第18話 確信
右手を開きグールの群れへと向けた。
全身を包む赤い炎を一つに集める。
人ひとりの半分くらいの大きさになった火球を、グールたちにたちに向けて放つ。
まずは一方向だけでも殲滅する。
放った火球が空中で爆発し、炎の海が横に広がった。
赤い火の海はグールたちをあっという間に飲み込み、魔物たちの断末魔が戦場に響く。
周りからかなり注目を集めてしまっているが、今はそれどころではない。
顔を上に向けると王都から出た飛行部隊が到着していた。
中には魔術師の姿も見えるし、竜聖騎士団中心に編成された彼らならゴブリンとグールの群れは問題ない。
戦える冒険者たちも居ることだし、ここを離れても大丈夫だろう。
闘術を発動させ平原を一気に駆ける。
頬を切り裂く風と耳に届く風切音。
俺を視認できないゴブリンたちの間を抜けて、さらに加速する。
目的はこの場に居る中で一番強い魔物。
その魔物の目の前で来て急停止。
向かい合うのは一角鬼。
丸太のように太い腕は、すでにゴブリンたちの血で赤く染まっており、周りには肉の塊が散らばっている。
これが元は生物だったと言われても信じられないくらいに。
「さてっと……」
俺の呼びかけに反応したオーガに赤い目が俺に向けられる。
目は血走ったおり、ゴブリンを殺したせいで興奮しているらしい。
オーガの魔力は全身を駆け巡っており、この魔物はそれを溜めている。
後ろにはゴブリンの群れと戦う冒険者たち。目の前には爆発寸前のオーガ。
今の俺に後退は許されない。オーガを倒す以外選択肢がなかった。
オーガから放たれる雰囲気が一気に張り詰める。
確かな殺意は俺に向けられ、オーガが右腕を振り降ろした。
バックステップでその拳を回避すると、拳の当たった地面に小さなクレーターが出来ていた。
とんでもない馬鹿力だ。当たれば流石の俺もバラバラになる。
もちろん、普通の状態ならだけど。
「グオオオ!!」
鼓膜を震わせるオーガの叫び声。
耳の近くで鐘を鳴らされている気分だ。
水平に振られた左腕をしゃがんで避ける。
そのまま相手の懐に飛び込み、左ストレート。
込められた魔力が爆発し火花が散るが、オーガは意にも介さず左右から俺を潰すような形で腕を閉める。
ジャンプして頭上高くに逃げ、オーガを上から見下ろす。
相手は俺の着地を狙っているのか、ジッと俺の動き観察している。
遠距離からならどうだ。
魔術を発動させ、右腕に炎を纏わせる。
右腕を下に向けて振り、炎をオーガに向けて放つ。
まるで生きる蛇のように伸びた赤い火は、オーガに直撃し辺り一帯を炎上させた。
並の魔物なら今の一撃で身体を焼かれて死ぬはず。
火が晴れて結果が目に見える。オーガは生きていた。
身体の節々が焼けているが、致命傷にはなっていない。
全身に溜めた魔力を滾らせ、身体を強化しているらしい。
最初の一撃が効かなかったのも、同じ理由だろう。
「めんどくさいから、さっさと寝てろよ」
足のかかと一点に魔力を集め、踵落としの要領で足を上げた。
溜めた魔力は魔術となり、踵が赤く熱を帯びる。
周りには誰も居ない。巻き込む心配もないし、相手の硬さを考えれば必要なことだ。
遠慮なくやらせてもらう。
「グアアアア!!」
オーガが叫び声をあげ、固く握りこんだ右拳を俺に伸ばしてくる。
普通なら回避すべき攻撃だが、そんな考えは最初から存在しない。
伸びて来た右拳に踵落としをそのままぶち込む。
高圧縮された魔力同士の衝突。
空気が震え、爆風が周りの草を吹き飛ばす。
「おおお!」
魔力を一気に開放し、踵から相手の右腕に送り込む。
一瞬のライムラグ、相手の腕の中で爆発した魔力がオーガの右腕を粉砕した。
血が噴き出した右腕を抑え、オーガがよろめく。
地面に着地して、その隙を見逃さない。
一歩で距離を詰め、火属性の魔術を右腕に定着させた。
拳を固く握り込み、オーガの胸に当てる。
直撃と同時に解放された火属性の魔術が爆発し、オーガを胸に穴を開けた。
オーガが天を仰ぎゆっくりと大の字に倒れた。
とりあえず倒したことにホッと息をつき振り返る。
ゴブリンの群れがワイバーンに跨る騎士団に駆逐されていく。
左から接近していたグールの群れは、フォルを先頭に地上の冒険者たちが対応していた。
もう負ける心配はない。オーガも倒したし数はこっちが有利だ。
「ゆっくり観察できるな」
ゴーレムを倒した時は正体がバレるのを防ぐため、すぐに退散した。
そのせいで魔物の死体をゆっくり観察することが出来なかった。
倒れたオーガの死体を観察する。魔力を瞳に集め、父譲りの『眼』で何か手がかりがないかと見る。
魔物たちが急に人里に現れた理由、数の増えた理由など何かが分かるかもしれない。
そう期待するがオーガには何も違和感がない。変異種などの新種の魔物ではないらしい。
既存の種が何故突然出て来たのか。俺が倒したゴブリンたちも何か怯えて出て来た。
もしかしてこのオーガも何かに怯えて出てきたのだろうか。
ん?
