中に、ソプテスカの無言の訴えが突き刺さる。
ベッドの上で美少女が誘っているのに何とも残念なことだと、勝手にそう思った。