オーガの胸に開けた穴に違和感。
膝を曲げ穴に顔を近づける。焼けた肉に手を近づけ指でなぞった。
「砂……?」
焼け焦げた黒い小さな粒。いくら一番弱い火力だからと言っても、灰にならないほどの硬度を持った砂。
少なくともこの国のモノではないだろう。
つまりこのオーガは他国から来たと言うことだ。
何処の国から来たのは、大体の予想はつく。
そしてその理由も。
「そこの冒険者! 動くな!」
頭上から声。この状況にまたかと肩を落とす。
騎士団の飛行部隊に囲まれた俺は、大人しく両手を挙げた。
ルフとソプテスカは外の騒ぎに気がついた。
魔物の防衛線から帰って来た騎士団らしいが、作戦は増援の冒険者たちが到着する明日までのはず。
帰って来るには早すぎる。ソプテスカが廊下をすれ違った衛兵を捕まえ事情を聴くと、「ゴーレム殺しの冒険者が見つかった」と言われた。
しかもその冒険者は防衛線でオーガを単独で撃破したらしい。
その冒険者は騎士団に連れられ、謁見の間で今から王と面会する。
二人は興味本位で謁見の間へと急ぐ。扉を開けるとまだその冒険者は着いていない。
王は既に王座に座っており、謁見の間の両端には騎士団に者たちの姿も見える。
皆、興味津々で集まったようだ。
「どんな人なんでしょうね」
横に居るソプテスカは楽しみで待ちきれないと言う様子だ。
そんなに強い冒険者を見たいのなら、人魚の国くれば見られるのにと勝手にルフはそう思った。
「今まで姿を隠してたんだからロクな奴じゃないわよ」
そうだ、人を救える力があるのにその冒険者は名乗り出なかった。
無責任にも程がある。その才能を有効活用しないなんて。
謁見の間の扉が開く。戦闘には騎士団の隊長らしき男、そしてその横には見たことのある獣人の少女が居た。
「だから無罪だって! 隊長の分からずや!」
フォルが隊長の男の横で騒いでいる。
どうやら連行された冒険者を庇っているらしい。
そして、その者は謁見の間に入って来た。
赤い外套を身に纏い、血のように鈍く輝く赤い髪を揺らし、燃えるような赤い瞳を持つ男。
騎士団の隊長はフォルを連れて、謁見の間の端へと移動した。
冒険者の男がは部屋の真ん中に敷かれた赤い絨毯の上をゆっくり歩く。
実に堂々とした立ち振る舞いだ。
両手は自由とはいえ、周りには自分の味方かどうか分からない人たちばかりなのに、男はまるで意に介していない。
王の目の前で立ち止まり、男の表情が柔らかくなる。
「国王自らご招待とは、とても光栄です」
「男よ。名を何と言う?」
「ユーゴです。名も無き冒険者に国王が何の用ですか?」
王の笑い声が謁見の間に響いた。
動揺する周りと対照的に王の表情はスッキリしている。
「この者と二人にしてくれ」
王がそう言ってこの部屋に居る者に退室を命じた。
それは王女のソプテスカも例外ではない。
謁見の間から出るとフォルが眉間にしわを寄せていた。
「こらこら。そんな顔していると怒られるわよ」
「ルフさん……」
顔をあげたフォルがルフの胸に飛び込んだ。
ルフは彼女の小さな身体を優しく抱きしめる。
「大丈夫。国王はユーゴに何かするつもりはないから」
「ホント? でも、お兄ちゃんは皆を助けたのにおかしいよ!」
「正体を隠していたあいつにも非がある」
「随分とユーゴさんに厳しいのね」
ソプテスカを睨むと肩を竦めた。
身体の底から湧き上がる苛立ちをグッと奥へとしまう。
ソプテスカの軽い態度なのか、それとも正体を隠していたユーゴへの苛立ちなのか。
「力があるならそれには責任が伴う。あいつの正体がどうあれ、その才能を生かさない奴はダメ」
「人魚の国らしい考え方ね」
ソプテスカの言葉を黙って受け流す。
今頃あいつは王と何を話しているだろう。
気になって扉に目を移すが、当然のごとく何も聞こえなかった。